5年目を迎える日本初のメジャー・ヒップホップ・レーベル

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5年目を迎える日本初のメジャー・ヒップホップ・レーベル

文●古川 耕

アーティストとレーベルが常に一体となって進む


Future Shock Special

各アーティストのビデオをオリジナル編集

<収録PV>
Future Shock All Stars
「Shock To The Future」
ZEEBRA
「Baby Girl」
「Never Enuff feat. AKTION」
Ozrosaurus
「ROLLIN'45」
UZI
「9mm」
Word Swingaz
「Western Stance」

★ブロードバンド専用回線をお持ちの方はこちらからどうぞ♪


Future Shock コンピレーション

『Shock To The Fusutre 97-01』

Future Shock(ポリスター/プライエイド)
PSCR-6028 2,300(tax in)

1 Hip Hop 2Zerooo feat.Rino/SOUL SCREAM
2 言霊 -DJ Watari Remix/UZI
3 Koco Koco -DJ Yas Mix/OZROSAURUS
4 暗闇のラビリンス/WORD SWINGAZ,ELIGH
5 Culture Universal/ZEEBRA,SPHERE OF INFLUENCE,NICK WIZ
6 しかけ feat.TWIGY/OZROSAURUS
7 狙い撃ち/UZI
8 All Day/SOUL SCREAM
9 Swingin' Night -K-Swing Mix/WORD SWINGAZ
10 真っ昼間 -Kariang Mix/ZEEBRA
11 Western Stance -Journey 2 Far East Mix/WORD SWINGAZ
12 1978Connection[Show Me Yo' Respect]-DJ Tomo Remix/JOOSUC feat.MACCHO
13 Baby Girl -TinyVoice,Production Remix feat. F.O.H/ZEEBRA
14 Great Expectations/TALIB KWELI,DJ CELORY

設立からそろそろ5周年を迎える日本初のメジャー・ヒップホップ・レーベル、フューチャー・ショックについて、僕がすぐ思い浮かべる大好きなエピソードは、おそらく日本で唯一と思われる“情報相(Primeminister Of Information)”がいる、ということだ。

……と、書いても何のことか分からない人に説明しておくと、ポリティカルなメッセージで一世を風靡したPublic Enemy、そこに在籍していたProfessor Grifが自らを“情報相”と名乗っていたことがあり、(で、僕が好きなのはここからなのだが…)Public Enemyが'98年末に来日した際、フューチャー・ショックで広報その他を担当する豊島一衛氏が、わざわざGrifに会って“情報相”の使用許可を正式に取りつけたのである。ゆえに、氏は日本で唯一、公認(?)の“情報相”を名乗ることができるようになった…という次第。

僕は何も、こうした身軽さ・自由さがこのレーベルの特色だ、と言いたいわけではない。しかし、Zeebraという日本のヒップホップ・シーンきってのトップ・スターを擁するこの偉大な先達が、こうしたある種の稚気を有している事実はとても心強く見える。以前、僕は(ほんの数日間ほどだが)Zeebraに密着取材したことがあるが、その時に見られた彼らスタッフ達のチームワークには幾たびも舌を巻いたものだ。

このレーベルが最初に発表した作品は、'97年夏のZeebraのシングル「真っ昼間」だと記憶するが、それ以前にも母体となるポリスター(及びアナログ専門のストリート・フレイヴァ)からは、問答無用のクラシック曲「証言」を収録したLamp EyeのデビューEPや、ZeebraやUziらのユニット、T.O.P.RankazとIndopepsykicksのカップリングCDである『Dubble Impact EP』などをリリースしている。

