【ライブレポート】矢井田 瞳、20th『ヤイコの日』ライブに「何かもう感無量です」

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8月に行なわれた<矢井田 瞳 20th Anniversary『ヤイコの日』>は配信のみだったのに対して、今回の<20th Anniversary Release Live『Sharing』>は有観客&生配信のスタイルが取られた。様々なイベントにおいて徐々に規制緩和が進んでいるものの、ライブコンサートに関しては、マスク着用、観客同士の適切な距離の確保をマストとして、大声の歓声等が想定されるものは観客の入場者数が会場の収容率50%以内というのが国のガイドライン。我々が慣れ親しんできたライブハウスの光景とは随分とかけ離れた状況ではある。とりわけシンガロングできず、コール&レスポンスができないというのは、ロック、ポップス系のコンサートにとっては致命的とも思われる。将棋に例えると、飛車角落ちと言ったところだ。

しかも、矢井田 瞳が10月14日にリリースした通算11枚目となるニューアルバムのタイトルは『Sharing』である。“分かち合い”“共有”、さらには“分担”などの意味がある。もちろんこのタイトルがライブコンサートだけを想定したものではないことは重々承知だが、矢井田 瞳はそれこそ20年前のデビュー時には海外でもライブを行ない、何度もドーム公演を開催してきた生粋のライブアーティストである。それ故に、『Sharing』にはコンサート会場での観客との一体感も含まれていることを想起してしまう。収録曲も…特に「あなたのSTORY」「はだしのダイアリー」「きっとJust fine」あたりは、過去の代表曲と比べてもとても親しみやすいメロディとサウンドを有した楽曲であって、オーディエンスと共に歌い上げたら、それはそれは感動的なものとなることは想像するに難くない。ないものねだりであることは分かっていても、今年何度も口にした罵詈がまた頭に浮かぶ。「コロナのバカーッ!」である。


そんな状況下で催された本公演。会場内のオーディエンスに対してはもちろんのこと、モニター越しに配信された映像を見ている人たちに向けて、自らに音楽を届けようと果敢に立ち向かうヤイコとバンドメンバー4人の姿がとにかく印象的であった。オープニングは新作『Sharing』にも収録された「いつまでも続くブルー」のバンドバージョン。派手さはないが、丁寧にバンドの音を構築していく。その抑制の効いたアンサンブルのまま「I’m here saying nothing」、そして「Buzzstyle」へと徐々にギアをアップ。特にギタープレイが確実に熱を帯びてきたあと、ポップかつ疾走感溢れる「Dizzy Dive」へと繋がるという流れは、ライブ感溢れるものであったように思う。ロングスカートを揺らしながら踊るヤイコの笑顔もキラキラしている。


ここで最初のMC。やはり、久々の有観客ライブとあって彼女もさすがに興奮気味のご様子で、胸に手を当てて落ち着こうとする仕草を見せていたものの、「うれしいなぁ」「やっと会えたね」と何度も喜びを口にする。そして、早くもメンバー紹介。ここで若干台詞を噛んでしまったのも興奮によるところでもあっただろうが、それがライブらしくも思えたし、何よりもいい緊張感を持ってこの日に臨んでいることが確認できた。西川進(G)、FIRE(B)、水野雅昭(Dr)、鶴谷崇(Key)。『ヤイコの日』でも同じメンバーでプレイしているし、アルバム『Sharing』のレコーディングにも参加している面々である。紹介のあと、ヤイコは「最後まで熱い夜にしようね」と語り掛けたが、“熱い夜”を演出する上でなくてはならない、極上のメンバーである。

『Sharing』収録曲で関西限定シングルとなった「ネオンの朝」もまた、バンドサウンド自体に突出した派手さがあるわけではないけれども、キレのいいビートやベースのうねりが名脇役的に歌を支える。「未完成のメロディ」も同様。イントロからシンセやギターも(間奏、アウトロを除いて)激しく自己主張するわけではないが、その落ち着いた旋律と音色はこの楽曲の世界観にとって極めて重要だ。続く「MOON」ではヤイコがアコギを抱え、その響きと歌をバンドサウンドに乗せた。ちなみにこの日は満月で、まさしく「いつもより 月が大きい」という日。配信のモニターにもブルームーンが浮かぶ。エレキギターに持ち替えて、軽快なリズムのポップチューン「Chapter02」が演奏されたあとは、早くも代表曲中の代表曲、「My Sweet Darlin’」を披露。ここで「Darlin’ Darlin’」が飛び出すというのは、ライブのクライマックスを何パターンも用意できることの証左に他ならない。縦横無尽にセットリストを組めるというのは、これはもう20年もの間、音楽シーンのメインストリームを突っ走って来たトップアーティストの貫禄と言ってよかろう。

その「My Sweet Darlin’」のあとで、暗転して「Over The Distance」へ移るという流れも、まさに貫禄の成せる業であっただろう。キラーチューンで盛り上げたあとでMCへ移るのは簡単だが、彼女はそれを選択しなかった。そこには時節柄オーディエンスをヒートアップさせ過ぎないという配慮もあったかもしれないが、それにしても、単にクールダウンさせるのではなく、初期から大切に歌われてきたバラードナンバーを持って来てライブ全体の熱量を下げないという意図があったのではないか。これもまた20年選手の貫禄であり、先に述べたライブアーティストならでの強靭さの表れだったと言える。


