Part.2 バッハについて

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--バッハへのアプローチは、それまでとはまったく違ったものに思えるのですが。

清水:ジャンルも違うし見え方も違うんですが、僕の中では同一線上にあるものなんです。マライアもそうなんですが、僕は特定の音楽をやるときに、その音楽のスタイルの中でやるということができないんです。つまり、その音楽に対して意味的な距離感と対比を遊ぶのが好きなんですね。それまでいろいろなことをやってきましたが、もっと音を切り捨てる方法はないかなと、その時は思っていたんです。サックスが吹けるんだから、サックス一本でできることはないかなと思っているときに、バッハが出てきたんですね。でも実際にやってみると、今までのものとはまったく質感の違うものだから、最初はずいぶん迷いがありました。でも始めた時が決断の時っていうことですかね。切り捨てることとサックス一本でできることを探してた中の僕の結論だったんです。

--清水さんの音作りは、音を積み重ねるというよりも、貼り合わせたところから引き算していくっていうイメージがありますね。

清水:昔は構築派だったと思うんですよ。建築のように音を積み重ねていって、ある構造を作って行こうとはしてたんです。でも、その手法が自然になくなっていきましたね。そういう構築が必要な時はやりますが、それで自分のオリジナリティを作るために構築を重ねるというのはなくなりました。

--バッハを演奏する面白さはどういうところですか?

清水:無意味に崇拝しているわけじゃないんです。逆に反面教師的に、その崇高さの社会的な意味をくすぐるのはどうしたらいいのかなと。バッハ、テナーサキソフォン、空間の三角関係がポイントだと当時から思ってたんです。バッハの音楽と教会の空間は切っても切れない関係です。あの空間でああいうマジックをやれば信者達は天に昇っていくっていうニュアンスが出る。一方、バッハとサックスは相容れないんだけども、なんかユーモラスで相容れない様を笑ってやろうと。サックスと空間の面では、残響のある空間でサックスを吹くと、お風呂で歌を歌うのと同じように、特定の周波数のところで一番響くポイントがあるんです。場所全体が共鳴するんです。それはCDで再現できないんだけど、すごく気持ちいいんですよ。その三角関係を融合させてみようというのがバッハへの取り組みです。

--空間というのは残響ということと考えていいのでしょうか。

清水:残響が長いところでサックスを吹くと、残響に音を重ねていくことができるんです。バッハというのはポリフォニー(※04)一つ一つが独立した多声からなる音楽。別々の旋律が同時進行的にバラバラに動く。対位法を用いた楽曲のことをさす場合が多い。の音楽だから、ハープシコード(※05)別名チェンバロとも呼ばれる。
ピアノと同じような鍵盤楽器だが、弦をはじいて音を出す仕組みになっているため、「ポン」というより「ビン」という音が鳴る。また構造上、音に強弱を付けられない。
なんかで作曲しているわけですよね。いろいろな旋律が同時に、重なったり離れたりしながら動いていくわけじゃないですか。僕がやったチェロ組曲っていうのはそういうのではなく、伴奏がなくて単旋律なんです。それを残響のある空間で吹くと対旋律が見えてくるんです。それが面白いんですね。

--場所によっては残響がまったく違いますよね。

清水:鉱山とか巨大な石の空洞なんかでやるんですけれど、場所によっていろいろなノイズがあるんです。最初からS/N(※06)正しくはS/N比。
音を出すものには内部から発生するノイズ、外部から入るノイズなどがある。SはSignal、NはNoiseで電話津の比率のことで、値が大きいほど雑音が少ない。雑音が少ないことを「S/Nが良い」、多いことを「S/Nが悪い」と言う。
が悪いというか。ポタポタ落ちる水の音を調節するために、スポンジを大量に置いたりするんですが、それはノイズを消すためじゃなく、逆に音をわざと悪くしたりね。面白いのは、音が回りまくっている場所で、音と音の交わる部分に人知を超えたマジックを感じられることですね。僕は昔から、囲まれたブースに入っての録音というのがあまり好きじゃなかった。もっと昔の、みんなが一斉に演奏して録音する形の方がよかったんです。それは、ベースの音にドラムスのスネアが共鳴してたり、そういうのが微妙な質感になるんだと思うんです。

--『バッハ ボックス』がレコード大賞の企画賞を受賞しました。

清水:友達からお祝いのFAXが来たんで不思議に思って、レコード会社にきいたら、僕の担当者も知らなかった(笑)。
インタビュー●森本智


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