【インタビュー】UNLIMITS、アルバム『U』は「視野が広がった結果、心を開けて自由」

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UNLIMITSが7月6日、フルアルバム『U』をリリースする。PIZZA OF DEATH RECORDSのレーベル内レーベルJun Gray Recordsの第一弾アーティストとしてリリースした前作『アメジスト』から2年3ヶ月ぶり、自身通算5枚目となるアルバムは鎧を脱いだUNLIMITSの強さと深さに唸らされるリリックとサウンドが渦を巻いている。

◆「ラストダンス」ミュージックビデオ 動画

ギターの大月曰く、「経験を全部プラスとして受け入れていて、どれも無駄にしてない」という『U』制作は結果、現在の4人がやりたいことが最もナチュラルなカタチで楽曲群に表現された。ピアノをフィーチャーした「ロンリーブルー」、郡島が初メインヴォーカルをとった「シャーベット」、セッション風のインターが秀逸な「ナイトクルーズ」、Coccoのカバー「あなたへの月」など、思い切りのよい新境地は耳に痛快だ。これまで積み重ねてきた土台を基に大きく踏み出した『U』について、過去を振り返りつつ4人に語ってもらったロングインタビューをお届けしたい。

   ◆   ◆   ◆

■“女版BRAHMANになりたい”という
■壮大なテーマがありまして(笑)──清水

──まずはバンドの成り立ちからうかがわせてください。UNLIMITSは清水さんと郡島さんが中心になって結成したんですよね?

清水:はい。最初は2人だけで組んで。

郡島:高校時代にコピーバンドをやっていた流れから、卒業した後にバンドを改めて組もうってことで2人でスタジオ入りして。そこからメンバーが増えて、今のUNLIMITSという形になりました。

──オリジナル曲でバンドをやる際に、こういうことをやりたいというヴィジョンはありましたか?

清水:これ言っていいのかな? えっと……“女版BRAHMANになりたい”っていう壮大なテーマがありまして(笑)。憧れがあってハードめな曲を最初は作っていたんですけど、自分たちにはできなかったというのがあって。そこからちょっとずつポップな流れになってきて、今に至ります。

▲清水葉子(Vo&G)

──そうだったんですね。今のように歌メロがしっかりしてたスタイルは、いつ頃確立されたものなんですか?

清水:最初からメロディアスな曲を作ってはいたんですけど、初期はここまでではなかったよね。

郡島:そうですね、ただ暗いだけというか。

清水:ダークに振り切っていたけども、ポップな感じは見え隠れしてたし。

郡島:ポップな曲ももちろん好きだったので、やりたいなとは思ってたんですけど、その頃は心にも闇を抱えていたので(笑)。

清水;ちゃんとレコーディングをするようになってからかな、ポップになったという意識は。スタジオで曲をただ作ってライブをやっていた頃は、今の感じは全然見えなかったというか。レコーディングをしていく中で「あ、自分たちってポップだな」と意識し始めました。

──じゃあ作品という形になったときに、自分たちを客観視できるようになったと。UNLIMITSというと清水さんと郡島さんのツインボーカルも大きな特徴だと思いますが、このスタイルはいつ頃から?

清水:これはですね、まず私はもともとボーカルではなくて、高校でバンドを始めた頃はギターしか弾いてなかったですよ。で、UNLIMITSを結成したときに“歌う人がいないから私が歌います”みたいな感じで歌い始めたんです。最初は歌が声の出し方もわからなくて、本当に下手くそだったんですよ。しかも、轟音の中で歌うのってカラオケとは全然違うじゃないですか。それで歌うのが苦しくなったところを、ドラムの郡島に「ちょっと苦しいから、ここ歌って?」ってお願いしたのが掛け合いの始まりです。

──なるほど。郡島さんはそこでどう思ったんですか?

郡島:“いや、無理”って(笑)。「無理だよ」って言いました。

清水:「でも歌って?」と。最初は無理やり歌ってもらって、それが今では板についているという。

郡島:板についているのかどうかわかりませんが、どんどん歌う箇所が増えていって。

──今やこのバンドに欠かせない要素になっていますものね。そこから2006年に石島さんと大月さんが加わって、もう10年。おふたりはそもそもどういった経緯でUNLIMITSに加入することになったんですか?

大月:僕も石島ももともとは別々でバンドをやっていて。僕の以前のバンドが活動休止になった頃に、それまで3ピースで活動していたUNLIMITSが新たにギタリストを入れたいっていう話になって。それまで面識があったわけではないんですけど、共通の知り合いが「ギタリストを探してるバンドがいるけど?」って教えてくれたのが最初のきっかけですね。

石島:僕は以前やっていたバンドがUNLIMITSと仲が良くて、ちょいちょいツアーを一緒に回ったりしてたんです。で、そのバンドが活動休止になり、最初はサポートとしてUNLIMITSに参加したんですけど、まだバンド活動を続けたかったので“弾かせてくれ”って感じでそのまま正式メンバーになりました。

──おふたりから見て、その頃のUNLIMITSはどう映りましたか?

大月:確かに暗い感じなんだけど、キャッチーというか。ポップさとキャッチーさってまたちょっと違うじゃないですか。UNLIMITSはものすごくキャッチーだと思いましたね。

郡島:ありがとうございます(笑)。

石島:僕が知り合ったのはちょうど1stミニアルバム(2005年12月発売の『七色の記憶』)が出たタイミングで。「19時の空白」という曲を聴いたときに「すげえいいな!」と痺れて、そのときからいいなと思ってました。

──UNLIMITSの暗さっていわゆる洋楽のダークさとはちょっと違って、日本人的な情緒のある暗さだと思うんです。その日本人の琴線に触れる感じが、キャッチーさというものにつながってるのかなと。

郡島:そうだと思います。こうやって言葉にしていただくと、改めて実感できますね。

清水:ダーク寄りに行き過ぎないようにというのは、曲を作るうえで気をつけてるポイントで。“ダーク”じゃなくて“哀愁”という表現が近いのかもしれないですね。

──ああ、わかります。そういう意味ではブルースっぽいというか。ブルースを“哀歌”と当て字するじゃないですか。そういうイメージに近いんですよ。

清水:はいはい。しかもそれをそのままベタにやってしまったら演歌っぽくなってしまうと思うんですけど、バンドサウンドでソリッドに聴かせるのがうちの持ち味なのかなと思います。だからなのか、メタル好きの人にも受け入れてもらえたりするし、年代問わずに若い人から上の世代の人でも聴いてもらえる感じはありますね。

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