「M-SPOT」Vol.006「執筆家の音楽的アプローチ、芸術性の追求」

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メジャーシーンもさることながら、日本のインディペンデント音楽シーンは面白い。アートとエンタメの両側面を持つ音楽は、アーティストの数だけ様々な価値観が生まれ始めているようにも見える。

音楽に没入しているミュージシャンもいれば、アートの一側面を彩る補助ツールとして音楽を扱う表現者もいる。そして我々オーディエンス側も、いろんな感性と様々な価値観でその音楽と接している。アートとして心を揺り動かされることもあれば、エンタメとして感動を受けることもある。そしてどれもが正解で、人の数だけ音楽のあり方は様々だ。

今回もキュレーターとして堀巧馬(TuneCore Japan)、野邊拓実(TuneCore Japan)、DJ DRAGON(BARKS)、烏丸哲也(BARKS)が様々な音楽に触れ、作品の魅力とともに琴線を揺り動かす理由を語りあった。

   ◆   ◆   ◆

──「M-SPOT」企画を通して、様々なタイプのアーティストの存在に圧倒されていますが、今回気になったアーティストに伊達なおこという方がいまして、この人は「文章を書く」方で、その文章の表現手段として音楽を採り入れているという方なんです。

堀巧馬(TuneCore Japan):そうなんですね。確かに色んなアーティストがいますけど。

──誤解を恐れずに言えば、音楽家ではなくて執筆家という自意識で、生成AIの力を借りてキャラクターと曲を作り、そこに自分が表現したい詩を歌わせているというスタンスです。つまり「伊達なおこ」は本人ではなく、自身の執筆作品を音楽で伝えるためのキャラクターなんですね。今の時代だからこそ成し得たスタイルだと思いませんか?


伊達なおこ

野邊拓実(TuneCore Japan):一言で「音楽」と言っても、アウトプットされた作品が「鳴っている音を聴くタイプの媒体」というだけで、AIで作るのか、完全に0から譜面を書いたりDTMを使ったりして曲を書くのか、その作る工程は全く違うものと考えると、そもそも「音楽の定義ってなんなんだろう」って思いますね。意外と曖昧なのかも。「表現」というものすごい大きなくくりの中に、一手法として音楽があり、絵があり、映像があり…みたいな構図の中で音楽を見ている人がいて、「今やろうとしている表現は音楽ってスタイルが合いそう」ってくらいの感覚で音楽をつくっている人もいるのかも。

──あらゆるシーンに音楽は欠かせないんですが、決してメインディッシュじゃないこともありますよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):音楽という形態をとっているけど、「重要な部分は音楽じゃない」みたいなこともあり得るってことですね。それこそ歌詞を中心に聴く人もいたりするわけなので。

堀巧馬(TuneCore Japan):価値観のアップデートを感じます。「これめっちゃいい音楽だよ」って紹介されると耳から入ってくる情報が中心に置かれるわけですけど、それ以外の視点があると不思議と聴き方が変わるみたいな現象があるんですよね。

──シンガーソングライターと思っていたけどそうじゃなかった。それを知ると音楽全体に耳を向けるのではなく、歌詞に注力するような聴き方に変わる。どういう情報が聞き手に入っているのかによって、音楽への印象が変わりますね。

堀巧馬(TuneCore Japan):言ってしまえば、本質的にはボカロPと変わらないと思うんです。言いたいことがあって、こういうコンセプトが好きで…みたいな。この時代になって感覚的にしっくりきた手法がボーカロイドではなく単にAIだったということなのかもしれません。

野邊拓実(TuneCore Japan):AIの使い方として好感が持てるというか…表現したいものがあって、それを表現するための手段・ツールとしてAIを使う。AIを使うことが目的になっているわけじゃないのがいいですね。



──執筆した文章をどう発表するか。活字で発表する人もいれば、読み上げる人もいる。これは音楽という表現方法を選んだということか。

DJ DRAGON(BARKS):これは新しいポエトリー・リーディングですよ。

野邊拓実(TuneCore Japan):確かにそうだ。

DJ DRAGON(BARKS):昔は音楽をバックに朗読していたようなものだけど、ポエトリー・リーディングを音楽AIが行うとこうなりましたというものだね。

野邊拓実(TuneCore Japan):AIによって選べるようになったというわけですね。今までは朗読っていう形しかできなかったものが、「歌で伝えた方が、自分が思っている伝わり方をする」と考えた時、それができるようになった。

