【ドキュメントレポ】THE YELLOW MONKEY「“THE YELLOW MONKEYの吉井和哉”です」

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1月に再始動を告げたTHE YELLOW MONKEYが、全国ツアー<THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016>のさいたまスーパーアリーナ公演を7月9日、10日に開催した。今回BARKSでは、9日公演の模様をサウンド面に迫ったレポートとドキュメント面から切り取ったレポートによるクロスレビューにてお届けする。本稿は、そのドキュメント面のレポートにあたる。

◆THE YELLOW MONKEY ライブ画像

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THE YELLOW MONKEYの再集結宣言で幕開けした2016年も、すでに後半戦に突入。夏真っ盛りの熱気漂う7月9日、10日の二日間、再集結宣言後となる全国アリーナ・ツアー<THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016>のさいたまスーパーアリーナ公演が実施された。

埼玉初日。会場に入ると見渡す限り、人、人、人! 18,000人以上の観客でぎっしりと埋め尽くされた場内は開演前から熱気に包まれ、解散前を知る世代と思しき姿を中心に、若者やご年配、子連れの姿も多くあった。

今回のツアーの初日・代々木公演とこの埼玉公演を観覧して受けた印象は、まったく異なるものだった。

15年ぶりの集結公演となった記念すべきツアー初日の代々木公演では、音も装いもアレンジもそのままに、活動休止前と変わらぬゴージャスな演奏で心を揺さぶるロック・バンドTHE YELLOW MONKEYがいて、15年前の煌めいていた時代へと時空を超えてタイムスリップしたような感覚だったのである。

ところが埼玉公演では、初日から数えてたった2ヶ月しか経過していないにもかかわらず、初日に見られた現実離れ感は完全に振り落とされ、これまで15年間活動をしていなかったバンドとは微塵も感じさせない、現役バンドとしての姿が在り在りとしていたショーだった。そのあまりにも自然なバンド然とした佇まいと、彼らが生み出す鉄板のグルーブからは現役バンドの単なるツアーのうちの1つのライブと思えてしまったくらいだ。これこそが“ライブ・バンド”たる証なのだろう。



ライブ内容についての詳細は、ツアー開催中のため詳しくは書けないのだが、4人のメンバーは15年前と変わらぬ趣向、変わらぬスタイルの良さをキープしていて、ピンクの豹柄やギンギラ・ブルーのピタッとパンツ、そしてグラマラスな衣装に相変わらずのタンクトップという出で立ちで登場。しかし刻まれた顔の皺、時たま溢れる余裕の笑みは、彼らの15年がおそらく充実したものだったことを窺わせ、歳を重ねたことで男の色香はより増したように映る。







そして、心も体も踊らす珠玉の曲の数々は、リリース当時と比べても曲の持つパワーやクオリティは当然ながら何も変わっていないが、当然のことながら、20年も経てば、少なからず人生経験を重ねてきたので歌詞の受け止め方はまったく違う。それは聴き手であるこちらの問題なのだが、同じ音楽を通して時の流れや自己の成長を改めて発見し、楽しめることは活動休止期間がもたらせてくれた恩恵だろう。

選曲においては、復活ライブにありがちなシングル曲メドレーといった内容ではなく、初めて観る人にはTHE YELLOW MONKEYというバンドの持つ世界感を十分感じられる、うまくまとめられた自己紹介と言える。しかし、古参のファンを蔑ろにするようなものでもなく、コア層のツボもきっちり押さえたセットリストで、ファン歴に関係なく、皆が楽しめる内容だったので、これから参加される方は旧譜を満遍なく予習復習して存分に楽しんでいただきたい。



THE YELLOW MONKEYのライブ・バンドたる軌跡を振り返ってみると、80年代後半、メンバーがまだ10代後半、または20代前半だった頃に遡る。

1988年、それ以前のバンドではベースだった吉井和哉は、ベースとしてTHE YELLOW MONKEYを結成。その後、廣瀬洋一と出会ったことで彼をバンドに勧誘、吉井はギターへ転向した。その後、方向性の違いによりボーカルが脱退。その後、意を決した吉井がボーカルへの転向を宣言。そこにドラム・菊地英二の実兄であったギタリスト・菊地英昭が加入して、現在のメンバー編成になった。

渋谷La.mamaを拠点として精力的にライブ活動を開始。当時の日本の音楽シーンはイカ天後のバンドブームの残り香が漂う中、ビジュアル系の勢力が拡大の一途を辿っていて、グラムロックに寄った煌びやかな派手な装いをしていたもののビジュアル系として括られることはあまりなく、どちらかというと規格外的な扱いをされていたようなバンドだった。

