【アルバムレビュー】村上ユカ『宇宙的』に寄せて

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SSWTPMの村上ユカが、通算5作目のアルバム『宇宙的』をリリースします。前作『鳥と魚』から9年ぶりです。9年というと長いようですが、別に休んでいたわけじゃない。コンスタントに、いろんな形でのライブや曲作りの活動は続けながら、お母さん業もしっかりこなしつつ……SSWTPMとは“Singer Song-Writer & Techno-Popper & Mother”の略……コツコツと音を紡いでいくうちに、9年の歳月が過ぎていたということです。マイペース、自然体の、ひとつの正しい音楽生活だと思います。

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ユカさんの音楽を知ったのは、1997年のデビューから程ない頃だったと思います。私はEPICソニー(当時)の音楽ディレクターとして、遊佐未森の担当をしていたのですが、ユカさんの声質と歌唱が遊佐に似ていたんです。ある日ラジオからその声が流れてきて、ちょっとビックリした。気になって、探して、CDを手に入れました。ずっとあとになりますが、2005年に、私が関わっていた音楽配信サイト「recommuni」(現OTOTOY)で企画したライブイベントに出演してもらったこともあります。とにかく、歌声とメロディが好みのタイプで、いい曲もたくさんあるので、ずっと気にしていたアーティストのひとりです。


そんな彼女から、今年の春先、久しぶりに連絡をいただいて、ニューアルバムを出すので帯のキャッチコピーを書いてほしい、と言われました。なぜいきなりボクに?と不思議でしたが、断る理由はないので引き受けました。

仕事上、アルバムのキャッチコピーやタイトルを考えることはよくありました。やはり若い時のほうが頭が柔らかかったのか、自分でも冴えていたと思うのは、たとえば、「胸キュン」という言葉の元になった、山下久美子のデビューアルバム『バスルームから愛を込めて』(1980)の帯のコピー、「胸のここんとこがキュウンとなるような歌を唄いたいんのよね…」。それ自体はちょっとモサッとしているかもしれないけど、ここから山下は「元祖胸キュン娘」などと呼ばれたりしていたのです。でも1983年にYMOが「君に、胸キュン。」をヒットさせるとあっと言う間に上書きされて、「胸キュンと言えばYMO」になってしまいました。「うれしさで胸がときめくこと」を、1980年時点では、「キュン」と表現する人はいなかった。私のコピーも「キュウン」でしたから。それが山下とYMOを経て一般に浸透し、今ではアメリカのアナウンサーまで、大谷選手に対して使うようになりました。

もう一つ、「総立ちの久美子」ってのも私が考えました。山下の2nd アルバムの頃に行った日本青年館でのコンサートで、終盤でしたが、お客さんが一斉に立ち上がったのです。「ふつうじゃん」と思うでしょうが、その頃は珍しい光景だったのです。もちろん「総立ち」なんていう言葉はありませんでした。新しい現象は言葉を生みますが、逆に言葉は現象を育てます。いつの間にか、もう冒頭から「総立ち」になるのが当たり前になってしまいました。そんな私は「総立ち」ギライですが。ポール・マッカートニーの東京ドームを観に行ったら、客席もステージ上も年寄りばかりなのに、いきなり「総立ち」で、「やめてくれ」と思いました。


なんか自慢話になってしまいましたが、目ぼしいのはその2つくらいで、あとは全くたいしたものはありません。ディレクター業を引退してから随分経つし、さっぱり自信はないのですが、犬の散歩をしながら考えました。いくつか思いついたけど、そのうちだんだんよく分からなくなってきて、全部で10個書き連ねたのを「この中から選んで」と渡しました。そしたら、結局私がつくったものは選ばれず、言葉のパーツを組み合わせて、「宇宙の縁側でお茶しよう」としたいと返されました。もちろんご本人がよろしければ異論はありません。ピシッと決められなかった自分の力不足がちょっと悔しいですが。実は自分の中では、「銀河横丁ツッカケ姐さんのワンマンショー」というのが一押しだったんですけどね、ハハ。

タイトルは「宇宙的」とデカいのですが、ユカさんにはどうもなぜか、下町の姐さんぽい空気を感じるんですよ。メロディや一部の歌詞にも、彼女自身の気さくな物腰にも。札幌出身なんですけどね。『アカリ』(2001)というアルバムの「夕陽トロピカル」という曲には「サンダル」が登場しますが、そういう下町の生活感と、宇宙を並べるのがいいかなと考えたのです。なので「銀河の横丁でツッカケを履いて歩いている村上ユカ」を空想してみました。ユカさんは心外だったかもしれませんね。

「宇宙的」というタイトル、初めは「デカくでたな」なんて思っていたのですが、歌詞を見たり、彼女の発言を聞いたりしているうちに、そういうことではないらしいと気づきました。たとえば「宇宙のファンタジー」や「宇宙戦艦ヤマト」のような、ロマンと冒険の対象では全然ない。「宇宙」ではなく「宇宙的」ってところが重要ですね。

「タノシイ カナシイ アア 事だらけ なぜにナミダデルノ」(地球アトラクション)
「あの場所に帰れない あの気持ち返らない だけど今は幸せです」(がんばりました)
「夕暮れ列車は僕らを乗せてゆく 疲れた体を包んで乗せてゆく」(夕暮れ列車)
「つらいさみしい 助けてほしい わかってほしい はなしをきいて」(僕の心で)
「すべて終わり すべてこわれ 失くした場所に ただひとり立つ ただひとり泣く」(蒼き調べ)
「辛い事があったんだね 手のひらを見つめたら 傷ついた血だらけの 僕の手をつないでた」(鏡の世界)

