2013年3月21日(木)、まだまだ厳しい横殴りの雪が降るバルト海に面したドイツ北部の港町キールまで、ドイツのロック音楽を語る上で欠かせない偉大な女性アーティスト、インガ・ルンフ(Inga Rumpf)のコンサートを見に行った。インガについて一度書かせていただいたが(参照:http://www.barks.jp/news/?id=1000086427)、1946年生まれの彼女は1960年代から長いあいだドイツ・ハンブルクを中心に活動しており、ザ・ローリング・ストーンズ、ロキシー・ミュージックのメンバー、ティナ・ターナーなどなど超ビッグ・ネームとの共演/共作経験もあるホンモノのミュージシャンだ。日本ではドイツのプログレッシヴ・ロック・バンドとして少し著名なアトランティス(Atlantis)での活動から、一部の音楽ツウにしか名前は知られていないかもしれないが、その魂を揺さぶるようなソウルフルなシャウトと感動せざるを得ないエモーショナルなヴォーカル、シティ・プリーチャーズ(City Preachers)、フランピー(Frumpy)やアトランティスといった多彩なバンドで活動してきた彼女の芸能活動遍歴から、インガは「ドイツの和田アキ子」と呼べるかもしれない。

◆インガ・ルンフ画像

この日のコンサートはハンブルクのジャズバンド、ニルス・ゲッシンガー・バンド(Nils Gessinger Band)との共演ステージで、メンバーは以下のとおり。
・ニルス・ゲッシンガー(Nils Gessinger) - Piano, Rhodes
・アーント・ガイセ(Arnd Geise) - Bass
・ヨスト・ニッケル(Jost Nickel) - Drums
・ミルコ・ミヒャルツィク(Mirko Michalzik) - Guitar
・インガ・ルンフ(Inga Rumpf) - Vocal

ニルス・ゲッシンガーはハンブルクを中心に活動する中堅ピアニストで、ドイツの大きなジャズ・フェスの常連。「ドイツのデイヴ・グルーシン」などと呼ばれているらしく、スタッフやミーターズみたいなシンプルでメロウ、かっこいいファンキーな演奏を展開する。『キャッツ』など様々な舞台音楽の監督を経て1995年にソロ・アルバム『Duck'n'Cookies』をリリース。そのアルバムにはインガがゲスト参加。その後のライブ活動では、ジョージ・ベンソン、スパイロ・ジャイラなどと共演。2011年発表の最新アルバム『Pass-ion』にはベースをウィル・リー、アベレージ・ホワイト・バンドのドラマー、ロッキー・ブライアント(Rocky Bryant)や、エリック・クラプトン、ポール・サイモン、ロバータ・フラック、スティーブ・ガッドなどと共演したジョン・トロペイ(John "Tropes" Tropea)が参加している、国境を超えたグルーヴィーなミュージシャン・シップが反映された気持ちのいいアルバムである。

さて、<Inga & Nils: Rock Soul Jass Funk Blues>と銘打たれたこの日のライブの副題どおり、この日のインガは、彼女のオリジナル楽曲中心ではなく数々の歴史的なロック、ソウル、ブルースの名曲を披露。トニー・ジョー・ホワイトの「アンダーカヴァー・エージェント・フォー・ザ・ブルース」のドスの効いたカバーや、ジェームス・ブラウンの「ア・マンズ・ワールド」の胸を抉るようなカバーが観客の心を打つ。ヨーロッパのミュージシャンたちのレベルの高い演奏力にはいつも驚かされ深い敬意を感ずる。堅実で野太いベースラインを刻むアーント・ガイセに代表されるように、熟練した技量のあるバンドだからこそ成せる気持いいグルーヴの海が、バルト海の寒さをふっ飛ばしてくれる。もちろんリーダーである、ニルス・ゲッシンガーの転がるようなハモンド・オルガンの響きも素晴らしい。観客の笑いを確実に取るインガのMC。ベテランだからこそ提供できる、きちんとしたゆとりあるエンターテーメント。だからといって、単純にテクニック至上主義のフュージョン・ファンクではなく、ヨスト・ニッケルのドラミングは定型のリズムを頻繁に、果敢に壊しにかかってくるような即興性を持っており、下地となるグルーヴに突発的なグルーヴを掛けあわせて、それらが相乗効果を生むような素晴らしいグルーヴがある。そのグルーヴには、ちょっとキャプテン・ビーフハートのマジック・バンドみたいな、ブルースのような言わば“古臭い”音楽をルーツとしながら、アヴァンギャルドで新しい領域を開拓しいこうとするロック・スピリットを感じた。

