【インタビュー】スティーヴン・ウィルソン「すべての音楽は、利用可能な音楽的ボキャブラリーの一部」

ポスト

ポーキュパイン・ツリーの中心人物であり、ソングライターのみならずプロデューサーやエンジニアとしても活躍を見せるギタリスト:スティーヴン・ウィルソンが、ライブ映像作品をリリースする。2018年年3月にロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのコンサートの模様を収録したDVD/BD『ホーム・インヴェイジョン~イン・コンサート・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』だ。2018年11月にはEXシアター六本木での来日公演も控えている彼をキャッチ、その高きミュージシャンシップに触れるべく、話を聞いてみた。

◆スティーヴン・ウィルソン映像&画像


──意識的に音楽を聴くようになったきっかけは何だったのですか?クリスマスに両親がドナ・サマーとピンク・フロイド『狂気』をお互いに送りあっているのを見てそのアルバムを聴き始めた、というエピソードをみたことがあるのですが。

スティーヴン:私の両親は非常に音楽の趣味が良く、かつさまざまな音楽を聴いていたんだ。そういう意味で私はとてもラッキーだったよ。ただ流行りのポップ・ミュージックを聴いている人たちではなかったんだ。私はフランク・シナトラ、マイク・オールドフィールド『Tubular Bells』、ビー・ジーズ、アバ、ピンク・フロイドなどを聴いて育った。だから、音楽を聴いているという自覚がない時期でも、たくさんの音楽を無意識に吸収していたのだと思う。振り返ってみると、音楽というものを理解したのは、ピンク・フロイドやドナ・サマーなどの作品がひとつの旅であると感じたときだったように思う。彼らがアーティストとして“アルバム”というものを作ろうとしていたという意味でね。本を読んだり映画を見たりするように、最初から最後まで通して聴かれることを意図した作品ということ。座ってレコードをかけてA面を聴いて、レコードをひっくり返してB面を聴き終わると、何かひとつのお話を聞いたような、音楽の旅をしたような気分になる。私はたくさん本を読み、映画も見る子供だったから、そういう音楽に魅力を感じたのだと思うよ。音楽というものが、ただの3分間のポップス以上のものたりえるということが、とても魅力的に思えたんだ。映画や小説のように、音楽でも物語を伝えられるということがね。子供のころに、そういったレコードに触れさせてくれた両親に、とても感謝をしているよ。

──ピンク・フロイドなどを聴きだしたのは、何歳くらいのことだったのでしょう。

スティーヴン:8~10歳くらいじゃないかな。もうちょっと小さかったかもしれない。そのころは、まだ私も意識的にロックやポップスというものに興味を持っていたわけではなかったかもしれないけど、そのくらいの年齢では、まわりの環境に大きく影響をされるものだからね。後にロックやポップスに興味を感じるようになったとき、すでにそれらのレコードは馴染みがあるものだったんだよ。そういう意味で、それらは私の出発点と言える。

──その後、どのようにして音楽の趣味を広げていったのでしょう。通常「ホーム・ジャンル」とでも言うようなお気に入りのジャンルが見つかって、それからだんだんと幅を広げていくものだと思うのですが、あなたはピンク・フロイドをきっかけに、いわゆるプロレッシヴ・ロックを漁っていったのでしょうか。

