【インタビュー:後編】筋肉少女帯、「今回のアルバムは“いつか、自分だけが観たい映画”みたいなイメージ」

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■気軽さがないと
■なかなか大変な世の中ですからね

──ということは、「OUTSIDERS」が発端となって、「ロシアのサーカス団イカサママジシャン」以降の3曲の流れすべてができたという感じでもあるわけですか?

大槻:あ、そうですね。僕、今、どういう曲順かわかってないですけど(笑)。

橘高:「ロシアのサーカス団イカサママジシャン」「ボーダーライン」「OUTSIDERS」という並びで、この3曲が組になってるってことですね。

大槻:ああ、なるほど。そうそう、そうなんです。「OUTSIDERS」が物語のラストになるので。

──実際歌詞を読むと、関連性にはすぐに気付かされます。歌詞にスプーンが登場したり、それこそ「OUTSIDERS」の歌詞の中に“ロシアのサーカス団 イカサママジシャン”という言葉が出てきたり、その3曲の後に入っているアルバムのクロージング曲、「お手柄サンシャイン」には、ボーダーラインを意味する境界線という言葉が繰り返されています。

大槻:あ、そうですね。今回、境界線、ボーダーラインって言葉を多用することによって、ひとつ何かできるのではないかなと思いました。というのは、要するに、パンデミックですよね。パンデミックによって世界が分断されている、と。分断ということが境界線ってことなんです。この「OUTSIDERS」に関しても、まあ、ざっくりと説明するならば、えーと、70年代にスプーン曲げ少年ブームというのがあって、その時にいろいろスプーン曲げ少年が出てきたんだけど、みんな後でバッシングされたりとかいろいろとあった時に……あ、いいです。またこういう話になるとアレなんで。

橘高:どうぞ、どうぞ、どうぞ(笑)。

──すごく気になるんですが(笑)。

大槻:これまでこういう話でインタビューの尺を取ってたのを俺は反省したんだ(笑)!

内田:はっはっは!

本城:いえいえ、どうぞどうぞ(笑)。

橘高:今のはその先を聞きたくなっちゃうよ?

本城:そうだよ!


▲内田雄一郎 (B)

──是非、ちょっと端折り気味にお願いします。

大槻:えーと、結局、スプーン曲げ少年というのがかつて居て、僕の中のストーリーで“たった1本のスプーンを曲げてそれが何になるんだ?”ということになり、みんなから迫害されたり、差別されたり、バッシングされたりとかして、そのうち精神病院に行く者もあれば、ロシアのサーカス団でイカサママジシャンをやる者も、宗教団体のインチキ教祖になる人も出てきて分かれていく。そして、世界がもうどうにもならない状態になった時に、それを治す方法は唯一、世界の境界線に挟まってるスプーンを折ることだっていうことがわかって、それを折るためにかつての超能力少年たちが全員集まってくるっていう。で、たった1本のスプーンを折るっていう話を小説にしようとしてたんですよ(笑)。そういう話なんですけどね。これはいつか書くかもしれません!

──楽しみにしております。この話はちょっと短くまとまりそうにないですもんね。

大槻:うーん。まだ全員元気ですから。ほとんどご存命ですからね、かつての超能力少年たちはね。そういうあたりの事情もあって。でも、それはスプーン曲げの話になってるんですけれども、ロック・ミュージシャンとかバンドマンっていうのも、“たかだか芸事に秀でてそれが何になる?”って言われてしまえばおしまいなわけですよ。で、売れる人もいれば売れない人もいて、YouTuberになってドッカーン儲ける人もいれば、なんかちょっと怪しいことをやって……ねえ? そういうひともいっぱいいるわけですわ。そういう連中がこの危機的状況の中で、もう一度集まってくるっていうような音楽の必要性っていうんですか。ロックの必要性というものが今こそこのコロナ禍で試されるっていうような二重の意味があるんですけれども、そういうことを僕が全部解説してしまうと、腑に落ちてしまって面白くないと思うんで。

