はじめに。これからこのコラムを読むユーザー、とりわけ木下理樹ファンにおいては以下の事が大前提であることを何卒ご理解して頂きたい。

◆フルカワユタカ 画像

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一、木下理樹は僕にとってこの業界で唯一無二の親友であるという事
一、木下理樹の音楽家としての才能を疑った事などこれまで一度も無いという事
一、本稿で描かれる木下理樹の描写及び彼への辛辣な評価の数々は全て彼への愛情に起因しているという事

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5月12日、鴬谷キネマ倶楽部にて、“日本のカート・コバーン”こと木下理樹率いるART-SCHOOLと対バンをする。バンドセットに限れば、解散後の初ライブ<フルカワユタカ復活クアトロ3days>以来、実に3年以上ぶりの競演なのだが、その間、僕はART-SCHOOL名義ではない木下理樹個人と即席のユニットを組んでアコースティックライブをしたことがある。一昨年の11月、バンド時代からお世話になっている『音楽と人』の編集さんに“この組み合わせで”と誘われ、新代田FEVERに2人で出演した。


僕はART-SCHOOLが好きだ。新譜が出る度にきちんとチェックするし、感想も伝える。何作品かミックスが気に入らないものなどあるが、洋邦問わず最新の音楽を消化した上で毎回彼独特のアウトローな世界観をしっかり表現してくる。僕らが知り合った頃は、流行もあって数多くのジャパニーズオルタナバンドが割拠していたが、その中でもART-SCHOOLの存在感は群を抜いていた。

だが、その一方で僕はヤツの音楽スキルをあまり、いやコレっぽちも、というか壊滅的に評価していない。青臭く鼻にかかって詰まった声、刃こぼれしたカッターの様なディストーションギター、持ち曲を歌っているはずなのに眼前に備え付けられた謎の譜面台。木下とユニットを組んでアコースティックライブをやってほしいとオファーを受けた瞬間、僕は覚悟していた。裸一貫、最も純粋にフィジカルが求められるアコースティックライブなどヤツに出来るわけがない。選曲、伴奏のギター、アレンジ、バッキングコーラスとほとんどの面でフィジカル大王・フルカワユタカが勤労せねばならないのだと。それでも、ヤツと何かをやるのはいつも楽しい。一生懸命やってあげようと。


オファーを受けてから数日後、予想以上に早い段階で木下の方から僕に連絡を入れてきた。「早めに選曲もしたいし、スタジオにもしっかり入りたい」。意外だった。木下は何も考えていないだろうから、ある程度僕の方で準備をしてから声をかけるつもりだった。“良かった。ヤツも丸裸のアコースティックライブに対してそれなりに危機感を持ってくれているんだな”。

早々にスケジュールを調整して、僕のスタジオで曲決めの打ち合わせを開く事になった。先般、『音楽と人』の編集さんからは「お客も喜ぶだろうから、分かり易い邦楽のカバーをしてほしい」という提案を受けていた。これより前に、須藤君(髭)とケイシ(ex.riddim saunter)とも似たようなことをした機会があったが(同様に分かり易い邦楽カバーを縛りにしていたため)、その時は中々意見がまとまらず、喧々諤々とした末「風をあつめて」と「上を向いて歩こう」という言わば“毒や薬”ではない着地をしたことを思い出した(年少者としてずっと僕らの選曲を傍観してくれていたケイシが、須藤君提案の「恋するフォーチュンクッキー」だけは力強く却下した瞬間が僕的ハイライトだった)。

が、やはり木下とは本来気が合うのだろう、その時に比べると割合スムーズに楽曲が並ぶ。椎名林檎、スピッツ、フィッシュマンズ。ちょっと試してみようかということで、ネットで拾ったコードを頼りに「ロビンソン」のギターを僕がおもむろに弾き始めると木下がそれに合わせて歌い出した。いやはや、やはりと言おうか、なんとも危なっかしい。このような繊細なメロディーはこやつの歌唱力では駄目だ。しかしながら、こうして一生懸命イベントに向けて準備しようとしてくれている木下の気持ちを無下に否定するのはいかがなものか。「うん。まあいいんだけど、今回の雰囲気とは違うのかもね」。