DJ DRAGON(BARKS):作詞家という詩を表現する人たちのツールのひとつで、音楽とはまた全然違うものだと思うんだよ、音楽っていう風にカテゴライズしちゃうとまた違っちゃうから「これはポエトリー・リーディングなんだよね」って言ったほうが無理なく入ってくる。これを「音楽」というと「いや、これAIでしょ」と偏見を持つ人が出てくる。

堀巧馬(TuneCore Japan):確かに。

──メロディや楽曲を評価してほしいわけじゃないという。

DJ DRAGON(BARKS):そうそう、この人たちがやりたいのは、自分たちの詩を表現することだから。

堀巧馬(TuneCore Japan):今のドラゴンさんの話を聞いて、伊達なおこのアートワークをみると、ジャケ写なのに凄くテキストが書いてあるんですよ。「説教臭い歌ってよく言われますけど、自分を励ますための、六つの歌」って。こういう詩の世界も、ポエトリー・リーディングではなくメロディを持って楽曲の形で全体的な空間を作っておけば、臭いことを言っても臭く聞こえないというのがありそうですよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そういう効果はありますね。

堀巧馬(TuneCore Japan):noteとかに書いちゃうとすげえ説教臭くなるかもしれないでしょ。だから、ショート動画で自己啓発っぽいものをよく見かけるけど、あれって歌にした方がすんなり入ってくるんじゃないの?(笑)みたいな。

──てことは、文芸の世界で表現していた人がどんどんミュージックシーンに入ってくるね(笑)。

堀巧馬(TuneCore Japan):文豪的な作品は、日本語の良さをもって文字だけでアートになりますけど、もっとストレートな…例えば「好きです」という感情を言い表したい時、文字で見せられるよりも音楽に乗せたほうが伝えやすいということはありますね。

──原作となる小説を映画化するように、文芸作品…たとえば夏目漱石「坊っちゃん」をAIの力を借りて音楽作品で表現するということも考えられますかね。

DJ DRAGON(BARKS):あるんじゃない?ありえるよね。小説を歌にして歌い継いでいく。

野邊拓実(TuneCore Japan):合唱とかではすでにありますよね。谷川俊太郎さんの詩を合唱曲にしてるみたいに。でも、プロの作曲家によってようやく実現できた領域だったことが、今度は民主化されてきたということですね。

DJ DRAGON(BARKS):なるほど、これもそういうジャンルになるのかな。

堀巧馬(TuneCore Japan):難しいですよね。小説を歌にするという試みって昔からありますし。

──そもそもYOASOBIが「小説を音楽にするユニット」というコンセプトですけれども。

堀巧馬(TuneCore Japan):「ブラック★ロックシューター」のように、イラストから着想を得て曲ができて、そこからストーリーが生まれるという逆もありますね。そういうアート間の行き来ってあって当然ですよね。実際のストーリーを表現するために、色んな曲があってそれがアルバムとしてまとまって完結する世界ですから。

DJ DRAGON(BARKS):アルバムってそういうことだもんね。ストーリーがあってテーマがあって。

野邊拓実(TuneCore Japan):コンセプト・アルバムみたいなものは、まさしくそうですね。

DJ DRAGON(BARKS):新たなひとつの表現方法としてありますね。これまでの作詞家という形じゃなくて…詩人っていうのかな。詩人系AIミュージシャン。

堀巧馬(TuneCore Japan):確かに詩人ですね。でも、曲作りがどこから始まるのかも人によって違って、歌詞から曲作りが始まる詞先のミュージシャンもいますよね。

DJ DRAGON(BARKS):詩人系AIミュージシャンというのは、ツールとして生成AIを使う人なんじゃない?作曲はしない人。作詞だけの作詞家という人もいるけど。

