【インタビュー】ヒグチアイ、恋愛三部作を経て「思い出の開き方が変わってきた」

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2022年にアニメ『進撃の巨人』The Final Season Part 2のエンディングテーマとなった「悪魔の子」が今なお再生回数を伸ばし続け、ストリーミング累計1億6千万回を超える大ヒットを記録しているシンガーソングライター・ヒグチアイ。

◆撮り下ろし写真

様々な正義の矛先があり矛盾を孕んだ世界で何を信じ生きるのか、そのヘヴィで壮大なテーマを歌い上げた「悪魔の子」でヒグチアイに触れた人、あるいは、キャリアアップや結婚、これからの生き方を問うていく“働く女性”をテーマとした三部作(「悲しい歌がある理由」「距離」「やめるなら今」)で知った人は、今回の展開に驚くかもしれない。7月から3ヶ月連続でリリースとなったラブソング三部作「恋の色」「自販機の恋」「この退屈な日々を」は、恋をする初々しい気持ち、恋がもたらす前向きな思いなど、恋の高揚感や心の機微が描かれた曲が並んだ。

「恋の色」はテレビ東京系ドラマ24『初恋、ざらり』のエンディングテーマとして、「自販機の恋」は映画『その恋、自販機で買えますか?』主題歌として、「この退屈な日々を」は映画『女子大小路の名探偵』主題歌として書き下ろした曲でもあり、ヒグチ自身挑戦でありタイアップだからこそ書けた曲だと語る。また曲にする上で、恋愛というものについて考えることで、いまの自分の思いや変化も見えてきたようだ。そんな恋愛の記憶も辿りながら、今回の三部作を語ってもらった。

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▪︎いろんなものをいいと思える人間であれることにホッとします

──7月の「恋の色」にはじまり、ラブソング3部作が出揃いましたが。これまでヒグチさんが描いてきた恋の歌とちがうなという点があって。

ヒグチ:そうですか!

──これまでって終わってしまった恋愛に心残りがあることとか、相手に対して恨みつらみがあったりとか、そういう感情のしこりみたいなものが歌になっていたと思うんです。今回の3曲は、恋のはじまりの躍動であったりとか、恋をしたことでポジティヴに変わっていったという着地になっている曲が多いですよね。

ヒグチ:そう言われたら本当にそうですね。今回の3曲はタイアップでもあるんですが、自分のために書く曲は恨みつらみしか出てこないっていうことなんですかね(笑)。とくに「自販機の恋」と「この退屈な日々を」はそれぞれ映画の主題歌で、映画の最後に流れる曲でもあるので、見終わった後にちょっとほわっとした気持ちで帰ってもらえたらという読後感みたいなものをよくしたいなということで、ちょっと明るい曲なのかもしれない。自分では、あまり書いてきてなかったからこそ楽しく書けた部分はあった気がしますね。



──それぞれの曲についてもお聞きしていこうと思いますが、まずは三部作の第1弾となった「恋の色」。この曲はどんなことを元に書きはじめたのでしょう。

ヒグチ:これはもともと1年前くらいに初恋をテーマに色々書いていたうちの1曲であったデモを完成させた形です。本当に大好きな曲だったから、この曲が世に出ないなんて!と思っていたんです。それをドラマ『初恋、ざらり』の監督の池田千尋さんが選んでくれたんですよね。

──ドラマともピタリとはまった感じがありましたね。恋を通じての成長が描かれた曲ですが、ナイーヴだった“わたし”が“あなただけが 透明なわたしに名前をくれたの”と、自分への肯定感が生まれているのがいいですね。

ヒグチ:そうなんですよね。自分でもずっとその自己肯定感をテーマに曲を書いてますけど。自分が学生時代や20代前半は、その頃に自分を好きでいてくれた人がいること、その人のおかげで自分を保てたという感覚があって──まあ、どうしようもない彼氏だったかもしれないけど(笑)……っていうことを最近思うことが多いんです。恋愛としてはうまくはいかなかったけど、「何者でもなかったこういう自分を好きになってくれたその人のおかげで、いまの自分がある」と思えるということを、ラブソングでは書きたいなと思っているんです。

