映画『アクロス・ザ・ユニバース』、ビートルズに宿った'60年代の探求

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映画『アクロス・ザ・ユニバース』をジュリー・テイモア監督が語った。

革新的で明確なビジョンを持つジュリー・テイモア監督は『アクロス・ザ・ユニバース』について、「ザ・ビートルズの曲だけを使ったオリジナルのミュージカルを創ろうというアイディアは魅力的だった」と言う。

「ビートルズのあらゆる歌に貫かれている、“60年代の探訪”とでもいうべきものを映画にする構想が浮かんだわ。ラブソングから政治的メッセージが込められた歌まで、音楽と映像は単に登場人物の日常を映し出すにとどまらず、この世界で起きている様々な出来事の縮図を表しているのよ」

テイモア監督にとって重要なポイントは、少し過去の時代の話でありながら、現代を生きる人たちが観ても新鮮で生き生きとした映画にするということだった。「若い人たちにこの映画から情熱を感じてほしい。登場人物たちが、社会運動や自己探求に熱心になっている姿を見てもらいたいわ。文化の違いも超えて、映画の中の出来事に誰もが自分を重ねられる、本当の意味で“アクロス・ザ・ユニバース”といえる作品を目指したの」

大半のミュージカルは、まずストーリーありきで、後から重要場面に歌が挿入されていくもの。ところが、この映画は歌がストーリーを作り上げている。「200以上あるビートルズの曲の中から、1960年代という世代・時代を語るにふさわしい33曲を選び出したわ」とテイモア。「このミュージカルのコンセプトは歌詞で物語を語ること。歌が台本であり旋律であり、登場人物の感情でもあるのよ」

1960年代、テイモアはまだ10代を迎えた頃だった。しかし、子供時代の観察が映画に役立っているという。
「ルーシーとマックスの兄妹は、自分の兄と姉から少し影響を受けているの。私は、幼いながらよく見ていた。当時の私はとても詮索好きで、両親が10代の頃どんな経験をしたのか、大学に入ってからはどうか、関わっていた急進的な政治運動や徴兵、ヒッピーやドラッグにいたるまで、いろいろなことを聞きだしていたわ。つまり私は、その時代にいたようなものなのよ」

テイモアは、当時の人々の率直な精神を賞賛する。「人々は可能性を信じ、賭けていた。ルーシーが『兄を戦場から帰してくれるなら戦車の前に寝そべってやるわ』と言うようにね。『無駄だ』と返すジュードにがっかりしながらも、ルーシーは『やってみなくちゃわからないじゃない』と言うの。こうしたチャレンジ精神には感動させられるわ」

とはいえ、彼女はノスタルジーに浸っているわけではない。'60年代の若者が直面した問題の多くは、現代にも通じるものだと考えているからだ。「常に当時を思い出して、いまの自分に当てはめたり、いまと何が違うのかを真剣に考える必要があると思うわ。あの時代は現代の私たちにとって重要な、意味のある時期だったからよ」

──新鮮なキャスト、ゴージャスなカメオ

この映画にとって大事なことのひとつは、歌から作り出されたキャラクターのイメージに合う俳優や歌手を発見する、ということだった。その結果、メジャー作品への出演経験があるキャストはエヴァン・レイチェル・ウッドだけとなった。テイモアは言う。「エヴァンを知っていた人も、この映画で彼女が成熟した女性へと変化していることに気づくと思うわ。これだけでも発見だけれど、彼女が歌が上手いことを知っている人はほとんどいなかったはずよ」

この作品で披露した歌の中で、ウッドが一番楽しみにしていたのは“If I Fell”だった。ウッドは語る。「歌のレッスンを受けたことなどなかったから、これはすごい挑戦だったわ。これは私の歌う曲の中でも、いちばん感情的な歌だったの。だから、まず感情移入して役になりきり、声に気をつけながら歌った。悪戦苦闘しながら頑張っていたんだけれど、初めてジム・スタージェスの前で歌った時は、自分でもうっとりするくらいうまく歌えて、すっかり解放されたような気分だった。ジュリーは最高のものを引き出してくれる。できるとは思わなかったようなことまでね。怖がることは何もなかったわ」