比較的若い世代のギタリスト、ミルコ・ミヒャルツィクは素晴らしい“泣き”のトーン、ボトルネックやハーモニクスのセンスのいい投入などでジェフ・ベックのようなセクシャルなギターを聴かせる。「(他のベテランミュージシャンと違って)彼とはまだ1年ほどしか共演していないのよ」とMCで語り観客の笑いを取ったもう65歳過ぎのインガは、その若いギタリストを間奏のタイミングごとに頻繁に鼓舞し、彼の腹の奥底から湧き出てくるような、クオリティー高くオリジナリティーに富んだギターソロを繰り広げさせた。その姿に、豊かな音楽キャリアに飛んだ彼女の、若手ミュージシャンに対する暖かい眼差しを感じてとても幸せな気持ちになった。たぶんイギリスでザ・ローリング・ストーンズやレッド・ツェッペリン、フリーなどロックの歴史を変えたバンドメンバー(キース・リチャードやロバート・プラント、ポール・ロジャースなど)に対して、イギリスのブルースの父、アレクシス・コーナーが向けた眼差しも同様に暖かいものだったのだろう。

「アトランティスはプログレファンに知られているけど、途中からファンク・バンドというかスワンプ・ロック・バンド風になっちゃう。一言で語るのが難しいバンドだから、日本では一般的な人気がとれないよね」と、東京下北沢のロック・バー、ストーリーズでマスターと話したことがある。僕も「インガは1970年代、プログレッシヴ・ロックが流行っていたから、それ風の音楽を時代の潮流に後押しされて演っていたのかなあ」と考えていたのであるが、彼女の公式サイトを見てもわかるように、未だに現在も1970年初頭に作曲したアトランティスの一聴プログレッシヴな楽曲「Friends」を演奏していたりする。この日のキールのライブでも曲名は定かでは無いが、アトランティスのセカンド・アルバム『It's Getting Better!』の「Change it All」みたいな、プログレッシヴ・ロックとかファンク・ロックだとかの、ジャンル分けを軽々とぶっ飛ばすような、プログレッシヴかつファンキーなナンバーを演奏していた。プログレとファンクを昇華した音楽がそこにあった。ある意味で、僕ら日本人が育ってきた音楽環境における“ジャンル分け”とは全く異なる土壌と音楽の楽しみ方が、ドイツ・ハンブルクにはあるのかもしれない。僕らよりもオルタナティブを20年前には先取りしていたような土壌が。

そして、一部が元共産圏であったベルリンと、確固とした資本主義社会を築き上げてきたハンブルクの風土の違い。例えば、ベルリンの料理店では普通もらえない、ウェイトレスからのスマイルや“気遣い”、“心配り”がハンブルクの料理店では普通にもらえる。そのようなベルリンの「冷たさ」「他人との距離感」が歴史的に生まれた理由についてとても興味があるし、それを探求し、書いて行きたいと思っているのではあるが、しばしばなんとなく寂しくなることがある。ハンブルクは確実に違う。どことなく東京に近い。インガの音楽と20~30年、人生を共にしてきたハンブルグ周辺というか西ドイツの観客・コンサートスタッフの愛想と親切さは、いつも素晴らしく気持いい。この日も演奏者ニルス自身が「日本製のKAWASAKIのバイクは素晴らしい!」と話しかけてきてくれたり、「日本の横須賀に住んだことがある」「『コンニチワ』って日本人は挨拶するでしょ?」などなど多くの観客から話しかけられ、コンサート前後もとても楽しい時間を過ごせた。

筆者がベルリンから取材に行く、という話をスタッフから聞いたインガは「Masatakaが来るって聞いたから、TOKYOって書いているTシャツを着てきたのよ!」とコンサートのあとで握手してくれた。ドイツのゴット姉さん、インガ・ルンフのハンブルクでのライブはいつも元気をくれる。20年前からオルタナなハンブルクのロック音楽史を、一番知っている音楽ジャーナリスト兼ファンになりたいと、強く思った。

文:Masataka Koduka

◆インガ・ルンフ・オフィシャルサイト
◆ニール・ゲッシンガー・オフィシャルサイト