【ライブレポート】スティーヴン・ウィルソン、心を奪われる音楽的な旅

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名門ロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ模様を収録したDVD/BD『ホーム・インヴェイジョン~イン・コンサート・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』が話題のスティーヴン・ウィルソンのライヴに行ってきた。ソロ名義としては、初の来日公演。場所は東京のEX THEATER ROPPONGI。私が参加したのは、11月5日(月)。2晩連続公演の初日である。開演時間になると、まずはショート・フィルムの上映。ロイヤル・アルバート・ホールでのライヴと同じ構成だ。DVDと同じなのはそれだけではない。スティーヴンのTシャツも同じ。何かこだわりがあるのか、本人に確認してみたのだが、特にないとのこと。たまたまこの日、あのTシャツになってしまっただけなのだそう。ちなみにあれ、コムデギャルソンのTシャツで、お客さんの中にも同じものを着ている人が見えたと言っていた。

◆スティーヴン・ウィルソン画像

いきなり思いっきり話が逸れたが、ライヴはニュー・アルバム『To the Bone』収録の「Nowhere Now」でスタート。『To the Bone』は、思いっきりポップ・サイドに振り切った作りで賛否両論を呼んだ作品。XTCのアンディー・パートリッジが作詞を手掛けた「Nowhere Now」は、中でも一際わかりやすい曲だ。スティーヴンはもちろん裸足。続いてもニュー・アルバムから「Pariah」。イスラエルの歌姫ニネット・タイブとのデュエット曲だが、残念ながら今回の来日にニネットは帯同せず。代わりに彼女はバック・スクリーンに登場し、その美しい歌声を聴かせる。今回のライヴは、後方にもスピーカーがセットされた4chサラウンド方式。美しいコーラスが実に立体的に響く。客席から「Happy Returns!」という声がかかると、スティーヴンは「リクエストは受けないよ。セットリストというものがあってさ、そこから一切逸脱するつもりはない。もしかしたら、君の聴きたい曲はやらないかもしれない。それならまた次回見に来れば良いだけのこと」と、イギリスらしいシニカルな返しを見せる。彼は以前からこんなに饒舌だっただろうか。


ポップな曲が2曲続いたところで一転、続いては15年の『Hand.Cannot.Erase.』から「Home Invasion」、そして「Regret #9」。一応2曲に分かれているが、これらは実質12分半に渡る1つの大曲。ヘヴィすぎるイントロ、不気味な歪んだエレクトリック・ピアノ。一気にプログレッシヴな世界へと引き込まれる(プログレッシヴ・ロックという言葉大嫌いだと言うスティーヴンには怒られるかもしれないが)。モーグ・ソロ、ギター・ソロも、スタジオ盤以上に熱が入っている。女性の瞳に映った世界へと入り込んでいく映像、そして激しいストロボ効果もあいまって、オーディエンスはスティーヴン・ウィルソン・ワールドに引きずり込まれていく。

続いてはポーキュパイン・トゥリー時代の楽曲『In Absentia』から「The Creator Has a Mastertape」。The Creator has a master plan…すなわち「神はマスタープランをお持ちである」というキリスト教的フレーズをもじったタイトルを持つこの曲は、自分の子供たちを拷問しているところを録音し記録していた異常者について。「父は拷問のマスターテープを持っている」ということだ。そんな陰惨な内容にふさわしい、スリリングでヘヴィでメタリックなこの曲では、スティーヴンはエフェクターをいじくりまわし過激なノイズを振りまいていく。再びニュー・アルバムに戻り、「Refuge」。スティーヴンは椅子に座り美しい歌声を聴かせる。バックに美し出される海の映像が、幻想的なエンディングにピッタリで郷愁を誘う。しかし、これは難民キャンプで暮らす家族をテーマとした曲。海が映し出されるのも、小さなボートで母国を脱出してくる難民をイメージしたものだろうか。


さてここで、スティーヴンから残り2曲で15分の休憩があるとのアナウンス。「だけど2曲だからって、あっという間とは限らないよ」という追加コメント。まあ、スティーヴン・ウィルソンの場合、そうですよね。さらに、25歳以下の若者に挙手を促す。「1、2、3...5人だけか!まあ、そんなものだろうと思ってたけど。25歳以下の君たちのために、1つ教えてあげよう。この楽器、エレクトリック・ギターっていうんだ。20世紀後半には、とても人気のある楽器だったんだよ。YouTubeとかで見たことはあるかもしれないね」なんていうMCでひとしきり笑いを誘ったあと、またまたニュー・アルバムから「People Who Eat Darkness」へ。「テレキャスターは、何もエフェクターをかまさなくても、怒りに満ちたサウンドが出せるんだ。これがロックンロールのサウンドだ!」という前口上どおり、荒々しくギターをかき鳴らす。15年、パリで起きたEagle of Death Metalコンサート会場襲撃事件にインスピレーションを受けたというこの曲。「隣人はテロリストかもしれない」というテーマを、ユーモアを交えつつ不気味に表現したバックの映像が怖い。第1部のラストを締めたのは『Hand.Cannot.Erase.』収録の「Ancestral」。冒頭、キーボードを弾きながら歌うスティーヴンが歌詞を忘れてしまうアクシデントがあったものの、スキャットで見事に乗り切る。13分に渡り強烈に複雑な展開を見せるこのナンバーでは、スティーヴンやベースのニック・ベッグスがステージに寝転がってプレイする一幕も。あっという間に1時間経過。