ジュード役は、イギリスでオーディションを実施。テイモアは本人に会う前から、テープを聞いた時点でジム・スタージェスに決めたと語る。テイモアと長年仕事をしている作曲家のエリオット・ゴールデンサールは、求めている声の質にこだわった。「舞台ミュージカルのような声は要らなかった。あまり軽い感じなのも問題だ。ジムはまさに理想の声だったんだ。ジムはロックバンドをやりながら俳優業を続けていた。彼にとっては、勝手に役がやってきたようなものだったのさ。歌声と話し声に大きなズレもなく、セリフを言ってすぐに歌いだすことも自然にできたよ」

スタージェスは、本作への出演は幸運だったと語る。「ジュリーは本当に素晴らしいよ。アイデアが尽きるってことがない。どうしたいかはっきりしているけれど、俳優たちの考えも取り入れてくれるんだ」

マックスはアメリカ人という設定だが、テイモアはアメリカ人俳優にはこだわらなかった。ジュード役のオーディションでイギリス人のジョー・アンダーソンと会ったとき、彼がジュード役に興味を示さなかったのが逆に面白いと感じたという。「ロンドンでオーディションをした時、彼の方から『その役は僕に合わないと思う。僕はマックスだ』と言ってきたの。自分の個性や適正をよくわかっているのよ。ウッドとどこか似ていたから、兄役にはぴったりだったしね」

ジャニス・ジョプリンを思わせるセディ役は「最初から、デイナ・ヒュークスを想定して作った」と、テイモア。ヒュークスは語る。「ジュリーと電話で話しているときから、映画に出ている気分だったわ。セディ役のことを聞いて、その場に誰もいなかったのが残念なくらい大感激よ!
ほかにセディは考えられないって言ってくれたの」

セディのパートナーとなるミュージシャンのジョジョについては、「デトロイトでソウル・ミュージックをやっていた人物で、セディのバンドに加わる。観客の目の前で、後ろになでつけた髪型からジミ・ヘンドリックス風のアフロに変わるのよ」とテイモア。この役には、ニューヨークで歌手やギタリストとして活躍していたマーティン・ルーサー・マッコイが呼ばれた。演技経験はなかったものの、テイモアは「優れたミュージシャンであるとともに“驚異の役者”になった」と彼を評している。

T.V.カーピオはダンサー兼女優だが、元々はアイススケートの経験があった。「だからサーカスのシーンでスケートを披露してもらおうと思っていたのだけれど、チアリーダーを見ているだけでなく、身体能力があるのでチアリーダーにしてしまうことにした。俳優を知れば知るほど、持ち味を引き出すことができるってわけ」

スペシャルゲストも登場した。U2のワールドツアー中だったボノが、なんとか2日間スケジュールを空けてドクター・ロバート役を演じたのだ。彼は夜遅くから明け方まで、マジソン・スクエア・ガーデンで演奏を披露した。「ジュリーと役を作りあげたんだ」と、ボノ。彼にとって、俳優としての初仕事だ。
「服装などは当時に忠実にとのことだったから、西海岸の'60年代カウンター・カルチャーのアイコン、ニール・キャサディみたいな人物に作り上げたんだ。ロックスターになりたくて、自信過剰で、女性と遊んでばかりいるようなタイプだよ。初めて演じる役としては最高に面白かったし、ちょっと特別だったね」

スタージェスはカメオ出演したロックスターとの共演を、興奮気味に振り返る。「ある日、ボノが“I Am The Walrus”を歌うのを見ていたら、それだけでも大満足なのに『週末にライブに来ないかい?
何かほかに用ある?』って言われたんだ。ほかの用なんてどうでもいいさ!
慌てて立ち上がって『ぜひ行きたいです、ありがとうボノさん』って言ったよ」 また、彼は後に撮影現場を再訪したボノから声をほめられたと嬉しそうに語る。

テイモアの『フリーダ』に主演したサルマ・ハエックは、“Happiness Is A Warm Gun”にのり、看護師姿でセクシーなダンスを披露している。モーション・コントロール・カメラによる撮影で5人の分身を作るため、2日に渡って何度も同じ曲を踊り続けるという撮影にも、嬉々として挑戦した。

また、エディ・イザードは“Being For The Benefit Of Mr. Kite!”をバックにサーカスの団長役を演じ、ジョー・コッカーは深夜までかかって“Come Together”のホームレス、ポン引き、ヒッピーという3役を完成させた。

