【インタビュー】ファビアーノ・ド・ナシメント、「日本のリスナーの前で演奏することがどれだけ楽しいことなのか、どれだけ感謝しているかを言葉にすることはとても難しい」

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ロサンゼルスを活動拠点とするリオデジャネイロ出身のギタリスト、ファビアーノ・ド・ナシメントが、南青山BAROOMにて5年ぶりの来日ソロコンサートを行う。エルメート・パスコアルとバーデン・パウエル、カリオカなどブラジル器楽音楽の実験精神を現代に継承するアーティストであり、サム・ゲンデルらが牽引するLAシーンの中心も担う彼。今回の公演では6弦、7弦、10弦、ミニギターなどを操り、“ギターミュージックの可能性を広げる演奏を堪能”できるに違いない。

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■全く音楽を聴かないときもあり、
■それはそれで良い影響があります。

──1983年リオ・デ・ジャネイロ出身。由緒ある音楽一家に育ち、幼年期よりクラシックや音楽理論などの教育を受けたそうですが、どんな教育内容だったのでしょうか?

ファビアーノ・ド・ナシメント 小さいころは、いろんな教育を受けました。まず6歳でピアノを始めましたが、音楽家だった叔父があらゆるジャンルの音楽を聴かせてくれました。ギンガ、エルメート・パスコアール、ジャコー・ド・バンドリン、アントニオ・カルロス・ジョビン、ジャバン……ほかにもたくさん。叔父自身は、ギターとベース、マンドリンの演奏家でした。

8歳のときから1年くらいフルートを習い、13歳のときから数年間、学校でアップライトベースを弾いていました。14歳になってからはリオにある本格的な音楽学校に通い始めました。Conservatório de Musica Brasileiraというところです。そこで初めて先生に就いて正式なギター教育を受けました。ヴィラ=ロボス、ガロート、ディレルマンド・レイス、レオ・ブローウェル、ハダメス・ニャタリ、ジョアン・ペルナンブコ、ピシンギーニャ、エルメート・パスコアールなどなど、ブラジル、南米ギターのトレーニングをしました。

自分の中ではたくさんのスタイル、ジャンルが繋がっていて、そう考える方が音楽を深く理解しやすくなる気がします。なので、自分がどういうトレーニングを受けてきたのか、ということを一言で説明することは難しく感じます。

──ギターを手にしたきっかけは?

ファビアーノ・ド・ナシメント ギターを始めたのは、9歳か10歳くらいのときだったと思います。叔父のルシオ・ナシメントの影響と、それから近所に住んでいた友達がギターのテクニックやコードを見せてくれたこともきっかけになりました。

──ブラジル音楽とジャズを独学で研究し卓越した演奏能力を身につけたそうですが、どんなブラジル音楽に触発されましたか? またジャズはどんな勉強/研究をしたのでしょうか?

ファビアーノ・ド・ナシメント ほぼ独学でしたが、今までの人生の中で何度か、素晴らしい師匠のもとで練習をしていた時期もあります。ブラジル音楽は、ショーロからボサノヴァ、MPBまで、あらゆるジャンルの影響を受けました。14歳で初めてギターの先生のもとで練習をしていたとき、既にエルメート・パスコアールの「Bebê」という曲などで即興をする方法を教わったりしていました。その曲はツーファイブのコード進行や転調のある曲です。当時からハファエル・ハベーロ、エリオ・デルミロ、バーデン・パウエル、ギンガ、レオ・ブローウェルのようなギタリストの音楽をたくさん聴いていました。

──伝統的な音楽はもちろん、Triorganicoのようにヒップホップのエッセンスも感じられるサウンドスタイルですが、日々どんな音楽を聴き、影響を受けていますか?

