【インタビュー】龍玄とし、羽生結弦に引き出された「さらなる可能性」

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自らに与えた「龍玄とし」という新たな名前のもと、果敢な挑戦を繰り返してきた男が、次に選んだテーマは「絵」だった。「音の世界を、描く」というコンセプトを掲げ、音を色に変え、メロディをパッションに変え、およそ1年かけて描きあげた作品を一堂に集めた、龍玄とし初の個展<マスカレイド・展>。上野の森美術館で開催された、東京PRE-EXHIBITIONはすでに終了したが、このあと長野と大阪での個展を控え、制作はまだ続いている。絵との出会い、スケーター・羽生結弦との濃密なコラボ、そして同時制作中の音楽作品について。かつてない創作意欲に突き動かされ疾走する、龍玄としの熱い言葉に耳を傾けよう。

  ◆  ◆  ◆

■絵描きさんみたいな名前じゃないですか?

──我々は今、としさんの描いた絵に囲まれています。読者にこの雰囲気を伝えたいですね。すごい気です。

龍玄とし:自分では魂を込めて描いたつもりなので、そう感じて下さると嬉しいです

──初の個展。今ここにいる気持ちは?

とし:ともかくありがたいです。まさか自分がこの由緒ある上野の森美術館で個展を開けるなんて、またそれを多くの方が見てくださるなんて、本当に夢にも思っていなかったので。とても幸せな気持ちです。

──ここ2、3か月のブログを見ると、ワクワク、ドキドキ、絵という新しい世界に夢中になっているのが、文字から伝わってきていました。

とし:真剣な、奥深いメンタルな世界の中に入り込んでもなお、子供が無邪気に遊んでいるような感覚もあり、すごく集中した時間で、あっという間に毎日が過ぎました。特にここ数か月は、音楽関係もテレビ関係も、ほとんどの仕事をお断りして、絵にまみれていました。おかげで手もかさかさだし、身体中が絵の具まみれですけど、それが快感でしたね。そのように集中できる状況を与えて下さった、ご理解下さったファンの皆様や、周囲の関係者にも心から感謝の気持ちでいっぱいです。ただ、やりすぎて手足肩腰が痛くなります(笑)。(キャンバスが)大きいので。

──でかいですね。圧倒されます。

とし:例えばこのマスカレイドという作品なら、マスカレイドの音律を頭の中で静かに流し、心の奥の奥のほうへ入り込んで、閉じたままの扉を開いてみる。そこに潜む想いや感情を見つけ出して、それを顕微鏡で見るかのようにアナライズ(分析)して、色として筆に宿す。そんな緻密な作業の繰り返しでした。おそらく、ずっとマスカレイドの仮面をかぶったまま秘められていた想いや感情が、やっとむき出しにされて、色形となってここに現わされているので、その激情のエネルギーがこの絵から放出されているのかもしれません。

──そもそも、絵を描き始めたのはこの1年ぐらいでしたっけ。

とし:そうです。小学校の時に市の文化祭で自分の絵が特賞に選ばれ表彰されて以来、絵を描いたといえば“キャッToshl”と名付けた猫のキャラクターイラストを、何年か前に描き始めて、Tシャツなどのグッズにしたりしていましたけど、いわゆる本格的な絵画は描いたことがなかったです。まずは画材、絵の具の種類から、とりあえず銀座で有名な画材屋へ行ったり、ホームセンターに行って、いろんな画材や筆や刷毛、またなにか描く道具として使えそうなもの、木材やスポンジを切って使ってみたり、あと、ほうきとか、ほうきもいろんな素材があって。ともかく使えそうなものをいろいろ集めて、とりあえず塗ってみる、描いてみる、というところから始めました。その作業もすごく楽しかったですね。

──絵を描こうという、直接のきっかけはあったんですか。

とし:やっぱり、龍玄としという名前にしたからですね。何か、絵描きさんみたいな名前じゃないですか?

──あはは。そんなシンプルな理由ですか。

とし:(笑)。元々龍玄としという名前は、新しいことにチャレンジしようと思って名付けたものなので。“龍玄としという名前が似合うものって何かな?”と思った時に、絵描きさんか、小説家か、着物とか着てそうな感じかな?と。

──習字とか。

とし:そうそう。(笑)まじめに言えば、何か新しい表現方法として、絵を描くというアイデアは自分の中でもとても斬新で、魅力的でした。真剣に取り組んでみたいと思いました。