──ははは! 説明しすぎない程度に伝えるのって難しいですよね。

大槻:そんなことを念頭に入れつつ、気軽に聴いていただければと思います。

──はい。たとえば境界線、ボーダーラインというのは、今の世の中が見舞われている困難を越える境界線もあるでしょうけども、考えてみれば結局、生き続けていくってことは、毎日境界線を越えていくようなものだという意味合いにも解釈できると思いますし。

大槻:そうですね。

──その3曲に続く「お手柄サンシャイン」の歌詞ではまさに“なんのため”“生まれたの”と繰り返されていて、ふとそんなことを考えさせられもします。

大槻:そうですよねー。はい。僕もそれは思いました。

──そういった意味でも、とてもポジティヴな作品になっていると思います。

大槻:そうですよね。やっぱり、楽しいことしかないっていうぐらいな気軽さがないと、なかなか大変な世の中ですからね。


──今、かつてのスプーン曲げ少年たちが非難されたりした話を聞いて思い出したのが「世界ちゃん」なんですが、この曲の歌詞も誹謗中傷とかそういったものが溢れてる世の中と関係がありそうにも感じられますが?

大槻:あ! それはね! ないですね(笑)! そこはちょっと考えなかったですね。あの曲を「世界ちゃん」というタイトルにしようと思ったのは、“セカイ系”ってあるじゃないですか。だからまあ、井上陽水さんの「傘がない」みたいなもんなんですけど、『エヴァンゲリオン』的な。ごく個人的なことの問題が世界の問題と直結するっていう、若い人の音楽ジャンルにもある。まあ、なんかそういう“セカイ系”ってあるじゃないですか、ロックで。2000年代以降に言われたのかな? で、“筋肉少女帯って、セカイ系だよな、歌詞の世界観が”って思って(笑)。僕、全然おじさんだけど、そういうところはセカイ系だよなあと思ってね。それで「世界ちゃん」っていうタイトルにしてみたんですよ。

内田:はははははは!

大槻:しかもね、この曲の肝はね、1曲目で「楽しいことしかない」って言ってるけど、この「世界ちゃん」で楽しいことしかないと言っている人たちの不安感っていうのを歌ってるところなんです。

──ああ、なるほど、なるほど。

大槻:こういうひねくれたところがまったく筋肉少女帯にはあるなあと思って。最初、これを2曲目に持ってきてたんです。仮の曲順を作った時に。

──なるほど! つまり「楽しいことしかない」から続いていくように。

大槻:はい。ただ、実際に並べて聴いてみたら、あまりにも意地が悪いなと思って。そのあともう数曲では、まだまだ「楽しいことしかない」という夢を見させなきゃいけないなと思って、ちょっと後ろのほうに組み替えました。

──「坊やの七人」に関しては、当然のように『荒野の七人』を思い起こさせますし、それこそイントロはまさにそのものズバリだったりしますけども、歌詞についても、映画をアルバム全体のテーマにしようというのが見えたところで書かれたものなのかな、と感じさせられました。

大槻:あれは多分「坊やの七人」っていうタイトルがふっと浮かんで……もちろんその由来は『荒野の七人』なんですけど、テーマは要するに家庭内の分断ですよね。あれは家を出ていっちゃうお父さんの歌なので。なんか、たまに歌詞と演奏が乖離してる曲っていうのが筋少にはあって(笑)。この曲、アレですよ。お父さんとお母さんが離婚して、別れちゃって、子供がこれから頑張って生きていかなきゃいけないって話なのに、なんで中間部があんな楽器のバトルなんだっていうのがあって(笑)。

橘高:主人公の心の葛藤を表してるんじゃないですか(笑)?

大槻:そこがまたね。そういう乖離の面白さたまにありますよね、楽曲内で。“何故この歌詞の曲にこんなに超絶テクが入るんだ?”っていう。

橘高:あるある。

大槻:その面白さはちょっと僕、狙いました。

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