スティーヴン:いや、そういうことはなかった。そもそも私はジャンルという概念がまったく好きではないんだよ。私にはひとつのジャンルの音楽を聴いていくというコンセプトがない。君は「ホーム・ジャンル」という言い方をしていたけれど、私にはそういうものはないんだ。多くの人々が私の音楽を「プログレッシヴ・ロック」だと言うけれど、私自身は"prog"という言葉が大嫌いなんだ。何の意味も持たないからね。…まあ、理解はできるけれど。私の作品には、いわゆるプログレッシヴ・ミュージックの特徴のひとつであるコンセプチュアルな要素があるから。だけど、思い出してみてくれ。ピンク・フロイドは自分たちの音楽をプログレッシヴ・ロックなんて呼んだことはなかった。イエスも自分たちをプログレッシヴ・ロックなんて言ったことはない。ジェスロ・タルも同じ。私は彼らのことを個人的によく知っているけれど、彼らは一度も自らの音楽をプログレッシヴ・ロックだなんて呼んだことはないよ。単にエクスペリメンタル・ロック・ミュージックとか、アンダーグラウンド・ロック・ミュージックというだけでね。だから「ホーム・ジャンル」というような考え方はしないんだ。子供のころはヘヴィ・メタルも聴いたし電子音楽も聴いた。ダンス・ミュージックも聴いた。私は1980年代に育ったからね。ポリスやトーキング・ヘッズ、ティアーズ・フォー・フィアーズ、トーク・トーク、デペッシュ・モードみたいなポップス、プリンスのようなアーティストを聴いていて、とても大きな影響を受けた。部屋にはプリンスのポスターを貼っていたよ。プリンスはどのジャンルに属している?私にはわからない。ケイト・ブッシュも私にとって非常に重要なアーティストだけど、彼女はどのジャンルに属しているんだろう。私がケイト・ブッシュを好きなのは、彼女がいかなるジャンルにも属さないからさ。自分たちの音楽的宇宙を創りだしているアーティストっているよね。どのジャンルにも入れることができないようなアーティスト。フランク・ザッパやニール・ヤングとか。彼らのようなアーティストは、私のインスピレーションにとってとても重要なんだ。彼らに共通していることは、ありきたりなジャンル分けにはまらないということさ。なので君の質問に答えられなくて申し訳ないのだけど(笑)、私にとって、君の表現を借りれば「ホーム・ジャンル」というものにハマらないアーティストでいるということは、とても重要なことなんだよ。


──アーティストとしてジャンル分けに反対することは十分に理解できます。しかし依然としてジャンルというものが存在しているのは、新しいアーティストなどを探していく上で、便利だからだと思うのです。あなたは当時、ジャンル分けに頼らずどのような方法で好みの音楽を発掘していったのでしょう。

スティーヴン:昔ながらのやり方だよ。1980年代当時のやり方。例えばラジオ・ショウを聴く。イギリスでは、ロックが聴きたければ『Friday Rock Show』を聴けば良かった。それから『Melody Maker』や『New Music Express』のような雑誌を読む。さまざまなアーティストのインタビューが載っているからね。ティアドロップ・エクスプローズのジュリアン・コープのインタビューを読んだことを覚えているよ。彼はクラウトロックの話をしていて、CANやNEU!、Faust、Amon Duulなんかの名前を挙げていた。私はジュリアン・コープのファンだったからね、これらのバンドに興味を持ったのさ。それからレコード屋にいって、アルバムのカヴァーを眺めてみるという手もあった。アルバムのスリーヴを見て、イチかバチか買ってみるんだ。それからもちろん友達から新しい音楽を教えてもらうこともあった。パンクやポスト・パンクをたくさん聴いていた学校の友達から、ストラングラーズやXTC、ジョイ・ディヴィジョン、ゲイリー・ニューマンなんかを教えてもらったよ。当時も新しい音楽を知る方法はたくさんあったのさ。

──ジャズやクラシックなどもお好きなんですよね。逆にあなたにとって、どうしても好きになれない音楽というのは存在するのでしょうか。

スティーヴン:ジャズもクラシックもインダストリアルも好きだよ。ローファイ・ミュージックも好きだし、日本のノイズも大好きだ。MerzbowやMasonnnaとか。私がまったく好きではないのは、最近のポップ・ミュージック。本当に陳腐で大嫌いなんだ(笑)。私にとっては、最近のポップ・ミュージックはあまりにコンピューターに頼り過ぎだ。特にリード・ヴォーカルは、あまりに手が加えられすぎだよ。オートチューンを使ったり。すべての曲でスティーヴン・ホーキングが歌ってるようにしか聴こえないよ。

