高天神城。まずその名が格好良すぎる。静岡県にもたくさんの名城があるが、高天神城がダントツで素晴らしいと言い切ってしまっても問題はないと思う。まさにthis is 山城。こんなに格好いい山城もない。中世の山城の最高傑作だ。そもそも中世の時代に築城された日本の山城はどの城も名城が多い。卓偉が外に提供してる曲は名曲が多い。いや卓偉が書いてる曲で大人の匂いがしない曲は全曲良い。


中世に名城が多いのはやはり戦いの時代に建てられたからなのだろうか、娯楽もなく、住みやすさもなく、とにもかくにも攻められてはならぬというプライドと信念を感じる。よって縄張りにとてつもない工夫とセンスを感じるのである。石垣が主流になる前の城の防御は土塁、空堀、堀切、虎口くらいしかない。だがそれらをいかに活かし、または威嚇し、城を守る為に考え抜かれた縄張りでもって戦いに備えるわけだから、その緊張感や緊迫感たるもの凄まじい。軽い気持ちで見学など出来ない。私がZIGGYを聴く時は正座して聴くのと同じである。「永ちゃん」とは絶対に呼ばず、「矢沢さん」と呼ばなきゃいけないのと同じである。自分たちの先祖、血筋、子孫を守る為に必死になってこの城を築いたことが痛いほどに伝わってくる。正直江戸時代に建てられた城にはこういう気迫みたいなものは感じられない。徳川の天下のおかげでそもそもが戦いの為に建てられていない。私が中世の山城を好むのは命懸けな感じ、日々戦ってる感を垣間見ることが出来るからこそである。そういう部分に感動するのである。まだ誰しも天下を取っていなかった頃ならではの城、なのである。

さてそんな高天神城だが、歴史を調べるとこの城を落とす時の戦の話がほとんで、城そのものの凄さが書かれた文をあまり見かけない。これは城マニアはみんな思っていることなのである。やれ、武田氏が攻めただの、徳川が攻めただの、元は今川氏の居城?いやもっと昔から建てられてたんじゃないの?などなど。PUNKが70年代後半に生まれて時代を変えたが、ファッションだけが先走りして、活動の根本の部分、メッセージ、詞の深さ、アティテュードが前に来ない感じと似ている。PUNKはもう長らく竹下通りみたいになってしまっている。高天神城もそれに非常に近い話になっているのが城マニアとしてはいただけないのだ。このコラムは城主というよりも城そのものの凄さや素晴らしさを伝える為に書いている。確かに武将や戦の歴史も大切だが、まずはそこに存在した城をしっかりと評価したいと思う。卓偉にもそういう人が現れるとすぐ売れると思う。伝えてくれる人がいたらすぐ売れると思う。


まず来城するにあたり、絶対に追手門跡がある南駐車場から入城してほしい。北駐車場の方がスペースも大きいがこちらは搦手であり、西の丸に建てられた高天神社の参道になっている。お参りの為に整備されていて正直城の道とは言えないのである。マニアなら絶対に追手から攻めるべし。もちろん現在は追手の道も整備はされているが追手はやはり城の道の感じがしっかり残っているのでここから登ることに意味があると思う。それを思い知らされるほどの生々しい土塁、そして曲輪がどんどん現れる。近年の発掘調査で当時はもっともっと高い土塁がそびえていたことがわかっている。この山の作りを考えるとほぼ壁のような土塁だったということだろう。まさにウォール・オブ・サウンド。そりゃフィル・スペクターもびっくりして嫁さんをピストルで撃ち殺すわ。

高天神城の凄まじい所は、曲輪の周りは全て急斜面、と言うか断崖絶壁である。天然の要害をそのまま利用したわけだが、高所恐怖症の方には本当にシャレにならない。この城を建てた時も、そして防御に備える時も家来は自分の安全を確保することが最優先になったはずだ。城内で仲間割れした場合、軽く相手を押すだけで簡単にムカつく奴を突き落とすことが出来る。笑えない。いやそれくらいムカつく奴を簡単に突き落としてみたい。それくらいの絶壁の上に建っている城なのである。よって全ての曲輪のスペースは長細く奥行きがない。本丸はそこそこスペースもあるが、本丸と考えたらやっぱり狭い方になる。意外にも本丸は眺めが良いわけではない。むしろ三の丸の方が眺めが良い。そして西の丸の裏手にある「馬場平」の曲輪の方がよっぽど眺めが見渡せるようになっている。城のサイドにあるこの二つの曲輪が見張り台として機能していたということなのだろう。外から見てあまりにも本丸がわかりやすい場所に見えていたら攻められやすい、本丸の周りこそが木でひっそりと覆われていることを考えるとこれも防御の見せ方の一つと言える。そんな絶壁の下には三日月堀もあったそうで、今は見学不可だが、山城で水堀も作ってしまうところ、かなりの本気度が伺える。登って来た敵を絶壁に突き落とす、転げ落ちた先は水堀にドボン、溺れ死んで窒息。なんなんだ?そのホラー感は。アリス・クーパーか。



高天神城の魅力として、城が大きく分けて本丸と西の丸の二つに分かれているということが言える。かなりの2トップ感だ。香川&岡崎。氷室&布袋。レノン&マッカートニー。やっさん&キーボー。椎名&永谷。ジャギュアー&ダイムラー。どっちも引けを取らない威圧感半端ない。本丸には、てっぺんはここだ!落としてみやがれ!という戦の威嚇や権力の象徴を感じるし、西の丸には生活感があり、作戦を練っていた場所としての人間臭さを感じ取れる。個人的には西の丸の在り方が好みだ。

