【教えてYAASUU】宮古島の音楽・料理 Vol.1「YAASUUと宮古島」

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宮古島生まれのYAASUU(ヤースー)は、2016年よりソロシンガーとして活動を開始し、これまでに『おーきな輪』「未来への合図」『まらしまらせ』「ピースサイン」、2020年1月には最新アルバム『だいずズミ』をリリースしているアーティストだ。

シンガーソングライターとして活動を続けるYAASUUだが、ミュージシャンである以前に、宮古島への故郷愛と地元との強いつながりを大切に生きる、熱き若き青年なのである。この沖縄からやってきた音楽の使者YAASUUからは、宮古島の魅力が弾け、その独自文化ととともに人間のもつ本質的な暖かさが強いエネルギーとともに伝わってくる。

YAASUUが生まれ育ち、アイデンティティとなっている宮古島に寄せる思いを訊きながら、宮古島の魅力にも大きな焦点を当てるべく、4ヶ月に及ぶ連続インタビューを敢行してみたい。その第一弾である今回は「YAASUUと宮古島」をテーマに、これまでの活動歴やシンガーソングライターYAASUU誕生のきっかけ、そしてYAASUUを知る上で外すことのできない故郷を歌った3作品をフックアップしてみた。

   ◆   ◆   ◆

──もともと音楽活動を始めたきっかけというのは?

YAASUU:高校生の時、沖縄の大先輩であるORANGE RANGEさんやMONGOL 800さん、BEGINさんのコピーバンドを文化祭でやっていました。でも本格的にやりはじめたのは10年前、東京へ上京してきたころですね。

──音楽をやるために上京を?

YAASUU:いや全然(笑)。ただ東京に憧れていたんです。僕らの島は5~6万人しかいない小っちゃい島で、テレビも雑誌も映るもの全てが東京だし、ニュースもアニメも標準語で僕たちとはイントネーションが全然違う。その言葉をリアルに聞いてみたくて高校生の時にバイトしてお金を貯めて遊びに行ったんです。原宿の竹下通りで「すげぇ~!」「いつも通販してる店ってここか…」とか言ってました(笑)。

──憧れを胸に上京したYAASUU青年は、どのように音楽活動を始めたのでしょう。

YAASUU:上京してすぐの頃、飲みに行った新宿の沖縄民謡酒場で、そこのオーナーから「お前楽器何かできるか?」と聞かれたので「ギターできるかなぁ」って店のカウンターで一緒に合わせてみたら、オーナーが「面白いじゃん」って。それでそこで働き始めてお客さん相手に「島人ぬ宝」(BEGIN)などのカヴァーを演っていたんです。でも「宮古島出身です」と自己紹介しても「それ、どこ?」って言われちゃう。みんな石垣島は知っているんですけどね。それで悔しくなって、地元のPRができたらいいなと思った時に僕の近くにたまたま音楽があった。「宮古島をPRしたいという気持ちと、みんなの前でギター弾いて歌っていることをリンクさせよう」って始まったのが、音楽を始めるきっかけでした。それが10年前です。


──そのオーナーは、なぜYAASUUさんを誘ったんでしょうか。

YAASUU:沖縄人あるあるなんですけど、沖縄から東京に出てきたら、言葉も違うし顔のつくりも文化も違うから、日本人が外国に行ったみたいな感じなんですよ。外国で日本人を見つけたら喜ぶでしょ?だから東京で沖縄人を見つけたら仲良くなるんですよ(笑)。沖縄の人は郷土愛とつながりは大事にしますから。実は、三線はその店で初めて触ったんです。




──お店で歌う以外にはどんな活動を?

YAASUU:感動なし&完全お笑いのスカ系コミックバンドをやってました。100kgあるボーカルがタイツをつけて沖縄の踊りを踊りだすみたいな(笑)。そのバンドが解散したのと同時にソロになったことで、曲調も変わったしバラードも書くようになりました。

──1曲1曲すべてのサウンドカラーが違うから、コンピレーションアルバムを聴いているような実に幅広い音楽性を持っていますけど、どの曲も違和感なく続いていて1本の線でつながっている。これがYAASUUというアーティストなんだろうなと思いました。

YAASUU:僕が言いたいことを全部言ってくれました。むっちゃくちゃ嬉しいです(笑)。

──歌詞は実生活に基づいていることが多いのでしょうか。

YAASUU:今までは完全にそうですね。クラブチックな曲を作るときはクラブで遊んだ次の日に書いたり、宮古島を思う歌詞は宮古島に帰省している時に書いたものだったり。

