5年たったら、いまやってることを振りかえって、恥ずかしいって思うんじゃないかな

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Fiona Apple Apple Fritter, Or, Don't Cry For Fiona Exclusive myLAUNCH Feature By Scott Chernoff

「5年たったら、いまやってることを振りかえって、
恥ずかしいって思うんじゃないかな」
――Fiona Apple、 1997

そう、Fiona、恥ずかしくなるよ。苦しいくらいにね。

 Fiona Appleがメディアで行った一連の“暴挙”は、すでにだれもが知る伝説となっている。MTVヴィデオ音楽賞での「勝手にやってろ」事件(授賞式ぶち壊し測定機で計ったところ、これは、アカデミー賞でSally Fieldがオスカーに「
きみはわたしのこと好きだもんね!」と言ったのに次ぐ歴代2位の記録だった)。感謝祭には、みんなで食肉会社Butterballに乗り込んで「このきれいな鳥を殺して食べるのにぴったりの方法なんかないと彼らに教えてあげましょう」と動物愛護団体に代わって訴えたり(「きれいな鳥」って七面鳥のことだよな、やっぱり?)。そしてもちろん、あのウサンくさいDavid CopperfieldになりたがっているDavid Blaineとつきあっていることも(あさはかと言われるのは承知だが、マジシャンとつきあうなんて、騙してくださいと言ってるようなもんじゃないのか)。

 そんなこんなで、Appleは歌より言動でいちだんと有名になった。これはまずい事態である。彼女の歌声は、とてもいいのだから。Fiona Appleを並大抵の歌手と一緒にしてもらっては困る。彼女は生まれつきの歌手なのだ。'97年に初めてシーンに出現したときは、それ以上だった。彼女は、無垢なまま完成していたのだ。

 その後Appleは2年間、音楽産業と呼ばれるひとつの現実に暮らしてきた。デビューアルバム『Tidal』は200万枚以上売れて、彼女はグラミー賞最優秀女性ロック賞を手に入れた。Lilith Fair主催のツアーで緊張してピアノの向こうに座っていた繊細なシンガーソングライターが、自分自身のイメージに消費され、回り、踊り、アリーナの主役となって“大切なメッセージ”を歌うディーヴァに転身する。そんなことがまたたくまに起きるのは分かりきっていた(正確には、Appleのとびきりの写真と超ミニの衣装を使った“Criminal”のヴィデオのたった5分間で、彼女は一気にトップ10歌手の仲間入りをしたのである)。

 しかし、スポットライトの下にいるのをAppleがだんだん嫌がるようになっているからといって、私たちは彼女を非難できるだろうか。彼女はポップ界の偶像になったとき19歳だった。むしろ彼女はそのとき、世間からバカにされる存在になるべきだったのだ。現実を直視しよう。バカでない19歳がいったいどのくらいいるというのだ。

 もし私が19歳の頃カメラに囲まれて暮らしていたなら、それは'91年のことだったので、まずはきっと湾岸戦争に反対するきわめて真剣な声明を発表していただろう。それから、すべての女性を厳しく非難し(ちょうどふられたばかりだった、私自身のせいで)、親権を疑問視し、私が書いていた“重要な戯曲”についてもったいぶって語り、大麻の合法化運動を強力に推進していただろう。要するに、バカ以外の何者にもならなかったはずだ。

 Fionaもきっとそんなふうだったにちがいない。しかし、彼女がなにも言うべきことなどないかもしれないと気づく前に、世界は彼女の言葉に聞き耳を立てていた。もちろん、曲作りのことなら、彼女には話すことがいくらでもあるだろう。これまでの彼女の曲はすべて、Appleが熟知しているひとつの事柄について歌っているからである。それは彼女自身だ。彼女の感覚、彼女の感情、彼女の世界との向き合いかた。彼女がヘンなことを言うのは、きまって彼女が外の世界と格闘しているときである。あるとき彼女はMTVに出演して、歌手の言うことなんか聞かないようにとファンに切願していた。そしてその翌週、彼女は動物愛護団体に代わってファンに鳥類保護を訴えていたのである。

