【コラム】アンドレア・ボチェッリ、世界中を“愛”と“祈り”の歌で魅了し続ける奇跡のテノール

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今からちょうど30年前にあたる1990年7月のワールドカップ決勝戦前日、サッカー好きな3人の世界的オペラ歌手がローマで競演した夢のステージ<三大テノール・コンサート>は54カ国で放送され、全世界でおよそ8億の人々がテレビを通じて視聴、後日CDで発売されたライヴ録音も空前の売り上げを記録する。そしてこの頃から、コンピレーション盤『アダージョ・カラヤン』の成功や「ピアソラ・ブーム」などに代表されるように“クラシック”からも、従来のマニアなファン層を超えて広く人気を獲得する大ヒット作が生まれるようになった。そんなシーンを象徴するアーティストとして、CD市場の最盛期に登場したのがイタリア人テノール歌手、アンドレア・ボチェッリである。

ボチェッリは1958年9月22日、トスカーナ地方ピサ県の田舎町の生まれ。先天的に視力が弱く、12歳の時の事故で完全に失明してしまうが、家族を始めとする周囲の人々の励ましによって地元の大学の法学部に進み、卒業後は弁護士として研修を積む。その一方で幼い頃から音楽の才能にも恵まれ、ナイトクラブで弾き語りをしつつ、本格的な声楽のレッスンを受けるなどしてずっと夢を追いかけていた。

そんな彼にチャンスが訪れたのは1992年のこと。イタリアのロック・シンガー、ズッケロがU2のボノとの共作曲「ミゼレーレ」を、三大テノールのひとりルチアーノ・パヴァロッティとデュエットでレコーディングする企画で、無名のボチェッリをデモ・テープ用の歌手に起用したのだ。その歌唱を聴いて感動したパヴァロッティの後押しもあって、ボッチェリはズッケロのコンサート・ツアーに参加し、ステージではソロ歌唱も披露。それがきっかけとなってサンレモ音楽祭へ出場し、予選をトップで通過。1994年本選の新人部門で見事に優勝を果たした。

そこからアルバム・デビューへと繋がり、1995年の同音楽祭には前年度の優勝者として招待され、ここで「Con Te Partiro(君と旅立とう)」を歌って絶賛される。そして、この曲に惚れ込んだ英国のソプラノ歌手サラ・ブライトマンがデュエットを申し出て、曲名及び歌詞の一部をイタリア語から英語の「Time To Say Goodbye(タイム・トゥ・セイ・グッバイ)」に変更して発売。これが欧州全土で爆発的なセールスを記録し、後に全世界で1200万枚以上を売り上げるメガヒット曲となって、一気にスター歌手の座へと駆け上がって行ったのは、今さら説明するまでもないだろう。


2019年は、自身の体験を「アモス」という名の主人公の少年に投影した、自伝的小説を原作とする映画『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』が日本でも公開されて話題を呼んだ。当時のインタビューでも「僕の人生の多くは、ありがたいことに“神の思し召し”によって成り立っている」と語っていたように、ボチェッリは熱心なカトリック信者。現在までに2,000万枚の売上を記録している1997年のインターナショナル・デビュー・アルバム『ロマンツァ』以来、オペラ・アリアからポップス曲まで幅広いジャンルに跨がって“愛の歌”をとりあげてきたが、1999年リリースの『セイクリッド・アリアズ-アヴェ・マリア』(※これまでに最も商業的に成功したクラシック・アルバム)に収録されているような宗教曲も、彼にとっては重要なレパートリーのひとつだ。

2020年4月12日(日本時間13日午前2時)のイースター・サンデーに、コロナ禍で都市封鎖中のミラノの歴史的建造物・大聖堂ドゥオーモで開催された無観客コンサート<MUSIC FOR HOPE(希望の音楽)>でも、「フランク:天使のパン」に始まり、「J.S.バッハ/グノー:アヴェ・マリア」「マスカーニ:聖なるマリアよ」「ロッシーニ:主なる神~《小ミサ・ソレムニス》より」「アメイジング・グレイス(伝承曲)」と、祈りの歌を5曲披露して、音楽パフォーマンスとしては史上最多、クラシックもののライヴ配信としてもYouTube史上最多の同時視聴者数を記録した。


