【インタビュー】夕霧 (DaizyStripper)、不屈の10年を語る「もう1度、ここから夢見ようか」

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10年前に“十年後の僕らは笑ってますか?”と自分たちに問いかけた曲「decade」を発表したDaizy Stripperが、結成10周年の記念日を迎える。2年連続で行なった全国47都道府県ツアーのグランドフィナーレは6月5日のTOKYO DOME CITY HALL。満を持してのメジャーデビューを控えたライヴには<10th Anniversary 47都道府県TOUR 2017「僕らの帰る場所」>というタイトルが付けられているが、この日の5人は最高の笑顔を見せてくれるはずだ。

◆DaizyStripper 画像

その笑顔は解散の危機やら、いろいろな局面を乗り超えた彼らと支えてきた人たちが勝ち取ったもの。DaizyStripperのフロントマンとして最前線で走り続けてきた夕霧にそのヒストリーをあらためて振り返ってもらい、不変のバンド愛と不屈のポジティブ精神を解き明かす。

   ◆   ◆   ◆

■バンドにとっては荒療治でしたけど
■まゆの休止があったから10年続いた

──約2年間にわたった『10th Anniversary Project「decade」』もいよいよ終盤戦、6月5日にTOKYO DOME CITY HALLでファイナルを迎えますが、今の心境は?

夕霧:10周年記念として「僕らの帰る場所」というタイトルの47都道府県ツアーを廻っているんですけど、俺にとってDaizyStripperはやっぱり“帰る場所”なんですよね。俺にはDaizyStripperしかないし、バンドがなくなったら東京に住んでいる理由もない。実家に帰って農業でもやるか、みたいな。それぐらい全てだと思っているんです。

▲<10th Anniversary 47都道府県TOUR 2017「僕らの帰る場所」> 画像10点

──うんうん。

夕霧:個人的に今までのツアーと圧倒的に違うのは最新アルバム『HOME』のタイトル曲で、自分が生まれ育ったのが福島県いわき市だということをカミングアウトして。その上で地元ライヴをしたことなんです。おかげさまでチケットもソールドアウトしてホントに嬉しかったし、涙が止まらなくて。

──「HOME」を歌った時に泣いてしまったんですか?

夕霧:そうです。「HOME」は自分の半生を描いた曲なんですね。その歌を地元ライヴでしっかりと届けたいから、絶対に泣かないようにしようと思ったんですけど、いざ歌ったら、いろんなことを思い出して。時にはバカにされたり、うしろゆび指されたりもしたけど、10年頑張ってきたんだなと思ったら涙が止まらなくなっちゃって。安心したし、すごく感動しましたね。歌詞に出てくる地元の同級生も観に来てくれたんですよ。みんな当然のように結婚して子供もいて、憧れたりもするけど、ウチの母親はけっこうロックなので。

──どんなふうに?

夕霧:バンドをやることを許してくれた時点でだいぶロックだと思うんですけど(笑)、「私はまだ孫はいらないからね」みたいなことをよく言うんですよ。「そんな時間があるならバンド頑張りなさい」って。そういうこともまんま歌詞にした曲なので、いろいろこみ上げてきたんでしょうね。

──10周年に向かうプロジェクトの中、『SINGLE COLLECTION』『COUPLING COLLECTION』がリリースされたほか、各メンバーのソロ作品も発表されて、47都道府県ツアーを2回もやりましたよね。これだけ怒涛の日々だと、もうすぐ終わりだ……って寂しくなったりしませんか?

夕霧:ファンには「寂しい」って言われるんですけど、個人的には終わりは始まりなので、TOKYO DOME CITY HALLが終わったら「11年目のスタート!やった!」って気持ちになるんじゃないかな。やり遂げた感はあると思うんですけど、まだまだ夢の途中なので。

──移り変わりの激しいシーンの中で10年、DaizyStripperが続けてこられた理由はなぜだと思っていますか?

夕霧:メンバーの五角形のシェイプがキレイだったっていうのがいちばんデカいんじゃないかな。どんなジャンルの音楽をやろうが、どんな環境であろうが、その五角形がいびつだったら続けていくのは難しいと思うんですよね。DaizyStripperは5人の性格が似てるところは似てるし、違うところはいい意味で違うから、気を使わない関係なんです。47都道府県ツアーで各地を廻っていても、しょっちゅう5人一緒にゴハンに行くんですけど、「10年経っていまだに5人で行くの!?」って、よく驚かれてね。僕らは逆に「そうなんですか?」って。

──珍しいことだと思いますよ。

夕霧:そこが絶妙のバランスで成り立っている五角形の奇跡なんだろうなって。みんながバンドのために一生懸命だし、そこは無償の愛というか、そんなに見返りを求めてないんですよ。睡眠時間とかプライベートを削ってやっているのをお互いに理解し合っているから、「オマエ、昨日頑張ったんだから俺が明日、メイクを朝イチでやるから、その間休んでろよ」って自然に言い合える関係というか。

──結成当初からバランスがとれた五角形だったんですか? それとも月日を重ねていく内に?

夕霧:結成1年目は偏っていたかもしれないですね。音楽面は風弥が担っていたし、バンド全体の見え方だったり、ライヴのセットリストや露出関係については俺がやっていたんだけど、だんだん「この分野はオマエだよね」って自然と振り分けられて、バランスがとれていった。ウチはよく話し合いもするし、いい意味でぶつかりあうこともあるけど、ケンカできることがすごく素敵な気がしますね。

──バンドに限らず家族でも、だんだん思っていることを言わなくなってバランスをとるパターンもあると思うんですよね。

夕霧:ウチは最初のほうが気を遣ってたかもしれない。今はいい意味で我慢しないし、溜め込まないようになりました。今、振り返って「バンドの中で一番大きな出来事って何だった?」って聞かれたとしたら、ギターのまゆが休んで、4人で半年間活動したこと。もがいた時期だったけど、いろいろなことを経験できましたから。

▲2014年5月14日発表17thシングル「G.Z.S.K.K」時アーティスト写真/「まゆ、活動休止」ニュースページへ

──2013年末でしたよね。リーダーのまゆさんが活動を止めるって、思ってもいない出来事だったと思うんです。

夕霧:うん。でも、バンドがなくなることが一番のバッドエンドで、いちばんのハッピーエンドはバンドが続くことだと思っていたので、4人で良くなっていく可能性があるならやってみようって。

──まゆさんがDaizyStripperに戻ってくるって信じていたし?

夕霧:信じるしかないですよね。「ずっと5人でやっていくってステージで言ってたじゃん、夕霧」って裏切られた気持ちになったファンもいただろうし。「かわいそうなことしたな」って思いながら、俺ら4人はその時に出来ることを必死に踏ん張ってやっていましたね。だからこそ、強くなれた部分も気づけた部分もあって、バンドにとっては荒療治でしたけど、まゆの休止があったから10年続いたのかもしれない。そこで気づけなかったら、まゆが脱退してたかもしれないし、バンドがなくなっていたかもしれない。

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