以降、Zeebraの2枚のアルバム(特に1st『The Rhyme Animal』)が及ぼすシーンへの影響力、あるいは重鎮Soul Screamが作り上げたコンセプト・アルバム『Positeve Gravity~案とヒント~』の日本屈指の完成度、これらをリリースしたという事実だけ見ても、このレーベルの重要性は推し量られようものだ。が、そういった制作以外の面でも、例えば日米アーティストの合作シリーズ『Synchronicity』を発表したり、横浜のOzrosaurusや大阪のWord Swingazら東京以外のアーティストをフック・アップしたり、最近では韓国のシーンと積極的に交流を図るなど、評価すべきポイントは、そのレーベルが目指すヴィジョン全体にまで及ぶだろう。

そう、重要なのは、このレーベルが何を理想としているか、そしてそれをどこまで成し遂げているか、ということだ。ここ5年、日本のヒップホップ・シーンは商業的にも内容的にも、爆発的な速度で肥大し続けている。日本初のメジャー・レーベルというその“高所”では、良しにつけ悪しきにつけ、我々には想像もつかないほどの突風が吹いているに違いない。しかし僕が現場、作品やインタヴューで見聞きした限り、例えばZeebraのクリエイティヴ・コントロールが失われたことは一度もないように思えるし、アーティストとレーベルが常に一体となって進む方針は相変わらず徹底されているように感じる。

そしてそれらを考えた時、冒頭の、自分の役職を憧れのヒップホップ・グループになぞらえてみたりする、その稚気が、また違った重みを持って僕の胸に響いてくるのだ。それはZeebraやストリート・フレイヴァ代表のBlooklyn Yas氏らが目標とする、アメリカのヒップホップ・ビジネスの理想的な在り方、そのひとつの象徴かもしれないが、それをこの日本で実践し、実現している様は、端から何も行動せず文句だけを言う輩の数倍もの説得力を持っている。

同レーベルの“裏ベスト”と謳われる『Shock To The Future 97-01』は、このレーベルがどういう試みをし、何を理想としているか、その一端が記録されている。更なる飛躍に向け、新たな局面を迎えるこのレーベルについて、今一度向き合っておくのも悪くないはずだ。何より、この盤に優れた曲が沢山入っている。そしてそれこそが、彼らの最大な功績であろう。
Future Shock所属の主なアーティスト

ZEEBRA

日本のヒップホップの歴史においてエポックメイキングな出来事となった伝説的グループ“KING GIDDRA”のMCとして名を馳せたZEEBRA。巧みに韻を踏んだライムと海外のアーティストと比較しても遜色のないスキル(技術)を持ったフロウ(節回し)は日本語におけるラップを新たな次元へと引きあげた。

'98年にリリースされた1stアルバム『The Rhyme Animal』はヒップホップのコア・ファンにに大きな影響を与え、'99年にDragon Ash「Grateful Days」にフィーチャリングで参加。同シングルが大ヒットしたことにより、ヒップホップファンのみならず一般的な知名度も高まる。続くナイキのCMソング「Player's Delight」への参加や、Sugar Soul&DJ HASEBEとコラボレートしたシングル「Siva1999」「ZEUS2000」の大ヒットなどで押しも押されぬシーンを代表する存在に。

さらに2000年6月にリリースされた2ndアルバム『BASED ON A TRUE STORY』をチャートの上位にくいこませるなど、それまで誤解や偏見がまかりとっていた日本のヒップホップの地位を高め、一般的なレベルにまで知らしめた功績は計り知れない。
Soul Scream

ジャパニーズ・ヒップホップ・シーンの創生期からパワーライス・クルー名義で活動を続けてきたメンバーが、'95年にソウル・スクリームとして再スタート。'97年にMCのひとりSHIKIが脱退、現在は独特の声とフロウで沸かせるMCのHAB I SCREAMと実力派E.G.G.MAN、エンジニア/トラック・メイカーのALG(アレルギー)そして最近、リミックスやプロデュースで大活躍のDJ CELORYの4人で活動している。

'97年、NY出身のDJ SPINNA率いるJIGMASTASと全国ツアーを行ない、そこで意気投合した両者は「VIBE」という曲を完成。この曲は'99年に出された日米合作コンピレーション『Synchronicity』に収録されている。また、'99年には2ndアルバム『The positive gravity~案とヒント』をリリース。前向きに未来を捉えた真のメッセージとして受け入れられ、各方面で絶賛された。その後、各メンバーはソロ活動や客演などを重ね、2002年4月に3年ぶりのニュー・アルバムをリリース予定。
OZROSAURUS