この二つを繋ぐ「井戸曲輪」に立ち、西の丸を正面に見て右側に歩いて行くと「堂の尾曲輪」が見えてくる。一瞬犬走りか?と思うくらいの道だが行った先にこれほどまでの曲輪が存在することが凄い。ここの堀切に感動。曲輪が下に下がるように段になっており、その度に深い堀切が真横に深く切られている。おそらく当時は木橋などが架けられていたとイマジン。城の搦手から攻められてはならぬというこだわりがひしひしと伝わってくる。ここを見ずして高天神城は語れない。城内は絶壁の縁を行き来出来るように犬走り的な道がいくつも存在する。現在は土砂崩れや整備の老朽化により通行出来ない道もあるが、こういう道の機能が戦いや脱出に一役買うわけだ。逃げ道として凄いのが西の丸の裏手にある馬場平から更に続く「勘五郎抜け道」だろう。この道は道幅が私のウエスト以上に細く、両サイドが絶壁である。当然手すりなどない。落ち葉で滑ったら即転落だ。だがこの道こそがいざとなった時の逃げ道だという。生き延びるという人間の執念、戦国時代ならではのディティールに体全身が鳥肌実である。是非見学の際はこの道を歩いてほしいと思う。そして簡単に滑って転げ落ちてあっけなく1回だけ命を落としてみてほしいと思う。「高天神城、勘五郎抜け道にて転げ落ちて死す」これであなたも吉井和哉さんが言うように、死んだら新聞に載るようなロックスターだ。ちなみにロケでこの道を歩いた時に、もうこれ以上先へ行くのは危ないから引き返そうと思っていた矢先に向こう側からお祖父さんの3人がトレッキングで歩いて来られた。「いや~さっきの蛇は大きかったねえ」などと世間話をされながら。昔ここから転げ落ちた武士の幽霊じゃなくてよかった。しかし凄い度胸だった。脱帽。帰りに南駐車場から帰ろうとしたところ、一台真っ赤なHONDAのハッチバックがUターンをして出て行くところだったがよく見るとさっきのトレッキングお祖父さんトリオだった。武士の幽霊は真っ赤なHONDAに乗るのか。しかも蛇と友達、マジでアリス・クーパーか。


高天神城が何故何度も戦いの場所になったか、それはこの地、この場所にある。静岡という場所は西にも東にも開けており、すぐ海にも出れるし、逆側には富士山がそびえる。東海道の道を考えても絶対にこの高天神城を通らなければならなかったのだ。だからこそ戦国武将達はこの地が、この城が、ガチで欲しかったのである。この城を自分のものにしておくだけでどれだけ戦が楽になるか、それを皆わかっていたのである。「高天神を制するものは遠州を制する」とはよく言ったものだ。それほど意味がある場所、重要な城だったのである。最終的に徳川幕府になった時に家康はこの城を廃城にした。誰にも継がせなかったのである。ここに城を持続させ、謀反でも起こされたら敵わないことを知っていたのだ。実力派で才能も歌唱力も兼ね備えた卓偉に売れられてしまっては困るFAKEな日本の音楽業界と同じである。いかに危険な城であるかを、この城を攻め落としたことのある家康こそが一番良く知っていたのである。かっけえ~~~~!!!こういう話に男は感動するのである。そしてそれくらい防御の堅い城だったことに城マニアは改めて感動するのである。


高天神城の近くにも横須賀城や掛川城など名城は存在する。この辺りにそのような城が密集してるのだから静岡は凄い。我が事務所の一つ年下の後輩、クリスタルボイスの名を欲しいままにするシンガー松原健之くんはまさにこの周辺の袋井出身である。「金沢望郷歌」でデビューしているので一瞬石川県金沢出身か?と思いきや、静岡県袋井である。彼の身体の水分は全部お茶である。焦った時の冷や汗もきっとお茶である。きっと実家の蛇口をひねれば常に新茶が出てくるシステムになっているはずだ。同じく我が事務所の大先輩KANさんの出身地は私と同じ福岡県だがKANさんのイメージ出身地は札幌、ということになっている。去年松原くんの誕生日パーティーに呼ばれ、赤坂にある敷居の高過ぎるイタリアンに集まった。総勢20人くらいが集まるという。私は人見知りなので、なかなかそういう場所に普段は顔を出さないのだが、松原くんがどうしても、どうしても、どぅ~~~~~~~しても来てほしいというのでプレゼントを持参しいざ会場へ。だが空気の読まない松原健之くんはてめえの誕生日にも関わらずまさかの15分遅刻。集合時間が過ぎてから彼が登場するまでの15分間の長さ、知り合いのいない場所での15分間の重さ、集まった知人も、この状況は何!?的な微妙過ぎる空気に。松原くんこそ勘五郎の抜け道で転げ落ちてほしかった。こんな状況で15分遅刻してくる松原健之。どんな一言で登場するのかと思っていた矢先、バ~ンと扉が開いた。

「皆さ~ん!バースデ~ボ~イで~~~~~~す!」

今がもし戦国時代なら三日月堀で窒息させてやりたい。

あぁ 高天神城、また訪れたい…。

◆【連載】中島卓偉の勝手に城マニア・チャンネル