ファビアーノ・ド・ナシメント 日々あらゆる種類の音楽を聴いています。アフロブラジリアンの宗教的な音楽や先住民音楽も聴くことがあり、ナナ・ヴァスコンセロス、マルルイ・ミランダ、モニカ・サルマーゾ、レニー・アンドラーヂからは大きな影響を受けてきました。逆に全く音楽を聴かないときもあり、それはそれで良い影響があります。頭の中にある音に耳を澄ませることもありますが、大抵それがどこからやってきたのか、聴いたことのある音楽なのか、さっぱり分かりません。

2000年代には、DJの兄の影響でヒップホップを聴く機会が多くありましたが、あまり大きな影響は受けなかったと思います。そのときはちょうどアメリカに移住したばかりのころで、ただ純粋に今までと違う音楽を楽しんでいました。竹村延和、トータス、マッシヴ・アタックなど、全然違うジャンルのアーティストも聴いていました。LAで最初に作ったバンドTriorganicoは、エルメート・パスコアールの“Calendar of Sound”という作品と、素晴らしい木管楽器奏者であるパブロ・カロジェロから大きな影響を受けています。

──作曲の仕方や演奏の仕方など、現在の音楽スタイルになったのはいつごろで、どんなきっかけがあったのでしょうか?

ファビアーノ・ド・ナシメント どんなきっかけがあったのか、はっきりとは分かりません。15歳のころから曲を解釈してアレンジをしたり、作曲をしたりすることを始めました。作曲をすることは難しいので、だからこそ大好きでした。叔父や叔父の音楽仲間は、叔父の家で練習をしている私の音楽を聴いて、まだ私はものすごく若かったにも関わらず、もう音にアイデンティティがあると言っていたことを覚えています。自分のスタイルを意図的に探っていたというよりは、自然にできてきたのだと思います。

──ロサンゼルスの音楽シーンはあなたにどのような影響を与えましたか?

ファビアーノ・ド・ナシメント いつもLAにいると自分は場違いな人間なような感じがします。いつもただ自分のことに集中して、LAの音楽シーンからは距離を置いているので、どんな影響を受けているのかは分かりません。ブラジル(リオ、サンパウロ、ブラジリア)の音楽シーンからの方がずっと大きな影響を受けていると思います。

──多弦ギターを使い始めたきっかけはありますか? また多弦ギターの使用はあなたの音楽性にどんな影響を与えていますか?

ファビアーノ・ド・ナシメント 最も大好きな作曲家のひとり、エグベルト・ジスモンチの影響で8弦、10弦ギターに興味を持つようになりました。いろんなチューニング方法を試し始めたのも彼の影響です。それが具体的にいつだったかは思い出せないのですが、何年もかけてゆっくりじっくり取り組みました。同じころ、ソプラノギターも練習していました。1オクターブ高い音を弾くことで、他のギタリストの音と喧嘩しないようにです。

──プレイヤー目線の質問です。6弦ギターを弾くからといって、7弦、8弦ギターはすぐには弾けません。まったく別の楽器だと言う人もいます。多弦ギターを弾きこなすコツはありますか?

ファビアーノ・ド・ナシメント はい、全然違う楽器です。でも、多弦で何をしたいのかによると思います。例えば、7弦はブラジル音楽のショーロで、主旋律ではなくカウンターポイントのベースラインを弾くためによく使われています。私も最初はそういう目的で7弦を練習し始めましたが、すぐにソロでアレンジをしたり作曲をしたりするために使う方が自分にとってはずっと面白いことに気がつきました。


■ソロは、責任感が大きくなり、集中力がより必要
■バンドはボールをパスし合うような、チームプレイの感覚

──7月にリリースされたアルバム『Das Nuvens』はあなたにとってどんな作品でしょうか? 前作よりエレクトリックな要素が強く感じましたが。

ファビアーノ・ド・ナシメント 信じられないかもしれませんが、『Das Nuvens』に収録されている曲は全て7弦ナイロンギターで作曲、演奏し、それから電子音を加えました。エレキギターを弾いていると書かれているアルバムレビューをいくつか見かけたのですが、エレキギターは一切使っていません。それから、サンダーキャットやサム・ゲンデルの影響で私がまるっとスタイルを変えたというようなレビューも見かけたのですが、そういうわけでもありません。基本的には私が今までいつもやってきたことと同じです。家で静かに座って、ハーモニー、ハーモニクス、メロディを探る。『Das Nuvens』では、別のアルバム『Ykytu』のように、ギターを弾くときにエフェクターを使ったり、ビートを加えたりしました。今回のアルバムの特別なところは、良き友人であり、本当に素晴らしい作曲家、ギタリストであるダニエル・サンチアゴと一緒に楽しく制作をしたということです。


──2023年10月13日(金)にBAROOMで行われる公演はソロですが、どんなライブになりますか?