1991年、インディーズ盤『Bunched Birth』のリリースを記念したツアーを開催。翌1992年には日本コロムビアからメジャー・デビューし、ライブ活動の場は古巣のLa.mamaから当時のライブハウスの最高峰であった日清パワーステーションへ移行する。2ndアルバムの世界感を衝撃的な演出で魅せた日本青年館での初ホール公演やパワステでの<THREE DOG NIGHT>は当時、一部で話題になってはいたものの世に浸透するまでには至らなかった。

3rdアルバムのコンセプトを1年に渡ってライブ表現をした1994年は、ジャガーなる軍人が1944年から50年後へと降り立ち、星屑の彼方へと消え去った伝説の中野サンプラザ公演をはじめ、渋谷公会堂、NHKホール。そしてようやく辿り着いたロックの殿堂への到達を満開の桜が祝福していた1995年の初武道館公演へと、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで上へ上へと駆け上がっていった。

このように、時代の移り変わりと共にライブハウスや会館が閉鎖されたり新設される中で、日本のロックの歴史が始まって以降、ライブハウスから幾つかのホール公演を経た後に武道館のステージに立つといった、先駆者たちが歩んできたジャパニーズ・ロックの王道とされたライブの変遷を辿った最後のバンドがTHE YELLOW MONKEYだろう。

1989年から2001年、ラママから東京ドーム公演まで、ほぼ休み無く走り続けた彼らはイベントや学祭にも精力的にも出演し、全国各地ライブハウスやホール、そしてアリーナなどでのワンマン・ツアー公演で着実に動員をのばし続けていた。それが、THE YELLOW MONKEYの第1期である。

第1期後半の頃のライブと比較して、今回の埼玉公演から感じられた最大の違いは、THE YELLOW MONKEYを一人で背負うことをやめ、THE YELLOW MONKEYのメンバーの一人としてステージに立つことに喜び、楽しむ吉井和哉がいることだ。

解散時、吉井は一人で解散を決めたという。そのことで自己を責める吉井と、吉井をフォローできなかったと悔やむ廣瀬と菊地兄弟という関係性が象徴するように、第1期の終了が吉井の個としてのバンドとの距離感が彼の理想と噛み合わなくなってしまったことに起因していたのだとしたら、きっとそういった類いの負はすべて消え去ったのだろう。今の吉井には一切の迷いがなく、このバンドで音を鳴らすことに揺るぎない自信を持っているように見えた。



そしてもうひとつ、強烈に感じたものがあった。それは勝手な想像でしかないのだが、彼らはおそらく、日本にはまだ存在しない、お茶の間で愛される正真正銘のロック・バンドになるために音楽シーンへ再び還ってきたのではないか。

15年間という長い時間を費やし、メンバーそれぞれがソロやバンド活動を経験するという、バンドが長続きするために必要不可欠な個々が熟成する期間を持つことができた。それはきっとバンド自身がバンドの元来持つ力量を再度認めることへと繋がったことだろう。さらに、無意識か意識的かは分からないが、結果的にバンドを縛り付けてしまっていた窮屈なロックの定義から自己とバンドを解放し、日本のポップ・アイコンになる覚悟が生まれたのではないかと思う。

自らを「最高のバンド」と称した上で、茶化しながらではあったものの「THE YELLOW MONKEYの吉井和哉です」と何度も口にしていた吉井からも、メンバー全員から放たれた確固たる音魂からも、バンドとして生きていく覚悟が窺い知ることができた。

そう考えてみると、復帰後第一弾発表曲である「ALRIGHT」には、こんなメッセージが込められているのではないだろうかと思えてくる。

「これからTHE YELLOW MONKEYは、ただのロック・バンドTHE YELLOW MONKEYではなく、日本のポップ・アイコンTHE YELLOW MONKEYになる道を歩んで行くことにしました。あなたはそれを受け止める準備できてますか? ついてきてくれますか?」

“死んだら新聞に載るようなロックスターに”と渇望していた日々は疾うに過ぎ去り、サナギだった第1期からは完全に脱皮した。しかし、サナギは元々黄金で、誰も見たことのない美しい色をした妖艶な青い色をした蝶で、そのことに気がついた蝶は、自分の可能性を信じて、もっともっと遠くへと空高く飛び立ち、誰も見たことのない景色を見ようと心に決めた。それは、音楽のコアファンだけではなく、世間一般の人々の心の中にまで音を響かせようとしているTHE YELLOW MONKEYの今の姿なのかもしれない。

取材・文=早乙女‘ドラミ’ゆうこ
撮影=有賀幹夫

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