【俺の楽器・私の愛機】1820「でもお高いんでしょ?→なんとタダです!1919年製アンティークピアノ!」

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【Chickering & Sons 5'7" "Anniversary Grand" Scale133】(米国カリフォルニア州内某所 マイペースなアマピアニストA氏 10<100歳)


以前Vol.1630Vol.1585に投稿させていただいたものです。

超気合を入れて記事を書いたカヌレちゃんですが、諸事情により、カヌレちゃんとはしばしのお別れをして、アメリカはカリフォルニア州に引っ越すことになりました(ちなみにカヌレちゃんはそのまま日本の家においてあります。気に入ってたから売りづらい、、、)。そこで、今度はアメリカで購入(?)したピアノについて語っていこうと思います。

その名もChickering&sons 5'7" "Anniversary Grand"。まず、Chickering&sonsというブランドについてお話しませう。まるで聞き馴染みがないこちらのブランドですが、あのSteinway&sons創業者、Henry E Steinway氏がSteinway&sons社を創業する前、ニューヨークの劇場で「体験」して大ショックを受け、設計思想に大きく影響を与えたピアノブランドだそうな。Chickering&sons社は1823年、ボストンにて創業。アメリカ最古のピアノブランドであったそうな。ちなみに今では常識になっている一体成型鋳鉄フレームを開発したのもこの会社。

こちらのピアノは製造番号から調べたらなんと1919年製!投稿時で105歳か106歳と推定されます。このまえアンティークピアノについて書いたときはこんなアンティークなピアノ買うなんて思ってもいなかったぜ、烏丸さん。超高音域に変なハンマーが接着されているせいで(しかも変な向きで)高音部は響かないのですが、オリジナルのハンマーが残っている高~低音域はハリと柔らかさが共存する美しさ、どんな曲でもそつなくこなす包容力があります。

カヌレちゃんでもありがちでしたが、デュープレックス・スケールが結構主張して、弾いていると「キャーン」とでも表現できるような共鳴が生まれるときがあります。最初はびっくりしましたが、今はそうでもありません。カヌレちゃんが子どものような無邪気さがあって、時々拗ねちゃう子だとすれば、こちらは包容力のあるロマンスグレーのおじさま。ものすごくダイナミックレンジが広かったり、ものすごく刺激的でダイレクトなフィールだったり、なにかが取り立てて突出しているわけではないのですが、弾いていて極めて気持ちいい、リラクシングなピアノです。一番得意なのはバロック~古典あたりかな。ショパンとか、ドビュッシーとか、ロマン~近代を弾いてももちろん素晴らしいのですが、バッハを弾いていて気づいたら一時間経過、なんてことが時々あります。もちろんAmericanなPOWERもあってポップスなんかもじゃんじゃん弾けそう。私は弾けないけど。

構造も、古いだけあって様々な点が現代のピアノと違って面白いものです。例えば、低音部三本巻弦。現代のピアノでは低音部の巻弦は最大でも二本ぐらいが多いのですが、この固体は三本巻弦が使われています。あとはダンパー(止音するパーツ)の形が洋梨型ではなかったり、総アグラフの調弦だったり。アグラフというのは、穴が空いている真鍮製ないし鋼鉄製のパーツで、フレームに直接取り付けられ、そこに弦を挟んで弦を適正な長さ、角度に保ちます。普通は低音域から中音域までをアグラフでカバーして、あとはフレーム本体と一体化されたバーで高音部の弦を押さえつけるのが一般的なのですが、このピアノはすべての弦に対してアグラフが使われています(ただし、独ベヒシュタイン社などには総アグラフ調弦を採用したモデルがある)。どうやら、Chickering&Sons社は実験的なモデルを数多く市場に投入してきたらしく、ほとんどワンオフモデルのような試作品を市場に回すこともままあったらしいので、このピアノもそのようなモデルの内のひとつなのではないかな、と思います。ただし、ダブルデュープレックス・スケール(ハンマーで打たせずに、他の弦の振動で共鳴させる弦を持つ構造)を高~超高音域にかけて使用しており、中音域ではシングルデュープレックス・スケールを持ちます。

更に特筆すべきと思われるのがフレームに刻まれた"Anniversary Grand"の文字。なんぞやと思ってネットで調べてみると、どうやら会社の創設100周年(1923年)を祝って製造されたモデルらしいです。なんでもウォルナットの外装が特徴だそうな。そういえば、これもウォルナットだなぁ。そんなことをいろいろと調べて調べて調べて調べているんですが、なぜだかものすごく情報が少ないのです、トホホ。とある有名なピアノ掲示板の投稿者に言わせれば「このピアノは最も情報が入手しにくいピアノのうちの一つである」そうな。だけど音がいいのでOKです。様々な点で特別なピアノであることが実感できて最高です!最高のコンディションではないですが、こういう過去にしか作れなかったピアノを保護し続けるのもピアノ愛好家の使命です。楽しみつつしっかりと愛でさせていただきます。たしか、Vol.1803に「双璧の二本」という表現が出てきたと思うのですが、正しくカヌレちゃんとこのピアノは双璧の二台、、、おらわくわくしてっぞ。

