【特別対談】森川美穂 x 瀬尾一三、ノスタルジーと成熟とを掛け合わせたヴィンテージ感あふれる美しいバラード

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それは再会というよりも、新たな出会いと呼んでいいかもしれない。昨年デビュー35周年を迎え、さらに精力的な活動を続けるシンガー・森川美穂。50年を超える作・編曲家のキャリアの中で数々の名曲を生み出してきた音楽界のレジェンド・瀬尾一三。1985年、森川美穂のデビュー曲「教室」を作り上げた二人が、36年振りに手を組んだ新曲「いつかは昔のことになる」は、ノスタルジーと成熟とを掛け合わせたヴィンテージ感あふれる美しいバラード。楽曲への思い、出会いのメモリー、現在の活動、そして理想の終幕に至るまで、明るく力強く語り合う、音楽家同士の自由な言葉のセッション。ぜひ受け取ってほしい。

■初めにいただいたデモでは当然ちゃんと大人の声になっていました
■デビューの頃はアイドル枠でちょっとかわいそうかなと思っていたから
(瀬尾一三)


――お二人が、こういう形でお話するのは…。

森川美穂:初めてじゃないですか?

瀬尾一三:初めてです。

森川:だって私、まだ十代でしたし。最初に瀬尾さんとお会いした時は、高校生でした。

瀬尾:21歳離れているので。あれは1985年で、僕が37、8だから、話が合うわけがない。

森川:共通の話題がない(笑)。

瀬尾:しかも、彼女にとって、初めての現場(スタジオ)じゃないですか。「このおじさんたち、何してるんだろう?」みたいな感じだったと思う(笑)。だから、ちゃんとお話しするのは今日が初めてです。

森川:そうなんです。ただ、私、一つだけ覚えているのは、「姫様ズーム・イン」(1986年)という曲があるんですけど、ちあき哲也さんが書いてくださった歌詞に“Shira Yuki姫はじめ”という一節があって、意味がわからなかったので、瀬尾さんに「これ、どういう意味ですか?」って聞いたんです。そしたら「家に帰って調べろ」と言われた(笑)。「えー、なんで教えてくれないんだろう」と思った記憶はあります。

瀬尾:あの歌詞はすごいですよ。びっくりした。しかもあれ、コマーシャルだった。

森川:そうです。

瀬尾:よくあれでOKになったよね(笑)。それも、十代の子に歌わせて。すごい冒険だと思うよ。


――いきなり、キャッチーなエピソードが出ましたね(笑)。今日は新曲のお話と、35年前の思い出と、二本立てでお聞きしたいと思います。まずは新曲「いつかは昔のことになる」ですけれど、36年前のデビュー曲「教室」と同じ、作曲:コモリタミノル、編曲:瀬尾一三のお二人が揃ったこの曲、どんな経緯で実現したのか、森川さんから紹介してもらえますか。

森川:まずコモリタさんとは、以前からフェイスブックを通じてお友達になっていたんです。昔と比べて、いい時代になったなと思うことの一つとして、SNSを通じてお世話になっていた方たちと再会することができる。そういう形でちょっと前から知りあっていました。それで、私はここ5年くらい毎年アルバムをリリースさせていただいているんですけど、その活動について、ある日コモリタさんからメッセージをいただいたんです。「美穂さんを見ていると、自分も頑張らなきゃいけないと思う」って。作家って、今はすごく苦しい時代だと思うんですね。音楽が無料で聴けてしまう時代の中で、作家のみなさんは、自分たちの価値を失っているような気持ちになってしまっている。だから私が精力的に活動しているのを見ていると、「いつも励まされるんだよね」というメッセージをもらって、「今だ!」と思って、「じゃあ私に曲を書いてください!」とお願いしたんです。

――タイミングがぴったり合った。

森川:それからプロデューサーに「こういう楽曲があるんだけど」という話をして、デビュー曲の「教室」がコモリタさんの作曲で、瀬尾さんのアレンジだったから、「瀬尾さんに、ダメ元で一回聞いてみる?」ということになり。そしたらOKの返事をいただいて、「嘘でしょ?」と思いました。だって瀬尾さん、すごくお忙しいし、ずっとプロデューサーのお仕事がメインで、アレンジャーとして1曲だけやることを引き受けてくださるのか、わからなかったので。

瀬尾:でもね、僕は、去年だったかな、あなたのスタッフに頼まれて、何か書いたことがあったんですよ。

森川:そうそう! そうでした(※2020年7月25日、森川美穂Zoomトークライブにて、瀬尾一三がコメントを寄せた)。

瀬尾:その中に「大人の君とまた仕事したいよね」ということを書いていたはずなんです。依頼が来た時には、僕はそれの答えだと思ったんですよ。だから何の違和感もなく、「あ、やるんだね」という感じだった。

森川:でも業界の人って、「一緒にやろう」と言っておいて、実現しないことが多いじゃないですか(笑)。しかも瀬尾さんのキャリアも含めて、あの頃とは全然違うステージにいらっしゃるし、「お願いしまーす」とか、能天気には言えないという気持ちがありましたから。「ああいうふうに書いてくださったけど、難しいかもね」という感じで、あらためてお願いしたんです。引き受けてくださって、本当にありがたかったです。うれしいです。