──心の中には宮古島というキーワードが常にあったんですね。

YAASUU:それはずっとありました。最初に出したアルバム『おーきな輪』で初めて曲を書いたんですけど、8曲作るのに1週間もかからなかったんじゃないかな。地元の宮古島を盛り上げたいというのが目的で、僕が知ってる宮古島、東京から見た宮古島をテーマにして僕なりに思い入れを書いただけなので、あっという間にできちゃった。

──『おーきな輪』に収録されている「んみゃーち前浜」「西里通り」は宮古島に実在する通りや浜辺だそうですね。

YAASUU:「んみゃーち」は「ようこそ」の意味で、前浜は与那覇前浜ビーチという東洋一に輝いた浜のことです。「ようこそ、このビーチへ」という気持ちを込めて作った曲です。東洋一の海を見ながらカップルがデートするような場所で、近くに元カノが住んでいたのでよく行っていたっていうのもあるんですけどね(笑)。




──「西里通り」というのは?

YAASUU:「西里通り」は東京でいうところの渋谷で、僕たちの時代のナンパスポットです(笑)。宮古島のメインストリートで、若者たちが音楽を鳴らしながら車やバイクに乗ってカッコつけてそこを通るんです。通りの中央のファミマのベンチに他校の女子高生がたまっていて、その前を車の窓を開けて音量をあげてゆっくりと通り、「あの子かわいかったなあ」ってまた行くっていう。「俺を見て。俺に気づいて」という思いで(笑)。

──Google Mapで見る限り、歌詞にあるとおり短い通りですけど。


YAASUU:でも僕たちはあれが都会だと思ってたんですよ(笑)。東京に出てきて「センター街ってこんなでかいの?」と思いましたけど。その頃の宮古では50‘sのロカビリー文化があって、授業が終わったらリーゼントをきめて市内を走るんです。「市内をジェームス・ディーン気取りで走る」という意味から「シナジェー」という言葉が一時期流行ったりしていて。



──だから「西里通り」の歌詞にジェームス・ディーンが登場するんですね。歌詞に出てくる「オトーリ」というのは?

YAASUU:これは宮古島独特な飲み方で、昔、島が貧乏だったとき「ひとつの酒をみんなで回し飲みしよう」というのが始まりと言われているものです。今でもお祝いの席では代表者が一気飲みした後にそのグラスを回していったりするんですよ。オトーリも宮古の文化のひとつで、そういう文化も残したくて歌詞にのせました。コロナの影響を受けて今は禁止になっていますけど。

──2019年にリリースした「ピースサイン」収録の「ワイドー」という曲タイトルも島固有の言葉ですか?

YAASUU:「ワイドー」は宮古の方言で「がんばれ」という意味です。宮古島で一番大きなイベントで<全日本トライアスロン宮古島大会>というのがあって、世界中から選手が集まってくる。僕も小さい頃から見ていて、今ではその大会の授賞式でライブをさせてもらったりもしていますが、改めてトライアスロンについて見つめて書いた曲ですね。トライアスロンが始まったら島の人は家の前に立って、どの選手にも「わいどー!わいどー!」と言ってあげる。時間内に通過しなかったら失格という地点があって制限時間で門がバシーンと閉まるんですが、そこを通過できなかった選手たちが泣きながら門をガンガン叩く。それが泣けるんですよ。






──地元愛は作品作りのみならず、県外のファンを宮古島へ連れていくツアーも主催されているそうですね。

YAASUU:活動していくうちに関東のお客さんも付き始めたんですが「宮古島に行ったことがない」という声が多く聞こえてきて、ならばと『YAASUUと行こう、宮古島ツアー』を開催したんです。僕が音楽を始めた理由は、宮古島を盛り上げたい・宮古島を知ってほしいということですから。

──どのように人を集めたんですか?