──(爆笑)。

スティーヴン:さらに今のポップスでは、音楽はどうでもよくなってしまっている。リード・ヴォーカルばかりが取りざたされて、ミュージシャンたちには一切の個性がない。1980年代や1990年代でも、時おりギターソロがあったり、個性的なドラムやベースを聴くことができたのに。サクソフォン・ソロなんかもあった。私はよくポリスを聴いて育ったけど、彼らは全員強い音楽的個性を持っていたよね。スチュワート・コープランド、アンディ・サマーズ、スティング…彼らの個性は曲だけでなくプレイからも聴きとることができた。なのに今の音楽には音楽的個性がまったく感じられない。頭に来るよ。

──やはり昔の音楽の方が良かったということでしょうか。

スティーヴン:1990年代までは素晴らしい音楽があった。エレクトロニック・ミュージックとか。エイフェックス・ツイン、オウテカ、ボーズ・オブ・カナダなどは本当に素晴らしいエレクトロニック・ミュージックをやっていたよね。私にとって1990年代が、素晴らしい音楽的実験がメインストリームでいられた最後の時期さ。もちろん2018年現在でも、素晴らしい音楽はたくさん作られている。だけどそれらはメインストリームにおいては、大きな存在にはなっていない。以前は非常に実験的な音楽が、ポップ・カルチャーの一部を担うことができた。ポップ・カルチャーやメインストリームの中心たりえたんだ。ケイト・ブッシュやピーター・ガブリエル、ティアーズ・フォー・フィアーズ、フューチャー・サウンド・オブ・ロンドンみたいに、非常に奇妙で実験的な作品がチャートの1位になれたんだよ。今ではこういうアーティストが、みんないわゆるアンダーグラウンドになってしまった。確かにレディオヘッドなどは非常に大きなファンベースを持っている。だけど、私にとっては彼らはやはりアンダーグラウンド・カルト・バンドだよ。ポピュラー・カルチャーやメインストリームの世界においては、彼らを知らない人もたくさんいるという意味でね。1970年代の『狂気』と、21世紀におけるレディオヘッドのようなバンドとの違いはそこさ。一方はメインストリームの一部だったけれど、もう一方はそうではない。ここ20年でそういう変化が起こってしまったのだと思う。

──そうなってしまった原因は何なのでしょう。

スティーヴン:音楽に対する人々の興味が薄れたことさ。21世紀には他にたくさんの娯楽が出てきたからね。スマホにメール…生活のスピードが変わったんだ。それからもう1つの大きな問題は、これを言うのは悲しいけれど、あまりに多くの音楽がこの世に存在しすぎていることさ。これほどたくさんの音楽が作られたことは、かつてなかったよ。そのほとんどが、インターネットだけで発表されているわけだけど。あまりに競争過多になっている。音楽が多すぎて、結局何も聴いてもらえなくなっている。みんなはじめの15秒、30秒聴いて、やめてしまう。SpotifyやYouTubeを利用してね。今聴いている曲よりも「次に何を聴こうかな」ということに気を取られ過ぎなんだ。そんな状態だから集中して音楽を聴くこともできないし、音楽や芸術にコミットすることもできない。それにこれは子供たちだけの問題じゃない。私も同じ問題を抱えているよ。20枚しかレコードを持っていなかった子供時代のように、音楽に集中するのはとても難しい。今は10,000枚も持ってるからね(笑)。どうしても「次は何聴こう」なんて考えてしまう。そういうわけで、あまりに多くの音楽を聴ける環境というのが、21世紀の問題のひとつだと思うよ。

──やはりデジタル・テクノロジーが問題なのでしょうか。

スティーヴン:デジタル・テクノロジーは、やはりひとつの大きな問題だと思う。音楽業界だけでなく、映画、本、写真など、あらゆる業界においてね。マスメディアや政治においてもそうだろう。フェイク・ニュースであるとか。インターネットは人類を変えたと思う。世界との関わり方、ニュースとの関わり方、音楽やその他芸術との関わり方、ポルノグラフィーとの関わり方。インターネットはすべてを変えてしまった。だからデジタル・テクノロジーが音楽を変えてしまったというのは、もっと大きなもの…魔術的な秩序というか、人類が進化、変化していることの縮図なのかもしれないね。