……と、このアルバム収録曲の歌詞には、暗い、悲しい言葉が多いのです。視線は「宇宙」ではなく、あくまで「地球」に向かっています。現実の、人間の、つらさ、悲しさ、苦しさに満ちた生の営みが繰り返される地球へ。束の間の喜びや笑いも、すぐ次の冷たい波に飲み込まれていく。人生にはなぜ、こんなにも悩みが尽きないのか。

ただ、それを嘆いて終わり、ではありません。すべてを見つめ、認め、受け止めた上で、「でもだいじょうぶ」と言える自分でありたいと、これらの歌は語っています。だけど、どうやって? その回答が「宇宙的になること」らしい……。

海外を旅すると、日本のことがよく解ると言います。距離を置いて眺めてみることで、中にいては気づかないことが見えてくる。だとすれば、人間のことを解るためには、地球の外に出ればいい。宇宙から眺めてみればいい。「宇宙的」になればいい。そうしたら、

「怒り/悲しみ/裏切り 嫉妬/切なさ/寂しさ/憎しみ……全部全部大切な気持ち」(僕の心で)
……だと解るだろう。


実際に宇宙に出るには、前澤さんくらいお金も要るので、「宇宙的」になるのは簡単じゃないですけどね。あ、あくまでこれは、「宇宙的」という言葉への、私の解釈ですからね。本人がどう考えているのかは知りません。でも、作品をどう解釈するかは自由ですから。

サウンドは以前と比べて進化しているのか、よく分かりません。私には大きな変化は感じられません。前作『鳥と魚』からそうですが、ミックスダウンを杉本健さんが担当した以外は全部ユカさんひとりでやっています。で、今回、9年ぶりのアルバムリリースですが、実は『鳥と魚』もその前作『角砂糖』から9年後のリリースでした。ひとりで曲をつくり、それにふさわしいサウンドの姿を考え、音と歌を積み重ねていくと、9年かかるのかもしれません。

ひとりでつくるのと、たとえ一人でも他人を交えて共同作業をするのは、全く違うことだと想像します。たとえば、何か楽器を演奏してもらうとすると、自分が望んでいる100%をその人が出してくれることはほぼムリでしょう。でも、思いもよらなかった優れたプレイが出てくることもあります。そしていずれにせよ、その演奏が残るので、そこで“ケリ”がつく。ひょっとしたら、あとで別の人でやり直す、なんてこともあるかもしれませんが、ともかく一旦“ケリ”がつく。それで前に進んでいけます。

ひとりだとそれが難しい。自分の理想を、時間を気にせず、追求することができるけど、いいのかどうかを判断するのも自分です。ひとりでつくる場合の最大の難関は、「これで完成」と“ケリ”をつけることではないでしょうか? ユカさんの場合、ミックスダウンが他人なので、その人のスケジュールもあるから、それが“ケリ”をつけてくれたかもしれませんが。ただ、それまでは9年間、日常生活と並行しつつ、様々に行きつ戻りつしながら、徐々に音を育てていったんでしょうね。



リリース当日に、たまたま私が月一度行っているレコ聴きイベント「いい音爆音アワー」があるので、ユカさんにトークゲストとして来てもらい、ニューアルバムを紹介することになったのですが、アルバムから2曲、聴かせたい曲を選んでもらったら、タイトル曲の「宇宙的」と「地球アトラクション」を、と返ってきました。

実は私、「宇宙的」という曲の存在価値がよく分かってなかったのです。アルバム1曲目なのですが、ほぼインストゥルメンタルだし、あまり起伏もなく、オーバーチュアとしてはちょっと長すぎる。で、他に面白い曲がいろいろあるんだから、「宇宙的」じゃないほうがいいのでは、と訊いてみたら、彼女としてはこの曲がとても重要みたいで、一歩も引かない感じでした。それで、改めて何度か、無心になって、この曲を聴いてみたら……分かったような気がしました。

この曲は地球の周りを周回する「宇宙列車」なのではないか、と。ま、銀河鉄道のようなものですよ。先ほど言ったように、地球の外に出るのは簡単ではないけれど、この曲で宇宙列車に乗ったつもりになってみる。そして、列車の窓から外に目をやると、ほら、漆黒の空間に、地球が丸く、青く、輝いている……私は思わず呟いた。「なんて宇宙的!」。

文◎ふくおかとも彦 [いい音研究所]
写真◎弓削ヒズミ(2022/10/7@プラネタリウムライブ【space rendez-vous】)

『宇宙的』

品番:YCFR-0014
JAN:4580350240647
定価 3,300 円(税込)
流通:ダイキサウンド
販売:株式会社On-do

M 1. 宇宙的
M 2. 地球アトラクション
M 3. がんばりました
M 4. 夕暮れ列車
M 5. 僕の心で
M 6. 蒼き調べ
M 7. 鏡の世界
M 8. 地球儀と砂時計
M 9. 惑星スナップ
M 10. butterflyeffect(extended mix)
M 11. 銀河エレベーター
M 12. epilogue Plaisir(inst)

村上ユカ『宇宙的』発売記念ワンマンライブ<宇宙的〜cosmic explosion〜>

2022年12月11日(日)
12:00開場、12:30開演 【※昼公演】
ゲスト:吉澤瑛師 and more..
場所:青山・月見ル君想フ
東京都港区南青山4-9-1 B1F
TEL : 03-5474-8115

チケット販売:TIGET (チゲット)
https://tiget.net/events/194016
前売券:3,500 円(+1drink)
会場当日券:4,000 円(+1drink)

◆村上ユカ オフィシャルサイト
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