【コラム】デーモン・アルバーン、新作『ザ・ニアラー・ザ・ファウンテン、モア・ピュア・ザ・ストリーム・フロウズ』で表現した「喪失と再生」

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Photo by LINDA BROWNLEE

世界中をフットワーク軽く旅して現地のミュージシャンたちとコラボし、土地固有のカルチャーから学んで表現の幅を広げ、どこまでもノマディックな音楽活動を送ってきたデーモン・アルバーン。彼がその時々の作品と共に足跡を刻んだ場所と言えば、マリ、ナイジェリア、南アフリカ、モロッコ、シリアなどなど、アフリカ大陸を中心にヨーロッパ圏外の国々を思い浮かべる人が多いに違いない。

中国を訪れて『西遊記』をベースに作ったオペラ作品『Monkey: Journey to the West』もあったし、ゴリラズの『Humanz』を一部ジャマイカで録音したことも記憶に新しい。しかし実はもうひとつ、デーモンと非常に縁の深い国がある。1990年代半ばにブラーの5枚目のアルバム『Blur』のレコーディングで滞在して以来足しげく通い、ここに登場するドリーミーでポエティックな2枚目のソロ・アルバム『The Nearer the Fountain, More Pure the Stream Flows』をインスパイアしたアイスランドだ。

本人に訊くと、同国への憧れは幼少期にまで遡る。「子供の頃から地理に興味があって、アイスランドにある黒い砂の浜辺の上空を飛んでいる夢を繰り返し見たんだ。その後大人になって、アメリカに滞在していた時に、ホテルの部屋でナショナルジオグラフィック・チャンネルのアイスランドに関する特集番組を眺めていて、ふと、昔の夢と目の前の映像がつながったんだよ。僕に強く訴えかけるものがあった。それで、実際に足を運んでどんな場所なのか体験したいと思ったんだよね」。

つまり本作は長い長いラヴアフェアを経て、生まれるべくして生まれたアルバムだと言えるのだが、完成までの道のりも長く、過去2年間に起きたことによって想定外の方向に進むことになる。その過程をここで辿ってみたい。そもそもデーモンに最初の閃きを与えたのは、彼がレイキャヴィクに所有する家の窓から望む風景…まさしく黒い砂の浜辺が広がり、そ向こうに、雪に覆われたエシャ山がそびえる風景だったという。


Photo by LINDA BROWNLEE

「僕は長年その風景を眺めてきたんだけど、オーケストラで演奏しているミュージシャンたちを連れてきて、僕と一緒に同じ窓から同じ風景を見てもらって、その風景や天気の変化に音で反応するという形のセッションを行なったら、素晴らしい試みになるんじゃないかと思ったんだ。なぜってアイスランドの天気は激しく変化する。しかも非常に変わりやすい。特に地面が雪に覆われている時期に太陽が照っていると、光が驚くほどまぶしい。目が眩むくらいにね。かと思えば完全な闇に包まれることもあって、そのコントラストが本当に鮮烈なんだ。そこでミュージシャンのひとりひとりに、観察して想いを巡らせてもらいたいポイントを割り当てたんだ。例えばある人は鳥を、別の人は波のうねりを観察しながら楽器を演奏し、ほかに山や雲を眺めている人もいて、ゴルフ場のカートを観察するミュージシャンもいた(笑)。そんなわけで、前もって設定したハーモニー構造の枠内で、各人が自分に割りふられたポイントを観察しながら、思い思いの解釈で演奏したんだ。そうやって生まれた音源を集めてみると、今しがた外で起きていた出来事の、非常に奇妙でアブストラクトな音楽的証言みたいなものが形成されていた。すごく興味深いプロセスだったよ」


Photo by Matt Cronin

よってそのまま完成していたら、アイスランドの自然をテーマにしたよりオーケストラルな、インストゥルメンタルに寄った作品になった可能性が高い。しかし2020年3月に世界各地でパンデミックによるロックダウンが始まり、彼はセッションに区切りをつけて英国に帰国。それからはしばし他の仕事に取り組んでいたが、「そのうちに、僕がこのプロジェクトで論じたいのは正確には“喪失と再生”なのだと悟った」とデーモンは言う。

そんなテーマが具体化した背景には、パンデミックに加えて、敬愛する師でありコラボレーターでもあったナイジェリア人アーティスト、トニー・アレンの急死もあったのだろう。今年に入ると、当時滞在していたイングランド南西部デヴォンにある家(レイキャヴィクの家と同じく海に面している)でアイスランドで録音した音源と改めて向き合い、彼の作品ではお馴染みのマイク・スミス(Key、Saxほか)と元ザ・ヴァーヴのサイモン・トン(G)を交えて、新たにセッションを行なった。弦楽器や管楽器で描かれたアイスランドの風景に、デーモンならではのメランコリックなメロディやドラムマシンのグルーヴでポップソングの骨格を与え、マイクのサックス、サイモンのギター、或いはエレクトロニックなテクスチュアでサウンドの層をプラス。そして、アイスランドで書き留めた思索(Royal Morning Blue」ほか)に加えて、パンデミック下の生活を題材にしたり(「The Cormorant」ほか)、過去に訪れた異国の地に想いを馳せたりしながら(「Daft Wader」「The Tower of Montevideo」)歌詞を綴ることで、より大きな文脈の中にアルバムを配置していくのだが、最終的にはアイスランドで採集されたフィールド・レコーディングを曲間に挿入して出発点に回収し、巧みに1本の流れを作り出している。




