作曲者が明かす、羽生結弦選手と「天と地のレクイエム」

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フィギュアスケートの羽生結弦選手が演じる、今シーズンのエキシビション・プログラム「天と地のレクイエム」が静かな感動を呼んでいる。使用されている楽曲(原題「3・11」)は、ヒーリング・ピアニスト/作曲家の松尾泰伸が2011年3月11日に起きた東日本大震災の鎮魂曲として完成させたものだ。そしてこの作品に羽生選手が白羽の矢を立てたのだ。その経緯を松尾に聞いた。

「2011年9月に初演したときの映像をYouTubeにアップしていて、それを振付師の宮本賢二さんがご覧になり、羽生選手にご提案いただいたようです。他にも候補はあったらしいんですが、羽生選手は“この曲しかない!”と思ったそうです」。
 
なぜこの曲だったのか。松尾は、「もしかしたら羽生選手は僕と同じことを感じているかもしれない」と話す。「不思議なんですが、この曲が生まれたとき、自分の意志とは別に、何かに突き動かされるようにピアノに向かいました。そして、まったく知らない、聴いたこともないメロディを弾いている自分がいたんです。それは見えない存在に与えられるような、降りてくるような感覚でした。羽生選手は、このプログラムについてのインタビューで“滑り始めると自分の体の中に何かが降りてくるような感覚になった”と語っているんですが、それは僕が得た感覚とすごく似ているんですよ。彼も何かしらの存在にこの曲を選ばされた、演じさせられたのかもしれない、と思いました」。
 
松尾は音楽を発信した。羽生選手はそれを演じた。ふたりとも目に見えない存在にその役割を担わされたとすると、いったい何のためだろう。松尾は東日本大震災の惨事をテレビで目にした直後、ピアノに向かっている。羽生選手は生まれ育った宮城県仙台市が被災し、被災地のこと、犠牲者のことを常に思いやっている。

羽生選手の「天と地のレクイエム」を観戦した松尾は、「何か強い決意のようなものを持たれているのを感じた」と話す。

「羽生選手の演技は、他の選手のそれと明らかに表現が違っていました。彼は五輪の金メダリストとしてのプライドもあり、アスリート意識が人一倍強いんだろうと想像しますが、それでもああいった表現はそうできるものではないと思います。あそこまで全身全霊を傾けられるのは、彼が“表現者”だからなんですよ」。
 
弔慰の気持ちを表する表現者。その思いが届いた先には、「感動」があるのだと言う。

「それは苦しみでも悲しみでもない感情です。人は何があっても、どうにかして生きていかないといけないのですが、そのためのエネルギーが感動なんですね。でも、与えるだけじゃないんですよ。羽生選手も語っていましたが、お客さんが感動することによって演じるほうもたくさんの感動をいただくんです」。
 
感動の往来が、生きる糧になる。「天と地のレクイエム」は、それを私たちに伝えるために生まれたのかもしれない。
 
知る人ぞ知る存在だった松尾の楽曲は、今、羽生選手の演技によって世界へと羽ばたいている。この現象をどのように受け止めているのか。

「多くの人に聴いてもらえるきっかけをくださった羽生選手に心から感謝しています。でも、もともと僕はいただいたメロディを発信しているだけなので、ここに僕の思いは何もありません。世界で聴かれているという信じられない展開にも、どこかに“あ、そういうことだったんだ”と納得できる感覚があります。もしかしたら羽生選手も同じようなことを感じているかもしれませんが、目に見えない誰かが役者を集めてそれぞれに役を与えていて、僕たちは無意識なところでその役をこなしている、そうやって世の中が動いているような気がしてなりません。この曲を聴いた皆さんが少しでも心動かされるようなことがあれば、幸運にも奇跡的に「天と地のレクイエム」が世に出させてもらった意味があったのだと思っています」。

取材・文:副田つづ唯

『フィギュアスケート・ミュージック2015-2016』

2015年12月23日(水)発売
キングレコード KICS-3340
¥1,800+税
解説:長谷川仁美
商品詳細:http://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICS-3340/

[曲目]
1.バラード 第1番 ト短調 作品23-競技サイズ編集版-
作曲:フレデリック・ショパン
ヤン・ホラーク(ピアノ)
■羽生結弦<SP>

2.天と地のレクイエム-Requiem of Heaven and Earth-
作曲:Yasunobu Matsuo
松尾泰伸(ピアノ)
■羽生結弦<EX>
Licensed by 02MA RECORDS

3.素敵なあなた
作曲:ショロム・セクンダ
ニューヨーク・ジャズ・トリオ
■浅田真央<SP>

4.ある晴れた日に~歌劇《蝶々夫人》
作曲:ジャコモ・プッチーニ
ラドスチナ・ニコラエヴァ(ソプラノ)
守山俊吾(指揮) ブルガリア国立ソフィア・フィルハーモニック管弦楽団
■浅田真央<FS>
■永井優香<SP>

5.SAYURIのテーマ~映画《SAYURI》
作曲:ジョン・ウィリアムズ
竹本泰蔵(指揮) 日本フィルハーモニー交響楽団
■村上佳菜子<FS>

6.ため息~《3つの演奏会用練習曲》
作曲:フランツ・リスト
ヴァディスワフ・ケンドラ(ピアノ)
■宮原知子<FS>

7.エル・チョクロ
作曲:アンヘル・ビジョルド
オマール・バレンテと彼の楽団
■グレイシー・ゴールド<SP>

8.ソルヴェーグの歌~付随音楽《ペール・ギュント》
作曲:エドヴァルド・グリーグ
米良美一(カウンターテナー) 現田茂夫(指揮) 日本フィルハーモニー交響楽団
■エリザベータ・トゥクタミシェワ<FS>

9.My Heart Will Go On~映画《タイタニック》
作曲:ジェームズ・ホーナー
竹本泰蔵(指揮) 日本フィルハーモニー交響楽団
■エレーナ・ラジオノワ<FS>

10.誰も寝てはならぬ~歌劇《トゥーランドット》
作曲:ジャコモ・プッチーニ
ミハイル・ミハイロフ(テノール)
守山俊吾(指揮) ブルガリア国立ソフィア・フィルハーモニック管弦楽団
■宇野昌磨<FS>

11.ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23~第1楽章冒頭
作曲:ピョートル・チャイコフスキー
ぺーター・レーゼル(ピアノ)
クルト・マズア(指揮) ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
■山本草太<FS>

12.黒い瞳
ロシア民謡
アナスタシア・チェボタリョーワ(ヴァイオリン) イゴール・ポルタツェフ(ピアノ)
■無良崇人<SP>

13.マラゲーニャ
作曲:エルネスト・レクオーナ
スタンリー・ブラック・オーケストラ
■ハヴィエル・フェルナンデス<SP>
■今井 遥<SP>

14.革命のエチュード(練習曲ハ短調作品10-12)
作曲:フレデリック・ショパン
リューボフ・チモフェーエワ(ピアノ)
■パトリック・チャン<FS>

15.シング・シング・シング
作曲:ルイ・プリマ
原 信夫とシャープス・アンド・フラッツ+オールスターズ
■閻涵(ハン・ヤン)<SP>

16.A Destiny.
作曲:ASUKA OCHI
ASUKA OCHI(ヴァイオリン)
■閻涵(ハン・ヤン)<EX>
Licensed by ASUKA OCHI

※実際に競技で使用される音源とは異なります。(Tr.2,16を除く)
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