【連載】フルカワユタカはこう語った 第12回『ボブ・ディラン』

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始めの一音が、始めの一行が、悩めども悩めども全く思いつかない。いや、正確に言うときっかけめいたものはポツポツと落ちてくるのだが、どうにも見通しが良すぎて胡散臭い。これをこのまま進んでいっても大した景色は見れそうにもないなと一行書いては消してを繰り返す。そうするうちにポツポツとも落ちてこなくなる。

◆フルカワユタカ 画像

真に才能のある人は目的地すら設定しないで事に挑み始めるのかもしれないが、僕の様な凡人はある程度の目的地は設定しなければならない。経験にもとづき目的地を設定する、“ちょっとアフロっぽいリズムに”とか“bpm 178くらいに”とか“スティングみたいに”とか“「miracle」みたいに”とか。だがしかし、目的地とは名ばかりで決してそこに向って作業を進めるわけではない。そこに向うまでの道筋をいかに経験の外に置けるか。明かりもない、音もしない、行き止まりかもしれない獣道を敢えて進む。そうすることで思いもよらない景色に辿り着く。その景色は知識として経験に追加され、新たな出会いの為に目的地として設定される。残念ながら僕は天才ではないので、見た事もない場所を目指す事など出来ない。今まで使ったことのないメロディーや、コード進行、リズムや言葉を絞り出し、過去の自分と食い合うものは削ぎ落としながら“スティングでもmiracleでもないもの”をようやくつくれたり、つくれなかったり、の繰り返しである。

問題は、歳をとればとるほど、いとも簡単に目的地を設定出来るようになる代わりに、獣道を見つけられなくなる、もしくは見つけても行き止まりだと勝手に悟ってしまうことだ。簡単に言えば、どんどん物事が簡単でなくなってきているのだ。


朝から何も食べていなかったし、気分転換も兼ねて近所のコンビニに軽食とコーヒーを買いに行くことにした。ここ数年で主流になったコンビニのコーヒーメーカー。読者諸君に共感は全く求めないが、僕は“ちょっと手間かかっても構わないので挽きたてのドリップコーヒーが飲みたいんです”感が恥ずかしくて、大概は缶コーヒーで済ませてしまう。だが、今日は温かいブラック缶が売り切れていたので、仕方なくカップの方にした。

空のカップを置いてボタンを押すとマシンが豆を挽き始める。アメリカの古い目覚まし時計の様な“ガーッ”という音に呼び覚まされて、不意に始めの一行がバシャバシャと落ちてきた。気分転換大正解だ。堰を切ったように全体像が頭の中を広がってゆく。これは一気に仕上がる時の感じだ、早く帰って続きをせねば。もう既に、飲み口が出来上がった蓋を手にしている。この際、ミルクと砂糖などはいらない。“ピーピーピーッ”出来上がりの合図。マシンを開けて急ぎ気味にコーヒーを取り出しながら一連の動作でカップに蓋をする。おっと、レジ袋の取っ手が蓋とカップの間に引っかかっているぞ。手首を返して袋を引き抜く。……ん? 右手に蓋、左手にサンドイッチ、僕は今、コーヒーの入ったカップを何手で持っているんだ? “バシャバシャ”。昼飯どきで混雑するレジの横、湯気を立てたまま僕のコーヒーは一滴残らず床にこぼれ落ちた。素早く状況を把握した店員さんがぞうきんをもって駆け寄ってくる。「どうぞ、もう一杯お作りになって下さい」「いえ、追加で支払います。それに横の新聞も濡れちゃって、これも買い取ります」。

もう10年くらい前のことだが、ちょこちょこと話題にのぼるので良く覚えている話がある。ドーパンのインディーズ時代、メーカーのスタッフと2人でレコ屋の挨拶回りをしていた時の話だ。次のアポイントメントまで少し時間が空いたため、僕達は昼食をとることにした。なんとなく入ったうどん屋さんで、お勧めと書かれた冷やしたぬきうどんを2杯注文する。決して広くもなく満席でもなかったが、一人で店内を駆け回っているパートのおばさんを見ていると、“飛び込みながら、繁盛店を見つけたのでは”という気持ちになった。だが期待も虚しく、ほどなくして出てきた冷やしたぬきうどんはその抜群なコシや天かすの食感とは裏腹に一切味がしなかった。どういう時間差でそうなったかは忘れてしまったが(彼がトイレに行ってたのか、電話でもしていたのか)、僕はスタッフより先にうどんを食べ始めていた。遅れて席に着いたスタッフが口をつける。

「これ、味せえへんやん」「そうかな? こういうもんなんじゃない。まあ、美味しくはないね」「いや、ありえへんって」

すぐさま店員を呼び止めて問いただした。「申し訳ありません、ツユを入れ忘れております。すぐ作り直して持ってきます」。少しは覚悟していたが、あまりにもひねりのないその答えに箸を持つ手から力が抜けた。「申し訳ありませんが、当店はこういう味になっております」と言われた方がどれほど楽だっただろうか。

