【ライブレポート】ヒグチアイ、「こういうライブがしたかった」

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5月からスタートし、愛知、大阪、東京と巡ったヒグチアイ のツアー<HIGUCHIAI band one-man live 2023[産声]>が、6月11日に渋谷区文化総合センター大和田 さくらホールで最終日を迎えた。

ライブでの声出しの規制が緩和され、ともに歌える公演として“産声”と冠した今回のツアー。ヒグチアイのライブといえば、ピアノ弾き語りはもちろんバンドセットにおいても、観客がぐっと前のめりとなって“聴く”、一対一のような空間で、その音楽の世界に没入する濃密な時間を味わうステージが魅力だが、今回の“産声”は、その対極にあるようなライブだ。ヒグチアイ自身がMCで「今日は一緒に作るライブ」「こういうライブがしたかった」と語ったが、ともに歌う一体感や開放感たっぷりの空間となった。

◆ライブ写真

ライブに先駆けて4月にリリースしたシングル「祈り」は、今、ここにいることを全身で発する力強く優しいアンセム。コロナ禍という苦しい時間を耐え、乗り越えてきた日々をねぎらい、明日に向かっていく今という季節にふさわしく、そしてこの“産声”を象徴する最高のテーマソングだと改めて実感するものとなった。 

2022年、東京・大阪で行なったバンドセットによるツアーと同じく、御供信弘(B)、伊藤大地(Dr)、ひぐちけい(G)と共に回ってきた今回のツアー。ライブを重ね信頼感、安心感もひときわ増しているのだろう、ヒグチアイは歓声が起きる中、ツアーグッズのタオルを高々と掲げてにこやかにステージに登場した。

鍵盤の前に座るといつものように腕を伸ばしストレッチするが、その雰囲気はとてもナチュラルで、リラックスしている。2019年に発表したアルバム『一声讃歌』から「聞いてる」ではじまり、ゆったりとしたバンドアンサンブルに乗せ問いかけるように歌うその声は伸びやかに、ホールの座席を駆け上がっていった。キャッチーなリフレインやコーラスで彩られたこの曲でのはじまりは“産声”を意識してのものだろう。まだ冒頭部分では立とうか、どうかためらいがうかがえた観客だったが、「今日はみなさんと一緒に作るライブです」というヒグチアイの言葉とともに立ち上がって、続く「縁」では軽やかなビートに手拍子をして、ときめきがドラマティックなメロディで綴られる「ランチタイムラバー」では体を揺らす。会場の緊張感もすっかり解けて、空気が丸みを帯びていくのがわかる。 


改めて、来てくれてありがとうございますとあいさつをしたヒグチアイは、「今日でもうツアーが終わってしまうのかと、昨日の夜は寂しい気持ちだった」と語りながら、まだライブは続くので好きなように歌って、また立つタイミングはこちらからいうので、身を任せて楽しんでほしいという思いを伝える。そこから続いた「最初のグー」はエネルギッシュなアンサンブルで、途中は鍵盤をプレイする手を止め、観客のシンガロングを指揮するように手を伸ばしたり、楽しそうにともに歌う。体温がぐっと上がるような一体感に、会場からワッと歓声が上がるのが心地いい。「猛暑です-e.p ver-」や、これまでのライブだとまるで自分の気持ちのくすぶりがリアルになぞられるようで、大きく感情を揺さぶってくる「ラジオ体操」も、どこか柔らかに聞こえてくる感覚があるのはこのツアーのムードゆえだろうか。それともこちら(観客)の向き合い方のちがいなのか。音楽は、とても奥深い。


中盤では、久々に帰省し母と会ったエピソードを語った。若い頃に親に抱き口走った「許せない」という言葉が、時を経て後悔へと変わった、その親子関係ならではの複雑でいて分かち難い心の有り様を、素直に語り、そこに続いた弾き語りによる「わたしのしあわせ」は、一段と染み入る。とくに、独り立ちし自由を謳歌しながらも、どこか静かにプレッシャーをかけてくる社会のしがらみに歯痒さを覚える彼女と同世代の女性は、深く頷くところが多い曲だろう。ヒグチアイは、ふとした時に出るやるせないため息を、すくい取って歌にしてくれる。


再びバンドが加わって、「悪魔の子」からスタートした後半戦は、ヒリヒリとした重厚なアンサンブルから、バンドのノリやグルーヴが冴える「前線」のドラマに富んだポリリズム、アグレッシヴなドラムビートと力強い歌声による「黒い影」から「まっさらな大地」へと、歌の、サウンドのボリュームを上げていった。手拍子が大きく響く「まっさらな大地」では、「歌え!」という声に観客のラララの合唱がだんだんと大きく、厚みを増した。「こういうライブに憧れがあったんです」と、歌声の高揚感に包まれた会場に向けて「最高だな」と笑顔を見せるヒグチアイ。「みなさんにも、自分がやりたいこと、自分が思うことをやってほしいなと思う」と語る表情が清々しい。この空気感の中で、ピンスポットのもとで披露された「劇場」は、穏やかなともし火のように会場を照らした。


コロナ禍の3年間を振り返り、ライブができない時間もあり、自分の気持ちもわからなくなって曲が書けなくしまうこともあったという。でもそんななかで、自分を支えてくれている周囲の人や、自分のことを見てくれる人がたくさんいることも知った。「そんな時間を経て、ここにいます」と語ったヒグチアイは、「まず最初に何を書こうと思ったら、みんなに会いたいよという思いだった」と、未発表曲の「mmm(ハミング)」ができた背景を話した。いつかこの曲をみんなで歌おうと思って作った曲がようやく歌える日がきた、とボルテージをあげる「mmm」で会場は歌声と歓喜にみちる。そして最後に据えたのが、最新曲であり、この数年分の思いを凝縮し、爆発させるアンセム「祈り」。手拍子やシンガロングはもちろん、観客がタオルを掲げて大きく声を上げていく光景は、ヒグチアイのライブとして初めて目にするものだった。ゴスペルのような多幸感が、会場に行き渡っている。


「今日はすごく楽しかった」とアンコールに登場し、さらに新曲「この退屈な日々を」を披露したヒグチアイ。たったひとりに語りかけるような弾き語りライブでの凛とした空気感、またエモーショナルな波で飲み込んでいくバンドセットのライブも素晴らしい。でも今回の観客と一体で作っていくライブも、また何度でも味わいたい。ライブだからこその音楽の楽しみを広げるツアーになったのはまちがいない。


取材・文◎吉羽さおり
撮影 ◎ 藤井拓

追加公演情報

<HIGUCHIAI band one-man live 2023 [ 産 声 season2 ]>追加公演
2023年
9月2日(土)東京 Veats Shibuya
open 17:30 / start 18:00
info:SOGO TOKYO http://www.sogotokyo.com/

10月1日(日)長野 CLUB JUNK BOX
[NAGANO CLUB JUNK BOX Reborn 2nd Aniversary]
open 17:30 / start 18:00
info:FOB企画 http://www.fobkikaku.co.jp/

チケット前売:スタンディング5,000円+1D
オフィシャル先着先行:6月30日(金)18:00~7月10日(月)23:59
https://eplus.jp/higuchiai/

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