【コラム】メタリカ、18年間の束縛から自らを解き放つ『72シーズンズ』

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photo by TIM SACCENTI

メタリカにとって通算11作目のオリジナル・アルバムとなる『72シーズンズ』が、4月14日に全世界同時発売を迎えた。前作『ハードワイアード…トゥ・セルフディストラクト』(2016年)に続き、グレッグ・フィデルマンを共同プロデューサーに迎えながら完成された今作には、2022年11月下旬にアルバム・リリースとそれに伴うツアーの概要が発表されるのと同時に先行配信が開始された「ルクス・エテルナ」をはじめとする全12曲が収録されている。

同楽曲は3分20秒台というメタリカにしてはかなりコンパクトな部類に入る楽曲で、彼らが古くから自らの音楽的背景にある重要な要素のひとつとして認めてきたNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)に通ずるニュアンスを感じさせるもの。彼ら自身の過去の作品でいえば1983年発表のデビュー作『キル・エム・オール』期の楽曲を彷彿とさせるところがあるだけに、このアルバム自体についても原点回帰的な意味合いを持つものなのではないかと推測されてきた。

今作の内容についてそうした想像が可能だったのは、『72シーズンズ』というシンプルでありながらいかにも意味ありげなタイトル自体の意味合いゆえでもある。72の季節。それは人生における最初の18年間を指すのだという。この表題が明かされると同時に公表されたジェイムズ・ヘットフィールドのコメントは次のようなものだった。

「72の季節というのは、人間にとって人生の最初の18年間、つまり“本当の自分”や“偽りの自分”を形作っていく年月のことを指している。自分はこういう人間なのだ、という親から教え込まれた概念。自分がどういった性格の持ち主なのか、という決め付けの可能性。これに関して何よりも興味深いのは、そういった核にある確信がその後の人生でも引き続き考慮に反映されていくということ、そしてそれが自分たちの世界の捉え方に今どんな影響を与えているかということだと思う。大人になってから俺たちが経験することの多くは、そうした子供時代の体験の再現であったり反応だったりするものだ。つまり、子供時代という檻の囚人であり続けるか、あるいはそういった束縛から自らを解き放つかということだ」

従来のメタリカ作品のイメージとは似ても似つかない黄色を貴重とした今作のジャケット写真の中央にはべビーベッドが配置され、その周りには三輪車や野球のバット、ギターといった、彼ら自身に限らず多くの人たちが赤ん坊の頃から少年期に至るまでに親しんできたはずのものが散らばっていて、それらすべてが落雷にでも遭ったかのように黒焦げになって壊れた状態にある。そうしたアートワークは明らかに上記のジェイムズの発言内容に重なるものだし、この作品が「人格形成期に植え付けられた固定観念や価値観からの脱出」といったことをテーマとするものであることをうかがわせる。そうした発想がコンセプトの軸になっているのであれば、改めて自らの音楽的ルーツと向き合おうとするのもごく自然といえるだろう。だから筆者自身は、いわゆるNWOBHMに限らず、彼ら自身がメタリカとしての音楽観が確立される以前に影響を受けてきたもの、初期衝動の源となったものを現在の自分たちなりに再咀嚼するかのような性質のアルバムなのではないかと想像していた。ところが実際にアルバム全編を試聴してみたうえで感じさせられたのは、そうした予測が的中している部分も皆無ではないものの、想像していた以上の意味深長さと重さを孕んだ作品になっているということだった。


photo by TIM SACCENTI

先述したように「ルクス・エテルナ」のように若き日を思わせる疾走感の伴った簡潔な楽曲も含まれてはいるが、アルバム全体のトータル収録量は77分を超えており、ことにクロージングを飾っている「イナモラータ」は11分超の長尺曲となっている。また、先行配信曲第4弾として先頃公開された表題曲の「72シーズンズ」も、まさしくライヴでの即戦力になりそうな楽曲だが、ヴォーカル・パートが始まるまでに1分半以上を要する曲でもある。約7分半に及ぶこの曲が象徴しているように、彼らの楽曲には「もう少し要素を削ぎ落してコンパクトにまとめたほうが効力を増すことになるのでは?」と言いたくなるものがめずらしくない。結局、楽曲にそうしたサイズ感をもたらしているのは、このバンドならではの複合的なリフの応酬であり、誤解を恐れずに言うならば、そうした展開のくどさも彼らのスタイルの特徴のひとつになっている。ただ、そのくどさから感じられるのは、勿体を付けてドラマティックに演出しようという意図ではなく、それが演奏者である彼ら自身にとっての快感原則に基づいたものなのだろうということ。要するに、同じリフの繰り返しが2回でも必要充分なところで敢えて4回続けているのは、単純にそのほうが彼ら自身にとって気持ちいいからなのだろうと思えるのだ。