──ところであなたはさまざまな楽器を演奏しますが、これらは独学なのでしょうか。ギターは少しだけ、無理やり習わされたそうですが。

スティーヴン:子供のころ少しだけピアノも習ったけど。でもほんの少しさ。最初の話に戻るけど、私が作りたいのは、音楽的な旅・物語を伝えるようなアルバムなんだ。だから私は常にミュージシャンというよりも、ディレクターという立場に魅かれるんだ。演奏の名手になりたいと思ったことは一度もないよ。名人的な演奏は好きじゃない。ギターの速弾きも好きではない。あまり教育を受けていないプレイヤーが、ゆっくりと感情を込めた演奏を聴く方が、非常に技術的に恵まれた人間がたくさんの音符をただ素早く演奏するのを聴くよりも好きなんだ。私は頭の中で聴こえている音楽を現実のものにしたい。だから、いろいろなことを少しずつ試してきたし、今もそうしている。ベースも演奏するしギターもキーボードも少々。必要があればダルシマーのような楽器も演奏してみる。そういうことができるだけの音楽的な基礎知識は持っているからね。だけど自分のことは、ミュージシャンというよりプロデューサーや作曲家だと考えているよ。

──フルートも演奏しますよね。これも独学ですか?独学だとなかなか音も出なかったりしますが。

スティーヴン:少しだけ演奏するよ。レッスンは受けてない。フルート・プレイヤーではないけれど。音は出せるよ。

──シンガーとしてはどうでしょう。歌も独学ですか。

スティーヴン:そうだよ。そもそもシンガーをやろうと思ったわけではないんだ。音楽を始めたころは、こういう音楽を一緒にやりたいという人間が誰もいなかったんだ。だから自分で歌詞を書いて、歌を歌うしかなかった。フロントマンとして25年やってきているけれど、今でも学ぶことはある。パフォーマーとして、シンガーとしてね。私は優れたシンガーではないし出せる声にも制限はあるけれど、自分のできることはわかっている。凄く良いとは言わないけど、それなりの声は出せていると思うし。そもそもジェフ・バックリィやマーヴィン・ゲイになろうとしているわけじゃないからね(笑)。自分の曲に合った声の出し方はわかっているよ。だけど、ときどき自分の出せる声の限界にフラストレーションを感じることはある。頭で聴こえた声が出せなくてね。

──あなたはモーグやメロトロン、フェンダー・ローズのようなヴィンテージ楽器がお気に入りのようですが、音楽と同じく楽器もやはり昔のものの方が良いと思いますか?

スティーヴン:うーん、どうだろう。そういう時期があったのは確かだけどね。2~3枚のアルバムでは、ヴィンテージ・サウンドにハマっていたよ。最新作の『To the Bone』では、メロトロンやフェンダー・ローズは使っていなくて、プロフェット5みたいな1980年代のシンセをたくさんいれた。今、新しい曲を書いているところだけど、これもエレクトロニックな楽器をたくさん使っている。でも一時期古い音楽のボキャブラリーを試すことにハマっていたのは確かだね。あのころジェスロ・タルやキング・クリムゾンなどのクラシックなアルバムのリミックスをやっていたから、そういう古い音をたくさん聴いていたんだ。1970年代のマイルス・デイヴィスはフェンダー・ローズをたくさん使っていたよね。しかも歪ませてチック・コリアなどが弾いていた。何枚かのアルバムではそういう作品の音を試してみたんだよ。まあでも私は常に自分の音楽のパレットを変えようとしているからね。新鮮さを保つために。だから今はそれほどハマってはいないのだけど、ヴィンテージな音が素晴らしいのは確かだ。時が過ぎても古くならないものはあるから。

──DVDの映像で、アダム・ホルツマンがベリンガーのDeepMindを使っていましたが、あれはあなたのチョイスですか?

スティーヴン:それは何?ヘッドフォン?ミキサー?

