【インタビュー】尾崎亜美、“迷子から一緒に抜け出せたらいいな”優しさと想像力きらめく『Bon appetit』

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尾崎亜美がデビュー45周年記念アルバム『Bon appetit』を9月15日にリリースする。1976年のデビュー以来、「マイ・ピュア・レディ」「初恋の通り雨」など数々のヒット曲を放ち、ソングライターとしても多くのアーティストに楽曲を提供。杏里の「オリビアを聴きながら」、松田聖子の「天使のウィンク」など、聴き継がれ、歌い継がれる名曲を生み出す彼女の洗練されたポップセンスは“天才的”と評されてきた。“ボナペティ(召し上がれ)”というタイトルが付けられた今作にも書き下ろしの新曲に加え、観月ありさ、宇都宮隆、chay、のんなどに提供したセルフカバーをパッケージ。ボーナストラックには中野区立明和中学校に向けて書いた校歌も収録されている。同時に今作はアニバーサリーアルバムでありながら、一時は音楽の迷子になっていたという尾崎亜美が喪失感を乗り越え、高校生の頃から夢中だった音楽の持つ力を再確認した上で生み出された作品でもある。どんなに忙しくても手料理で食卓を彩ることを忘れない日常を綴ったカラフルなポップチューン「フード ウォーリアー」には松任谷正隆もアコーディオンでゲスト参加。コロナ禍の中、音楽で寄り添えたらという想いで制作したアルバムについて、45周年を迎えた今だからメッセージしたいことについてたっぷり語ってくれた。

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■“迷子から一緒に抜け出せたらいいな”
■想像力を素敵なことに活かして


──デビュー45周年記念アルバム『Bon appetit』はアニバーサリー作品でありつつ、尾崎亜美さんの音楽家としての今や心境がリアルに伝わり、心打たれました。悲しい出来事があったり、コロナの状況だったり、さまざまなことを感じられた上で作り上げた作品だと思いますが、今作に取りかかるまでの心境やキッカケになったことを教えていただけますか?

尾崎亜美(以下尾崎):デビュー45周年は2020年の3月だったので、「パーッと行こうぜ」っていう感じで周りのみなさんが盛り上がってくださっていたんです。それがコロナで動けなくなって、秋ぐらいには事態も収束するだろうと思っていたんですが、そうはならず。ただ、アルバムを作ることは決めていて、心境的にはコロナ以前と以後では曲調だったり、色合い、描いていたアルバムのストーリーが少し変わったかもしれないですね。というのも私たちは音で今、思っていることを描く仕事なので“今、感じていることは何だろう?”っていう問いかけを常にしているんです。そうしたら、自ずとコロナ禍で戦っていること、「腹立つ〜!」って思うこと、「人に会いたい!」と思う気持ち、人に寄り添いたいと思う気持ちが溢れるように出てきたので、トータルでそういうことを感じてもらえるアルバムになっていたら嬉しいです。

──音楽を生み出すことに悩まれた時期もあったそうですが、溢れ出すように出てきたのはいつ頃なんでしょうか?

尾崎:わりと最近ですね。一昨年、母親が亡くなって、自分の生活のリズムや基盤みたいなものがわからなくなって、それに伴って音楽の迷子みたいな状態になっていたんです。

──音楽の迷子というと?

尾崎:当たり前のように音楽という言葉で話してきたのに“そういう才能を誰かに盗られてしまったんだろうか?”“取り上げられてしまったんだろうか?”って。絶望感とはまた違うんですが、恐怖と不安が混ざったような気持ちでした。わりと明るい性格なんですが、どこかにそういう想いを抱えて日々を過ごしていましたね。

──心にポッカリ穴が開いたような。

尾崎:ええ。その翌年にコロナで仕事のキャンセルが相次いだんですが、ふと思ったら周りもそうだなって。“みんなが迷子になっている。一緒にここから抜け出すことができたらいいな”ってだんだん気持ちが変わっていったんです。で、コロナ禍でもできることは何だろう?って、家の小さな音楽室から配信するトライをしたんです。

──コロナ禍が逆に気持ちを奮い立たせてくれたんですね。

尾崎:私の様子を見ていた配偶者の小原礼が「仕事はなくても音楽はある」って言ってくれて「確かにそうだな」って。彼は素晴らしいベーシストで私はキーボーディストで2人とも歌えるので「家でも音楽できるじゃん」って。最初はカヴァー曲を歌ったんですよ。高校生の頃から大好きで元気をもらっていた音楽を再確認したというか、歌うことで自分も幸せになれるけれど、誰かを幸せにしてあげられるかもしれない。音楽にはそういう作用がある!って。

──それで配信を始められたんですね。

尾崎:はい。お友達の渡辺謙さんが歌とフリューゲルで軽井沢からリモートで参加してくれて、3人でカーペンターズの「Close to you」を歌って演奏したり、屋敷豪太さんが京都からリモートでドラムを叩いてくれて、Blood, Sweat & Tearsの「Spinning Wheel」をカヴァーしたりと、「音楽ってやっぱり楽しい!」って感じることから始まって背中を押されたんです。コロナはとっても厄介ですが、だからこそ学べたこともあったので、本当に今、感じていることを歌えるなら歌わなきゃいけないと思いましたね。