続く、「fast car」と「かまってちゃん。」は、ヤイコの歌と西川進のギターというアコースティックスタイルでの演奏。「fast car」はYouTubeの配信でこの日のライブで聴きたい楽曲を募ったところ、寄せられた多くのリクエストの中から、そのタイトルを見てヤイコ本人がピピピと来たというTracy Chapmanのカヴァー曲。「かまってちゃん。」は、『Sharing』に収められた楽曲で、アルバム収録曲のタイトルを事前に発表した際、ファンの間で「何このタイトル?」とバズッたというナンバーである。共にヤイコのポップで可愛らしい面がよく出ており、バンドとは別のサウンドを聴かせることで、矢井田 瞳というアーティストの持つ奥行きのようなものがより深く感じられるセクションではあったと思う。そこから、これもまたアルバム『Sharing』収録曲で、昨年来、共にライブを重ねてきた高高-takataka-のカバー曲「It’s too late?」を、バンドメンバー全員を迎えて披露するという流れも良かった。先の「My Sweet Darlin’」から「Over The Distance」の流れとは逆で、クライマックスを迎えるための空気感がここから徐々に作られていった。

それからは圧巻のバンドサウンドが全開へ。鶴谷の弾く教会音楽かのような神秘的な鍵盤と、西川がかき鳴らすノイジーなエレキギターが合わさったイントロが、一瞬“プログレか?”と思うほどにスリリングな「B’coz I Love You」は、楽曲が進むに従って、水野の食い気味のドラミングに、その上を行くような突っ走るFIREのベースラインが絡んで、何とも形容し難い疾走感を孕んでいく。ドラムのキレッキレのビートとグイグイと迫るベースのうねりは、続く「アンダンテ」「ママとテディ」でさらにヒートアップ。誰が指示するまでもなく、椅子に座っていたオーディエンスも自然とその場に立ち上り、腕を振り上げる。キーボードを弾きながらも、時折、ステージ上や客席を見渡す鶴谷は笑顔を見せている。彼はバンドリーダーとして、その充実した演奏と、それを見て歓声を上げないまでも満足気な観客の雰囲気を見て、感じるものがあったのだろう。これぞ、まさしくクライマックス。演奏後のMCで「何かもう感無量です」と笑顔のヤイコ。そう思わず口にしてしまったことにも充分にうなずけるほどに、素晴らしいプレイとテンションであった。

本編の最後に演奏された「あなたのSTORY」のバンドバージョンの前、ヤイコはMCでこんなことを語った。「皆さんが発してくれているエネルギーやラブのパワーが会場中に渦巻いていて、めっちゃ受け取ってます!本当にありがとうございました。配信も見てくれてありがとう」。そう。シンガロングやコール&レスポンスがなくとも、そこに生身の観客が居てくれるだけで、また、この日の多くの視聴者から生コメントも寄せられていたが、多くの信頼できるファンがモニター越しに見守ってくれていると感じるだけで、彼女に限らず、多くのアーティストはソウルやスピリッツを受け取って力を出せるのだ。図らずも「あなたのSTORY」が、新型コロナウイルス感染症に立ち向かうすべての人たちを歌の力で応援するプロジェクトとのコラボレーションによって制作された楽曲であったことと同様である。その意味でも、アルバム『Sharing』でもラストにボーナストラックとして収められているナンバーである「あなたのSTORY」は、今、彼女のコンサートの締め括りにこの上なく相応しいナンバーであったことは間違いない。

アンコールは、モータウンビートもあしらわれた軽快でリズミカルな「きっとJust fine」と、柔らかくも力強くしっかりとしたメロディラインを持つ「はだしのダイアリー」という新作『Sharing』収録曲で、これもまた代表曲のひとつ「Look Back Again」を挟むというセットリスト。ここでまた新旧の楽曲を織り交ぜた構成というのも、20周年記念と新作リリース記念を合わせたライブならではといったところだったであろうか。


2020年発表の最新楽曲と、2001年リリースの4thシングルを、最後の最後に来て並列に置くことができるのは、何度も言うように、これもまた20年選手だけが叶えられる特権だろう。「また会おうね。その時はどうか笑顔で会えますように」…「はだしのダイアリー」を歌う前にそう語ったヤイコ。コロナ禍の終息も見通せず、ライブイベントもその方向性も見定めることが出来ない状況が続く。しばらく、フルスペックのライブコンサートの開催は難しいかもしれないが、この日のように、演者と観客とが気を交わし合うことが出来る空間を重ねていけば、未来は決して暗いままではないし、わりとすぐに見えてくるような気がする。そんな希望の光を感じさせる一夜だった。

文◎帆苅智之

<矢井田 瞳 20th Anniversary Release Live『Sharing』>

2020年10月31日(土)
開場:17:00/開演:18:00(サイトオープン:17:30/配信開始:18:00)
【会場】Zepp DiverCity TOKYO
【バンドメンバー】ギター西川 進・ベースFIRE・ドラム水野 雅昭・キーボード鶴谷 崇
1.いつまでも続くブルー
2.I'm here saying nothing
3.Buzzstyle
4.Dizzy Dive
5.ネオンの朝
6.未完成のメロディ
7.MOON
8.Chapter02
9.My Sweet Darlin'
10.Over The Distance
11.fast car
12.かまってちゃん。
13.It's too late?
14.B'coz I Love You
15.アンダンテ
16.ママとテディ
17.あなたのSTORY
EN1.きっとJust fine
EN2.Look Back Again
EN3.はだしのダイアリー

【配信】Thumva:https://thumva.com/events/cU0HpLcu4wMx8iP
【アーカイブ配信】2020年11月1日(日)10:00~2020年11月9日(月)23:59
【視聴チケット】3,500円(税込)
【視聴チケット販売期間】2020年11月8日(日)21:00まで
〈販売プレイガイド〉
TICKET DELI http://ticket.deli-a.jp/

◆矢井田 瞳 オフィシャルサイト
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