――瀬尾さんが、森川さんの歌声を聴かれるのは、久々ですよね。

瀬尾:そうです。初めにデモをいただいたんですけど、それは当然、ちゃんと大人の声になっていました。デビューの時から歌は上手だったけど、デビューする時代がちょっと早かったのかな?と思いますね。85年デビューだから、当時は歌手というよりはアイドルとして出なきゃいけない部分があった。彼女は歌唱力がすごいのに、そこを注目されるんじゃなくて、世の中のアイドル枠に入れられてしまって、ちょっとかわいそうかなと思っていたから。

森川:今、「ちゃんと大人の声になっていました」って、たぶん初めてそういうふうに言われました。みなさんだいたい、「全然変わりませんね」と言ってくださるんだけど、「いや、変わっとるわい!」って(笑)。だから、うれしいですね。

瀬尾:実はね、今日来る前に、「教室」と新曲を聴き比べてきたの。

森川:えー、そうなんですか。

瀬尾:年を取ると「劣化」だとか、嫌な言葉だけど、そういうふうに言うじゃないですか。でも、それまでにいろんな人生経験や、いろんな歌を歌ってきたことが、声で表現する人は声に出てくる。新曲を聴いた時に、「今までいろんなことをやってきたんだな」というものが感じられて、それが歌う人の魅力になる。昔を懐かしがる方もいるでしょうけど、いつまでも16歳でキャピキャピしてられねぇよ!って。

森川:確かに(笑)。

瀬尾:聴いている人たちは、昔の写真を見ているようなもので、「あの時のあの人が今はこうなってしまった」 と思うのかもしれないけど、実はそこにはちゃんと成長がある。全員がそうなるとは限りませんけど、あなたの場合は、ちゃんと良い歌い手になっているなと思いました。声も艶っぽいし、感情の出し方も、バン!と表に出すのではない、そういうやり方もわかっているから、テクニック的にも声質的にも、とても良くなっていると思います。

森川:うれしいです。

瀬尾:別に、提灯持っておだてているわけじゃないですよ。今日来る前にどっちも聴いてきて、それを確認しました。


――森川さんは、新曲の瀬尾さんのアレンジを聴いた時に、どんなことを思いましたか。

瀬尾:いいんだよ、好きなこと言って。

森川:さっきも別室で話していたんですけど、瀬尾さんのアレンジはストリングスがすごく魅力的で、私もストリングスの音色が大好きなので、聴いた時には「来た来た!」と思いました。それの音が、たとえばサビ前とかに入ることで、歌い手を高揚させてくれるんですよ。

瀬尾:長年やっているので、アーティストに後ろから蹴りを入れるというか(笑)。「ここからは、行き切っても構わない」みたいな、そういうサジェスチョンを音に入れたりはしますね。言葉では言いませんけど、聴いて、感じてくれればいいかなと思います。

森川:いつも、アレンジが終わって、オケができて、最後に歌入れをするんですけど、そこで、作家さんが作った元々のデモテープと全然違っちゃう作品がたまにあるんですよ。「なんでこの曲がこんなになっちゃったの?」って。

瀬尾:ふふっ。

森川:そういうことって実は何回もあるんです。だからアレンジはすごく難しい仕事だと思っていて、今瀬尾さんがおっしゃったように、歌い手の背中を押すことや、イントロをどれだけ印象付けるか?とか、どこに勝負を持ってくるか?とか、そこはアレンジャーのお仕事で、それが曲とハマっていない時もあるんです。でもね、今回は、「私は何も考えなくていいわ」と思いました。オケの中に身をゆだねて、そこで自分の気持ちが動いた時に、「あ、ここで歌えばいいんだ」という、何て言うんでしょうね、「こっちだよ」と言ってくれている、そんなふうに感じました。

瀬尾:ありがとうございます。

森川:歌い手は、そういうことを敏感に感じるんです。

瀬尾:一般のリスナーにとっては、あまり関係のないことなんですけど、ほんのちょっとしたことで、ドラム一発でも、ピアノの一音でも、その音色と強さによって、次に発声するものが違ってくる。そういうことは、僕はすごく考えます。ミュージシャンのほうも、彼女が歌ってくれた仮歌を聴きながらやっていて、それによって「こう行かなきゃ」って動かされる部分もあるので、それはお互い様なんです。そのへんが丁々発止でうまく噛み合えばいいんですけど、彼女が言ったみたいに、「はあ?」というものもあるだろうし、こっちから言わせれば、「何でこういうふうに歌うの?」ということもある。

森川:そうですよね(笑)。

瀬尾:僕が、オケを作って渡す時に一番心配なのは、無言の愛を感じてくれるかどうか。だってそんなの、いちいち「ここはこうで」なんて書かないから。音楽というのは、聴いて感じるものなので、それで出来上がって、聴いて、「ああ、ちゃんと感じ取ってくれた」と思う、そのやりとりができる人とは、やっていて楽しいです。

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