そんなボチェッリの最新アルバムのタイトルは『Believe~愛だけを信じて』。ライナーノーツによると本作のコンセプトは「信仰」と「希望」そして「慈愛」。各国で大勢が苦しい状況に置かれている現在において、音楽を通じて人々に安らぎを与えたいという想いが込められている。そのため単なるラヴ・ソングのような類いの楽曲はなく、全体的に敬虔な雰囲気に包まれているのが特徴。クラシックの作曲家による宗教作品にまじって、ラテン語の典礼文にボチェリが曲を書いたオリジナルの「アヴェ・マリア」があるのも聴き所だ。


「アルバムのアイデアはロックダウン中に思いつきました。レパートリーや選曲などについては、その期間中に私たちがみな経験した心境が反映されています。収録曲は宗教歌、または少なくとも人々の魂の理性とリンクしている歌ばかりです。魂の理性を思い起こさせる精神的、神秘的なものを、私たちはいまだかつてないほどに必要としています。信仰、希望、そして慈愛という3つの言葉には支えが必要で、それが無ければ存在し得ない。そしてその支えというのは、信じる(believe)という言葉に集約されます。つまり、私たちは自らが行い、考え、追い求めているものを信じる必要があるということです。他人を思いやりたいと感じるなら、その行いに深い信念をもって行う必要があります。希望を持ちたいと願うなら、より良い未来を信じる必要があります。そして信仰というのは非常に優れた信条でもあるのです」──アンドレア・ボチェッリ


日本時間の12月13日(日)には配信コンサート<Believe in Christmas>を開催。シルク・ド・ソレイユを大成功に導いたことで知られる世界的演出家フランコ・ドラゴーヌによるディレクションで、会場となったパルマ王立劇場には『Believe~愛だけを信じて』でもデュエットを2曲収録している現代最高峰のメゾ・ソプラノDIVAチェチーリア・バルトリら豪華ゲストも登場。8歳になった娘のヴァージニアちゃんと、カナダの生んだ偉大な詩人でシンガー・ソングライターであるレナード・コーエンの「ハレルヤ」(※ニュー・アルバムにはソロで歌唱で収録)をギターの弾き語りで一緒に歌うなど、クリスマスにふさわしい心温まるイベントとして成功させた。


デビューから25年余りの間に、音楽記録メディアとしてCDはネットによるファイル販売と定額聴き放題サービスに取って代わられ、今日では人々のリスニング環境も多様化したが…「重要なのは、人々が音楽を聴く機会を得ることです。そして、日々改善されている音質のレベルで音楽を楽しめるならなお良いでしょう。今日であればそれは可能です。これは私がこれまで何度も繰り返し今後も言い続けることですが、レコーディングと視聴体験のクオリティというのは非常に重要です。音質などの差を一見判別できないことなどもありますが、無意識のうちには気づくことができると考えています。そしてそのクオリティが高いか低いかによって、無意識のうちに異なる感情を生み出しているのです。mp3のような低音質のものを聴いていては、高音質の音楽を聴いた際に生まれるような感情を持つことはできません。現在は96khz、24bitという高い音質で音楽を聴くことができます。どのデバイスで音楽を聴くかはさして重要ではありません。大切なのは、音楽を創り、聴くうえで基本的なことは高いクオリティだということです」と、ボッチェリ本人は至って前向き。これからも世界中を“愛”と“祈り”の歌で魅了し続けることだろう。

取材・文(構成)東端哲也


アンドレア・ボチェッリ『Believe~愛だけを信じて』

2020年11月18日発売
SHM-CD UCCS-1292 \3,300(tax in)
1.ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン
2.ブラザー・サン、シスター・ムーン
3.ハレルヤ
4.ピアニッシモ(w/ チェチーリア・バルトリ)
5.アメイジング・グレイス(w/ アリソン・クラウス)
6.祈り(トスティ)
7.グラティア・プレナ(映画『FATIMA』より)
8.ラシーヌ讃歌(フォーレ)
9.インノ・スッスラート ※エンニオ・モリコーネの未発表曲
10.アルビノーニのアダージョ
11.アイ・ビリーヴ(w/ チェチーリア・バルトリ)
12.アヴェ・マリア
13.神の天使(プッチーニ)
14.神の仔羊
15.夜も昼も ※ボーナス・トラック
16.ミラ・イル・トゥオ・ポポロ ※ボーナス・トラック
17.アメイジング・グレイス(ソロ・バージョン)※「Music for Hope」より ※ボーナス・トラック

◆アンドレア・ボチェッリ・オフィシャルサイト
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