野邊拓実(TuneCore Japan):曖昧ですよね。そのあたりはすごくグラデーションで、AIを使うと言っても、どこまでどのように使うかっていう。

──一方でまた、真逆とも言えそうなスタンスのアーティストもおりまして、maishintaというユニットは、様々なアーティスト活動を歴てたくさんの作品を発表されている男女ふたり組で、今では夫婦となって平和と愛を掲げて活動を続けているんですね。


maishinta

DJ DRAGON(BARKS):この人たちの生い立ちがすごいね。男性はこれまで300曲以上をリリースしているし、女性は歌い始めた理由がすごい。「声がもつ不思議に目覚め、自身で詩を書き朗読を始め…声を響かせることによって人の内側に広がる温かな感覚、愛の体感を思い出すサポートを行っている」と。

堀巧馬(TuneCore Japan):そのスピリチュアルな感覚は、わからなくもないですよね。音楽や作品によって救われた経験があると、音楽の存在の位が上がるというか、音楽の意味も違ってきますよね。普通の人たちがエンターテイメントとか芸術を楽しんでいる状態に比べて、もっと上位に音楽が存在している気がするんです。音楽が、神様にも似たような信奉する行為にも近いというか。

──存在意義があるということなんでしょうね。音楽に寄り添うことによる表現の喜びもあるでしょうし、到達したい領域に手が届いていく感覚とか。こういう作品が「J-POP」という枠の中に潜んでいることが凄いです。

野邊拓実(TuneCore Japan):じゃあそのジャンルは何?って言われちゃうと、確かにJ-POPなのかな、みたいな。

堀巧馬(TuneCore Japan):ポピュラーミュージックって何?みたいな話ですね。



野邊拓実(TuneCore Japan):難しいですよね。でも僕は、実なかなりツボで、表現芸術としての音楽みたいな世界ってめちゃくちゃ好きなんです。エンタメとしての音楽ももちろん好きだし、素晴らしい作品もいっぱい見てきましたけど、そういう価値観ではないスタンスでの音楽芸術ってツボなんですよね。

DJ DRAGON(BARKS):その世界って、坂本龍一さんとかもそうでしょ?坂本龍一は突き抜けちゃっているけど、でも近いよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。坂本龍一さんはエンタメとしてもどっちもいけるタイプなので、、どっちかっていうと平沢進さんの様な方向なのかなと思っているんですけど、こういう人たちがちゃんと発信できるようになったことにすごく意味があると思います。

堀巧馬(TuneCore Japan):それは本当にそうだね。

野邊拓実(TuneCore Japan):ポップス…エンタメの世界から何かが生まれることもあるんですけど、僕は何か新しいものが出てくるのって、基本的にアンダーグラウンドからだと思ってるんです。受け入れられるかわからないような新しいものが、無限に出てきているところがアンダーグラウンドで、その中で「これってポップスとかエンタメにも使えるじゃん」と、それをエンタメ化できる人たちがいる。要は生み出す人たちとエンタメ化する人たちって、ちょっと違うケースが多いなって思っているんですね。なので、こういう芸術系…ってまとめちゃっていいのかわからないですけど、表現者たちが世に作品を出せる環境になって、それがきちんと収益化したりサステナブルに活動として続けられるような状況になれば、文化として成熟すればするほど新しいものが出てきやすい環境になっていくはずなんですよね。それはポップス/エンタメにとってもすごくいいことだよなと思うんです。

──どんな作品でも発表できるという「表現活動に制限がない環境」が理想ですね。

DJ DRAGON(BARKS):若い人たちにも、こういう表現を見聞きしてほしいし、それをどう受け止めるのかも気になるね。こういうモノをキャッチできる時代になってきたってことは、そうなるととんでもない子とかいるじゃないですか、細野(晴臣)さんのお孫さん(CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN)とかさ(笑)、おおマジか、みたいな。そういう意味では、こういう音楽が出てきて、それをどんどんいろんな人たちが聞いていくと面白いよね。

野邊拓実(TuneCore Japan):そうですね。ここに影響を受けてきたポップスとかがあってもいいですよね。表現の美しさはそのままに、音楽的なリテラシーがない人でも分かるようなポップスに消化させるようなアプローチが生まれてきたりすると、凄く可能性を感じたりします。

──アートとエンターテインメントの高次融合ね。

堀巧馬(TuneCore Japan):そのバランスを取ることこそ、クリエイティブというものなのかもしれないですね。それこそ超パーソナルな自己満足なものを発信したって、ただのプライベートの切り売りでしかないから。

