【連載】Large House Satisfactionコラム「夢の中で絶望の淵」Vol.2「品川駅で絶望」

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電車に乗るとき。



俺はいつものように、七号車の進行方向から見て一番後方の乗車口の列に並んだ。


なんとなればここへ乗ればJR品川駅に着いたとき眼前にあるのはエスカレーターだからである。






ここで早速勘違いするいやらしいマッスル野郎がいると思うが、

俺がエスカレーターに乗るのは、決して怠けたいからではないっ。



ではなにゆえ乗るの?

なんてマッスルなひとたちは思うかもな。









ばかっ。

貴様らのような脳髄までマッスルなひとに、俺の剣客のような心がわかるかねえ?




とかいってまあ実際、全然怒ってないよ。


今の俺の心、

さっきまで剣客商売読んでたから、

剣客だし。

そんなことじゃ怒んないよ。

てゆーか酔ってるし。









そしたら僕がぁ!なぜぇ!エスカレーターに乗るかっ。


朝っていえばこれ、一日のうちで電車が一番混む時間帯だと思うんですよぉ。

そうしたときはやはりこう、俺もそうだけど、みんなイライラしてるじゃないすかぁ?


そういったときにですね、エスカレーターに乗って立ち止まってこう精神統一、心頭滅却すれば火もまた涼し、みたいな感じで心を落ち着けるんですねぇ。


なぜならそうしたらその日一日の流れって変わってくると思うんですよぉ。


良い方向にぃ。





***



そして俺は精神統一して、

山手線へ乗り換えるため、品川駅二番線ホームへの階段を降りた。


階段上から見渡す早朝の山手線ホームの混雑具合が二日酔いの胃を捻る。


しかしながら俺はすでに精神統一済みなので!平気の平左衛門ですので!という感じで元気良く階段を降りきり、

手近の列に並んだ。


すると突然、


「えー、お急ぎの中まことに申し訳ございません。××駅で接触事故が起きたため、後続列車に遅れが生じております。ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ございませんけど実際、俺らはちゃんと黄色い線の内側まで下がんねーとあぶねぇぞぉ?ふざけんじゃねぇぞぉ?つったのに、それを無視すんだもん。それでなんか、肩とかを列車にぶつけてよー。イテー!とか言って泣いてるしよー。黄色い線から出なければ肩とかぶつけねーから。もー知らねーよー」



みたいな雰囲気を感じさせるアナウンスが流れた。


けど俺は平気の平左なのでまあ、そんなこともあるっしょ。という心境で遅延列車を待った。



しばらくすると人々をぎゅうぎゅうに詰め込んだ山手線がやってきた。

俺はあ、来たの?みたいな軽い感じ、まるで流れる川の水のような心で反応して、列の順番を守り、これに乗車しようとした。

プシューっとドアが開く。


すると突如、



「あっ、よいよいよいよいよいよいっ」



という、極めて剽軽な声が後方から聞こえてきた。

俺は俺の平左衛門の心に若干のヒビが入るのを感じた。


まさか、と思って振り返ると俺の後続に並ぶ人々の群の中に毛髪が極端に乏しい頭、いわゆる禿頭というのが見え隠れしていた。

そして、あ、見え隠れしてるなーと思ったやいなや、


「あっあっあっ。はいっ。ごめんなすってよー」


という極めて剽軽な声が、俺のすぐ横で聞こえた。


俺が、え?と思う隙もなく、

その声の主は俺と俺の横に並んでいた客、そして俺より前に並んでいた客を自らのパワーでもって押しのけ、

グイッグイグイグイッ、と力強く前進していき、


「おっよっ!はっ」


つって車内に乗り込んだ。
















小さなジジイであった。










俺の心の中の平気平左衛門が切腹した。

介錯人はもちろん、


「おっよっ!はっ」


の、ジジイである。












なぜなの?

なぜ、順番を守らないの?



確かに、先人達に遠慮していては成し得なかった歴史的快挙は数ある。



でもさ。

電車じゃん。

みんな、並んでんじゃん。

単純に。

法律とかじゃなくて。

法律とかじゃなくてさ。








みんな、みんな我慢している。

みんな何かに我慢している。

これを読んでいるあなたの我慢は、はたから聞いたら矛盾したことかもしれない。

だけど我慢している。

とてもちいさいことだが毎日のように、それが必要とされているかされていないかなんて関係なく、

我慢している。


















例えば電車に乗る順番を抜かされたときのことをなぁぁぁあぁあぁああああああああああああああああ!!!!



ああぁあああぃ!




わあああああああああああああ!!












気がつくと俺の一日にあった太陽が、

地平線に沈んでいた。



そして、まもなく日の出という時刻、

俺は、近所のバーのカウンターに突っ伏して寝ていた。



起きると、

流した涙が乾いて顔がパリパリしていた。

頬が痛かった。



脳裏にあの小さなジジイの禿頭が焼きついていた。



「はいっ。ごめんなすってよー」



絶望的な気分だった。


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