15分、というか結局は20分強のブレイクを挟み、第2部がスタート。まずはポーキュパイン・トゥリー時代の「Arriving Somewhere But Not Here」(『Deadwing』収録)。こちらも12分を超える、普通の基準からした超大曲。ハイウェイの速回し映像がオーディエンスの興奮を煽る。プログレッシヴの極地のような曲を演奏したところで、「次は楽しいポップ・ミュージックを演奏する」とスティーヴン。ここからはスティーヴンの独演会。「この反応からすると、君たちはポップ・ファンではないようだね。2018年の今、ポップ・ミュージックとはジャスティン・ビーバーのことだと思っているかもしれない。ポップ・ミュージックはクソだと思っているかもしれない。でも、それは間違いだ。ザ・ビートルズのことをロック・グループだと思うかい?彼らは世界最高のポップスだ。2番はアバ。カーペンターズ、ティアーズ・フォー・フィアーズ、プリンス、ディペッシュ・モード。素晴らしいポップ・ミュージックはたくさん存在する。ジェネシスやキング・クリムゾンのTシャツを着ている人達は仕方がない。コンサートで身体を動かしたことがないだろうからね。それ以外の人は是非立ち上がって、せめて楽しんでるフリくらいはしてくれ」。これに対し「ピンク・フロイドTシャツは?」とオーディエンスも応戦。「ピンク・フロイドも仕方がない。だけど、せめて足でリズムはとってくれ」と、プレイされたのが「Permanating」。DVDでは、ボリウッドのダンサーも登場した極上のポップ・ナンバー。観客も(ほとんど)総立ちで応える。続いてもニュー・アルバムからだが、この「Song of I」は、新譜の中では不気味でヘヴィで実験的な作品。バックのダンス映像も、そこはかとなく怖い。続く「Lazarus」は、ポーキュパイン・ツリー時代の曲ながら、『To the Bone』に収録されていてもおかしくない聴きやすい曲。ところがここで再びアクシデント。アコースティック・ギターに持ち替えたスティーヴンだったが、冒頭の歌詞が出て来ず、今回は演奏をストップ。「3か月ぶりだからさ」などと言い訳しつつ、気を取り直して「テイク2!」の掛け声。今度はきちんと歌えると、オーディエンスからは一際大きな歓声があがる。美しい曲調とバックに映し出される家族写真の数々が見事にマッチ、と言いたいところだが、「死んだ母親が息子を自殺に誘う」という歌詞の内容を考えると、この演出は不気味。再び新譜へと戻り、「Detonation」。こちらは9分を超える大曲であり、ポップ・ナンバーとは言い難いもの。後半へ向けたファンキー・パート、ヘヴィ・パートは圧巻。アダム・ホルツマンのエレピは本当に凄い。マイルス・バンド出身だから当たり前だが。続いては2016年の『4 1/2』から「Vermillioncore」。ディレイを効かせまくったエレピに轟音ギター、そしてドラッギーな映像。強烈なサイケ・インストだ。そしてポーキュパイン・ツリーのナンバー「Sleep Together」。エロチックなタイトルとは対極的なヘヴィなこの曲。ラストに向け、重厚に壮大に盛り上がっていく様は圧巻!第2部ラストを締めるのにふさわしい。


アンコールでのスティーヴンのMCもこれまた絶好調。「今日のお客さんは素晴らしいね。音楽の趣味が広い。あそこには、Esplendor Geometricoという他に誰も知ってる人がいないであろうスペインのインダストリアル・バンドのTシャツを着ているやつがいる。そしてこっちには、Burzumというこれまた他に誰も知っている人がいないであろうバンドのTシャツを着ているやつがいる。Burzumというのはノルウェーのブラック・メタルなんだ。Burzumが君のヒーローなのかい?ところでABBAのTシャツを着てるやつはいないのか?」。Esplendor Geometrico、Burzum、ABBAが同じ文脈で語られるコンサートなんて、そうそうあるものではない。アンコール1曲目は、「The Sound of Muzak」。ポップスの現状を嘆いたポーキュパイン・トゥリー時代の曲だ。そしてラストは、出ました「The Raven That Refused to Sing」!死を間近に控えた老人が、子供の頃に死んでしまった妹を思い返すという内容のこの曲。とにかく美しく、とにかく悲しい。曲のストーリーをアニメ化した映像も、人生の悲哀を強烈に表現していて涙を誘う。アルバムでもクロージング・トラックだったこの曲、やはりライヴのラストを締めるにもふさわしい。