木下は若干不服そうにへの字口を作ったが、“お前がそう言うなら”といった具合で次の曲を探し始める。「バームクーヘン、フジファブリックの」。なんでも、自身のアコースティックライブで演奏した事があり、その時の雰囲気が良かったらしい。再び僕がネットでコードを拾いポロンとギターを鳴らし、木下が歌う。なるほど、確かに雰囲気はいい。ギリギリの音程でもひるむことなく前進する木下の歌と青臭い歌詞で、志村の危なっかしいが人懐っこい雰囲気が蘇える。昔、3バンドでツアーを廻っていた頃などを思い出した。1番が終わり、木下から目配せをもらった気がしたので、“了解”とばかりに2番を僕が歌い始めたその瞬間だった。

「ちょっと待て」。何とも憎たらしいにやけ顔で木下がギターを弾く僕の手を制した。「お前、その声なんだよ。大丈夫か。なんかちまちまやってる間にすっかりなまっちまったんじゃないか」。

前々回のコラムでも触れたが、僕はドーパンの後期あたりから力任せに張り上げて歌う事をやめ、発声法を変える努力をしていた。具体的には力を抜いて裏声を地声に変換するというものだったのだが、姿勢の悪癖でガチガチになった喉周りをその年齢から変えていくのは至難の業で、実際2年前のこの頃が(裏声・地声のミックスは上達し続けていたのだが)実戦で使える高音の発声が最も困難な時期ではあった。木下の指摘に対して心当たりのあった僕は、ひとまずミックスによる歌唱法を抑えて普通に歌ってみせた。が、笑うどころか今度は心配そうに僕を見つめている。

「俺の声、そんなにおかしいか?」「しゃがれすぎだろ。なんでこの曲をそんなハスキーな声で歌うの。ダセえよ、感覚が鈍ってんだよ。今回お前をコレに引きずり出して正解だったよ」。なんでも、木下的にはこのイベントは断っても良かったそうで、現場勘を失っているであろう僕のリハビリの為に一肌脱いだのだという。早々に打ち合わせを要求した事も、リハーサルをしっかりやりたいと提案した事も、全て僕に対する不安からだった。


声帯を締め過ぎず最小限の閉鎖と呼気で効率よく発声すると、吐息がちで厚みがあり少ししゃがれた声になる。大雑把に言うとこれが僕の挑戦していた裏声を地声に変換する(厳密には地声ではないが)歌唱法だった。当時、高音はまだ上手く出せないものの、地声の音程部分に関しては目指していたモノにかなり近づいてるという自負があった。そこすらも駄目だと言うのか?

「こういう歌い方なんだよ、息が多めだからハスキーになるんだよ」「知らねえよ。暑苦しい」。あまりにぶっきらぼうな木下の返事に、強い口調で返す。「スティングだよ。俺は日本のスティングなんだよ」。もちろんそこまで大胆にうぬぼれていたわけはないが、売り言葉に買い言葉だった。「どこがだよ。お前は“世田谷の”ロッド・スチュワートだ」。完全に頭に来た。木下曰く、ロッド・スチュワートの様なハスキー声は音に輪郭が無く音程を感じないのだという。ひたすらむさ苦しく、彼の感性で表現するなら”ダサい”の一言。そして僕の声はまさにそれだと言うのだ。

「だけど、ロッドの声とスティングの声は似てるだろ。なんでスティングは良くてロッド・スチュワートは駄目なんだよ」「似てねえよ。全然違う」。YouTubeで僕の好きなスティングの「bring on the night」を検索する。88年のライブ映像がひっかかった。

「あれ……、似てんな」。木下が頭を掻きながらスティングの声に耳を傾けている。「こんなに暑苦しかったっけ? もっと中性的なイメージだったけどな」。いや、違う。違うよ木下。お前が正しい。ロッドとスティング。僕は似ているどころかほとんど一緒だとすら思っていたが、全然違う。スティングの声はロッド・スチュワートに比べてしっかり鼻にかかっていてより固く鋭い。それに比べてロッドの声はハスキーが強く、良く言えば柔らかいが、悪く言えばぼんやりとして抑揚にかける。なんとなく木下の言う暑苦しさについても同意せざるを得ない。

