ザ・フーのベーシスト、ジョン・エントウィッスルがツアー前日に死去 :1

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6月27日(木)、WhoのベーシストJohn Entwistleが死去した。57歳だった。ネヴァダ州クラーク郡消防署のスポークスパーソンBob Leinbachによれば、EntwistleはラスヴェガスにあるHard Rock Hotel And Casinoのホテルの部屋で心臓発作を起こしたという。「救急隊が昼の12時頃、Hard Rock Hotelの6階に到着した。隊員らによれば、男性はその時もうすでに死亡しており、眠りながら息を引き取ったとのことだった」「争った形跡はなく、ドラッグや暴力による痕跡もない。検死官が出向き、遺体を回収して検屍局へ運んで行った」

この知らせはラスヴェガス中に広がり、Whoは6月28日(金)にThe Joint At The Hard Rock Hotel And Casinoからサマーツアーをスタートする予定だったため、人々が会場の前に花束を置きはじめ、カジノではノンストップでWhoの曲が流された。

Entwistleは'44年10月9日生まれ。'59年、Acton County Grammar Schoolの学生だったときに、同じく同校の生徒でシンガー/ギタリストのPete Townshendと共に初めてバンドでプレイする。EntwistleとTownshendはその後、別々の方向に進むが'62年に再会。2人はシンガーのRoger Daltreyのバンド、Detoursに加入し、'64年、ドラマーのKeith Moonを迎え、グループはHigh Numbersという名でラインアップを固める。同年末、4人は公式にバンド名をThe Whoとした。

Whoは'67年、米国で最初のビッグヒットとなる「Happy Jack」をリリースし、Billboard Hot 100チャートで最高24位を記録。また同年に行なわれたMonterey Pop Festivalでのパフォーマンスでアメリカ中の賞讃を受けた。彼らはBig Brother & the Holding CompanyJefferson AirplaneJimi Hendrix Experience、ByrdsGrateful DeadSteve Miller BandBuffalo SpringfieldQuicksilver Messenger ServiceEric Burdon & the Animalsなど、メジャーアクトが出演する中、目立ったパフォーマンスを行なった。

米国でWhoに大成功をもたらしたのは、何と言っても'69年の『Tommy』だ。その成功は、続くWoodstock(映画やサントラでフィーチャーされている)のパフォーマンスで確実なものとなった。バンドは'70年代半ばまでには、世界中のアリーナやスタジアムで決まってソールドアウト公演を行なうようになった。

Entwistleはそのソリッドなベースプレイから“the Ox”とニックネームが付けられ、また彼のステージ・パフォーマンスから“the Quiet One”と呼ばれることもあった。ステージ上での彼は、ワイルドに振る舞うDaltreyやTownshend、Moonと比べると、堅実でどこかクールな感じだった。それでも『The Kids Are Alright』のライヴ・レコーディングとコンサート・フィルムでは、Entwistleはじっと立っているだけなのにもかかわらず、音楽的にはバンドの他のメンバーに引けを取らないエネルギーを感じさせてくれる。

EntwistleはソングライターとしてはTownshendほど多作でなく、多くから賞讃を受けてはいないが、Whoの大部分のアルバムに彼による作品が1、2曲含まれている。ファンの間で非常に人気がある「Boris the Spider」や「My Wife」などがそうだ。彼の曲はたいてい暗いユーモアを含み、「Cousin Kevin」や「Fiddle About」でTownshendによるロックオペラの草分け的作品『Tommy』に貢献した。

「ザ・フーのベーシスト、ジョン・エントウィッスルがツアー前日に死去 :2」

Bruce Simon and Darren Davis, New York, and Gary Graff, Detroit (C)LAUNCH.com
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