7月22日、23日、24日の3日間にわたり、20回目のフジロックが苗場スキー場で開催された。この「20回」という大台も、単なる数字とみなすこともできるだろう。だが3日間を現地で過ごし、最早この先もなくてはならない音楽フェスになり得たフジロックの姿を目のあたりにしたことで、やはり感慨深さを覚えてしまったというのが事実だ。メジャー史上30人目の3000安打を達成したイチローをみんなが無条件に称えたように、と言ったら大げさかもしれないが、それくらい今年のフジロックにはお祝いムードが漂っていて、それはいかにフジロックが国民的な夏の風物詩であるかを物語っていた。

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初年度の1997年の出演者を交えたアーティスト・ラインナップからはもちろん、たとえば前夜祭のトリとして出演した謎のバンド「NON STOP PUNK」が、浅井健一、奥田民生、甲本ヒロト、そしてルースターズからなるスーパーバンドであったというサプライズも、20回目ならではだろう。昨年度の快晴っぷりから、今年のフジロックはまた雨風の洗礼を受けるのではないか?とひねくれた予想を個人的にはしていたのだが、フタを開けるとまるで青空続きの3日間で、大自然までもがこの20thを称えているようだと思えた。

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初日7月22日(金)の午前10時30分。入場ゲートは、自撮りだったり他人に頼んだりと、とにかく写真を抑えようとする人で大混雑。けれど、はしゃぐ他人の笑顔につられて気分がよくなるという、都心との逆転現象が起こる。むしろこの20回目のフジロックのはじまりをSNSでみんなにぜひ伝えて欲しい、と情熱的な気分にさえなった。そしてICチップ入りのリストバンドを観察しつつ晴天の中を歩いてゆくと、忌野清志郎の「田舎へ行こう!」のBGMが聴こえてくる。道行く人はフジロックのテーマソングとして作られたこの曲を口ずさみながら、グリーンステージにどんどん流れていった。



フジロックは何度来ても日常から逸脱した異世界を確実に味わえるが、初日のグリーンステージの一番手という今年のフジロックの顔とも言うべきタイミングで登場したボアダムスの演奏は、それはそれは越境を果たしたような気分にさせてくれた。いま振り返ると、ボアダムスほどの適任者はいなかっただろう。3人を取り囲む金属棒を揺らし鳴らされるなんともホーリーな音色が、僅かずつ重なっていくというシーンからライブは始まった。いつの間にかオーディエンスは広大な音に包まれ、EYEによる“歌唱”というより“ボイス”に近い野太い野性的な声、そしてツインドラムが圧倒していく。先鋭的かつワイルド。いわゆるポップミュージックと比べると難解と言えるが、五感はみるみるうちに冴えていく。ボアダムスらしいなぁとニヤけながら悦な表情を浮かべる人、あっけにとられている人、変拍子に独自のノリ方で一心不乱にダンスする人、と誰もがとにかく平等に自由に音楽を浴びていたことは言うまでもないだろう。この時点ですでに、どうしようもないほど「フジロックに来た感じ」がした。

フジロック初年度でも熱演を果たしている彼らで幕を開けたグリーンステージにこのあと続いたのは、ビッフィ・クライロ、ジェイク・バグである。彼らのような世界的ビッグネームが早い時間から登場するという事実には、やはり20周年のスペシャル感を覚えた。フジのグリーンはいつもそれくらい充実しているよ、と思う一方で、こうして「20周年」の文字が無意識のうちにふと頭をよぎるのは、我々参加者側がいかにフジロックの20周年をめでたく感じているかという心理の表れなのかもしれない。フジロック3度目にして99年の苗場初年度の開催後、参加者が最寄りである越後湯沢駅のゴミまで持ち帰ったというのは有名なフジロック伝説のひとつだが、「フジロックは私達のもの」「俺達が守るべきフジロック」という連帯感や共通認識があるのだ。これほど愛される音楽の祭りは、無二である。





だが、そもそもフジロックの魅力は、メインステージだけで名演が行われているわけではないことにある。初日、紅白のストライプのワンピースでピーカンの15時過ぎのフィールド・オブ・ヘブンに登場したのはUAだ。ただでさえ地面から数センチ足が浮くような楽園にして僻地・ヘブンという環境とのマッチングはすばらしかった。惜しみなく放たれる陽性のエネルギー、「ありがっとぉ〜!!」といった曲間の挨拶や明け透けでチャーミングなMC、そして説得力のかたまりのような歌唱力。新曲を交えながら「情熱」「ミルクティー」「黄金の緑」といった名曲を歌う彼女の壮大な歌声は、非常に多幸感に溢れたものだった。しばらく都会での生活を乗りきれそうな充電をした。

このヘブンのバンドと言えば、もちろんROVOだろう。2日目、ボードウォークをテクテクと歩きながらヘブンへ向かっていると彼らのコズミックな響きが漏れ聴こえてきた。このまま森林浴をしながら聴いていてもいいくらいの充足感がすでにある。いつも不思議に思うのだが、たとえば都内のライブハウスの場合だと無意識のうちに我先にとステージへ急ぐところが、フジロックでは会場にいることで満たされている自分がいる。そしていざ目の前に現れた会場では、演者と客との間合いがピッタリと合った絶好調の光景がもうできあがっていた。ともに、祝20年を迎えるフジロックとROVO。そして、ROVOのフジロックといえばヘブン。踊り狂うお客さんはもちろん満足気だったが、何かを確信するように時折り客席へ向けられる勝井祐二の眼差しにも大きな充実感が宿っていた。オカルトチックな物言いは避けたいが、見えない何かが強く交信された特別なライブだったと思う。

▲FIELD OF HEAVEN 風景

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