「それぞれ録音された場所は違って、例えば滝の下だったり、浜辺だったり、山の頂で風が吹いている時に録音したものだったり、或いは鳥の鳴き声だったり…。アルニ・ベネディクトソンというアイスランド人の友人がいて、たくさんの映画で活躍している経験豊かなフィールド・レコーディングのアーティストでね。アルバムで使ったフィールド・レコーディングは、彼が一手に引き受けてくれたんだよ」。

このようにしてアルバムが変容していく中で着手当初から変わらなかったのは、若い頃から愛読していた、19世紀英国の詩人ジョン・クレアの作品『Love And Memory』から抜粋したタイトルだ。

「しかもロックダウンが始まってから読み返してみたら、アルバムに着手した時より以上に、僕の気持ちにぴったりと寄り添っていることに気付いたんだ」とデーモンは話すが、なるほど、この詩が描いているのはまさに喪失と再生。親しい人物の死を悼む主人公と、人間の苦しみや悲しみをよそに淡々と営みを続ける自然を対比させている。アルバムでは、イランでのゾロアスター教の鳥葬に言及する「Daft Wader」から、ロックダウンによって引き裂かれた人々が再会を果たせるようにと北極星に願いをかける「Polaris」に至るまで、様々なイメージやストーリーに同じテーマが引き継がれている。


ちなみに表題曲の歌詞は、『Love And Memory』をデーモンなりに咀嚼して書き換えたもので、フィナーレの「Particles」にも彼はタイトルのフレーズを織り込んだ。particleとは粒子、つまり世界に存在するあらゆる物質を構成する細かな要素の総称だが、この曲はレイキャヴィクに向かう飛行機の中で隣り合わせた女性が口にした、不思議な言葉を発端に誕生したのだとか。「時によって粒子がかき回されて、混乱が起きることもあります。でもその混乱状態を維持することは不可能で、究極的には必ず平和が勝利するんです」という言葉だ。デーモンに曲のメッセージを糺すと、彼はジョージ・ハリソンの名曲のタイトル「All Things Must Pass」(日本語なら「諸行無常」に相当する)を引き合いに出し、あらゆる変化を世の必然として受け入れるという、ポジティヴなエンディングなのだと説明する。これもやはり、『Love And Memory』につながる考えだ。

「粒子ってものは、例えば絶望のような感情に現れる人間の弱さとは無縁な存在なのだという考えに基づいた曲なんだよ。要するに、粒子は中立的な存在であり、そういう意味で、あらゆる粒子は楽しげで、この宇宙を喜びに満ちた場所にしてくれているんだ。なぜって宇宙は常に進化と変化の渦中にある。よって“何かが失われる”という現象を、我々人間とは異なる次元で受け止めていて、喪失は、変化と刷新と再生の前兆を意味しているんだよ」


さらに仕上げとして、気鋭のフォトグラファー=マートン・ペルラキがデヴォンの海岸で撮影した写真を、アートワークに配したデーモン。まるで記念碑のような巨岩が写るジャケットには、アルバムタイトルと彼の名前に続いて、“2021”と添えられている。「この2年間に起きたことは世界にとって大きな意味を持つわけで、“2021”と記すことで、アルバムを特定の時期にしっかりとつなぎ留めているんだよ。完成した時には、ひとつの時代の終わりに辿り着いた気がしたし、これは僕が残した時代の記録というか、この時代に対して僕にできる貢献、みたいな感じの作品なのかな」


Photo by Steve Gullick

そんなデーモンは過去1年間に、本作以外にもゴリラズのアルバムとEPを1枚ずつリリースし、ライヴ活動も再開している。旺盛な創作意欲は相変わらずで、「特にロックダウン中はほかに何もやることが無くて生産性が向上したくらいだよ」と笑う。

「それに、特殊な状況下だからこそ、普段より以上に一生懸命作品作りに取り組まなければならないと僕は思うんだ。この間にカルチャーの規模は一気に縮小され、今まで世界中に張り巡らされていたカルチュラルなコネクションが、断ち切られてしまったよね。そして現時点でも、まだまだ復旧には程遠い。だから今まで以上のハードワークをこなすのが僕らアーティストの使命であって、そうすればいつの日か再びみんなで集まって時間を共有し、我々が交わしていた対話や意見交換を再開できるんじゃないかと希望を抱いているよ」


文◎新谷洋子


Photo by Steve Gullick

デーモン・アルバーン『ザ・ニアラー・ザ・ファウンテン、モア・ピュア・ザ・ストリーム・フロウズ』

TRANS551CDJ ¥2,500+税
世界同時発売、解説/歌詞/対訳付、アーティスト本人による楽曲解説付、日本盤ボーナス・トラック収録
1.The Nearer The Fountain, More Pure The Stream Flows
2.The Cormorant
3.Royal Morning Blue
4.Combustion
5.Daft Wader
6.Darkness To Light
7.Esja
8.The Tower Of Montevideo
9.Giraffe Trumpet Sea
10.Polaris
11.Particles
12.The Bollocked Man*日本盤ボーナス・トラック


◆デーモン・アルバーン・レーベルサイト
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