ではなぜこのピアノをゲットすることになったのか、ようやくタイトル回収です。

引っ越してきたはいいものの、家にピアノがないとスタジオに通って弾くことになります(まぁまぁ家計に響くのです、これが)。しかし、弾かないという選択肢は存在しません。ピアノが好きなので。とりまずeBeyなんかで中古のピアノを買おうという事になりました。試しにFacebook Marketplaceを流し見していると、1000ドルぐらいで古いグランドがいくつか見つかるじゃありませんか。そのうち二人ぐらいに連絡してみたのですが、内一人は直ぐには返事が返ってこず、もうひとりは比較的すぐに返事が返ってきたので交渉してみることにしました。

出品者にさっそくメッセージを送り、詳細を聞いてみると、返ってきた返事は「もともと、アタシのパパが使ってたピアノだから、詳しいことは知らないの。パパに電話させるから電話番号頂戴」でした。とりあえず、言われるとおり電話番号を渡し、ついでに最近の発表会の動画も送って一日ぐらい待っていると本当に出品者さんから「パパが住んでる」と言われた州の固定番号から電話がかかって来ました。

"Hello, are you Mr.A?"と聞かれたので、そうです、貴方のピアノについて聞きたいんだと返しますと、「えっとねぇ、あれはたしか50年ぐらい前だったかな。サンフランシスコにあるでっかいピアノ屋さんにいって、同じブランドの新品のベビーグランド(注*カヌレちゃんとおなじぐらい、奥行き155センチ前後のグランドピアノのこと)を買おうと思ったんだよね。だけど、同じ店にもうちょっとデカい中古のピアノがあってさ、弾き比べたら音質がぜんぜん違うんだ!結局当時50歳くらいの中古の方を買ったわけさ」とおっしゃる。

「それで、どんな状態なのかを聞きたいんだけど」と聞くと「白鍵は象牙だね。手触りはすごくいいよ(黒鍵も黒檀だということが後日判明)。だけど100年前の接着剤がそのまま使われているところが多いからそのうち剥がれてきちゃうかもね。実際、ちょっと剥がれてきちゃったから木工用ボンドで止めたことがあるんだ(よい大人の皆さんは真似しないように。調律師さんにアンビリバボー、ネバードゥーザットと言われました)。僕はチャーチオルガニストでね、家で練習できるように買ったんだよね。ただ、僕が引退して、娘に譲ったあとは多分調律してないんじゃないかな」とおっしゃる。

ちなみに前情報で州をまたいだ引っ越しのために手放さなくてはいけなくなって、今はストレージに入っているので試弾できないということを知っていた私は、ちょっと尻込みしていたわけです。パパさんにそれを見透かされるのもまぁ、当然というか。「Hey、そんな根掘り葉掘り聞いてくるくせになんか一歩引いてる感じなのはなんでだい?」と聞かれたので「試弾できないからちょっと尻込みしてるんです」と正直に言うと、「そういえば君が娘に送ってくれた動画見たよ。君めっちゃいい演奏するね。僕としてもピアノを大事にしてくれる人にもらってほしいから、そうだな、娘(出品者さん)に言ってタダであげよう。輸送料はちょっとかかるけどね」と言われてしまいました。

流石にここまで言われたらこっちだって断るわけには行きませんから、「それはどうもアリガットウ!よろしくお願いします!」と言って、3日後ぐらいにピアノが無事来たわけです(運送料575ドル)。突然ピアノが来たせいで、我が父上殿に「もうピアノ買ったの?!」と言われました。

問題点は白鍵に象牙を使用しているため、白鍵を取り除かないとワシントン条約に引っかかってどこの国にも運べないことです。しかも大体船便で日本まで数ヶ月かかるらしい。そして日本の我が家には二台もピアノを置くスペースはない。日本に帰るとき一体どうするんだ、私。まぁ、先のことを心配するのもそこそこにして、今は楽しみたいと思います。








   ◆   ◆   ◆

そうか、アメリカ国内の移動だからワシントン条約とか関係ないのか、ブラジリアン・ローズウッドとかホンジュラス・マホガニーとか入手し放題か…って関係ないところで脊髄反射しちゃいました。いやしかし、深い愛と高い熱量と正しき知識を兼ね備えると、いろんな奇跡が起こるんですね。おそらく、この貴重なピアノの前オーナーも、譲るべきピアノストに出会えたことに最大の喜びを感じたわけですよね。君ならあげるというわけだもの。ひとつの楽器に対し、何もわからずに手放そうとする娘さんとAさんとのテンションの違いに、人の世は面白いなと思います。こうやって世の中が動いたり、風が吹いたりするんだなあと痛感しました。ところで、こちらには名前はつけないの?GP156がカヌレなら、この子はフィナンシェ?(BARKS 烏丸哲也)

★皆さんの楽器を紹介させてください

「俺の楽器・私の愛機」コーナーでは、皆さんご自慢の楽器を募集しています。BARKS楽器人編集部までガンガンお寄せください。編集部のコメントとともにご紹介させていただきますので、以下の要素をお待ちしております。

(1)投稿タイトル
 (例)必死にバイトしてやっと買った憧れのジャガー
 (例)絵を書いたら世界一かわいくなったカリンバ
(2)楽器名(ブランド・モデル名)
 (例)トラヴィス・ビーン TB-1000
 (例)自作タンバリン 手作り3号
(3)お名前 所在 年齢
 (例)練習嫌いさん 静岡県 21歳
 (例)山田太郎さん 北区赤羽市 X歳
(4)説明・自慢トーク
 ※文章量問いません。エピソード/こだわり/自慢ポイントなど、何でも構いません。パッションあふれる投稿をお待ちしております。
(5)写真
 ※最大5枚まで

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