──そうね、それはただのマスターベーションに過ぎないかも。

堀巧馬(TuneCore Japan):そうなんです。だからこそ、自己表現とエンタメをどうバランスアウトするかっていうところが多分1番苦しいし、多分1番楽しいポイントなんでしょうね。

──いつの時代もアーティストが抱えるテーマのひとつでしょうね。自分の欲求をどうクリアして大衆に支持してもらうか。

野邊拓実(TuneCore Japan):大衆の捉え方も個人で違ったりするので、そのバランスっていうのも、実は二極じゃなかったりするのかもしれないですけど。

堀巧馬(TuneCore Japan):確かに。一個人に向けた曲とかもありますからね。

──自分のために曲を作り自分のために歌う楽曲もありますからね。失恋ソングなんてその典型かもしれないし。本当に音楽にはいろんな形がありますが、次回はまた全く違うアプローチのアーティストを紹介したいと思います。では続きは次回に。

協力◎TuneCore Japan
取材・文◎烏丸哲也(BARKS)
Special thanks to all independent artists using TuneCore Japan.

伊達なおこ

伊達なおこです。どこかで聞いたような名前だって? 気にしないでください(笑)。小さい頃から、文章を書くのが好きです。絵を描くことも好きだけど、文章を書く方が日常的かな。書くのは当然、自分の想い。だらしない自分に喝を入れる、もう1人の自分がいます。そして書き終わって…よしっ!頑張ろう、と。説教くさい歌ばかりですが、すべては自分への戒め。…そんな強がりで、でも繊細な感性をもった、少し昭和チックな日本の女性をモチーフに、AIの力を借りて作り上げたのが「伊達なおこ」というキャラクターです。歌詞は完全オリジナルですが、作曲と歌唱はSuno.AIが生成した音源をリミックスして制作しています。
◆伊達なおこページ(TuneCore Japan)

maishinta

maishintaは、酒本信太と酒本麻衣による音楽ユニット。
SHINTA SAKAMOTO 酒本信太・プロフィール 3歳からピアノをはじめ、12歳から作曲を開始。23歳の時に学生時代の音楽仲間たち(小袋成彬・Yaffleなど)と共にTokyo Recordings(現・TOKA)を設立。映画音楽、アーティストの楽曲提供、テレビCMなどの楽曲制作を行う。 2015年、祖母の逝去をきっかけにロンドンへ遊学し、そこで自ら歌い始める。2016年4月、のちに妻となる向田麻衣(現・酒本麻衣)と出会い、共に音楽制作をスタート。自身の音楽レーベル、8th MAY Recrodsを設立。現在までにmaishinta、Shinta Sakamoto名義のピアノ曲集など合わせて30枚以上のアルバム(300曲以上)をリリース。2023年より8th MAY Recordsの全作品約300曲をmaishinta musicにて配信開始。 自身のクリエイティビティを平和活動に繋げてゆく、一つのプラクティスとして、2024年、歌う瞑想「SINGA」を創設。音楽を軸に、この世界をさらに平和で愛に溢れる場所にするためにさまざまな活動を行なっている。
MAI SAKAMOTO 酒本麻衣・プロフィール(旧姓 向田麻衣) 15歳でネパールで働く人道支援家と出会い、17歳で単身ネパールを訪れる。そこから繋がる出逢いに導かれ、26歳の時にメイクアップで女性の自尊心を引き出すCoffret Project(コフレプロジェクト)を始動。 その後、人身売買被害者の女性たちのサポートを目的にコスメブランドLalitpur(ラリトプール)を創業。 TEDをはじめ、講演活動が増えてくるに従って、声がもつ不思議に目覚め、自身で詩を書き朗読を始める。2016年4月、のちに夫となる酒本信太と出会い、最初のミーティングで遅刻をしたために生まれた曲「HOHOEMI」の歌唱を担当する。それからmaishintaとして音楽活動を開始。 現在までにmaishintaとしては4枚のアルバムをリリースし、全国のタワーレコードなどで販売。2024年、信太と共に、歌う瞑想「SINGA」を創設。声を響かせることによって人の内側に広がる温かな感覚、愛の体感を思い出すサポートを行っている。 著書:『美しい瞬間を生きる』(ディスカバー21)
◆maishintaページ(TuneCore Japan)

◆「M-SPOT」~Music Spotlight with BARKS~
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