──先ほどの初恋の曲をいろいろ書いていた時期っていうのは、どういうタイミングだったんですか。

ヒグチ:それもまたタイアップだったんです。初恋をテーマに曲を書くということで、最終的に2曲書いたのかな? そのうちの1曲が「恋の色」で、もう1曲の方に決まったんですけど。自分としては、この「恋の色」がすごく好きで。なんで?とは思ったんですけど、自分がいいと思ったものと人がいいと思ったものは違うよなっていうことは多いので。今回、自分がいいと思っていたものが、こういうふうに世に出るというのはすごく嬉しいですね。

──1年前くらいから、恋、初恋というものを自分の中で掘り返す時間が続いていたんですね。

ヒグチ:ありました。あったんですけど、自分の初恋はあまり思い出せないんですよね(笑)。やっぱり初めての恋だから、上手ではないじゃないですか。上手じゃないから、いろんなことや思い出にちゃんと点を打ててないというか。細かいことを、いまいち思い出せなくて。初恋って、意外と記憶に残らないんじゃないかみたいなことも思ったりしましたね。だから、誰と一緒にいても、それまでに誰かと付き合ってきていても、“あなたとは初恋なので”っていう感覚で、曲を書いてもいいんじゃないかって書いていた時期でしたね、そのときは。



──月日が経って大人になって、過去の自分の恋愛であるとか、20代くらいで書いていた曲ってまたちがった感覚になってきていますか。

ヒグチ:それこそ昔は相手への恨みつらみばかりでしたけど、段々とそれもすべてありがたかったなって思えるようになってるというか。いまは自分が恋愛みたいなものから離れている感覚があるので、だからこそ尊く思えるというか、価値を感じている気がします。

──なるほど。この「恋の色」は、THE CHARM PARKがサウンドプロデュース、アレンジを手がけていて、歌とストリングス(バイオリン、ビオラ、チェロ)というシンプルな編成となっていますが、このサウンドの感じは曲を書いた当初から考えていたんですか。

ヒグチ:あまりリズム隊みたいなものを入れないでやりたいというのがありましたね。CHARMさんがアレンジしたストリングスが入っている曲を聴いてみたときに、すごく不思議な重ね方をする人だなって思って。これだったら、普通のバラードにはならないんじゃないかって思ってお願いをしたんです。本当にぴったりでしたね。

──繊細な美しさと、胸に秘めた想いの強さとでもいうか、それが歌とサウンドで表現されているなと思います。

ヒグチ:歌の歌い方もいつもとはちがって、かなり抑えめで歌っていますね。曲的にも歌詞的にも、強くない感じにしたかったんです。歌詞に“赤い頬 銀の涙”って出てくるんですけど、ちょっと何か言われただけで泣いちゃったりとか、恥ずかしくなっちゃったりとか、そういう女の子のイメージだったんです。だから、あまり強い感じにしたくないなと思っていて。それが、サウンドでも自分の歌でも出ている。よくやったな!という感じです。

──曲を書いたときの思いが、ちゃんと着地したなという仕上がりなんですね。

ヒグチ:うん、かなりいいと思います。

──ヒグチさんがそこまで手放しで自分の曲についていいっていうのは、結構珍しいですよね(笑)。

ヒグチ:あまりないかもしれない(笑)。でもたまにあるんですよね、そういう曲が。本当にいい曲だし、すごく好きな曲で、自分のやりたいことの中で全て完成されているから嬉しいんですよね。さらに、CHARMさんのアレンジであるとか、自分の歌、コーラスを録ったときにエンジニアさんが「これはこう入れてみたら面白いんじゃない?」って言ってくれたことがいい方向に出たこととか、全部が全部、うまくハマった。あまり、立ち止まることがなく作れたというのも、よかったんだと思います。


──熱が高いままでいけたんですね。そして同じくCHARMさんがアレンジを手がけたのが三部作第2弾「自販機の恋」。こちらはとにかく爽やかな曲で、恋をしているワクワク感というか鼓動感が形になっていますが、こういう明るい恋の曲ってあまりなかったですね。