──ミュージカル・ナンバーとしてのビートルズ

物語と歌がそれぞれ確立されている中、カギとなるのはミュージカルとしての演出だ。「ビートルズの栄光が重いプレッシャーになっている気分よ。聖杯のようなものだもの。オリジナルはパーフェクトだから、ビートルズと競うのではないと考えているわ」。ビートルズに敬意を表す最善の方法は、適切なキャラクターの場面で、映画の中心として曲を使うことだ、とテイモアは言う。
「私たちは、歌の歌詞からキャラクターを生みだし、ストーリーや感情を紡ぎ出した。例えばプルーデンス。“I Want To Hold Your Hand(抱きしめたい)”を使うために、オハイオの無垢なチアリーダーという役を作ったのよ。歌詞は変えていないけれど、ある時点で少女がクォーターバックの彼ではなく、ブロンドのチアリーダーである彼女を好きなことに気付くはず。すると突然、歌がまったく違う意味をもち始め、歌がすべてを物語っていくの」
「登場人物たちの旅が進むと、歌が出てくる。マックスが軍隊に召集されるシーンはさんざん迷った挙げ句、“I Want You”に決まった。突然、頭の中でひらめいたの。『なんてこと!
“I Want You”って、アンクル・サムのスローガンそのものじゃない?』って具合よ」

ビートルズの曲の歌詞が映画のストーリーと感情を語るという映画の性格上、歌は場面に直結する重要な要因だった。そのため、監督たちは歌をなるべくライブ録音しようと決める。この仕事はサウンドミキサーのトッド・メイトランドに任された。しかも音楽を誠実に伝えるため、多くの歌を'60年代当時使われていた機材、アナログテープやヴィンテージ・マイクを使って録音したという。

メイトランドは言う。「ほとんどのミュージカルでは、俳優は地の声と歌声が違うものだ。たいていの俳優は、歌声が数か月前のスタジオ録音とまったく違って聞こえるんだよ。そうなると興ざめだよね。でも本作ではリアルな感じを出したかった。だからセリフから歌への移行を滑らかにして、音の質感が変わらないようにしたかったんだ。そうすれば、観客は場面に集中できるからね。それにここでは歌詞が会話の役割を果たすから、屋内のスタジオの音でなく、周囲に反響して躍動感が感じられる音にしたいと思ったんだよ」

──日常的な動きを取り入れたダンスナンバー

テイモアはこの作品を「ダンス・ミュージカルにしたくはなかった」と言う。さらに、「この映画にはかなりのダンスがあるけれど、表現手段として日常の動きを使うことについて大いに話し合ったわ」。この考えを実現したのが、振付師のダニエル・エズラローだ。

「ダニエルは劇場用モダン・ダンスの世界と同じくらい、ポップでサーカス的なもの、アクロバット、そして日常的な動きにまで精通しているの。 たとえば“With A Little Help From My Friends”の振付は、階段の手すりを滑り降りたり、ソファにジャンプしたりという日常的な動きで構成されているわ。“Come Together”では、街中の人々がそろってブリーフケースを持って歩いている。もう少し“ダンス的”なシーンもあるけれど、いずれにせよ自然な動きの美しさを感じられるものになっていると思うわ」

エズラローは最初から、この作品を「完璧に写実的で、ほかのどんなミュージカルとも違ったものにしたかった」と言う。「僕は毎日、地下鉄の中で『アクロス・ザ・ユニバース』の音楽を聴き、映画の中の動きを想像するようにしていたよ。ジュリーは僕らに、物事を違った角度から見ることを奨励するんだ。あなたがある国へ行った場合、時として、そこに住んでいる人よりもずっと、その国がどんな国かってことを感じ取れることがあるよね。新鮮な目で観ているからさ。だから僕は、自分にちょっとトリックをかませるんだ。つまり、常にダンスの門外漢であろうとするのさ」

もちろん、本格的なダンスシーンも、この映画の見せ場になっている。そうしたシーンのために、エズラローはブロードウェイや世界で一流のダンサーたちに、350以上の役を割り振った。これは容易なことではなかった。たとえば“I Want You”を背景とする徴兵検査場の場面では、軍曹役のダンサーたちが複雑なメイクやら義手義足などの装着やらを終えてスタンバイするのが午前3時30分ということさえあった。少なからぬ人が、前夜11時までブロードウェイの舞台に出ていたからだ。

“Come Together”の振付は、もう1つのハイライトだ。ある場面では140人の人たちが、そろってマンハッタンのミッドタウンを動き回る。「この歌は映画の中心で、1960年代のニューヨーク市の全貌を照らし出すんだ」とエズラロー。彼は自身でも、病院のシーンの“踊る修道院長”として素晴らしいダンスを見せている。
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