【インタビュー】鶴、バンド結成20周年で深まる絆「21年、22年にもやりたいことはまだまだあります」

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■表現の仕方はそのときどきで違うけども
■言いたいことはずっと変わらない


──でも世の中的に不健康な期間を、ここ約3年間、誰もが過ごしてきました。コロナ禍の大変な時期があり、そして様々な規制が緩和されようとした2022年春。鶴は4周目となる47都道府県ツアー<4>をスタートさせました。

秋野:コロナがそろそろ空けて、バンドも動けるようになるぞってことを見込んで、2022年4月からスタートさせたツアーだったんです。でも思ったより、みんな、動かないなと(笑)。バンドのみんなが“せぇ〜の、よーい、どん!”という勢いで、全国のライブハウスへ行くもんだと勝手に思ってたんです。そんな中で動き出したんですけど、ライブも、笑い声や雑談にまで気を遣うようなところから始まって。それが徐々に、ここまでやっていいんだねって、僕らもお客さんも、決まりが緩和していくのを目の当たりにしたツアーだったと思います。でも、日本人的と言っていいか分からないですけど、周りを気にして自分を解放しづらくなってしまった状態でもあって。それを無理やり、こじ開けにいった感覚のツアーでもあったなと思います。ツアー後半は、みんな、元気に騒いでいてね。

──各ツアー先で、ライブ前と後では、観に来ていたお客さんの表情もだいぶ変わりました?

秋野:ライブハウスに来るのが久しぶりって方も、かなりいたんです。そんな方たちが、ナマの音に触れる感動にすごく震えているっていう。本人も気づいてないけど、なにか身体にいい影響が及ぶってのを、それぞれ感じてくれていたみたいですね。

──そのツアー<4>のスタートに合わせて、4曲入り作品を4カ月ごとにリリースして、合計で4作品を出すというシリーズを始めています。相当、前に決めたんですか?

秋野:いや、直前というか(笑)。ツアーを始める数カ月前ですね。今回のツアーは4周目となる全国ツアーで、令和4年の4月から始まって、僕らも40代になって初めてのツアーだったので、なにかと「4」が並ぶので、そういうアイデアが出たんです。最初は「おもしろそうだね!」って始めたんですけど、順調だったのは最初の「4-1」だけかもしれないですね(笑)。

笠井:結果、順調に全部、終わったんだけどね。いいものができたし。


秋野:制作の順調さで言えば、ちゃんとしたのは1枚目だけ(笑)。全ての曲を用意して臨んだわけでもなかったんです。というのも、ツアー自体も久しぶりだったので、絶対に感じるもの、新しい気持ちってのは絶対に生まれるはずだから、それで曲を書いていこうっていう。

──でもツアーが始まると、作曲する余裕もあまりなくなりますよね。

秋野:そうなんですよ。1回リリースした直後は、なにもしたくないシーズンになるわけで(笑)。その空白の時間が創作においては大事でね。

──産みの苦しみを相当に?

秋野:ええ、それは昔から味わってるんですけど、1年間、常に追われてるのは初めてだったかなというのはありますね。作詞と作曲にも追われてるんですけど、バンドでスタジオに入る時間もないって状況でもあって、いろんなものと闘っていました(笑)。

笠井:しかもメンバーがまさにコロナになっちゃったりしていたしね。

秋野:それでレコーディングやツアー日程が延期になったりとかもあったので。時間との闘いもありましたね。

──今は4部作の最終章『4-4』を完成させ、かなり安堵感が?

秋野:そうですね。しばらくダラダラしていいんだなと思うと(笑)。

──いやいや、7月23日に東京・日比谷野外大音楽堂で開催する<結成20周年記念 鶴の野恩返し〜みんなにワイワイお祝いしてもらう会〜>のリハーサルがありますから(笑)。ところで今回の『4-4』に収録されている楽曲は、いつぐらいに作っていたんですか?

秋野:『4-1』はツアー前だったんですけど、それ以外の楽曲たちは、前の作品をリリースして1〜2カ月ぐらいボーッとして、さぁ、作ろうっていう短い期間で。日常生活のなにをしていても、頭の中は曲や歌詞のことばっかりになるんですよ。ツアーの移動中の空き日にホテルの部屋に集まって、作業をやったりとか(笑)。

神田:私、そういうタイミングでモツ鍋を食べに行ったりしたことありました、ツアー先で(笑)。

笠井:おかしいよね〜、一人だけ自由すぎる(笑)。

秋野:まあ、とにかく空いた時間は全部制作につぎ込むような感じではありましたね。

──ツアー最中であることが、歌詞の面にも強く現われましたか?

