【インタビュー】TAKURO(GLAY)、「今の俺は傷付いた人の心の受け皿側になろうとしている」

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GLAYのTAKUROが自身3作目となるソロアルバム『The Sound Of Life』を12月14日にリリースする。

◆撮り下ろし写真

今作は、ギターインストアルバムだった前2作『Journey without a map』(2016年)、『Journey without a map Ⅱ』(2019年)とは打って変わって、ピアノを主旋律とした全編ヒーリング・ミュージック集となっている。90年代から現在に至るまで数々の名曲を世に送り出してきたTAKUROらしく、この上なく美しいメロディーラインの宝庫。作曲は全曲ピアノで行ったという。

制作の発端は、今年2月に始まった、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻。2020年以降のコロナ禍による閉塞感に追い打ちを掛けるようにして日々報じられるニュースに胸を痛め、傷付いた心を癒すような音楽を求めて今作は生み出された。同時期の心境をGLAYの最新楽曲「Only One,Only You」ではロックバンドらしいアプローチで昇華。その力強い表現の背後には、同曲の制作秘話としてリリース当時語られていたように、目覚めたら戦争が終わっていてほしいと願って毎朝目覚め、それが叶わないことに涙していたTAKUROの優しさ、悲しみや痛みへの驚異的な感受性があった。

この『The Sound Of Life』には、そういった一人間としてのTAKUROの根源がドキュメントされているように感じる。初期衝動よりも更にプリミティヴで、無垢で剥き出しの、インタビュー中の本人の言葉をヒントに譬えるならば“産声のような”アルバムがここに誕生した。その背景や込めた想いを語ったインタビューをお届けする。

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■何も待たなくていい。本来はもう、そこに幸せや喜びはあるはず

──ピアノのメロディーと、TAKUROさんが奏でるナイロンギターのフレーズが互いに対話するように絡み合う、本当に美しい曲ばかりで。ヒーリング効果抜群のアルバムだと感じました。手応えはいかがですか?

TAKURO:自分の中で、作詞家という部分が一番大きくて、次に作曲家、その次がギタリストなんだけど。ギタリストとしての自分のスキルをもう一度見直したくて、松本(孝弘/B'z )さんと一緒に『Journey without a map』(ソロ1stアルバム)をつくり、そこでギターと真正面で向き合って。(続く『Journey without a map Ⅱ』と併せて)2枚つくってそこそこマシになったし自分のスタイルが新たに見つかって、「俺は70、80歳までこのフレーズを弾けばいいんだ」という大切なメロディーも見つかったので、ギタリストとしてのキャリアの中では今、すごく楽しい時期なんだよね。

この『The Sound Of Life』をつくるきっかけになったのは、2月の(ロシアによる)ウクライナへの軍事侵攻が間違いなくあって。一つは、自分の学んだロックバンドのマナーとして、強力なメッセージを出したのがGLAYの楽曲「Only One,Only You」。それと同時に、日々ニュースで難民たちが国外にどんどん退去させられる現実を見てすっかり参ってしまった自分が、心を癒すような音楽を欲しがっていた、というのが動機で。それがどこにもないなら「自分でつくるしかないな」というのがまずは一点。自分の傷付いた心を癒すと同時に、何かしらウクライナの人たちとも繋がっていたい、という動機から始まったプロジェクトだったんだよね。「想いを寄せているんだ」という部分は、メロディーという万国共通なものによって繋がればいいなぁという想いがあった。結局、4日間で10曲全部つくったんですよ。



──すごいスピード感ですね。

TAKURO:もう一気に、しかもギターを使わずピアノだけで。ピアノを弾きながら「美しいメロディーって何だろう?」「心癒すメロディーって何だろう?」と探すことから始まって、それが出来た時点で、今度は左手でコードを付けて。今までのロックやポップスの作曲方法だと、和音が先にあってメロディーを付けてきたんだけど、今回はメロディーありきだった。ギタリストとしてのスキルアップが『Journey without a map』だとしたら、“作曲家TAKURO”としての新しい引き出しを探す、見直すいい時期なのかな?と思ったんだよね。非常に有意義な時間でしたね。ウクライナの侵攻が2月24日だったから、3月中旬ぐらいにはもう10曲できていて。今回制作のパートナーとして出会ったジョン・ギルティン(※キーボーディスト、作曲家として活躍するグラミー賞受賞アーティスト)に「こんな鼻歌ができたよ」ってデータを送ると、ジョンからも「こんな感じはどう?」と何かを付け加えて返してくれて。彼は80年代、90年代はポップスも手掛けていて、中島みゆきさんだとか日本のアーティストとも関わりがあるアーティストなんだけど、ここ10年来はヒーリング・ミュージックの大家として活躍していて。理解が早かったし、とても助かったね。

──ジョンさんとは、ウクライナ侵攻にまつわるTAKUROさんのお気持ちについて、言葉で語り合ったりもされたんですか?