ヒグチ:ないですよね。これは、すごく楽しく書いた曲でした。でも楽しい曲だからこそ、ライブで楽しい気持ちに持っていくっていうのが、すごい難しくって。結構、練習しました(笑)。一度ギアを入れないと歌えない曲ですね。書いちゃってから、大変だ!ってなりましたね、これは。

──(笑)。この曲は、映画『その恋、自販機で買えますか?』の主題歌でもありますが、まさに作品がそうさせてくれた曲ですかね。

ヒグチ:そうですね。わたしはこの原作がすごく好きだったので、とにかくこの原作を知ってもらえるきっかけになったらいいなって強く思っていました。曲からも原作につながる人がいたらいいなっていう気持ちで書いていたら、こういう曲になりました。

──BLファンを公言していたのが、繋がった瞬間ですね。それだけ思い入れのある『その恋、自販機で買えますか?』という作品でヒグチさんが惹かれたのはどんな部分ですか。

ヒグチ:かなりリアリティがある話なんですよね。ストーリーにリアリティがあるというよりは、感情の動き方にリアリティがある。こういうときにそういうことを言えないよなとか、こういうこと言われたらドキッとするけど、そのドキッとするのを顔に出せないよなとか。そういう、「わかるな」っていうところにキュンがいっぱい入ってる気がして。自分が今まで経験してきたなかにも、そういうキュンがたくさんあったんじゃないかって思える、幸せなポイントがいっぱいあるんですよね。



──そういうキュンを作品から感じたり、自分にもあったのではと思いつつ、なぜこれまでってそのキュンの部分が曲にならなかったんですかね。

ヒグチ:え〜、そんな幸せな曲聴きたくないじゃないですか(笑)。自分自身も幸せな曲ってあまり聴かないので。それよりもひとりでいるときや、弱っているときに寄り添える曲を作りたいというか。

──確かにそういう曲が、ヒグチさんの真骨頂でもあります。

ヒグチ:しかもこの原作は、「(相手が)こういうふうに言うってことは、きっと自分のことは嫌いなんじゃないか」みたいなネガティヴな方向にいかないんですよ。むしろ「じゃあ頑張ってみよう」とか「じゃあこういうふうにしてみよう」って常に前向きに考えられる主人公たちなんですよね。だから、そういうキュンもかわいく見えるというか。自分がこのシチュエーションでやるともうちょっと湿った感じになっちゃって、今までのラブソングみたいな暗い感じになっていっちゃうと思うので、この楽曲も作品に助けられてできたものですね。だから書いていても、手放しで楽しめたんですよね。

──そういう歌が書けたことで、自分にも歌詞にあるような前向きさや考え方が浸透していく感じとかってあったりするんですか。

ヒグチ:うーん……ないかもしれない(笑)。

──考え方はそう簡単に変わるものじゃないと。

ヒグチ:変わらないですね。変わらないけど、自分がそれをいいと思えているということには安心するというか。それをいいと思えないって、人に対して厳しくなっていくことじゃないですか。だから、いろんなものをいいと思える人間であれることっていうのはホッとしますね。

──キュンも感じるわけですしね(笑)。

ヒグチ:現実でもあるけど……ずいぶん前なのかな(笑)。私は恋をしてもこの作品のようにワクワクはしてなかったと思いますね、全然できてなかったと思う。相手が自分のことを好きなんじゃないか、いやでもそんなはずはないしな、みたいな。どちらかというとそんなはずはない、にいっちゃうんですよね。

──天使と悪魔の、悪魔の声が勝ってしまう。

ヒグチ:そうそう。連絡をくれたと思っても「いや、これはただの気まぐれで連絡してくれてるだけなんだよ」みたいな(笑)。って思いながらも、自分の欲望で連絡をしちゃうんですけどね。『その恋、自販機で買えますか?』は、ある程度の大人になってからの恋愛の話なので、初々しさやかわいらしさもあるんですけど、相手の思いも汲んだ丁寧なやりとりがあるなと思って。やっぱり、自分が若い時の恋愛って全然そうじゃなかったなって思いますね。

──ちょっと独りよがりな感じ?

ヒグチ:そうなっちゃってたと思う。

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