 しかし、彼女の歌に矛盾はない。たしかに『Tidal』のなかの数曲は、私の小さい妹がひとりで悩んだりメロドラマに走ったりしている日記のページのようである。しかし、これはけっして私が初めて指摘するわけではないが、Appleの歌の多くは、彼女の送ってきた歳月の向こう側にあるひとつの体験を歌っている。彼女が“Never Is A Promise”で“熱が出るとわたしはあなたに見せたよりもっと奥に火傷をする”と歌うとき、私たちは彼女の言葉を信じている。それは、彼女の歌声が過去の苦痛をすべて吐き出すことなく抑制しているように感じられるからであり、そして、私たちが彼女のその過去をよく知っているからである。

 Appleはその悲痛な経歴をもとにたくさんの曲を書いている。そして、彼女があんなにも自己主張をして、相手が何百万人でも全員の視線を集めなければ気が済まないのは、まちがいなくその闇のせいである。しかし皮肉なことに、Appleがその話をしてライター(私を含む)がそれを書けば書くほど、その重要性は喪失していくのだ。Lilithについて紹介している資料や記事を読むと、たいていの場合、Appleが12歳のときにレイプされたことと、Jewelがアラスカの厳しい自然のなかで生き抜いたことが、並列に記されている。そこでは、2人はともに、異例の体験を克服して歌手になった若き女性スターにすぎない。

 しかしJewelとちがって、Appleは、自分自身の手に負えない複雑で困難な感情を曲のなかに取り込んでいる(Jewelファンの抗議の手紙は私の自宅に送ってくれ)。それは、そうしなければならないと彼女が思っているからである。Appleはつねに、議論に値する人物だと思われようとしてきた。彼女は考えたことをフィルターを通さずに喋る若い女性(現在20歳)であり、その発言によってファンからは強力な支持を、反対者からは強力な敵意を獲得してきた。もっとも、そういったファンや反対者のほとんどは、有名人の発言はなんでも重要な意味があると思っているにすぎないのだが。

 Appleとファンの関係は、他のアーティストの場合とすこし異なる。それは、彼女があっというまに有名になったからであり、若い段階でたった1年のあいだに自信を持てないロックファンからスーパースターに変貌したからなのだが、さまざまな世代が混じり合っている彼女のファンのなかで、最も激しく彼女を弁護しているのは十代の少女なのである。彼女たちは、Appleは自分たちの仲間であり、代弁者であると思っている。

 Fiona自身、インターネットの書き込みでこんなことを言っている。「
きれいごとじゃなく。わたしは、みんなのこと"ファン"だとさえ思ってない。わたしは歌で自己紹介をした。みんなにはそれを受け入れて、それを分かってくれて、いいって思う感覚があった。それは友だちっていうことでしょ

 そしてFionaは世界の友だちになった。みんなの注目を浴びたかった十代の少女が、大規模にそれを手に入れたのである。おそらくAppleは今後、たとえばBeastie Boysがそうだったように、かつての言動の一部分を恥ずかしいと思うようになって、筋の通った話をするバランスのとれた大人に成長していくだろう。しかし、すくなくとも現時点までの彼女は、一切の欠点をつくろおうとしない、ひとりの実在するティーンエイジャーの姿を私たちに執拗に提示している。もし近い将来自分自身を恥じなければならない人物がいるとしたら、それはあのカントリー歌手LeAnn Rimesである。彼女が歌をうたっているSamsung Electronicsのコマーシャルから、私は逃れられそうにない。TVをつけるたび見てしまうのだ。LeAnn Rimesと比べたら、Fiona Appleなんか爽やかなそよ風である。

 だから彼女にはまだしばらくのあいだ、七面鳥について、あるいはその他の観念的な諸問題について語ってもらおう。インタヴューでは、反感を買う発言を続けてもらおう。そして、彼女の自己暴露的な、しばしば抗いがたい歌のグルーヴをなにがなんでも絶やさないでもらおう。しかし、Gapで買い物をする幸せを歌う彼女の歌詞を聞いているとき、もしあなたにNina Simone風のFiona Appleのシルクのような歌声が聴こえてきたら、それはおしまいである。


by Scott Chernoff

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