イアン・ヒル、ジューダス・プリースト初期の過密スケジュール「2度離婚する羽目に(笑)」

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Photo by Justin Borucki

デビュー前の1970年から現在に至るまでジューダス・プリーストに在籍し続ける唯一のメンバー、イアン・ヒル(B)が、レコーディングとツアーに明け暮れていたバンド初期の時代を振り返った。好きでやっていたことだが、家族との時間が十分に持てず、悔やんでいることもあるという。

◆ジューダス・プリースト画像

ヒルは米WSOU 89.5 FMのインタビューで、こう話した。「多作だったな。俺らは若かった。自分らが望んだことだ。俺らには(当時)果てることのない情熱があった。ツアーを終えるとすぐに、レコーディング・スタジオに入るのが待ち切れず、その繰り返しだった。多分、『Painkiller』(1990年リリースの12枚目のスタジオ・アルバム)までそんな状態だったと思う。『Ram It Down』と『Painkiller』の間はちょっとあったな。でも、基本そんな感じだった。後から考えれば、俺はそれにより2つの結婚を棒に振った(笑)。家にいなかったからな。俺は長男が育つ過程をほぼ全て見逃している。今考えると、本当に本当に悲しいことだ。それが彼に影響を及ぼしたわけではない。俺らは常に親密な関係にあった。でも、彼は母親だけに育てられたようなものだ」

「それが情熱とモチベーションってものだ。自分を前に進めさせる原動力だ。それをやっていない自分なんて想像できないんだ。休みができると、“じゃあ、俺ら、次は何しようか”って考える。いまはちょっと変わったがな。年を取ったから、ずっと走り続けているのは無理だ。でも、まだできる限りのことはやってる」

ヒルは1976年から1984年までロブ・ハルフォードの妹スーさんと結婚。1980年に長男アレックスが誕生した。その後、再婚し娘が誕生したが、再び離婚。現在は2006年に結婚した妻と暮らしている。

ジューダス・プリーストは、ファースト『Rocka Rolla』(1974年)から12枚目のスタジオ・アルバム『Painkiller』(1990年)までの間、短ければ1年も経たず、長くとも2年数ヶ月の周期でアルバムをリリースし続けていた。


Ako Suzuki
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