──小原礼さんの言葉が尾崎さんを原点に立ち返らせてくれたんですね。

尾崎:そうですね。食いしん坊ですが、すごく役に立ってくれました(笑)。

──尾崎さんがTwitterにアップされているお料理の写真は美味しそうで、いつも、その腕前に驚かされています。

尾崎:ありがとうございます。「美味しい!」って言ってくれる人がいることはすごく幸せなことなのでレコーディングで時間がない時でも、できる限り作るようにしているんです。私には会いたい人がいるし、やりたいことがあるから外食している場合じゃないって。忙しくても「こんなに美味しい料理を作る私って素敵!」って思って、それを元気の糧にしています。

──今、おっしゃってくれた姿勢が4曲目に収録されている「フード ウォーリアー」に繋がっていくんですか?

尾崎:(笑)そうです! 自画像的な曲ですね。

──オシャレなポップチューンで。フードと音楽をコラボさせた曲も生み出してきた(2016年の40周年に食がテーマのコンピレーションアルバム『Recipe for Smile~尾崎亜美デリシャス・セレクション』を発売)尾崎亜美さんならではの発想が素敵です。《想像力を味方に ありふれた食材で お皿に奇跡を起こす》という歌詞が出てきますね。

尾崎:そう、そう。閉ざされた世界ですが、想像力で自分の心を開放してあげることはできると思うんですね。ホントに大変な想いをされている方々もいらっしゃる中、軽々しくは言えないですが、私はお料理で戦っていて、そんな戦い方もいいじゃんって思ったんです。海外に行けなくてもお料理することで行けるもん!って。

──赤いテーブルクロスでブラジルに行こうか、イタリアに行こうかって歌っていらっしゃいますものね。

尾崎:そうでもしないと、この厄介なコロナは乗り越えられない気がしたんです。眉間に皺を寄せて真面目に話すことも大事ですけど、人を攻撃してばかりだと心が変な色になってしまう。それよりも「今日はイタリアだ!」って言って笑っていた方がいい。そんな提案をしてみた曲です。想像力を悪い方向じゃなく素敵なことに活かして生きていこうよって。

▲尾崎亜美/『Bon appetit』

──ちなみに45周年の数字のパンをあしらった美味しそうなジャケット写真も「フード ウォーリアー」からヒントを得たのですか?

尾崎:パンは私が焼いたんですが、フォトジェニックな“45”パンが作りたかったので、3回焼きなおしました。もともと、家族のお誕生日に年齢の数字のパンを作るのは私にとって恒例で母にもずっと焼いていて、亡くなった今でも焼いているんです。それで小原礼が「ジャケットに数字パンっていいんじゃない?」って提案してくれて、「アルバムのタイトルも『Bon appetit』はどうかな?」って。

──“召し上がれ”っていう意味ですよね。

尾崎:ええ。今はなかなかできないですが、私、人におもてなしをするのが大好きなんです。ゲストをお呼びした時には写真付きのお料理のメニューを作るんですが、最後に必ず“Bon appetit”って書いていたんです。「45周年だからって力が入ったタイトルにするんじゃなくて、Amiiパンも作って、みんなに“召し上がれ”っていうアルバムにしたら?」って言ってくれて、こうやって質問に答えていると小原さんはいっぱい役に立っていますね(笑)。

──(笑)。リード曲「メッセージ 〜It's always in me〜」は冒頭で話していただいたことに直結するバラードだと思いますが、この曲も小原さんが尾崎さんがなにげなくお話されていたことを書き留めて冷蔵庫に貼っていらっしゃったことがキッカケで生まれたとか?

尾崎:はい。母の四十九日に当たる日にライブハウスで“ありがとうの会”を催したんですが、関西に住んでいる弟たちが泊まりで来て、その時に私が母について「遠いから星になんか、ならないでほしいんだ。風や花の向こう側にいてほしい」って話したんです。その言葉を小原さんがメモしてくれたんですね。私が京都出身だからなのか“星になんか、ならんでええ”ってなぜか関西弁で(笑)。きっと、しんみりしないように彼なりに書いたんだと思うんですよね。そのメモがずーっと冷蔵庫に貼ってあったんですが、アルバムを作る段階で「これは絶対、作品にしてね」って。そういう経緯があって“星になんかならなくていい”っていう歌詞から始めたんです。自分に起こった出来事を歌う曲をいろんな楽器で飾りたくなかったので、ピアノと歌だけのステディな関係で表現しようって。

──大切な人を亡くした喪失感から時間が動き出し、前を向くまでの過程が描かれていてシンプルなアプローチだから、なおさら泣けてきます。

尾崎:ゴージャスなサウンドにすることによって、いちばん伝えたかったことが薄まることもあるんですよね。そのまんまを聴いていただきたかったのでピアノと歌だけにしました。

──アルバムはこの曲から始めようと決めていたのですか?

