【インタビュー】ヒグチアイの本質

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鍵盤を弾き語り、その旋律に、その表現に生き様や激情を映し、1曲で劇的で情緒あふれる音楽を紡ぐシンガーソングライター、ヒグチアイ。

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デビュー5周年に突入し、2020年にベストアルバム『樋口愛』をリリースしたヒグチアイの最新作「縁」は、裏打ちのビートが冴え、カントリー調のバンジョーやフィドルが華やかに舞う、軽やかで高揚感のある1曲となった。さまざまな感情を背負う、ヒリヒリとしたアルトボイスは今回、普遍の物語を柔らかに語るストーリーテラーのように響く。ふわりと風に乗るようなタッチで、日々や思いの隙間に入り込んで、何気なくかけがえのないものに気づかせてくれるような、そんな曲だ。

この「縁」は、4月9日スタートのテレビ東京系ドラマ24『生きるとか死ぬとか父親とか』(原作:ジェーン・スー)のエンディングテーマとして書き下ろされた。この新たなヒグチアイ像を広げる1曲はどのように生み出されたのか。また初の舞台、シンフォニー音楽劇『蜜蜂と遠雷〜ひかりを聴け〜』への出演など、表現の可能性を広げている現在についてもじっくりと話を聞いた。

  ◆  ◆  ◆

■“親がいて自分がいる”という事実だけを知ってもらいたい、という曲にしました。

──新曲「縁」は、ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』に書き下ろされた曲ですが、エンディングテーマ曲としてどのように作り上げていった曲ですか。

ヒグチアイ:原作がある作品だったので、まずはそれを読み進めていって曲を書くという方法でした。普段はあまり何かを観てとか、何かを読んで曲を書くことはなかったんですが、今回は本をしっかり読みました。普段は、「ここから何が曲に使えるか」って思いながら本を読むことはしないし、読んでいてたまたま何か見つかったらラッキーという感じです。「このなかから、絶対に何かを取り出さないといけない」って思いながら読むと、いつもならあまり気にならない言葉が気になることがわかりました。

──原作では父と娘のいろんなエピソードが描かれています。そこから自分がどんな目線で、何を拾うのかで曲も変わっていきそうですね。

ヒグチアイ:そうですね。いちばん好きだったのが、“家族というのは縄みたいなものだ”というで。愛情が深ければ深いほど憎しみも増えていくし、それが縄のように撚り合わさっていると。その愛と憎でできた縄が、撚り合ってどんどん強いものになっていく。それが太ければ太いほど、強い縄になるみたいな話が最後に書かれていたんです。愛憎があってもその縄がつながっていられるのって、血のつながりがあるからだと思うんです。

──その愛と憎とが撚り合っているという感覚は、ご自身でも感じるものはあったんですね。

ヒグチアイ:そうですね、私は家族以外に感じたことはないです。血のつながりってあまり気にしていなかったんですよね。家族だからって好きにならなくてもいいし、他人なんだっていう感覚でいました。確かに、そこからは逃れられないし、自分の親がいたから生まれたという事実は一生のものだから、それを無視しながら生きる方が大変なんじゃないかなとは思いましたね。

──普遍的な大きなテーマでもあると思いますが、実際に原作を読んで感じたものを言葉として構築していく難しさ、歌詞・歌として描く難しさはありましたか。

ヒグチアイ:はい、でも理解できることというか。親に対して許せる、許せないみたいなことが自分にもあったので、そこをメインに書けばいいのかなって。やっぱり、自分がわかることしか書けないんですよね。私はジェーン・スーさんのような自由奔放なお父さんを持ったことがないですけど(笑)、それでもわかることを抽出して書いたら、こういう曲になりました。


──きっと聴く人それぞれの感情や関係性でさまざまに解釈できる曲だろうなという、余白や余韻というものを感じる曲でした。

ヒグチアイ:そういうふうになったらいいなと思っていました。“だから親は大切なんだよ”みたいなことを言うのって、おこがましいと思っていて。それは聴いた方が決めればいいことなんですよね。私は、“親がいて自分がいる”という事実だけがあるということを伝えたくて。そこから、だから大切にしなきゃいけないんだなって思えば、そうすればいいし。それでも嫌いなんだって思えば、それでいい。なんでもいいんだけど、親がいて自分がいるという事実だけを知ってもらいたい、という曲にしました。

──これまでの楽曲でも、そういった余白や聴き手に相手に委ねるという感覚は大事にしていましたか。

ヒグチアイ:大事にしています。答えはその人が決めてくれというか。“こうしたほうがいい”と言い切るような曲は強いなと思いますけど、そういうふうに言えるということは、反対意見に対しても何かを言える責任がないと、と思うんです。私は、「いや、でもそれもわかるし。これもわかるけどな」っていう、どっちの気持ちも救いたいと思って、隙を作っておくしかない手法になってしまって。断定的に書けないというのは、自分の弱さでもあるんです。でも、そこが自分らしさになってきているのは、一貫して自分が変わらないからだろうなとは最近になって気づきました。