──絵の師匠がいるとかではなく。

とし:いません。いないがゆえにさまざまに悩みました。まずは自分らしい絵ってなんだろうと。いろいろ考えていくうちに、自分の中に“音の世界を、描く”というテーマが生まれました。やっぱり自分はシンガーだし、音楽家なので、自分が作ってきた音を絵にするとどうなるだろう?と、ひらめいたんです。それが絵に向かう大きな原動力になりました。周囲の絵に詳しい方々に聞いてみても「自分で作詞作曲編曲し歌っている本人がそれを絵に落とし込むというのは聞いたことがない。面白い視点じゃないですか。」と皆さんおっしゃって下さったので、よし、挑戦してみよう!という感じになりました。最初は、自己流のやり方で、へらで塗りたくってみたり、ほうきで掃いてみたり、刷毛で叩きつけてみたり、いろんな線を様々なタイプの筆で丁寧に描いてみたり、とにかく絵の具にまみれていくうちに、それがパッションになって、そんな表現をしているうちに、どんどん自分なりの表現方法を見出していった感じがあります。また、自分の楽曲の中にどんどんと入り込んで、色や形で表現していくという作業も、とても難しかったですが、自分の楽曲と深く対峙することで、ひらめきやアイデアが湧いたりして、新たな筆使いや色使いも少しずつできるようになってきて。そして、羽生(結弦)さんとのコラボレーションが始まるわけですけど。


──それが<Fantasy On Ice 2019>(5〜6月/全国4か所公演)。あの体験は大きかった。

とし:大きかったですね。全身全霊の「マスカレイド」の演技を、まさに魂の舞いを見せてもらって。

──としさんが作った曲「マスカレイド」を、リンクの横で歌っている、その前で羽生結弦がパフォーマンスを見せる。映像で見ましたけど、本当に素晴らしかった。

とし:目の前で見ていたわけですけど、日々進化し、日々チャレンジし、日々新たな感動が生まれる。1か月間、濃密なコラボレーションを、彼と一緒にやらせて頂いた経験はすごく大きなクリエイティビティを僕に与えてくれました。アスリートというものを超えて、人の魂が燃えること、浄化されること、ほとばしること、まさにそれを目の前で、特等席で僕は見せて頂いた。それどころか一緒に創らせて頂いていたので、自分の「マスカレイド」が、まったく違う形で燃えだしたんですね。羽生さんの渾身のパフォーマンスによってマスカレイドの世界観やメッセージがさらに深く鋭く自分自身にも突き刺さってきました。羽生さんは、“としさんの中に入って演じます”と言って下さって、いわゆるアイス・ショーで、こんなに力を込めたことは今まで一度もないんですと。“だから、終わるとすべて出し切ってしまってへとへとなんです”と。毎回、満身創痍で「マスカレイド」を全身全霊で表現して下さいました。そんな美しきアートに影響を受けないわけがありません。

──そして生まれたのが、まさに今ここにある、100号キャンバス10枚の大作「マスカレイド」。

とし:そうです。この作品はまさに羽生くんとの魂のコラボレーションで、今度は僕が羽生くんの中に入って描くんだという思いで、自分のできる限界を超えて、やり切った、出し切ったと思える作品です。

──白いラインは氷上のシュプールで、赤は汗や情熱のほとばしりのように見えます。たぶん美術評論家の方は、抽象画の理論とか、ドリッピングの手法とか、アクション・ペインティングとか、いろいろ解説されるんでしょうけど、そういう手法を使ったわけではない?

とし:手法の名前や定義はよくわかりませんし、あえて見ません。無知の知?見たとしたら、数か月前、この隣の東京都立美術館でクリムト展をやっていたので、それを見に行きました。おそらく当時としては斬新なアイデアで宝飾や金箔を使ったりしている作品も有名ですよね。実はここにある龍の絵(昇龍)も、これは映像ですけど、実物は銀箔を使ったり、目にダイヤモンドを使ったり、うろこ状の金属をあしらった布地を使ったり、絵に加え、ある種工作に近い面もあります。工芸職人さんのように?金箔を貼る作業もとても難しかったですが、でもチャレンジしてよかったと思います。

──こちらにある絵もそうですね。「CRYSTAL MEMORIES」というタイトルの。

とし:そうです。これはスワロフスキークリスタルを使っています。絵という表現に加え、様々なものを使って、自分の表現したいものを創り出すのは、とても創造的で楽しいものでもあります。「CRYSTAL MEMORIES」は<Fantasy On Ice 2019>で羽生さんとコラボレーションしたもう一つの楽曲。羽生さんはこの曲について最初のインタビューで「きれいな曲であり、ただきれいな中にもちゃんと芯の強いものがある、それをクリスタルとして表現したい、今までやってきて最終的にはとしさんに捧げるという意味でやらせて頂いている。すごく気持ちのこもったものになっていたらいいなと思います」とおっしゃって下さいました。その言葉に恥じぬように、丹精込めて描きました。羽生さんの着ていた衣装やスケートブレードのトレイスにもインスパイアを受けて、今度は僕が羽生さんに捧げるつもりで丁寧に丁寧に描きました。

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