尾崎:最初から決めていました。1曲目にして最後は「スケッチブック」(のんの1stアルバム『スーパーヒーローズ』提供曲)にしようって。「メッセージ 〜It's always in me〜」は失くしたものはちゃんと自分の心の中にあるって気づいた歌ですが、「スケッチブック」は自分の中に欠けてしまったパステルの色があるとしても、いつか帰ってくることを信じて歩いていこうって歌っている曲なんです。振り返ると未来のことを想像していたのかな? って思うような共通項があったので、そこからアルバムのストーリーを考えました。

──なるほど。そうだったんですね。

尾崎:腑に落ちました?

──ええ。のんさんに提供されたのが2018年なので、後から尾崎さんはハッとするものがあったのかな?と思っていました。

尾崎:曲を書いたときにすでに不思議なことが起きたんです。私は彼女が絵を描く方だと全然知らなくて、実際にお会いして打ち合わせをしてから書くつもりだったんですが、前日に歌詞が8割ぐらいできてしまったんですね。イメージしていたら彼女を通してスケッチブックや色が浮かんできたので、初対面の挨拶をした時に「実はイメージで先に書いちゃったんだけど、一応、見てもらえる?」って歌詞を見てもらったら、のんちゃんがビックリして「私、絵を描くんですよ。ピッタリです!」って言ってくれて。きっと、すごくデリケートな心の持ち主だと思っていたので、いろいろあったかもしれないけれど、彼女に向けて贈りたいなと書いたんですよね。その曲がコロナ禍の今、いろいろな方に向けたメッセージにもなったし、何より自分に対するメッセージにもなったんです。すごく大事な曲です。

──生まれるべくして生まれたのかもしれないですね。グルーヴ感たっぷりのロックンロール「Barrier」では時に正義が暴走してしまうSNS時代の怖さを歌っていてドキッとさせられます。

尾崎:尾崎亜美は社会派シンガーではないので、過去にものすごく距離を置いてほのめかすみたいな曲はありましたけど、ここまで赤裸々に書いた曲はないですね。それぐらい怒っていたんだと思います。誹謗中傷への憤りや歯がゆさ、言葉のナイフがいつ自分に向かってくるかもしれない怖さとか。被害者にも加害者にもなりうる面を持っていますよね。いろいろなことを感じていたので、この曲は遠回しに表現しなくてもいいかなって。

──それもコロナ禍の中、より思われたことなんですか?

尾崎:“ううううっ”って溜まってきて、大声出したかったんです(笑)。この曲ではめちゃくちゃシャウトしていますね。“Barrier”ってコーラスで叫んだのも気持ちよくて、だいぶ発散しました。みなさんもお家の安全な場所で思いきり歌っていただきたいですね。そして変な書き込みから自分を守ってほしい。

──サビで“心を開け”じゃなくて“心を閉ざせ”って歌っていらっしゃるのがエッジがあるなと思いました。

尾崎:“開け”って言いたいところなんですが、怖い世の中だから閉ざすところでは閉ざして、開けるところでは思いきり開こうっていうニュアンスです。マスクと同じです。心対策。

──大事ですね。ボーナストラックとして収録されている「明和の風 吹きぬける時」は東京都中野区立明和中学校の校歌として尾崎さんが作られた楽曲です。校歌を書くのは特別な体験でしたか?

尾崎:そうですね。真面目に取り組まないといけないなって。学校のレガシーになるかもしれないっていう重さはあったんです。だけど、合併する学校の校長先生方やPTA関係の方たちとたくさんお話をさせていただいた中、垣根のない学校を作りたいとおっしゃっていたのが印象的で、人から押しつけられるのではなく自分が心からいいと思ったものを自由に選ぶ精神が根底に流れている歌がいいというお話もあり、すごく勉強になりました。なので、「学校の中には国籍が違うコがいたり、ジェンダー問題で悩んでいる方とか、いろいろな方がいらっしゃるだろうけど、『あなたはそれでいいんだ。やりたいことにブレーキを踏む必要なんかない』っていうメッセージを書けばいいですか?」ってお聞きしたら「ぜひ、そういう歌にしてください」って。ただ、校歌って曲調も真面目なイメージがありません?

──あります、あります。みんなで声を張って合唱するような。

尾崎:そういうイメージなのかな?と思ったら、「ポップで元気な曲がいいです」っておっしゃってくれて、「天使のウィンク」が大好きな先生がいらしたんです。なので、「日本にこんなポップな校歌があるんだろうか?」って思うぐらいの曲にしました。そしたらとても気に入ってくださって。

──風が吹き抜けるような爽やかさがありますものね。

尾崎:『Bon appetit』に入っているボーナストラックは学校に提出したデモテープなんですが、歌い直さずにあえてそのまんまを収録させていただいたんです。校歌だから本来なら、とっくにみんなが歌ってくれているはずなんですけれど、今はみんなで大声で歌うことができないですよね。先生方も生徒の方も不自由な想いをしていらっしゃると思ったので、せめて、校歌を聴いて元気を出してくれたら嬉しいという想いもありました。

──そうなんですね。

◆インタビュー(2)
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