その後、僕は困り顔の店員と、なぜか軽く僕にも不機嫌なスタッフを制して、ツユだけ追加したその冷やしたぬきうどんをそのまま食べた。既に半分くらい食べていてもう一杯食べるほどの食欲はなかったというのが一番の理由だが、「新しくつくり直してもらったら、既に半分食べてしまったこのうどんがタダになってしまう」ということが僕の理屈には合わなかった。僕は既に半分食べていた。それはもう僕の中ではタダではなかった。ちょっと理解し難い話かもしれないが、うどんのコシを味わったお金を、天かすの食感を味わったお金を、払わねば気がすまないのだ。ちなみに、お代の返金は提案されなかったが、もしされていても100%断っていた。僕の本心がうまく伝わらず、最終的には細かい事を気にしない器の大きい客のように扱われたが、僕に限ってそんなわけがない。

結局、コンビニの店員さんは追加のコーヒー代(100円)とスポーツ新聞3部(450円)のお金を支払わせてくれなかった。“くれなかった”とは丁寧な接客に対して大変失礼な物言いだが、僕の場合は新しいコーヒーに550円を払った方が美味しく飲めるのだから仕方がない。今回はうどんの時とは違い完全に自分が悪いのだから尚更だ。「いや、そういうんじゃなくて、美味しく飲みたいから550円払わせて下さい」と言えば払わしてくれたのだろうか。しばらくの間、卵やら牛乳はスーパーではなくてここで買おうと決めてコーヒーを口にした。


このコラムには特に締め切りというものはないのだが、なんとなく月一ペースでここまでやってきた。実は先月、作曲の詰め作業とライブとが同時に立て込んで、一度そのペースを崩しそうになったのだが、スタッフのこのコラムに対する熱さが耳に届き、男気に任せて執筆した。要はこういう連載物は定期的に更新されないと読者側のテンションが下がってしまうので勿体ない、逆に言うときっちり定期的にやっていれば固定のファンがちゃんとつきますよ、ということなのだが、僕的には宣伝ツールにさせてもらえるだけでもありがたいこのコラムを、BARKSの編集さん共々、全霊で応援してもらえて本当に嬉しい限りだ。なのだが、アルバム制作も最終段階に差し掛かった今月は単純に時間のなさだけで言えば先月以上。加えてジャケットやMVの撮影が食い込んできて、泊まり込みで伊豆大島に行って、「“なんか『水曜どうでしょう』みたいですね”ってお前達は言うけど、これは『イッテQ』だろ」、という過酷なロケをして。申し訳ないと内心思いながらも、ここまでまったく執筆に取りかかるチャンスがなかった。

先週でようやく撮影も終わり、アルバム制作も見えてきたので、今日こそはコラムを書くのだと決めて朝からどっしりとパソコンの前に腰を据える。のだが、意気込めば意気込むほど何も浮かばないのがこの種の作業の宿命。「うむ、このままでは埒が開かんな。気分転換にコーヒーでも買いに行こう」。


ボブ・ディランは本当は光栄すぎて言葉を失っていただけだった。ファンからファンじゃない人までみんなでよってたかって(僕もその一味だが)「ノーベル賞事務局は傲慢だ」とか「反戦の旗手が爆弾つくった人の賞を欲しがるわけがない」とか勝手に盛り上がっていたが、そもそもボブ・ディランは時代の代弁者にされるのが嫌でフォークを捨ててエレキを持ったりするようなタイプの天の邪鬼だということを、“絶対権威の失墜”というカタルシスが見たいが為に都合良く置き換えていた。もしかしたら、肝心要の歌詞だってこちら側が勝手に拡大解釈しているだけで、実は大した意味などないのかもしれない。あれ? ではその場合は彼の何を評価してのノーベル賞になるのだ?

撮影のロケ地へ向う車中、僕がそんな話をしていたら「でも、ボブ・ディランがノーベル賞をもらうのはカッコ悪いという発想自体が前時代的でカッコ悪くないですか?」と運転席の映像監督が返してきた。全くその通りだ。本人からしたら「自分だけの理想を目指し、手探りながら道筋を選び続けてきた結果、思いもよらないノーベル賞という風景に辿り着いてしまった、だから私は言葉を失っていたのだ」というだけの話なのだろう。そんなことは本人にしか窺い知れない事で、“医者や学者がとるノーベル賞は偉大で、ミュージシャンがとるノーベル賞はダサイ”などと、いかにもお洒落じゃなくて参る。

とまあ、本当はこの“くだり”を僕の知見や哲学によっていい感じの文章に広げたかったのだが、なんとなく降りてきてたプロットは熱々のコーヒーとともにこぼれ落ちてしまった。これはこれで思いもよらないコラムが書けたから良いのだけれども。

■<フルカワユタカ presents 『And I'm a Rock Star TOUR』>

2月10日(金)東京 渋谷 WWW-X
OPEN 18:15 / START 19:00
(問)DISK GARAGE 050-5533-0888
2月25日(土)愛知 名古屋 JAMMIN'
OPEN 17:30 / START 18:00
(問)ジェイルハウス 052-936-6041
2月26日(日)大阪 梅田シャングリラ
OPEN 16:30 / START 17:00
(問)YUMEBANCHI 06-6341-3525
▼チケット
前売¥3,990(税込、D別) オールスタンディング
※3歳以上、チケット必要
※各公演ごとに、ドリンク代別途必要
【オフィシャルサイト最速先行】
※東名阪3ヵ所共通
受付期間:11/3(木祝)12:00〜11/13(日)
http://www.sma-ticket.jp/artist/furukawayutaka

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