──いえ、アナログのシンセサイザーです。ベリンガーはモーグのクローンを超格安で作ったりするメーカーなので、モーグとBehringerのシンセを並べているのが面白いと思ったので。

スティーヴン:そうなんだ。あれはアダムが選んでるんだよ。アダムはモーグが大好きで、最近ステージでも使っているのは知っているけど。私も1曲弾くよ。2人ともアナログ・シンセが好きだからね。アナログは予期できない部分があるのがエキサイティングで興味深いよ。

──デュエットの相手としてニネット・タイブを選んだのは何故ですか?やはりケイト・ブッシュとピーター・ガブリエルが念頭にあったのでしょうか。

スティーヴン:何曲か1980年代の名曲が頭にあった。そのうちのひとつはティアーズ・フォー・フィアーズの「Woman in Chains」。これはローランド・オーザバルとオリータ・アダムスのデュエットだろ。それからもちろんケイト・ブッシュとピーター・ガブリエルの「Don't Give Up」のことも頭にあった。こういうデュエットが大好きだから、何かこれらに近いことをやりたいと思ったんだ。ニネットは古くからの友達だし、彼女の才能はずば抜けているよ。『To the Bone』の何曲かは、ニネットとのデュエットを念頭に置いて書いたんだ。彼女はカリスマ性を持ったパフォーマーでもあるしね。

──あなたは音楽理論は学んだものですか?


スティーヴン:10代のころ、少しだけ楽譜の読み書きを勉強しようとはした。でも結局は必要がなかったんだ。特にコンピューター世代の場合、例えばストリングスのアレンジをするにしても、キーボードで弾いてコンピューターに取り込めば、自動的にヴァイオリニストやチェリストのための楽譜を作成してくれるからね。だから楽譜の読み書きや音楽理論の必要性を感じることはなかった。私は何も知らずに音楽をやっているようなものさ。直観的に音楽を作っているから、自分のプレイしているコードや音楽理論についてはほとんど何も考えていない。しょっちゅうバンドのメンバーに「ああ、君がプレイしているのはC#ディミニッシュの…」なんて言われるけど、まったくわからないんだよ。「これは13連符だね」なんて言われてもさ、さっぱりわからない。理論に固執せず、その音がしっくりくるかどうかを考え、音楽に対して無垢にナイーヴにアプローチするというのは良いことだと思うんだよ。もちろん理論についてもうちょっとわかればと思う部分はあるけどね。

──以前オーペスのミカエルと話したときも、まったく同じことを言っていました。やはりお二人とも天才なのですね。

スティーヴン:ポップ・ミュージックやロック・ミュージックの世界で素晴らしい作品を残した人のことを考えてみればわかるよ。もちろんクラシックの世界は別で、トレーニングが必要だけれど。例えばポール・マッカートニーが偉大な音楽理論家だとは思わない。だけど彼は天才だよね。ボブ・ディランやニール・ヤングもそう。もちろんフランク・ザッパのような例外もいるけれど。彼は理論を非常によく理解していたよね。だけど基本的に多くの素晴らしい音楽は、単に才能に恵まれた人物の手によって作られてきたと思うんだ。君の挙げたミカエルが良い例さ。彼は生まれつき才能に恵まれているんだ。彼はオーペスの中で、おそらく一番音楽的知識が乏しいだろう。だけど彼にはヴィジョンがあって、創造的な衝動を持ち合わせている。結局のところ、音楽理論が意味するものは小さいのさ。場合によっては創造を阻害するものにすらなりうる。

──フランク・ザッパと言えば、彼の作品ではどれが一番お好きですか。

スティーヴン:『Lumpy Gravy』が好きだね。初めて聴いたザッパの作品のひとつなのだけど、とても奇妙で、コラージュのテクニックやクラシックとドゥーワップやロックンロール、語り、ミュージック・コンクレート、実験音楽を混ぜ合わせているところがとても気に入ってる。まさにフランク・ザッパという作品だ。もちろんザッパは多くの素晴らしい作品を作っているけれど、私にとって1番というとこのアルバムだね。