『ホーム・インヴェイジョン~イン・コンサート・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』を見終わったあとも、映画を一本見たようなスケールを感じたが、この日のライヴも同様。「ライヴもアルバムと同じで、音楽的な旅として構成している。オーディエンスは心を奪われるだろう」というスティーヴンの言葉通り、終演後しばらく呆然としてしまった。


ライヴ後、Burzumについて聞いてみたのだが「彼はクソ野郎なんだろうけど、やっぱり作っている音楽には何かがあるよ」と語っていた。スティーヴン・ウィルソンは、ブラック・メタルも好きなのだ。まあ、『In Absentia』のような、誘拐や連続殺人満載のアルバムを作るくらいの人ですからね。不思議はないですが。ついでにEsplendor Geometricoについては、「日本のキャプテン・トリップというレーベルから再発されてるんだ、Cabaret Voltaireとかが好きなら絶対に聴いたほうがいいよ」と興奮気味。心底音楽が好きなのだというのが伝わってきた次第である。

わずか数日前に51歳の誕生日を迎えたスティーヴン。MCでは「身体は老いたけど、気持ちは若い」と言っていたが、いやいや見た目もとても50代に見えない若々しさ。音楽っていいなと改めて教えられた一晩であった。何から何まで最高でした。

文:川嶋未来 / SIGH
写真:mika kureta

<STEVEN WILSON - LIVE IN TOKYO 2018 -EX THEATER ROPPONGI(2018.11.5)>

Set 1
1.Nowhere Now
2.Pariah
3.Home Invasion
4.Regret #9
5.The Creator Has a Mastertape(Porcupine Tree song)
6.Refuge
7.People Who Eat Darkness
8.Ancestral
Set 2
9.Arriving Somewhere but Not Here(Porcupine Tree song)
10.Permanating
11.Song of I
12.Lazarus(Porcupine Tree song)
13.Detonation
14.Vermillioncore
15.Sleep Together(Porcupine Tree song)
Encore:
16.The Sound of Muzak(Porcupine Tree song)
17.The Raven That Refused to Sing

スティーヴン・ウィルソン『ホーム・インヴェイジョン~イン・コンサート・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』

2018年10月19日 発売
【初回限定盤Blu-ray+2枚組CD】 GQXS-90356~8 / ¥8,000+税
【初回限定盤DVD+2枚組CD】 GQBS-90395~7 / ¥7,000+税
【通常盤Blu-ray】 GQXS-90359 / ¥5,500+税
【通常盤DVD】 GQBS-90398 / ¥4,500+税
※日本語解説書封入/日本語字幕付き
Blu-ray(DVD)
1.トゥルース(イントロ)
2.ノーホエア・ナウ
3.パライア
4.ホーム・インヴェイジョン / リグレット・ナンバー・ナイン
5.ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスターテープ
6.レフュージ
7.ピープル・フー・イート・ダークネス
8.アンセストラル
9.アライヴィング・サムホエア・バット・ノット・ヒア
10.パーマネイティング
11.ソング・オブ・アイ
12.ラザルス
13.デトネイション
14.ザ・セイム・アサイラム・アズ・ビフォー
15.ソング・オブ・アンボーン
16.ヴァーミリオンコア
17.スリープ・トゥゲザー
18.イーヴン・レス
19.ブランク・テープス
20.サウンド・オブ・ミューザック
21.レイヴンは歌わない
《ボーナス映像》
リハーサル・トラックス
・ルーティン
・ハンド・キャンノット・イレース
・ハートアタック・イン・ア・レイバイ
インタビュー
CD1
1.トゥルース(イントロ)
2.ノーホエア・ナウ
3.パライア
4.ホーム・インヴェイジョン / リグレット・ナンバー・ナイン
5.ザ・クリエイター・ハズ・ア・マスターテープ
6.レフュージ
7.ピープル・フー・イート・ダークネス
8.アンセストラル
9.アライヴィング・サムホエア・バット・ノット・ヒア
CD2
1.パーマネイティング
2.ソング・オブ・アイ
3.ラザルス
4.デトネイション
5.ザ・セイム・アサイラム・アズ・ビフォー
6.ソング・オブ・アンボーン
7.ヴァーミリオンコア
8.スリープ・トゥゲザー
9.イーヴン・レス
10.ブランク・テープス
11.サウンド・オブ・ミューザック
12.レイヴンは歌わない

【メンバー】
スティーヴン・ウィルソン(ヴォーカル、ギター)
ニック・ベッグス(ベース)
クレイグ・ブランデル(ドラムス)
アダム・ホルツマン(キーボード)
アレックス・ハッチングス(ギター)
ニネット・タイブ(ヴォーカル)

◆スティーヴン・ウィルソン・レーベルサイト
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