【ライブレポート】HACHIが示した不世出な才能と、新宿に夜に刻んだ“生きた証”

バーチャルシンガーのHACHIが2024年12月14日、東京・Zepp Shinjukuにてワンマンライブを行った。本公演は東京と台北を回るツアーの一環として、2025年1月にZepp New Taipeiで行われるライブに先んじて開催された。
◆HACHI ライブ写真
11月13日にリリースされたメジャーデビューアルバム『for ASTRA.』の名前を冠した今回の公演では、本作に収録されている楽曲のほか、彼女のディスコグラフィーを代表するようなキラーチューンも多数披露された。
HACHIの“生きた証”として制作されたこのアルバムは、“ボイジャーのゴールデンレコード”というモチーフに乗って我々に届けられた。今回のライブでは、そのひとつの到達点を超満員のオーディエンスが見守った。
冒頭は「line, sphere, dot.」から始まり、スクリーンには地球を離れてゆく様子が衛星の一人称視点で映し出される。何万光年というスケール感で描かれるストーリーからは、まさしく次元と時空を超えんとする覚悟が伝わって来る。1曲目の「スウィングバイ」はシューゲイザー的な響きを持ったギターのフレーズと出立にふさわしいリリックで、さながらロケットが打ち上がるような疾走感があった。
そしてこの時点でHACHIは新衣装をまとっていた。11月13日の配信で「嬉しいサプライズもあるかもしれないので、ドキドキしながら待っていただければと思います」と言っていたが、その言葉通り我々をしっかり驚かせた。

2曲目は「バスタイムプラネタリウム (gaze//he's me Remix)」。「line, sphere, dot.」も含めて、ここまではすべてgaze//he'sが関わった楽曲だ。歪みと耽美が両立する世界観で語られる「バスタイムプラネタリウム」は原曲とはまた違う雰囲気と推進力がある。
「バスタイム」という閉鎖的な空間から、『for ASTRA.』が目指す宇宙へ。プラネタリウムを思わせるライティングが、架空の夜空ではなく惑星のきらめきのごとくステージを彩っていた。
この日のライブで印象的だったのは「20 (DJ WILDPARTY remix)」から「空が待ってる」のメドレーである。ハウス調の前者から『Ghost Stories』期のColdplayを彷彿とさせるシネマティックな後者へと移行。キックもシンセも全力でフロアを向いているDJ WILDPARTYのリミックスは、歌うHACHIのフィーリングもアゲる。本人は「なんてセットリストだ。このあとに『空が待ってる』があるのを忘れて盛り上がってしまいました」とMCで言っていたが、後に続く曲も4つ打ちだったため、連続性は強くあったように感じた。
ちなみに会場のZepp Shinjukuはナイトタイムはクラブに形態が変わり、「ZEROTOKYO」へと変貌する。サウンドシステムはダンサブルな楽曲に完璧に対応しており、この箱ならではの体験だったとも言える。その意味でも、この2曲は太い線で繋がれていたのではないだろうか。
そういった連続性は「Deep Sleep Sheep」と「√64」にも見られた。“役目を終えたアンドロイドの最後のひとりごと”というテーマを持つ前者と、宇宙の虚空で漂うような心象を描いた後者。物語としても連続性を感じる上に、広義の音楽ジャンルにおいてもこの2曲は同じカテゴリーに入るように思う。
Lo-Fiなビートの上でシルキーな歌声を響かせる「Deep Sleep Sheep」と、よりオーセンティックなR&Bの「√64」。アルバム『for ASTRA.』リリースの際、インタビューを行ったが、そのときにHACHIは「√64」について「フェイク(原曲の音程やリズムを変えて歌うこと)が難しい」と話していた。「思い切った歌い方ができていないと感じることがある」と続けたが、この2曲ではかなりフェイクが効いていたように感じた。
歌い方や音楽性、世界観も含めて、このときのHACHIの歌唱は、さながら曲と曲を繋ぐアーチを描いているようだった。彼女ほど原曲を忠実に再現できるシンガーは極めて稀だろうが、それゆえにオリジナルとは異なる方向に舵を切りたくなるかもしれない。その才能が最も鮮やかに結実したのが、この瞬間だったのではないだろうか。

親和性が強調されるということは、「違い」も顕著に発露するのだ。「夏の曲ゾーン」として披露された「万華鏡」「ビー玉」「夏灯籠」の3曲は、音楽プロデューサー・海野水玉が手掛けた楽曲だ。いずれもミドル~ダウンテンポの内容だが、ビートの種類はそれぞれ異なる。それらの違いが具体的に顕在化したのが、夏の曲ゾーンだろう。とりわけ「夏灯籠」のLo-Fiなニュアンスは、前2つの楽曲の透明感とノスタルジーをさらに強調し、その上でシンフォニックで壮大な世界観を提示していた。
HACHIはMCで「何を歌うか、セットリストに本当に悩む」と語った。実際、この日のライブも曲順や文脈など、相当練られていたことが見てとれる。ブロックごとに分かれていた印象があり、「万有引力」から始まるロックなニュアンスのパフォーマンスはとにかく圧巻だった。
現場で「√64」を聴いたときに「HACHIにはR&Bの才能がある! 今後もこの手のジャンルの楽曲をどんどん歌ってほしい」と思った矢先、「なんてロックシンガーだ!さらなる一大センセーションを起こせるに違いない」と感じた次第である。ジャンルを選ばずにこれだけ自身の歌唱の幅を見せられると、“不世出な才能”という称賛だけでは足りない気さえする。
歌われる度に輝きを増してゆく1stシングル「光の向こうへ」を聴きながら、目の前で精一杯歌をうたうディーバへのリスペクトが沸々とわいてくる。フロアを黄色く染め上げたペンライトも、この稀代のシンガーの足跡を称えていた。

そして本編最後を飾った「Pale Blue Dot」。この曲は前作『Close to heart』収録の「HONEY BEES」の一部を継承しており、『for ASTRA.』を語る上でも重要な楽曲に思われる。2Stepのビートや1音ずつ鳴らされる鍵盤が、さながら宇宙からの信号のように聞こえた。
そしてBEES(HACHIのファンの愛称)のシンガロングがこだましたとき、ボイジャーのレコード盤には我々の存在も確実に刻まれていると実感できた。
元より彼女は“常に”我々の側にいたのである。アンコール、「HACHIは手紙が好きです」と語った上で「レコードのように」が歌われた。自身が作詞に初挑戦したこの曲は、徹頭徹尾HACHIの言葉で綴られている。「HONEY BEES」や「Pale Blue Dot」、あるいは「光の向こうへ」とも共鳴しながら、過去に自身が発表した傑作をも照らしている。
「レコードのように」が孕んでいるテーマ性や世界観が、他の楽曲と共通しているからこそこれまでのHACHIの足跡が虚構ではないと信じられるのだ。
最後の数行、HACHIは震える声で絞り出すようにみずからの詞を歌い上げる。“バーチャル”の実存は日進月歩で確かなものになってゆくが、この日のライブはその金字塔と言って差し支えないだろう。間違いなく、ひとりの歌い手の人生が乗っていた。
取材・文◎川崎ゆうき
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