流行とは無縁、シンプルでピュアなポップ・ワールド

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流行とは無縁、シンプルでピュアなポップ・ワールド


 

Ron Sexsmithは、シンプルさとハッとするような美しさで聴くものの抵抗力を奪うアルバムを3枚発表している。しかし、先ごろのTroubadourのステージでSexsmithを最も魅力的にしていたのは、彼がスポットライトを当てた26曲のシンプルさと、ハッとするような美しさにずっと寄り添っていた、彼の控えめでカジュアルな気取らない態度だった。

いつもの黒のスーツとボタンを一番上まで留めた白シャツに身を包み、現代の音楽界でもユニークなヘアスタイルをしたSexsmithは、自分とアコースティックギターだけというソロでショウをスタートさせた。だが、オープニング曲の「Wastin' Time」だけは、その後の90分にわたってオーディエンスが経験したステージとは、全く正反対の傾向を持つ作品だった。セットの2曲目はほろ苦い「Strawberry Blondie」で、これは過去10年間で最も悲しくて最もゴージャスな歌のひとつ('60年代ならばヒットシングルになったのは確実で、もっと小物のアーティストだったら間違いなくアンコールに取っておくくらいの良い曲)なのだ。ソロでスタートしたカナダのシンガーソングライターのステージに、この曲の途中からもろにMcCartney風のベーシスト(セットの3曲目「Idiot Boy」における「Lovely Rita」調リフを聴くだけで充分だ)とツアー・ドラマーが加わり、曲がフォークナンバーからポップな小品へと姿を変えたのである。

実際には、Sexsmithの最新作でおそらく最高傑作の『Whereabouts』で極めて顕著だったエキセントリックでポップな要素は、このようなライヴのそぎ落とされた環境ではずっと抑えられていたようだ。それでもSexsmithは「Doomed」(この曲を紹介するときに彼は「ちょっとしたハッピーな歌をどうぞ」と無表情に言った)というタイトルの曲や「Pretty Little Cemetery」についての別の曲を歌ったりしながら、アルコールを出すもっとラウドなロックンロールに馴染んだクラブでの演奏をやり遂げたのである。もちろんこうした音楽はメランコリックなものだが、Sexsmith特有のJackson Browne風ヴォーカルと輝かしいメロディには、どんなに悲しい歌に思えたとしても救済や魂の再生の歌のように聞こえさせる何かがある。この意味でSexsmithの行く手に投げ掛けられた、Ray Daviesとのさまざまな面での比較も完全に意味があるものなのだ。

SexsmithはTroubadourのオーディエンスに「ショウの途中でもいつでも気軽に話しかけてくれ」と告げ、ルーズで臨機応変なセットが始まった。観客はこの呼びかけをフルに利用してリクエストを連発し、Sexsmithもそれに応え続けたからである。ただし、誰かが「Child Star」をリクエストしたときだけは「本当に聴きたいのかい?」と尋ね返した。「あの曲はDana Platoが数年前に大変なトラブルに巻き込まれたときに書いたので、彼女がそれを乗り越えた今になって演奏するのはちょっと悲しいんだ」と彼は説明したものの、結局は「この曲をDanaに捧ぐ」と前置きして演奏したのだった。

筆者はカヴァー曲の選択でアーティストのセンスが判断できると常々思っているのだが、Sexsmithはこのショウのために特別に2つの名曲をピックアップした。ひとつはセットの前半に披露されたJohnny CashのSun Record時代の隠れた名曲(だが彼の最高傑作のひとつ)「Guess Things Happen That Way」である。これまでこの曲をクールにカヴァーできたのはAlex Chiltonだけだったが、SexsmithはオリジナルのCashのバリトンとはまったく対照的なハイトーンヴォイスを活かして自分のものにしていた。また最初のアンコール曲「Lebanon, Tennessee」に続いて、Sexsmithは「今日はPaul McCartneyの誕生日だ」とアナウンスして彼とWingsの「Listen To What The Man Said」を完璧なヴァージョンで披露した。まったくヒップとは無縁の曲だが、ピュアなポップの世界では完璧な機能を果たす作品である。

したがって要約すれば、Ron Sexsmithのライヴは聞き手の抵抗力を奪うだけでなく、圧倒的にチャーミングなのである。

 

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