プロの音楽家として約15年。僕が良いと思っている声は、好みによって多少の選別はされても基本的には揺るがない事実として“良い声”とされていると信じていた。違うのだ。僕が思う良い声は必ずしも良い声ではない。人によってはそれはただ暑苦しいだけであり、逆に僕にはヤギの呻き声にしか聞こえないあの歌でみんなが感動するのもまた真実なのだ。僕はYouTubeを回して色んなアーティストの声を木下に判別してもらった。僕の苦手なトム・ヨークの声は最高で、StereophonicsやU2などは暑苦しく、AC/DCに至ってはもはやメロディーではなくただのノイズだと言う。

スティングの声が好きだ。当然、ロッド・スチュワートも嫌いじゃない。トム・ヨークの声は好みじゃない。Museの方がサウンドは好きだが、歌はStereophonicsの方が好きだ。先日亡くなった偉大なるファンク王プリンスも楽曲は好きだったが、高音の絞った声が本当に苦手だった。スティービー・ワンダーのリズムが好きで、ポール・マッカートニーの声が好きだから「Ebony and Ivory」が大好きだ。これは音楽を好きな人なら誰しも共感してもらえる意見だとずっと思っていたが、全ては僕の好みだというだけの話だった。

そしてそれはきっと声に限らない。ハーモニー、リズム、アレンジ、外見、言葉、歴史、そのそれぞれに受け手の好みがあって、その組み合わせで僕たちはそれぞれに感動したりヒップだと感じたりしている。そこには絶対値など存在しない。僕がオペラ歌手の歌に心が揺さぶられない理由。僕が馬鹿テク・フュージョンギタリストをカッコいいと思えない理由。僕が年に数回はボブ・ディランとカーペンターズで泣きそうになる理由。僕がもう14年も木下理樹と友達である理由。

木下の評価はあくまでも木下の評価だということで、その後も僕は僕なりに自分が好きな声を模索し続けた。前々回のコラムに記述した通り、もはや上手なボーカルなど目指していないし、今の自分の声に満足している。この一昨年のアコースティックライブをきっかけに、僕は声のみならず多くの事で他者からの評価を気にすることを止めた。十人十色、受け手の好み次第ならばそこに振り回される事に何の意味があると言うのか。好きなようにギターを弾き、好きなように歌う。そうするうちに(あくまで自分の価値観内のみではあるが)僕はとても良いギターを弾けるようになり、良い歌を歌えるようになった。暑苦しいと言われようがダサイと言われようが関係ない。去年は遂にドーパンの曲も演奏した。


話は変わるが、日本のバンドとは思えないほどのメンバー交代を経て今に至るART-SCOOL。現メンバーの素晴らしさはもとより、脱退メンバー全員が未だ第一線で活躍しているという事実には気づくたびに驚かされる。木下本人の音楽スキルはさておき、木下のプレイヤーを見る目は無名のランディー・ローズやザック・ワイルドを発掘したHM界の重鎮に匹敵するのではと、少々大袈裟かもだが、僕の価値観ではそう思うのだ。

5月12日、鴬谷は東京キネマ倶楽部にて“世田谷のオジー・オズボーン”対“世田谷のロッド・スチュワート”、是非お見逃し無く。

■<東京キネマ倶楽部プレゼンツ ~ヨカノスゴシカタ 3~>

2016年5月12日(木)東京キネマ倶楽部
OPEN:18:15/ START:19:00
出演:ART-SCHOOL、フルカワユタカ
前売:¥3,800(税込、D別)
▼一般発売:4/16(土)より
・イープラス http://eplus.jp/512kinemaclub/
・チケットぴあ 0570-02-9999 Pコード:295-113

■<Base Ball Bear Tour「日比谷ノンフィクションⅤ~LIVE BY THE C2~」>

2016年4月30日(土)日比谷野外大音楽堂
開場17:00/開演18:00
ゲスト:石毛輝 (lovefilm / the telephones)/田渕ひさ子 (toddle / LAMA)/ハヤシ (POLYSICS)/フルカワユタカ (ex.DOPING PANDA)
(問)ディスクガレージ/050-5533-0888(平日12:00~19:00)
指定席/¥4,700-(税込) / 後方立見¥4,200(税込)
※3歳以上チケット必要/雨天決行

◆【連載】フルカワユタカはこう語った
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