MCマッチョ(MACCHO)とDJトモ(TOMO)のユニット。'96年に横浜で結成。共に10代前半という若さながら、MCマッチョはマイク・タイソンの入場テーマだったパブリック・エナミーを聴いてラップに目覚め、14歳でマイクを握ったという早熟ぶり。DJトモも音楽好きの一家で育ち、中学生の頃にはベースキャンプの黒人たちが集まるディスコ「サーカス」に出入りするというバックグラウンドを持つ。

'98年、メジャー・デビュー・マキシ『Bay Blues』をリリース。'99年、FUTURE SHOCKのコンピレーション『SHOCK TO THE FUTURE』に代表作「045 STYLE」が収録され、その後東京・大阪・札幌で行なわれたレーベル・ツアーでも、巧みなライヴで大いに注目を集めた。

2000年に入るとMCマッチョがTWIGYZEEBRAラッパ我リヤらのアルバムなどで客演。DJトモも同じくラッパ我リヤのリミックスに参加している。同じ年の11月に先行リリースされたシングル「AREA AREA」はスマッシュ・ヒットを記録し、'01年4月には遂に1stアルバム『ROLLING 045』がリリースされた。
UZI

パワフルかつ、男を感じさせるマイクさばき、漫画とゲームをこよなく愛するUZI。

UBG(アーバリアン・ジム)結成前から、名作コンピレーション『続・悪名』にZeebraを招き「マグマ沸騰」で参加。また伝説のイベント<さんぴんキャンプ>でも披露した城南繋がりG.K. Maryan「俺の言い分」に参加など、デビュー前からヘッズの注目度は高かった。そして'97年にはUBGのスペシャル・ユニットT.O.P. Rankazにて「Inner City Groove」をリリース。その直後、渋谷シスコの坂でゲリラ・ライヴを行ない話題になる。同年「ライト アイ」でソロ・デビューを飾るも、翌年リリースされたZeebra『The Rhyme Animal』への参加を最後に、長いブランクへと突入。

そして2000年、Zeebraのライヴにサポート・メンバーとして登場し、瞬く間にUZI復活の話題がシーンに広がる。この2年のブランクの間に日本のヒップホップ・シーンは目覚しい成長を遂げ、若者を中心にリスナーが広がる。この時期のブランクは端から見たら厳しいものだろうが、逆にUziはそのスキルに衰えを見せることもなく、自信に満ち溢れ、復帰作「9mm」をリリース。
WORD SWINGAZ

大阪のヒップホップ・シーンを長年引っ張る2MC、RywとMista O.K.I.からなるWord Swingaz。

元々ソロ・マイカーとして活躍していた2人が'91年頃に大阪ヒップホップの重鎮DJ Kensawを通して知り合い、大阪のシーンを築き上げてきた。'97年にそのDJ Kensawが手掛けるトラックに関西のMC、総勢6人がマイクを回す「Owl Nite」にも参加し、1回聴いたら忘れない強烈な歌声に2人の名は、一躍全国区に広がる。また同時期に、Earth Growの曲「Realtime」にRywが参加。この曲からDJ Celoryとの付き合いが始まる。そして数々のライヴをこなし、遂に2000年、DJ Celoryをトラック・メイカーに招いてのEP『Unda II Ove』をP-Vineからリリース。

満を持して'01年1月にFuture Shockからマキシ「誰が、今夜...(Who's Da Hustla?)」をリリース。ちなみにこの作品からDJ CeloryはNarusemistoと名義を変え、引き続きトラック制作に参加している。 拠点が大阪なだけに東京とは一味違った魅力があり、今後もその独特なキャラクターを含め、彼らにはますます目が離せない。
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