【インタビュー】重実徹「ちょっとブルージーでラテン的で、しかも甘美で洒落ているアルバムです」

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■奥行きをつけて押しつけがましくない音像にしようと思っていました
■音もかなりデジタルな音を使っているんですが、いかにもデジタルな音に聴こえないように


――今回のアルバム、南国のイメージがするタイトルがいくつかありますね。「アン・アイランド」「パラダイス」「イン・サザン・レイン」とか。曲調もどこか、心を遠くまで飛ばせてくれるような、旅する感覚になるようなものがあって。

重実:なるほど。それはまったく狙ってはいないんですが、よく言われるんです、“ヴァーチャルなラテンの血が入ってるんじゃないか”と(笑)。


――なんですか、ヴァーチャルって(笑)。

重実:たとえば、おばあちゃんがキューバ生まれとか、そういうことではまったくないんですが(笑)。いろんな人にそれを言われたことがありまして。うちの父親は新聞社に勤めていて、趣味でクラシック・ギターを弾いていたんですよ。それもちゃんとしたクラシックではなく、たとえばメキシコのロス・インディオスなんとかとか、あっち系が大好きで、それを子供の頃からなんとなく聴いていたのかもしれない。ピアノを習い始めてある程度弾けるようになった頃、父親がタンゴの楽譜を持ってきて、“これを弾いてくれ”って言うんです。嫌だなー、難しいなーと思いながらも、一生懸命弾いてみたり。

――ああ~。そういう体験が。

重実:あと、小学校の時に、その頃のヒットチャートにはカンツォーネの曲がたまにあったんですね。ミルバとか、ジリオラ・チンクエッティとか。うちの兄はだいぶ年上なんですが、そんなレコードを買っていて、僕も大好きだったんです。「砂に消えた涙」(ミーナ)とか、今でも弾けますしね。カンツォーネとか普通はあんまり縁がないですけど、僕の場合は近くにあったんですよ。で、話は飛んじゃうんですけど、90年ごろに日本語でカンツォーネを歌う男性シンガーがいまして。山梨鐐平さんというんですが、92年に彼のアルバムをプロデュースしたことがあって、山梨さんの曲は本当にカンツォーネなんですね。それをギターだけでやっても面白くないので、打ち込みのビートを入れたり、ヴァイオリンを入れたりしたアルバムがあって、今でも大好きなんです。『アリベデルチ・アモーレ・チャオ』というアルバムで、「星空のトランジディー」というリード曲が、今でも大好きです。ハバネラのリズムを打ち込みで入れて、マンドリンやブズーキが鳴っていて、中西俊博さんの強力無比なヴァイオリン・ソロが入っている。あまり世間に広まってはいないですが、もし機会があればぜひ聴いてほしいです。


――ぜひチェックします。確かに、重実さんの作曲やアレンジには、どこか日本を離れたものを感じます。軽やかに弾むような。

重実:自分ではそんなに意識してないんですけどね。よくそういうことを言われます。MISIAにも言われたことがある。あと、サンタナが大好きだったこともありますね。

――サンタナのキーボード、グレッグ・ローリーがお好きだと、何かで読みました。

重実:ウッドストックの映画を見たのが、中学生の時かな。リアルタイムではなくて、二番館で見たんですが。オルガンの演奏であんなにかっこいい人を初めて見たので、自分のあんなふうに弾けたらいいなと非常に思いましたね。グレッグ・ローリーの場合、サンタナはラテン色の強いバンドなんですが、あの人は教会出身なんです。白人なんだけど、たぶんゴスペルのプレイヤーで、子供の頃から教会で演奏していてたのが、サンタナと出会ってラテン・ロックをやるようになった。そこで自分のルーツを隠さずに出していって、ああいうサウンドが生まれたんでしょうね。


――重実さんの作る音にも、いろんな地層が重なっているのを感じます。リスナーには、このアルバムをどんなふうに楽しんでほしいと思っていますか。

重実:そうですね、自分の演奏スタイルというのは、基本はライヴ演奏でやっているようなスタイルなんですよ。たとえばこのアルバムに入っているピアノとオルガンの演奏に関しては、ほとんど弾いたままなんです。細かい編集をほぼしていない。テイクは選んでますが、それもテイク1~10まであるわけではなく、ほとんどテイク1か2で、ほぼライヴ演奏を収めた感じなので。自分としては、ライブハウスで演奏を聴いている人の顔を思い浮かべながら曲を作り、演奏したという感じなので、そんなふうに聴いていただいてもいいですし。でも別にそれにこだわらなくて、たとえばキッチンで料理をしながら聴くのも、たぶんいいと思うんですよ。リラクゼーションな時間に聴いていただいてもいいですし、食事の時にかけていただいてもうれしいですし。どんな時でも邪魔にはならないだろうと(笑)。

――良い意味の、バックグラウンドミュージックとしても。

重実:ミキシング面において、それは考えたことでもあるんです。普通の今の音楽のように、とてもドライで、一個の音を前に押し出すようなミキシングにすると、どうしてもうるさくなります。音量を下げないとバックグラウンドにはならないので、なるべくそうならないように。奥行きをつけて、押しつけがましくない音像にしようと思っていました。音も、かなりデジタルな音を使っているんですが、それがいかにもデジタルな音に聴こえないように、プラグインというんですが、コンピューター上のエフェクターの素晴らしいものがいっぱい出ていまして、そういうものをふんだんに使っています。しかも、過去の名器と呼ばれたアナログの素晴らしい機材の、シミュレーションのプログラムが簡単に手に入る。本当に素晴らしい世の中だと思います。アナログの模倣ではあるんですが、これはこれで素晴らしいので、これからの時代は有りだと思います。しかも、何十年たってもコードが切れてブチブチ言ったりしない(笑)。

――機材や音響的な興味がるある方は、そういう聴き方もありということで。

重実:そうですね。そういうふうに、ある程度音の距離感があるというのは、昔のアナログの特徴でもあるので。自分が好きだった音楽はすべてそれだったので、そういうもの目指したいなと思っています。若い頃に聴いていて、好きだった音楽はすべてアナログ録音でしたから。ハイファイできれいなアナログサウンドが、僕が育ってきた時代の主流で、そういうものが一番好きなので。とはいえ、今はもう、完動するアナログのMTRは数少なくなっていて、それをこういった最新の技術を使って再現することは、これからもやっていきたいと思っています。

取材・文●宮本英夫

『Sensual Piano』

3月16日発売
STPR005 価格:¥2,700プラス税
≪収録曲≫
1.Claude Monet(クロード・モネ)
2.On my way to your town(オン・マイ・ウェイ・トゥ・ユア・タウン)
3.La la means I love you(ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー)
ヴォーカル : Lyn
4.An island(アン・アイランド)
5. Jazz delight(ジャズ・ディライト)
サキソフォン:鈴木明男
6.All about your story(オール・アバウト・ユア・ストーリー)
7. Treat slowly(トリート・スローリー)
8. Paradise(パラダイス)
9. Chasing the moon(チェイシング・ザ・ムーン)
10. In southern rain(イン・サザン・レイン)
11.Ripple on the lake(リプル・オン・ザ・レイク)
フルート:鈴木明男
12.Gajumaru(ガジュマル):Bonus Track

ハイレゾ音源(96kHz/24bit)同時発売(配信)

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