俺たち4人は、本当にすばらしいものを共有しているんだ

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俺たち4人は、
本当にすばらしいものを共有しているんだ

「大変な1週間だったぜ」。

stone temple pilotsのギタリスト、dean deleoは語る。友人でありバンド仲間でもあるscott weilandが、仮釈放違反で懲役1年の判決を受けた昨年の8月13日までの7日間のことである。
その週リハをやって、8月12日にはラスベガスのthe house of bluesでショーをやり、バンドでやりたいことをやって有頂天だったのが、その次の日裁判所に座ってscottが体重100キロはゆうに超えた執行官に連れて行かれるのを見てたんだ。どんなにひどかったか分かるだろう
 その裁判やstone temple pilotsの苦難、そしてドラッグと闘うリードヴォーカルweilandを見守っていた人なら、その数日間で、このバンドが分裂していく状況を思い描いただろう。

'92年のデビューアルバム『core』のリリース時には嘲笑的な批判を受けたpilotsだが、この10年間で最高のバンドになっていった。グランジロックかぶれとこき下ろされ、否定されていたにも関わらず、だ。その後リリースされたバンドの2枚のアルバム『purple』と『tiny music...songs from the vatican gift shop』で、やっと彼らの良さが伝わりはじめ、称賛を受けた。これらのアルバムによって、独特のポップ/ロックスタイルが、バンドのテーマソングサウンドとして確立されたのである。

しかし、stone temple pilotsが誰からも認められる勢力になったにもかかわらず、weilandはalice in chainsのリーダーで行方不明のlayne staleyのように、クラック中毒、ヘロイン中毒とビラを貼られるほど有名になっていった。ドラッグにまつわる様々な犯罪のため、刑務所を出たり入ったり、リハビリを繰り返したというweilandの愚かな行動によって、グループは内部分裂し、stone temple pilotsの残りのメンバーは、talk showというサイドプロジェクトの結成を余儀なくされたが、その間weilandは、ソロアルバムやツアーであがいていた。そして、別のドラッグ事件で逮捕され、ツアーは途中でうち切られてしまった。
'99年初め、ニューアルバムの製作のため、stone temple pilotsは再結成され、事態はようやく元の軌道に戻ったかに見えた。しかし、事件が起きた。先日のweilandによる仮釈放違反(ドラッグ検査に行かなかったこと)で、ロサンゼルス上級司法裁判所larry fidler裁判官の我慢は限界に達したのだ。weilandはロサンゼルスにある郡刑務所のbiscailuz治療センターで1年間刑に服すことになった。weilandはstone temple pilotsの4thアルバム『no.4』のリリース時も服役中だった。

同様の苦境に立たされたバンドは、取材規制をひきたがるものだが(ここでもalice in chainsを見て欲しい)、stone temple pilotsは音楽と向き合うと決意した。「隠すことなんか何もなかったんだ」。deleoは素っ気なく語る。「scottはずっと堂々としてた。彼はこうなった責任を取ろうとしたんだ。彼は裁判中“あのあほ裁判官”なんて悪態をつくことはなかったんだ。自分がなぜあそこにいるのか分かっていたんだよ。彼は罰を受け入れているんだ。もちろん、楽しんでいるわけじゃないのは確かだけどね。でも、判決が下ったときに屈辱を覚えた者はいなかったね

俺が(scottの)代わりに話さなきゃならない」。38歳のギタリストは語る。彼は10年程前に、兄弟でありベーシストのrobert deleoとこのバンドを結成した。「こんなこと、全く不愉快だよ。彼にここにいてもらいたいさ。だけど彼は自分で巣を張って、自分自身が捕らわれちゃったんだ」。

weilandのごたごたにも関わらず、バンド仲間はscottを支え、早ければ2月の釈放を心待ちにしていると、deleoは言い張る。「間違いないよ。俺たち4人は、本当にすばらしいものを共有しているんだ。説明なんてできないし、再現しろっていっても無理だけどね。でもscottのライフスタイルがバンドとしてのスタイルになったみたいなところがあるんだ。俺個人としては、ドラッグを認めることはできないけど、これがバンドの姿なんだ。robert、eric(kretz、ドラマー)や俺が正面から向き合って、前みたいに“馬鹿野郎”なんて言わなくなるまで少し時間がかかったよ。すべてが愛情や思いやりから来てるんだ。俺たちの間に壁ができないようにね

deleoは、weilandがバンドを離れ、ソロアルバム『12 bar blues』を製作していたときは、バンドの最大の危機であったことを素直に認めている。そのころ、残りのメンバー3人は、短期間ではあったが、eric couttsをヴォーカルとして、talk showを結成していたのである。どちらのプロジェクトもうまくはいかなかった。「
scottと俺たちの関係はかなり悪かったんだ。あの頃もしどちらかが成功していたら、もう一方に、“消え失せろ!”って大喜びで言っただろうね

stone temple pilotsのファンはほっとしたことだろう。そのような事態は起こらなかった。weilandは健全な生活を取り戻そうと努力し続け、4人は'99年春、『no.4』の製作のため、いつものプロデューサーbrendan o'brienとともに集まった。『no.4』は、彼らのこれまでの3作品を祝っているようなできだ。制作時期の異なる『core』の砕くような音、『purple』のサイケデリックロック、『tiny music』のガレージポップスのバイブレーションを取り込み、ときには1曲内に収めている。「
なるようにしてなったんだ」。deleoは『no.4』でとった音楽の方向について思い出して語る。「俺たちの誰もが唯一本気で気にかけているのは、同じことを繰り返さないようにするってことなんだ。俺が画家で、同じ絵ばかり描いていたとしたら、評価されるわけないだろう?

『tiny music』は家で録音したんだ。このアルバムは、どうしてもハイファイでやりたかったからね。ロサンゼルスのきれいなスタジオでも録音したんだ。この前なんて、クローゼットやトイレでやったんだぜ。すべてがライブで、遮断されていたわけじゃないから、ヘッドフォンで聴いたら至る所でドラムマイクがほかの部屋の音を拾っているよ

『no.4』はところどころラフに聴こえることがある(4人のミュージシャンが再び戻ってきたサウンドである)。しかし、ハードロックのリズムにシンプルで効果的なメロディをかぶせるという、見落とされがちだったバンドの才能は、今でも生きていることがわかる。「
俺たちにはまったく簡単なことさ」。deleoが応じる。「才能高き4人のミュージシャン、曲作りの達人が4人、素材には不自由しないよ。みんな少なくとも8~12曲は作って打ち合わせに来るんだ。マジックや秘訣があるって言いたいんだけど、そんなのはないんだ

weilandが出所して体調が良ければ、stone temple pilotsは2000年春にはツアーを行う予定である。彼らを待ち望んでいるファンも依然たくさんいるようだ。批評家も、少しずつであるが確実に、彼らのやり方をしぶしぶながらも認めているようだ。deleoは、問題も多いが立ち直りも早いこのバンドを大いに誇りに思っている。「
時間の問題だと分かったんだ。俺たちが最初のレコードで成功したように、誰だって、大きな成功を治めることができるんだ。急に羨望の的になれるんだよ。そういう成功をしたバンドがいて、それは誰にだって起こることなんだ。本当にそれだけだったんだ。大げさに言うわけじゃないけど、この10年、俺たちは音楽にかなり貢献したんじゃないかと感じてるんだ。本当にね


by don_kaye

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