作詞家:売野雅勇がプロデュースする音楽と肉体と声の物語

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'81年にシャネルズの「星くずのダンスホール」で作詞家としての活動を開始。
他にもチェッカーズ、中森明菜など多くのアーティストの作詞を手がけ、
ポップス界の作詞家として有名な売野雅勇。

作詞活動と平行して行う脚本・プロデュースの活動を活発化させ、
市川右近、千住明と組んでリーディング・ドラマを送り出している。
第3回となる今回の作品は「優雅な秘密」というオムニバスドラマ。

この作品に含まれる深遠なテーマとエピソードについて語ってもらった。
音楽と声、そして肉体のコラボレーションはどのような感動をくれるのだろうか。
売野氏の声に耳を傾けてみる。
売野雅勇 スペシャル・インタヴュー
──脚本を書くようになってからも、作詞活動は続けていらしたんですね。どこらへんで二つの活動を区別しているのですか?

売野:脚本は'90年の「シンデレラ・エクスプレス」からです。詞自体は短いものだし、言葉としては時代や風俗の象徴的なものを入れられるので、そういう意味で面白くやれます。芝居や映画は、書くということ自体は同じだけれども、作詞とは別モノですね。一行一行は同じようだけど、言葉の凝縮度がまったく違う。今回演出をしてもらった市川右近さんなんかは、僕の脚本は詞的だと言ってくれるんです。詞的というのはちょっと違うかもしれないけど、普通の脚本よりはシャープというか、凝縮された言葉で成り立ってるとは思います。

──20数年間の作詞家活動の中で、快心の作品はどれでしょう?

売野:坂本龍一さんに書いた「美貌の青空」です。死んでもいいなと思うくらい嬉しかった。それに続いて中谷美樹さんと組んでやったのも充実した仕事ができたと思っています。それは歌謡曲的な意味では違うのかもしれないけれど、詞を書いている人間としては完成度が高かったなと思います。

──リーディング・ドラマをやろうと思われたキッカケを教えてください。

売野:'99年か'00年にラジオジェニックというラジオドラマのサイトを立ち上げたんです。ラジオドラマにしてはアンビエントな感じのもので、ストーリーではなく、言葉と声というものを追求しようという実験的な試みだったんです。スローガンが“声のエロチシズム、言葉の音楽”というもので、言葉や声によって人間内部の官能的な部分を引き出すというプロジェクトだったんです。それの発展形として舞台で上演したのが、このリーディング・ドラマです。

──いつから始められたんですか? またそれはどのようなものだったのでしょうか。

売野:千住明さん、市川右近さん、緒川たまきさん、武田真治さんで上演した'01年の「ミッシング・ピース」が第一回ですね。これはオーケストラが入った朗読劇なんですが、ただ本を読むというのではなく、僕の書く脚本の様式性を鑑みて、歌舞伎の市川右近さんに演出をお願いしたわけです。その後、'03年に、宝生舞さん、市川さん、古藤芳治さんの3人で「天国より野蛮」というのをやりました。

──今回のキャスティングは面白いですね。

売野:市川右近さんと、相手役に市川春猿さんという女形の役者さんが出演します。歌舞伎の女形が現代劇で女性を演じるという点が実験的というか、面白いところではありますね。古典芸能ということではなくて、歌舞伎の成り立ちや伝統、そこに込められた意図という本質を考えている市川猿之助さん一門の人なので、常に歌舞伎に対して真剣です。歌舞伎が現代に生きるためにはどうすればいいのかを考えていらっしゃる人たちなので、そのトライアルとして第一歩を踏み出す予兆、あるいは気配というものを確かめるという意味合いもあるんじゃないでしょうか。

──今回の「優雅な秘密」のテーマは?

売野:「星の王子様」という有名な本を書いたサン・テグジュペリという作家がいますが、彼を素材にして輪廻転生を語っていくという話です。テグジュペリにまつわるエピソードも出てきますし、春猿さんが演じる星の王子様も出てきます。ここが彼を起用した一番面白い点です。あの美貌と星の王子様がどこがダブって見えて、そのイメージが浮かんだんです。輪廻転生は僕の一番好きなテーマです。

──サン・テグジュペリのエピソードとは?


売野:'57年にソビエトで打ち上げられたロケットであるスプートニク2号にライカ犬が乗っていたというところから話が始まるんです。そして、第二次世界大戦が終わる寸前の'44年に、テグジュペリは乗っていた飛行機が撃墜して死んでしまいます。これは、なぜ死んだのか今でも不思議なんですね。

──それらは実話ですね。


すべて本当のことです。テグジュペリは偵察部隊のパイロットで、最後の出撃で死んでしまうんですが、ここには信じられないエピソードがあるんです。彼を撃ったのはドイツの戦闘機なんですが、このドイツの戦闘機と並んで、南フランスの地中海の上を撃墜される前日まで飛んでいるんですね。ドイツとしては有名人のテグジュペリを撃墜して大きな宣伝にしたい。でもドイツ軍の中にファンがいて、彼がテグジュペリの飛行機を見つけて交信してくるんです。それで仲良くなっちゃって、並んで飛んで顔を見合わせたりしてるんです。そういうエピソードも織り交ぜてあります。

──ステキな話ですね。

売野:空や宇宙を飛ぶということがサブテーマになっています。空を飛ぶ犬と宇宙飛行士とテグジュペリが一つになって、自分の中では快心作だと思っています。そういう大きなテーマとは別に、7章に分かれたパートでできています。他人の部屋を覗いている孤独な恋人たち、リッチな生活に憧れて夜ごと広尾界隈をドライヴする若くつつましいカップルが出てきたりしながら、全体的にはスプートニク、テグジュペリ、輪廻転生、宇宙的な視点を織り交ぜながらクライマックスに向かって進んでいきます。

──千住明さんの音楽も重要な要素ですね。

売野:彼は天才です。密かに、自分をドヴォルザークの生まれ変わりだと思ってらっしゃいますからね。「ミッシング・ピース」ではオーケストラでやってもらって非常に良い作品になりました。今回は、彼の膨大な作品の中から選んでもらって、映画音楽のように場面に当てはめてもらっています。CDの出現と千住明の出現によって、現代人は耳の曲がり角を迎えましたね。

──自分の書いたものが人の手に渡って肉付けされていくというのは、どういう気持ちになるんでしょうか?

売野:毎回新しい命が吹き込まれて肉が付き脂肪が取れるということで、人と交わってやることの快感ですし醍醐味ですし、人間の生きていくことに近いですね。楽しいし面白いです。一人で書いてても面白くないですから。

──次回作の予定を教えてください。

売野:今回の“優雅な秘密”は魂の秘密、命の秘密、人との交わりの秘密、優しさの秘密など、いろいろな秘密が詰まっている舞台です。次回は'05年緒8月にやります。市川右近さん、千住明さん、Rinという和楽器のトリオがやることになっています。一年に一回か二回の割合でやっていきたいと思っています。最後に、これはただの朗読劇とは違うということ言っておきます。もっと演劇的で、肉体全体で楽しむ空間です。パフォーマンス、音楽、声、照明、音響のすべてを肉体的に楽しめるものです。ぜひとも劇場で体験してみてください。

●<リーディング・ドラマ『優雅な秘密』>公演日程
10月5~6日 東京・草月ホール <昼夜2回公演>
10月18日 福岡・イズムホール <夜1回公演>
10月21~22日 大阪・MIDシアター <各夜1回公演>
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