秋野:そうですね、僕はライブで忙しくしているときのほうが、脳みそと心が稼働している状態なので。ツアー中であるほうが、ちょっとした自分の気持ちや、ふとした瞬間に生まれた感覚に気づきやすいと思います。

笠井:今回のツアー<4>は、どんどん変化していったツアーでもあったので、その都度、言いたいことはなんとなく出てきて、それを話し合ったわけでもないけど、秋野君とリンクしていることがけっこう多くて。同じような言葉が出てきたりとか、そんなこともあったよね?

秋野:毎作品に、自然とそういうことがあったね。



──『4-4』は、無理やりポジティブにさせる前向きさというより、聴いていくうちに心が自然に軽やかになっていく前向きさ。そんな印象を受けたんです。

秋野:ライブに来てくれるみなさんの反応や表情が、投影されていったところもありますね。鶴がなんのためにこういうツアーをやっているのかとか、音楽を通してこういうことをやりたいってことに対して、みんなが大きくうなずいてくれる感じがしたんです。それがこっちの自信にもつながっていると思うので、素直に言葉や曲にできたらいいなって。わざわざ期待を裏切らなくてもいいって感覚もありました。期待を超えるという意味で、期待を裏切るってのはいいんですけど。でも鶴がずーっと大事にしてきたメッセージみたいなものは、変わらずにあるので。表現の仕方はそのときどきで違うけども、言いたいことはずっと変わらないんだろうなって思います。

──ずっと変わらないこと。それを分かりやすく言うなら、曲名にもあるホイ〇って感じでしょうかね?

秋野:そうですね、ホイ〇って言葉はだいぶ言えてますよね。鶴の言いたいこと、言えてるなって感じがあるんですよ(笑)。僕らが楽しいと思う音楽が、自然と誰かのエネルギーになっていたらいいなって思いが、やっぱり根底にあるんです。それが音楽の素敵なところ。僕ら自身も、音楽にそうしてきてもらった感覚があるので。それを鶴を通して誰かにも受け取ってもらえたらなと。そういう意味では、ホイ〇は完全に言えてますね(笑)。

神田:うん、言っちゃってるよね(笑)。

笠井:「ホイ〇」を作ったのは僕なんですけど、発想は本当にシンプルで。きっかけとしては、みんなで声を出せることが次のライブのビジョンなんだろうなと思って、みんなで歌えるものにしようと思ったんです。で、どんな歌にしたらいいかなと思ったら、回復魔法があったらいいなって(笑)。回復魔法はなんだとなったら、やっぱりホイ〇だろうって(笑)。最後は、“みんなの声を聴かせてくれ”ってシンプルに言っちゃおうと。そういう曲ですね。二人に怒られるんじゃないか、とヒヤヒヤしてましたけど(笑)。

──こういう無邪気さも魅力ですよ。時間に追われながら、火事場のバカ力みたいなものも出しながら曲や歌詞に向かっていったと思うんです。その過程で、他のメンバー意外な面を感じることもありましたか?

秋野:歌詞の言葉に関しては、どん君はとんでもない角度からぶった切ってくるなって印象が、昔からあるんですよ。僕にはできない表現できない情景の描写というんですか、頭の中に絵が浮かびやすい言葉遣いで。ツアーに特化した状況でも、それをしてきたなっていう。絵だけじゃなくて、近しい人に対する気持ちの部分がすごく出てきているなって感じますね。あと今回の4作品は、メンバー各自でレコーディングをして、最後にデータでガッチャンコみたいなことをしたんですよ。神田君に「こういうフレーズいれてほしいんだ」とか「こんな感じにしてほしい」ってのを、最初はお互いに細かく確認し合いながらやっていたんです。でも『4-4』に関しては、ほとんどなんの注文もなくお願いして、出てきたものが「そうそう、これなんだよ」って感じで。そのツーカーな感じ、20年目なんだなって(笑)。

神田:そうそう、『4-1』のときは秋野君とわりとベースに関するキャッチボールもしたよね。もともと秋野温という人間はベース大好き人間なんで、そのキャッチボールで俺もレベルアップできるかもなって感じだから、やり取りはイヤではないんですよ。でも回を重ねるごとにキャッチボールが減っていって、『4-4』ではほんのちょっとしかなくて、正直、ビックリして。どんなベースがその曲にとっていいのかなっていうやり方が、自分でも昔よりはちょっと上手になったのかなって感覚はあります。昔は「俺はこういうベースを弾きたい」って感じだったけど、「多分、曲のこのへんから秋野さんはベースでプッシュしてほしいはずだよね」みたいなことが、だんだん分かってきて。つまりお互いの気持ちいいところを知ってしまった…、という感じですかね(笑)。

──言葉尻には、ハート・マーク付けておいたほうがいいですか(笑)?

神田:その感じで(笑)。

秋野:気持ち悪いわ(笑)!

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