【インタビュー:後編】筋肉少女帯、「今回のアルバムは“いつか、自分だけが観たい映画”みたいなイメージ」

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11月3日に発売を迎えた筋肉少女帯の新作アルバムが、各方面で注目を集めている。オリコンによるデイリー・チャートの初登場ランクが3位という事実も、この作品がいかに待たれていたかを裏付けていると言っていいだろう。今回は『君だけが憶えている映画』と銘打たれたこの最新傑作の制作背景について、メンバー全員に語ってもらった。

◆筋肉少女帯 画像 / 動画

アルバム制作過程と楽曲制作について語られたインタビュー前編に続く後編では、大槻ケンヂ曰く「やっぱり基本的に楽曲が先なんですよ。楽曲が先にできて、それにひとつひとつ歌詞を作っていって、最終的に浮き上がったテーマというものを見つけ出すというのが作詞者の作業なんですね。だからコンセプトがあるように見えるというのも、結果的にそうなったということですね」という歌詞を中心に話を訊いた。トータル27,000字越えロングインタビューの後編をお届けしたい。

   ◆   ◆   ◆

■映画化される喜びに近いものがありますね
■バンドでアルバムを作るというのは

──大槻さんも先ほどからちょこちょこ頷いているのが見えましたけども、作曲者3名のそういったせめぎ合いというか、やりとりというものの変化や成熟といったものを、できあがってくる曲自体からも感じることあるはずだと思うんです。

大槻:そうですね。筋少の場合は、とにかく多作なので……なんだろうな、その成長の過程というのがわかりにくいところがあるんですよね。身近に居るから。だからそこについては、たとえば筋少を久しぶりに聴いたリスナーとかの耳にこそむしろわかるものなんじゃないでしょうかね。だからなんか、わりとこの2年間での大変化というものではないような気がしますよ。いい感じの上がり具合というか。ただ、アレですね。“ちょっとみんな、楽器上手くなったんじゃない?”とは思いますかね、僕なんかは(一同爆笑)。“あ、ちょっと上手くなった? 弾けてんじゃん!”とか思いましたよね。

橘高:はははは!


▲大槻ケンヂ (Vo)

大槻:ちなみに僕も弾き語りライヴをやってるんですけどね。最近。選曲については、バランスとかを見ながらでしたね。軸がどこになるのかを考えて。当初は結構、「COVID-19」とかが軸になってきたりするのかなあと思う部分もあったんですけど、意外に「楽しいことしかない」の歌詞を書いた時に“あ、これはいいかもしれない!”と思って、ちょっとリード曲で行こうと思って、その時点でアルバムの1曲目にこれを持ってこようって決めてたところはありました。で、歌詞を……なんだっけ? あの“はぁ⁉”って曲がありますよね。

本城:“はぁ⁉”って曲(笑)。

橘高:「そこいじられたら~はぁ⁉」のこと?

大槻:そうそう。あれの歌詞をいちばん最後に書きましたかね。で、いちばん大変だなと思ったのは、内田君の曲は載せられる文字数が少ないことなんですよ、毎回。逆に言うと、それはそれで難しいんですけれども、一回テーマを決めれば、わりと書き上げられちゃうんですね、文字数が少ないから。で、おいちゃんの曲は文字数が多いんです。そっちもそっちでなかなか大変なんだけれども。でも、今回、橘高君の「大江戸鉄砲100人隊隠密戦記」、あれは難しかったですね。“これを書き上げたら、ちょっとひと山越えるかな”っていうのはありましたね。

橘高:俺は生粋のヘヴィ・メタル人間だし、さっきも言ったようにこの曲なんかは特にライフ・ワークにしたいぐらいの自分の中での核の部分なんですね。ただ、そういう曲に昔から大槻君は、たとえば「パブロフの犬」っていう歌詞を書いてみたり、「イワンのばか」っていう歌詞を書いてみたり。やっぱり普通の人がヘヴィ・メタルの音像から想像できる歌詞を書いたら、筋肉少女帯じゃないというか。これは楽曲を書く側もそうなんだけど、そういうところでの暗黙の何かがあるというか。今回のこれについても“ああ、大槻ケンヂ、またやったな!”というのがありましたね。もちろんいい意味で。

大槻:前の「おわかりいただけただろうか」とか「わけあり物件」みたいな曲というのが僕からすると“橘高君メタル”であって、正直なところ僕自身としては、結構こういった直撃型様式美メタルに歌詞を書くのは“もう無理だ!”(←心からの叫びを思わせる口調)って思ってたんですけども(一同笑)。いっぱい今まで書いてきたので、まあまあな感じにはできるんじゃないかな、この歌詞を書けたらまた書けるんじゃないかなと思いながら取り組んだので、今回書けて良かったですよ。で、実は大久保に、ミュージシャンやバンドマンがリハーサルをするスタジオがあるんですね。その大久保にね、昔、江戸鉄砲百人隊(江戸幕府 鉄砲組百人隊)だったかな? そういうのが居たらしいんですよ。侵略に備えて、100人の鉄砲組を幕府が備えたんだけど、結局一度も出撃することなく、なんか藤の花かなんかを育てただけで終わったっていう話で。で、それに対して“実は一度だけ、史実にはないが出撃したことがあるのである!”っていう『大江戸鉄炮100人隊』っていう小説を以前書こうとしていたことがあって。“あ、今回はそれやってみようかな?”って思って書いてみて。だから冒頭のところに“♪大江戸鉄炮100人隊隠密戦記”(とメロディを口ずさみながら)というのが嵌まった時は嬉しかったなあ(一同笑)。

──そこでハマった時点からストーリーが膨らんでいったわけですね?