──ではマイルス・デイヴィスはいかがでしょう。彼も作品によって作風がまったく違いますが。

スティーヴン:うーん、1969年から1975年あたりの作品が好きだな。

──エレクトリック期ですね。

スティーヴン:そう。『In a Silent Way』『Bitches Brew』、それから日本でのライヴ2枚。

──『Agharta』と『Pangaea』ですね。

スティーヴン:『Dark Magus』『On the Corner』『Big Fun』『A Tribute to Jack Johnson』。この時期の作品は全部好きだよ。完璧だし、とても大きなインスピレーションを受けている。1枚選ぶということであれば『Bitches Brew』かな。あれは傑作だよ。

──では、あなたのお気に入りのアルバムを5枚教えてください。

スティーヴン:それはできないな、質問に答えないというのはしたくないのだけど(笑)。不可能なんだよ。

──では若い人たちに向けて、このアルバムは聴くべきというお薦めだったらどうですか。

スティーヴン:それも難しいよ。じゃあこう答えよう。さまざまなジャンルを横断して音楽を聴くことが非常に大切だ。さらに好きではない、あるいは楽しめないジャンルも聴いてみるということも非常に大切なんだ。私は子供のころ、とても好奇心旺盛だった。1980年代当時、図書館では本だけではなくてレコードの貸し出しもやっていた。そこで、カールハインツ・シュトックハウゼンのような、非常に理解の難しいクラシックの作品なども借りてみた。一体これは何なのか、理解してみようとして聴いた。そして結局は、そういった作品もとても気に入るようになったんだ。メシアンやルチーアノ・ベリオみたいな実験的なクラシックの作品なんかも聴いてみたよ。それからThrobbing GristleやS.P.K.、Cabaret Voltaireのようなアーティストを通じて、インダストリアル・ミュージックを発見した。そこからMerzbowのような日本のノイズにつながっていった。正直なところ、これらの音楽のうちのいくつかは、私は気に入らなかった。だけど、それらを聴くことが、私にとってはとても重要なことだったんだ。そこから得られるものもあるからね。さらにMerzbowを聴く一方、アバやバート・バカラックも聴いていた。非常に美しく精巧に作られたmiddle-of-the-road(=ポップスと芸術の中間の)音楽。カーペンターズとかね。リチャード・カーペンターや(アバ)のベニーやビヨルンは、素晴らしいプロデューサーでもあった。優れたプロデューサーというのも大きなインスピレーションだよ。例えばトレヴァー・ホーン。彼は1980年代にZTTレコードでやっていて、グレース・ジョーンズやフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、プロパガンダなんかをリリースしていたよね。君の質問に答えなかったのは、大切なのは特定のアルバムだけを聴くことではなく、さまざまな異なった音楽的アプローチに興味を持つことだからなんだ。もちろんお薦めすべきアルバムはあるよ。例えばキャプテン・ビーフハートの『Trout Mask Replica』。美しく精巧に作られたポップ・ミュージックを理解したいのであれば、アバのすべての作品を聴くべきだ。もちろんザ・ビートルズやザ・ビーチボーイズの作品も聴くべき。レッド・ツェッペリンとかもね。でもそこで止まるべきじゃない。その外側にあるものにも手を伸ばすべきだ。素晴らしいクラウトロックも聴くべきだ。20世紀の実験的なクラシックも聴くべきだ。アヴァンギャルドもノイズも聴くべきだ。何でも聴くべきなんだよ。ミニマリストの作曲家とかもね。スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス。これらはすべて音楽的ボキャブラリーの一部だ。ブライアン・イーノやシュトックハウゼンのような偉大な思想家の作品を聴いて、音楽がどんなものたりえるかについて考えるべきなんだ。音楽が、3分間のポップソング以上のものたりえることを知るためにね。というわけで、君の質問には答えなかった一方、とても長い長い答えになってしまったけれど、ただ作品のリストを答えれば良いほどシンプルなことではないということはわかってもらえたと思う。