YAASUU:普通にライブのMCで「何月頃にこういうのを僕がやります。SNSで募集しますんで注目しててくださいね」と告知して、ツアーが終わった頃にそのページを立ち上げて。初回は10人もいなかったですけど、地元の人たちを紹介して地元に触れてもらって、開催する毎に人数も増えていきました。「これは面白いから続けたほうがいいよ」と宮古島の観光課も言ってくれて、第3回、第4回と重ねていくうちにHISさんが一緒にやろうと盛り上がってきたところで…、コロナ禍で今はボツに。

──YAASUUさんは宮古島大使でもあるそうですね。

YAASUU:そういう活動で人数が増えてきたところに、島の観光課が加わってくれて宮古島大使にリンクしたという感じです。

──今年は残念でしたけど、とても面白そうなツアーですね。

YAASUU:めっちゃ面白いですよ。みんなで酒も飲むし、まったく知らない現地の人も入ってくるし。居酒屋を貸し切ってファンの方たちと楽しんでいるのに、知らない人も混ざってきて気が付いたら100人近くなっている(笑)。地元だから友達や親戚が「何やってんだ~?」と一緒になって、次の日はみんなでBBQ行ったり。最後は僕のライブで締めるんですけど、めちゃくちゃ楽しいです。コロナが落ち着いて、地元の人たちのおもてなし体制ができたらまた再開したいな。

──台湾のフェスへの出演はどういうきっかけで?

YAASUU:沖縄のオリオンビール主催の<オリオンビアフェスト>があって、<オリオンビアフェスト in 宮古>や<オリオンビアフェスト in 石垣>みたいに、台湾でもフェスが開催されているんです。僕は宮古の代表として選ばれて出演した形です。

──台湾と沖縄は近いですしね。

YAASUU:特に宮古島は台湾との交流が盛んで、僕の出身校である宮古高等学校と台北市立復興高級中学は姉妹校なんです。毎年それぞれ生徒を受け入れたりと交流があって、僕も一度ホームステイの受け入れをしたことがあります。それに台湾の言葉と宮古の方言にはかぶるところがあるらしくて。

──歴史を辿ったら繋がりがありそうですね。

YAASUU:そう、面白いんですよ。僕はこれから勉強するところなんですけど、かなり縁を感じています。海外で自分が演奏するとは考えてもいなかったので、音楽に対する思いもより深く熱くなりましたし、宮古に対する歴史も調べたくなりました。


──宮古を歌う上で、シンガーソングライターとしての苦労はいかがでしたか?

YAASUU:もちろん辛いことはありましたけど、でも僕は「沖縄人は得だな」と思っているんです。沖縄料理の居酒屋があって、沖縄の居酒屋は民謡ができるようにライブステージがあるんです。だからギター1本持って「歌わせてください」と言えば「ああ、いいよ。君、宮古島出身か。がんばれよ」って言ってくれて、人前で歌うことができる。そこでファンも獲得できるんです。

──飛び込む場所があるということですね。

YAASUU:そうやって全国を回るとつながりも仲間も増えていって、現地のバンドマンとも仲良くなって、違う形で一緒にやったりもできるようになる。仲良くなったラッパーとのライブではDJを付けてやったりもしましたし、つながった仲間がそういう新しいところへ導いてくれるので、「こういうやり方もあるんだ」と学ぶことができるんです。

──飛び込んでいく行動力と、それを受け入れる沖縄気質の心意気、仲間意識がポイントですね。

YAASUU:みんなが温かく迎えてくれるし、辛くなっても地元の友達や待っていてくれる人たちがたくさんいる。でも失敗もありましたよ。「楽しそうだな」と思って何も考えずにやっちゃうところがあるんですよね。いきなりクラブに飛び込んで行ったら全員ラッパーで、僕だけひとりアコギで「イーヤーサーサー」とか歌って(笑)。

──お客さんの反応は?

YAASUU:めっちゃ機嫌悪いっすよ。みんな縦に揺れに来てるのに僕だけ横揺れで、かなりのブーイング(笑)。あとは完全にお客さんがゼロっていうライブもありましたね、下北沢で。

──無観客ライブってやつ。

YAASUU:今ならそういう返しもできるんでしょうけど、その日は全力で演ってスタッフさんと仲良くなりました(笑)。

──色んな経験があっての今なんですね。

YAASUU:はい、いろいろ(笑)。でも、何かにぶち当たったときには「こういう事があるんだ。面白い」と思ってやってきたんで。コロナで緊急事態になってライブができなくなったときも、すぐ友達と相談してオンラインライブを始めたし、オンラインライブだと地元の遠く離れた友達も見てくれているっていう面白さも見つけました。