──曲を書きはじめた頃って、それこそ自分の思いを何とかして伝えようと、ある種視野が狭まってしまうようなこともありそうですよね。

ヒグチアイ:そうしなきゃいけないのかなって思ってました。でも、段々とそんなことないなと思えてきたというか。その曲ですべてが終わることはないし、その人の人生が終わることはないし。続いていくものなのに、そこで断定してしまうことで視野が狭くなることはたくさんありますよね。逆に、人生は選択肢がありすぎてしんどいこともどんどん増えていくんですよね。それを自分のなかで少しずつ、こうかもしれないなっていう大まかな方向性だけを決めて、そのなかから選んでいく……選んでいくことを続けていくほうが、生きやすいなと思ったので。自分の音楽を聴く人も、これだと決められるよりも、たくさんあるなかからこうしてみよう、ああしてみようという選び方をする人が聴いているのかなって思っています。

──昨年はメジャーデビュー5周年を迎えて、ベストアルバム『樋口愛』をリリースしましたが、節目というタイミングで自分の音楽や曲の変遷を考えたり、こう変わってきたなと感じるようなことってありましたか。

ヒグチアイ:意外と変わっていないんですよね(笑)。あまり変われなかったです。ちょっとずつ例えば、チケット代が上がっていたりとか、お客さんが増えたり、Twitterのフォロワーが増えたりとかはありますけど。

──目に見える部分の変化はわかりやすいですね。

ヒグチアイ:だからと言って、自分が何かになれているわけではなくて。ライブ前に鏡の前に立ったときに、「お前こんなところでなにしてるんだよ」って思うことがあって(笑)。そんな人間じゃないのに、どうしたの?みたいなことを思いながら、ステージに出たりしているので、あまり変わっていないんですよね。

──今なお怖さ、不安さがある。

ヒグチアイ:めちゃくちゃあります。嫌ですね。それがなくなる日が来ることを願っていますけど、そんな日は絶対にこないこともわかってる。


──そうなんですね。でもここまで重ねてきたものがあるからこそ、今回の「縁」では極くシンプルな言葉で紡がれていますが、紐解いていくととても奥深い味わいがあって。聴いていて、何か引き出される感情や記憶がたくさんある、そういう曲になっているなと思います。

ヒグチアイ:嬉しいです。今回は、シンプルな言葉にしました。ただ、これまであまりタイアップでの曲を書いたことがなかったので、何が必要とされているのかがわからないというのと、私に興味がない人も聴く可能性があることを思うと、ひとつの言葉についてそこまで考えてくれるのかなとか、やっぱり聞き馴染みのある言葉を使ったほうがいいんじゃないかって悩みました。今回は挑戦的な気持ちで、簡単な言葉を使っています。

──普段の曲作りよりも、試行錯誤を重ねた曲でもあるんですか?

ヒグチアイ:ああ……でも今回は普段とはちがうところに脳みそがあるというか、原作に脳みそがある曲なので、そこはいつもとは違いましたね。書くのは簡単ではないですけど、自分の頭から出さなくていいという意味では楽でした。もともと言葉が決まっているわけじゃないですか。普段は私の頭にあるのは決まっていない言葉で、それを決めるのも自分だから、それが結構しんどかったりするんですけど。今回はもともと誰かの言葉だから、責任はその人にあるというか(笑)。そういう意味では書きやすかったですね。

──ドラマの制作側からは、こんなタッチの曲がいいなどオーダーはあったんですか?

ヒグチアイ:全部で4曲くらい出したのかな? 1コーラス分の曲を4曲出した中で、いちばん明るい曲が選ばれました。


──確かに曲調的にはとても明るいムードですよね。

ヒグチアイ:きっと、ドラマのエンディング曲としてそういう後味にしたかったんだなと思います。ふたつくらい歌詞を変えてほしいと言われたところはありましたね。自分がゼロから作る曲だったら、絶対に変えないだろうというところを言われたりすると、ちょっとカチンとくるんですけど(笑)。ドラマのエンディングテーマで、その方がわかりやすいならそうしたいなと純粋に思いました。そう思えるのも、自分がゼロからの曲ではないからで。ちょっと作家のような気持ちで作ったかもしれません。

──先ほどスタッフの方にうかがったところ、ドラマのエンディング映像が新たな試みがあって、いいものになっているようですね。

ヒグチアイ:実際に映像を観たんですけど、曲調的に楽しそうな雰囲気なのかなって思ったら、ちょっと違ったんですよ(笑)。だから本当にこの曲は、聴く人によってちがった伝わり方をしているんだなっていうのが、すでにわかった感じがして。その映像を観てこの曲を聴くと、簡単な言葉の中にある意味を考えてくれる人が増えるんじゃないかな。すでに映像で意味をつけてもらっているのが、こうしたタイアップ曲ならではだな、と思いました。

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