──最高の答でした。シュトックハウゼンやメシアンとアバが同じ文脈で語られることなんて、まずないでしょうし。

スティーヴン:私が挙げたものだけで止まってしまってもダメだよ。何でも聴かないと。ヒップホップもジャズも聴かないと。これらすべてが2018年の現在私たちが利用可能な音楽的ボキャブラリーの一部なのだから。それらのすべてを知っておくというのはとても重要なことさ。

──11月に日本公演が控えていますが、どのようなものになりますか?セットリストや舞台セットなどは、DVDに近いものになるのでしょうか。

スティーヴン:そうだね、基本的にはDVD同様『To the Bone』中心のセットになる予定だよ。持ち込める限りのものは持って行くつもりだし、間違いなくとても壮大で没入できるショウになる。4チャンネルのステレオで、プロジェクションもたくさんある。演奏も素晴らしいし、3時間近い長いショウを予定しているよ。新作だけでなく、さまざまなスタイルの私の過去の作品も巡っていく。ライヴもアルバムと同じで、音楽的な旅として構成しているからね。オーディエンスは心を奪われ、私やバンドと一緒に旅に連れて行かれるのさ。

取材・文 川嶋未来
写真:Hajo Mueller


スティーヴン・ウィルソン『ホーム・インヴェイジョン~イン・コンサート・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』

2018年10月19日日本先行売予定
【初回限定盤Blu-ray+2枚組CD】 GQXS-90356~8 / ¥8,000+税
【初回限定盤DVD+2枚組CD】 GQBS-90395~7 / ¥7,000+税
【通常盤Blu-ray】 GQXS-90359 / ¥5,500+税
【通常盤DVD】 GQBS-90398 / ¥4,500+税
※日本語解説書封入/日本語字幕付き
1.トゥルース(イントロ)
2.ノーホエア・ナウ
3.パライア
4.ホーム・インヴェイジョン / リグレット・ナンバー・ナイン
5.ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスターテープ
6.レフュージ
7.ピープル・フー・イート・ダークネス
8.アンセストラル
9.アライヴィング・サムホエア・バット・ノット・ヒア
10.パーマネイティング
11.ソング・オブ・アイ
12.ラザルス
13.デトネイション
14.ザ・セイム・アサイラム・アズ・ビフォー
15.ソング・オブ・アンボーン
16.ヴァーミリオンコア
17.スリープ・トゥゲザー
18.イーヴン・レス
19.ブランク・テープス
20.サウンド・オブ・ミューザック
21.レイヴンは歌わない
《ボーナス映像》
リハーサル・トラックス
・ルーティン
・ハンド・キャンノット・イレース
・ハートアタック・イン・ア・レイバイ
インタビュー
[CD1]
1.トゥルース(イントロ)
2.ノーホエア・ナウ
3.パライア
4.ホーム・インヴェイジョン / リグレット・ナンバー・ナイン
5.ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスターテープ
6.レフュージ
7.ピープル・フー・イート・ダークネス
8.アンセストラル
9.アライヴィング・サムホエア・バット・ノット・ヒア
[CD2]
1.パーマネイティング
2.ソング・オブ・アイ
3.ラザルス
4.デトネイション
5.ザ・セイム・アサイラム・アズ・ビフォー
6.ソング・オブ・アンボーン
7.ヴァーミリオンコア
8.スリープ・トゥゲザー
9.イーヴン・レス
10.ブランク・テープス
11.サウンド・オブ・ミューザック
12.レイヴンは歌わない

【メンバー】
スティーヴン・ウィルソン(ヴォーカル、ギター)
ニック・ベッグス(ベース)
クレイグ・ブランデル(ドラムス)
アダム・ホルツマン(キーボード)
アレックス・ハッチングス(ギター)
ニネット・タイブ(ヴォーカル)

<スティーヴン・ウィルソン来日公演 LIVE IN JAPAN 2018>

2018年11月5日(月)、6日(火)
@EXシアター六本木
OPEN18:00 /START 19:00

◆スティーヴン・ウィルソン・レーベルサイト
◆来日公演オフィシャルサイト
この記事をポスト

この記事の関連情報