大槻:そうですね。あれもだから結局、パンデミックになってるんですよね。“撃ちまくれ 撃ちまくれ”つってね。

──同時に、小説を将来的に書く以前に、あらすじが曲になったようなところでもあるわけですか?

大槻:あのー、筋肉少女帯の楽曲をガンガン書いていく、作詞をガンガンしていく時に、小説を書く意味がちょっとわからなくなってきたところがあるんですよね(笑)。小説というのはどんなに死に物狂いで書いても、編集者さんから“お疲れさまでした”ってメールが1通来るだけなんですよ、たいがいの場合はね。だけど作詞の場合は、そこに音が乗って、楽器が彩ってくれるでしょ? この快感を知ってしまうとね、なかなか小説をまた書こうって気にはならないですよね。

──はあ、そういうものなんですね。

大槻:去年ね、小説をまた書く話があったんですけれども、結局、筋肉少女帯の作詞をまた始めて。この「大江戸鉄炮100人隊隠密戦記」なんかもまだ歌詞がなかったんで、ここでその話をまた何百枚も小説にする必要ないなあと思って(苦笑)。今回、全部わりとそういうところがありますね。毎回のことなんですけども、物語になっていて、なんか作詞というのは音楽に載って物語が完結できるのが嬉しいですね。

橘高:大槻君はこのアルバムについてのコメントで“11の映画”って言ってるわけですけど、筋肉少女帯はいわば小説家・大槻ケンヂを有しているわけで。それが原作の音楽ができて、トータルで画が見えてくる。まるで11曲が映画のようだっていうのは、これは実は言い過ぎでも何でもなくて。自分たちでそこまで言ったら恥ずかしいけど(笑)。だからいつも筋肉少女帯の楽曲ができた時の達成感って、1曲1曲がそういう……総合的アートとまで言うと言い過ぎだけど、総合芸術っぽい部分の満足感というのがずーっと昔からあって。なにしろ、ずーっと語ってるだけの9分の曲もあったりするバンドだし。そういう意味では、楽曲たちが完成した時に昔から感じてきた達成感というのは今回も当然のようにあるし、今回も11曲、11個の物語があるんだというふうには自分でも思いますね。

──しかも、物語が完全に練り上げられた状態にあって、そこにサウンドトラックをつけるのではなく、むしろその逆に近いところがあるわけじゃないですか。そこがまたすごく面白い。

橘高:そこはやっぱり、音楽のCDですからね。でも、そうやってパッケージ化されてるというのが面白いな、とは思ってます。


──しかも大槻さん自身の中で、小説を書いた時と歌詞を書いた時とでは得られる快感の種類が違う、というところに興味深いものがあります。

大槻:ある意味、映画化される喜びに近いものがありますね。バンドでアルバムを作るというのは、詞世界に音楽が乗って、そこでリスナーの脳裏には映像が、多分それに合った映像が浮かんでいるわけですよね。だから、これはそこから快感を得る者としては、非常に喜びがありますね。

──この「大江戸鉄炮100人隊隠密戦記」に関しては、タイトルから安直に『大江戸捜査網』を思い出してしまったんですけど、大槻さんのコメントの中にある“深夜に出会った映画”というのはテレビドラマの再放送とかにも重なるところがあるような気がして。

大槻:まあ、そういう感じがありますよね。これ、べつに昼間でもいいんだけどね。『午後のロードショー』とかでも構わないんですけどね。ありますよね、誰にも。“自分だけが憶えてるんじゃないか、この映画”っていうのを思い出した時に、人はなんか、すごくもやもやした気持ちになって。なんか、自分の不思議であるとか、時の経過の不思議を想うんですよね。非常に想像の翼を広げさせるというか、想像力を掻き立てるもので。だから今回のアルバムは、なんか、まあいつも筋肉少女帯はそうなんですけれども、特に今回は聴いた人がそれぞれ映像を頭に思い描いて、“いつか、自分だけが観たい映画”みたいなイメージを持ってくれればいいかな、と思いますよね。なんだっけ? えーと「ロシアのサーカス団イカサママジシャン」ってやつとか、そのあとの、なんだ⁉ 「メモリーグラス」じゃなくて……「ボーダーライン」か(笑)。その「ボーダーライン」と「OUTSIDERS」は、僕の中ではひとつの物語なんです。「OUTSIDERS」という曲は、僕がやっていた電車ってバンドで最初に演奏してたんですけれども。で、その曲の歌詞っていうのをひとつの物語に広げてみたいと思ったんですよね。でも、起承転結があって“これこれこの通りでした”というのではなくて、なんかホントに君だけが憶えている映画みたいな、どシュールな、幻想的なヌーヴェルヴァーグ的な印象しかないような映画で、映画のストーリーとして、各自が想像でストーリーを補って、頭の中で各自が「OUTSIDERS」っていう映画を作ってくれればいいなと思って、それでこの3曲を並べてあるんですよ。

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