──オンラインライブはすでに10回以上開催していますね。

YAASUU:自粛期間が始まって1週間後くらいには始めてたんじゃないかな。コロナによって仕事も減ったけど、ずっと会えていなかった幼なじみとも連絡を取るようになって、またみんなでワイワイできたら面白いんじゃないかと。僕らはZoomの映像を使いながら音は別録りしていて、ヤマハさんが出したNETDUETTOというソフトを使うと、4人が別の場所にいても音声がそろうので、みんなで楽しめるしいいですよ。

──NETDUETTO(SYNCROOM)は話題ですよね。

YAASUU:バッファサイズ何ミリとか、映像を何ミリずらすとか、オンラインにはこのマイクが適用しているとか、こうやればライブっぽく聴けるとか、いろいろ考えながらやるうちに形になってきました。


──故郷を離れ東京においても、郷土愛に溢れパワフルに活動していますが、その原動力は何だと思いますか?

YAASUU:やっぱり人かな。出逢ってきた人がいい人ばっかりだった。辛いときも地元の仲間が助けてくれて、応援してくれた。地元の人たちに支えてもらえたからやってこれたと思います。『おーきな輪』というアルバムに1曲だけアコギで歌った「あららがま魂」という曲があるんですけど、「あららがま」というのは宮古の方言で「なにくそ根性、負けてたまるか」という意味の宮古の人しか持っていない言葉なんです。喧嘩して泣きながら帰ってきた子どもに親が「あららがまだよ」と「負けるなよ。それでも」と言ったりするんですね。僕がこの曲を書いたのは、東京という大都会にビビった時で、人のスピードとか流れとか言葉通じねえとか、そういう細かいこと含めて辛かった時に「でも負けてられない」「地元のために今は帰れないんだ」という思いを書いたものなんです。


──沖縄には多くの島がありますが、宮古島の一番の魅力は何ですか?

YAASUU:人だと思います。沖縄本島・石垣の人からも「宮古の人」って言われるくらい独特なものがあるんです。県外の人からすればどの島も一緒でしょうけど、宮古島は一回沈んだ島なんじゃないかとか、島流しの島じゃないかとか、歴史的な部分でも個性が強いんです。本島や石垣にはハブがいますけど、宮古にはいません。

──そうなんですか?それはいい。

YAASUU:そうなんですよ。宮古、最高だと思うんですけどね。熱い人・暑苦しい人ばっかりなので一度つながれば絆は深いし、「もういいよ」って言うくらいのおもてなしもある。そういう宮古の人の、人に対する思いは独特なんじゃないかな。ほんとに家族みたいな感じなので。喧嘩したって小さい島だから絶対に会ってしまうわけで、最初はこれがストレスですけど、顔を合わせれば家族のように元に戻っていくんです。

──いいですね。

YAASUU:沖縄には「さよなら」という言葉はそもそも存在しないんです。

──え?

YAASUU:「またね」とか、若者方言では「また会おうな」っていう思いを込めて「後からな」と言うんです。さよならはない。今年リリースした『だいずズミ』に収録した「後からな」という曲は友達と離れたときに「また会おうね」という祈りを込めて作った曲。つながってればいつかは会えるから。

──島の言葉は島特有の文化であり常に変化をしていくもの。それを現代のスタイルで継承するYAASUUさんの音楽作品によって、より多くの人に伝えることは大きな意味がありますね。

YAASUU:宮古島の言葉は絶滅寸前でいずれなくなると言われているんです。だから、入口は何でもいいから広く作ってあげたい。これは作詞をする時のテーマなんです。宮古の方言は失くしてはいけないものだと僕は思っているので、僕は僕なりに文化を残していけたらなと思っています。


取材・文◎早乙女‘dorami’ゆうこ
編集:BARKS編集部

<はいさいFESTA2020>

9月19日(土)~9月22日(火・祝)
@アレーナチッタ
※YAASUUは9月19日(土)出演予定
※無料(事前予約制)
※出演タイムテーブルをご確認いただき、観覧希望のアーティストの出演日時の枠の飲食スペースA[ライブ観覧エリア]のチケットの取得をお願い致します。その際、注意事項を必ずご確認ください。

ニューシングル「夢空」

2020年9月19日(土)配信リリース
https://www.tunecore.co.jp/artist/YAASUU.KN4

◆YAASUUオフィシャルサイト
◆はいさいFESTA2020オフィシャルサイト
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