そうした意味においては、この『72シーンズ』は現在のメタリカにとって演奏していて楽しい作品、つまりライヴに直結した作品ということになるはずだが、そこで興味深いのが、歌詞表現のベクトルとの関係性だ。本稿序盤に引用したジェイムズのコメントからも察することができるように、各収録曲の歌詞には少年期、人格形成期ならではの苦悩や葛藤といったものを連想させる表現も目につく。ただ、それが「とうの昔に克服してきた遠い過去のもの」として綴られているようには感じられないのだ。

鍵となってくるのは、闇と光、絶望と希望といった対比だ。ロック・ミュージックにおいてそうした歌詞のテーマは目新しいものではないし、ジェイムズの歌詞に少年期の体験などが反映されているのも今になって始まったことではない。ただ、この8月で60歳になる彼が今回綴っている歌詞には、これまで以上に深刻な重みが伴っている。ライヴで演奏することを純粋に楽しめそうな楽曲ばかりでありながら、歌うことが嫌になってしまうのではないかと疑いたくなるほどにダークで痛みの伴った表現になっているのだ。実際、人生の最初の18年間について再考してみた時に導き出される回答は、40歳当時と現在とでは当然のように違っているだろうし、いわゆる死生観のリアルさといったものにも差異があって当たり前だ。そうした意味においては、まさしく現在の彼らだからこそ形にすることができた作品だといえるだろうし、ジェイムズの人生観、価値観といったものを紐解くようにして対峙すべき1枚ということになるだろう。

逆に言えば、そうしたテーマ性や歌詞の内容に目を向けずに聴感上の判断だけをするならば、メタリカの根源にあるものと、それが成熟した形でアップデートされた部分とが同居した刺激的なロック・アルバムということになる。ただ、今作の価値や意味合いといったものは、そうした感覚的な部分だけで決められるべきものではないように思う。たとえば、軽い気持ちで聞き流していた際には単純にカッコいいと思えていた曲について、その歌詞に触れた途端に印象が一転するようなことも起こり得るだろう。ただ、そこで重要なのは、そうした歌詞をこの先の時代へと残していくことを彼ら自身が望んでいる、ということではないだろうか。

最後にひとつだけ言い訳をしておくと、本稿を書いている時点において、筆者の手元にはこのアルバムに収められている全12曲の音源が存在しない。これはメタリカの常ではあるのだが、アルバムの音源は発売当日まで関係者にも配布されることがなく、こうした記事を書くうえでは発売元のレコード会社まで足を運び、その場で視聴するしか方法がないのだ。その後も、すでに先行配信されている4曲については繰り返し聴いているが、アルバム全体をじっくりと噛み砕く作業ができるのは、実際に今作が世に出る4月14日以降ということになる。だから本稿については、あくまで4月上旬現在の僕個人の初期的な解釈として受け止めてもらいたい。後日、自分なりにもっと消化のプロセスを経たうえで、改めて寄稿させていただこうと考えている。

文◎増田勇一


メタリカ『72 シーズンズ』

2023年4月14日発売
UICY-16145 / ¥2,860(税込)
※日本盤のみ SHM-CD 仕様 / 初回生産限定ロゴステッカー封入
1.72 シーズンズ
2.シャドウズ・フォロー
3.スクリーミング・スーサイド
4.スリープウォーク・マイ・ライフ・アウェイ
5.ユー・マスト・バーン!
6.ルクス・エテルナ
7.クラウン・オブ・バーブド・ワイアー
8.チェイシング・ライト
9.イフ・ダークネス・ハド・ア・サン
10.トゥー・ファー・ゴーン?
11.ルーム・オブ・ミラーズ
12.イナモラータ

◆メタリカ・レーベルサイト
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