【ライブレポート】仮想か現実かなんてどうでもいい…<ABBA VOYAGE>の比類なき極上体験

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©ABBA Voyage

“他に類を見ないコンサート”が体験できるという<ABBA VOYAGE>が今、エンタメ界で注目を集めている。どこが前代未聞かというと、これがヴァーチャル・ショーだという点にある。1970年代後半のメンバーの姿を最新のデジタル技術で再現した「ABBAター」をステージ上に投影しつつ、生演奏と融合させ、最も輝いていた時代のABBAを再び蘇らせようという試みなのだ。多額の資金を投じ、準備期間に何年も費やしたこのショーは2022年5月にスタートしたが、1年足らずのうちに100万人以上が来場、この2023年5月27日が1周年記念公演になるという。


会場は、ロンドンのクイーン・エリザベス・オリンピック・パークに位置するABBAアリーナ。このためだけに建てられた専用のヴェニューである。ド派手なジャンプスーツを着て気合の入りまくったハードコアファン、古参のリアルタイムファンであろう熟年世代、子連れのファミリー、スパンコールでキラキラに着飾った男子など、客層は他のどのアーティストのライブでも見られないほど多様だ。バーエリアでは皆、ドリンク片手に開演前から盛り上がっていたが、会話には英語以外にもさまざまな言語が混じっており、ABBAのファンベースの幅広さを伺わせる。

オープニングを飾る「The Visitors」のサイケなイントロが響き、例のアバターたちが舞台の下から少しずつ姿を現す。序盤こそ、作り物っぽいかも?と思う瞬間もあったが、徐々に動きがついてくると、立体感や躍動感といい、本物のようにしか見えなくなってくる。ステージには彼らを大写しにするスクリーンも設置されており、そこに映る表情やしぐさも本当にリアルだ。今回の技術開発においては、ジョージ・ルーカスの映像作品を多く手掛けるVFX制作会社とタッグを組んだとのことで、これだけのクオリティを実現しているのも頷ける。


©ABBA Voyage

序盤は「SOS」「Chiquitita」「Fernando」などミドル・テンポのナンバー中心に構成、シンガロングを誘いながら、観客の体温を少しずつ上げていく。ステージ上にはライブバンドもいたが、彼ら生身の人間とヴァーチャルなアバターとを見比べても、何ら違和感を覚えない。脳がバグってしまったような気分である。ライブではMCもあり、「歳のわりには若く見えるでしょ」などとジョークを飛ばし笑いを誘っている。いい意味で“普通”のコンサートすぎて、ますます現実と仮想の境界が曖昧になってくる。

「Lay All Your Love on Me」から「Voulez-Vous」までの中盤4曲は怒涛のディスコ・タイム。映画「トロン」の世界観を思わせる近未来的なボディスーツ、軽快に動きまくるフリーダとアイネッタ、シームレスに投入されるキラーチューンの数々、煽るように降り注ぐ虹色のレーザーと、演出が全力で踊らせにかかってくる。観客も思い思いに身体を揺らし、両手を上げてこれに応えていた。

アバターだけでなく、ライティングによる視覚効果もこのショーのもうひとつの目玉といえるだろう。ステージ上の照明に加え、スタンディングエリアの天井に浮かぶ可動式のもの、シート席エリアの天井に吊るされた棒状のもの、客席壁側を囲むように張り巡らされたものなど、さまざまな照明が設置されている。これらが組み合わさり、会場全体がイルミネーションで包まれるような演出の曲がいくつかあったが、没入感がハンパなく、自分が光のアートの展示作品に入り込んでしまったかのような感覚に陥った。


©ABBA Voyage

2021年に発表された新作『Voyage』からの作品「Don't Shut Me Down」「I Still Have Faith in You」に続いて演奏されたのは、「Waterloo」。会場の温度が一気に上昇するのがわかる。それもそのはず、イギリスで開催された1974年のユーロビジョン・ソング・コンテスト(“ヨーロッパ国別対抗歌合戦”といったところか。日本の紅白歌合戦的なノリ)でこの曲を歌い、優勝を果たしたことでABBAの知名度が飛躍的にアップしたという経緯があり、英国民にとっては特別な思い入れのある曲なのだ。スクリーンに映されたコンテストの映像は当時を知るファンにはたまらない演出だっただろう。曲の前フリのMCで「イギリスの審査員には0点つけられたけどね」とこぼすと、観客が同意のブーイングをしていたのには笑えたが。


ステージ中のコスチューム・チェンジも目を楽しませてくれた。ひときわ美しかったのは「Thank You for the Music」以降着用していたエレガントな衣装だが、これはドルチェ・アンド・ガッバーナが今回のために制作したものだそうだ。ほかにも著名なデザイナーたちが本プロジェクトの担当として名を連ねており、どこを切り取っても最上級のエンタメに仕上がっている、という印象だ。


©ABBA Voyage


©ABBA Voyage

ショーを通じて最も印象的だったのは、どの客層の来場者たちも心から幸せそうだったということだ。「Dancing Queen」のイントロがかかると、それまで座っていた人たちも思わず立ち上がり、全身で喜びを表現していた。こんなにエッジが効いていて、かつインクルーシヴなコンサートは世界中どこを探してもないだろう。会場を笑顔で満たした90分間の極上のエンターテインメントは「The Winner Takes It All」を最後に、多幸感の余韻を残して幕を閉じた。

カーテンコールでステージに上がったのは、現在の姿のメンバーたち。1周年記念のサプライズでご本人登場!と思いきや、なんとこれもヴァーチャル・アバターだった。そういえば、これはそもそもそういうショーだった。途中からはただただ楽しくなってしまい、仮想か現実かということなどはもはやどうでもよくなっていたことに気付かされたのであった。ちなみに、メンバーのうち、ベニー、ビョルン、フリーダは、実際に観客席からステージを鑑賞しており、終演後に観客から大きな拍手を浴びていた。

この日曖昧になったのは、仮想と現実の境界だけではなかった。年齢、性別、国籍など、人をカテゴライズするさまざまな境界を曖昧にし、オーディエンス皆を分け隔てなく幸せで包むというマジックが、ABBAにはあるのだ。そんな彼らの最盛期の熱量やきらめきを閉じ込めたショーを実現してしまうというのだから、テクノロジーの進化というものは素晴らしい(恐ろしい?)。この成功を受けて今後、こうした技術が他のアーティストたちのかつての輝きを復活させる可能性も十分あるのではないか。<ABBA VOYAGE>は2024年5月まで開催予定。このかつてないショーを、ぜひ体験してもらいたい。


取材・文◎グレゴリー典子
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