ファビアーノ・ド・ナシメント 複数のギターを使って、私自身の作曲とアレンジした曲を織り込んだライブにしようと考えています。ここ数年でリリースしたアルバムに収録されている曲から、まだリリースしていない曲も演奏します。

──ソロ公演だからこそできる演奏があれば教えてください。

ファビアーノ・ド・ナシメント ソロ公演だと、テンポも即興もダイナミクスもより自由に感じます。

──ソロ演奏とバンド演奏では、気持ちに違いはありますか? バンドの方が楽だとかソロは他のメンバーを気にしなくていいから楽だとか緊張するとか……。

ファビアーノ・ド・ナシメント すごく良い質問です。ソロ演奏とバンド演奏とでは、確かに気持ちに違いがあります。ソロのときは、責任感が大きくなり、集中力がより必要になります。バンドのときは、他のミュージシャンとエネルギーを交換することができるので、ボールをパスし合うような、チームプレイの感覚があります。それでも、ソロ演奏もとても楽しいです。

──あなたのパフォーマンスは、ギター・ミュージックの可能性を拡げると思いますが、これからも拡大していくでしょうか?

ファビアーノ・ド・ナシメント ありがとうございます。はい、まだ何か、一生かけても探求しきれないほど大きなものの表層に触れ始めたばかりの段階だと思います。(願わくば)これからもずっと成長し続けたいと思います。

──これから音楽的に新たにチャレンジしたいことはありますか?

ファビアーノ・ド・ナシメント たくさんあります! 来年チャレンジしたいと思っているのは、ブラジルのミナス・ジェライス州にある、ウアクチという音楽グループの創作楽器を使って制作、レコーディングをすることです。

──これからの予定(ライブ、制作など)を教えてください。

ファビアーノ・ド・ナシメント 今回の日本ツアーのほかは、11月にイギリスのFar Out Recordingsから『Mundo Solo』というアルバムがリリースされて、来年にはヨーロッパツアーをする予定です。来年はほかにもふたつのアルバムがリリースされる予定です。ひとつは10年前に、きっと皆さんもご存知の仲の良い友人(今は秘密にしておきます)とレコーディングをしたもので、年明けにReal World Recordsからリリースされます。

──10月のライブを楽しみにしている日本のファンにメッセージをお願いします。

ファビアーノ・ド・ナシメント 日本のリスナーの皆さんの前で演奏することがどれだけ楽しいことなのか、どれだけ感謝しているかを言葉にすることはとても難しいです。日本の方たちは、本当に音楽に耳を傾け、音楽に深く興味を持っているように感じます。日本の皆さんは、音楽に適切なスペースとリスペクトを、そして私に音楽の探求と創作を続けるエネルギーとモチベーションを与えてくれます。Arigatou gozaimasu.

取材協力:岡村さくら


<JAZZ at BAROOM ー ファビアーノ・ド・ナシメント ー>

2023年10月13日(金)
OPEN 18:00|START 19:30

■会場 / VENUE
BAROOM
東京都港区南青山6-10-12 1F

■料金 / PRICE
HALL TICKET(自由席) ¥5,000 *ワンドリンク別
・受付にてワンドリンク代を別途お支払いいただきます。
チケットは下記サイトにて発売中
https://jab231013.peatix.com/

■出演 / CAST
Fabiano do Nascimento(ファビアーノ・ド・ナシメント)
リオデジャネイロ出身|ギタリスト、作曲家、プロデューサー。
音楽一家に生まれ、幼少期からピアノ、音楽理論などの教育を受け、10歳でギターを手にする。
ブラジルの豊かな音楽環境によって育まれた卓越した演奏技術をベースに、サンバやショーロといったブラジルの伝統と、ジャズ、実験音楽、エレクトロニカなどの要素を取り入れた、独自の清らかで繊細な音楽を常に開拓し続けている。


<ROUND ABOUT JAZZ>

2023年10月13日(金)21:00〜
南青山BAROOM
MUSIC SELECTOR:原雅明
※ライブ後には原雅明の選曲によるリスニングイベントがBAROOMバースペースで開催される。ファビアーノ関連の“ROUND ABOUT JAZZ”が聴ける予定だ。こちらも合わせて楽しみにしてほしい。


◆ ファビアーノ・ド・ナシメント オフィシャルサイト
◆ BAROOM オフィシャルサイト
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