TAKURO:語り合うほどではなかったかな。ジョンと会ったのは3月、4月のことで、イデオロギーについて語るのはやっぱり難しいよね。俺も気を付けるようにしているけど、一概に“誰が悪い、誰が善い”というものでもないし、根が深い話だから。しかも、ジョンのルーツがどこにあるかも分からないしね。とはいえ、アルバム最後の曲「In the Twilight of Life(featuring Donna De Lory)」の歌詞は、自分の中では一つの物語が明確にあって。愛する人たちを戦争に送り出して、帰ってくるのを何十年も待っている、ある老婆の想い出からスタートするんだよね。俺の知る限りでも、この75年の間にも第二次世界大戦があり朝鮮戦争があり、ロシアの小国は独立したりドイツが統合したり……様々な出来事を通り過ぎた人の回想から始まる曲なんだけれども。そこには長い歴史があって、巡る四季もある。明確な画が俺の頭の中には10枚、20枚とあって、「あ、その画を曲にすればいいんだ」と思ったら、そこからはすごく早かったんだよね。

──例えばM1「Sound Of Rain」なら文字通り雨音であったり、M9「Early Summer」なら初夏の情景であったり、自然界から画を着想し、曲として具現化なさったのですね?

TAKURO:そう。「Early Summer」だったら、昔友だちと行った朝の森の中の、太陽の木漏れ日が透けるみたいな画があって、それに音を付ければいいだけだった。


──なるほど。「In the Twilight of Life」は唯一歌詞があり、マドンナなどのバックヴォーカルも務めた実力者Donna De Lory(以下、ダナ)さんをゲストヴォーカリストとして迎えていますね。“How long will you wait?”というフレーズが印象的ですが、老婆が主人公だとするとyouが指すのは誰でしょうか? 老婆でしょうか? それとも平和を待ち望む私たち全てでしょうか?

TAKURO:その全部だよね。帰って来ない家族をどれぐらい待つのか? 戦争未亡人だとか、親を失った子たちもそうだし。例えば兵士に対しても、どれぐらい待つのか……というのは、「敵に会ったら(待たずにすぐ)殺せ」と命令されているわけじゃない? でも、昨日まで漁師をしていたような人がいきなり兵士になるわけだから、そうもいかないかもしれない。それは今回のウクライナに限らずね。戦争が終わったところで傷は一生癒えないし。今回のアルバムは、人間による“時間”というものの発明の素晴らしさと、ある種の無意味さが実は最大のテーマではある。

──時間にまつわるTAKUROさんの見解は、今作を通じてどう変化したんでしょうか?

TAKURO:大自然の中で、時間というものを決めたのは人間じゃないですか? 5000年生えている樹にしてみれば、人間の年齢が70何歳だとか、時が何十年流れる、とかいうのは関係なく、ただ何かが生まれ何かが死んでいくだけの繰り返しをこの地球はやっているんだけども。人間のわずかな数十年の短い人生の中で、「あなたたちは何を待って、何に期待して、何を喜びとして生きるのか?」という疑問がいつまでも解けないわけだよね。でも今回は、それが少しだけ解けたような気もして。「いや、何も待たなくていい。本来はもう、そこに幸せや喜びはあるはずだ」というね。そういったことも、一枚の画としてあった。

──具体的な対象を描いた画もあれば、概念的な画もあったわけですね。

TAKURO:そういった頭の中にある何枚かの画と、それに付随する物語を音楽にしていった、という感じかな。非常に映画的というか、ヴィジュアル的というか。このアルバムには同じメロディーがいくつかの曲で出て来て繋がっていくんだけど、それは映画監督が伏線として置いていく、物語を紡ぐ仕掛けにどこか似ているよね。今回は心象風景をひたすら音楽にしていって、映画監督みたいにポイントごとに全てを貫く何かを置いていくという、GLAYとはまたちょっと違ったやり方でつくることができたと思う。

──新たな試みだったんですね。

TAKURO:でもね、そんなに技術的なことではなかったんだよな。本当にポロンと、赤ちゃんが泣くみたいな感じかな? それを録音したような感じだった。今回のアルバムは、ウクライナへの侵攻がなければたぶんつくってなかったな。やっぱり2022年という戦争の時代がどこか影を落としているね。2022年に20年越しでツアーを実現したアルバム『UNITY ROOTS&FAMILY AWAY』(2002年)をリリースした時もそうだった。その前の年に911があって、連帯が失われ、分断が進んでいく時代だったから。その時々で、何かを自分の中で記録として残しておきたいんだろうね。

──TAKUROさんはかつて、有事の際には個人名義で反戦の意見広告を新聞に打つという発信もなさっていました。でも今回はそういった拳を突き上げるような手法は取られなかった。一人の人間としてのTAKUROさんの想いを表現するにあたって、2022年の今、このような穏やかなトーンが必然だったのでしょうか?

TAKURO:前回のような新聞広告的なやり方も、今ならもう少し有意義にできたかもしれないね。あの時は勢いに任せて、という部分があったから。でも、新聞広告に載せた詩は今読んでも、30歳そこそこの若者にしては良い視点だなとは思う。今あれをやらない理由も別にないんだけどね。こういった戦争とか、有事における音楽の意味を人は問うし、ミュージシャン自身も問うけれど、どこまで行っても……というか少なくとも俺の音楽は、包帯にはなり得るかもしれないけれども武器にはならない。これは何度も言っていることだけれども、戦車が止まる理由は、同じ戦車が来るとか、ミサイルが飛んでくるとかいう威嚇に対する「自分たちに危害が及ぶかもしれない」という恐怖だけであって。音楽に関しては、俺はそういうことは望んでいなくて。でも、有形無形で傷付いた人たちに対する、少なくともファーストエイドにはなるんじゃないか?とは思ってる。あの時の意見広告では“武器よりもペンが強い”みたいなニュアンスだったけど、何年も経った今の俺は、傷付いた人の心の受け皿側になろうとしている。そこが、この20年の自分の成長であり、変化なんだろうね。


──兵士を送り出した家族の側の気持ちや、帰還した兵士のその後の人生……戦争を点で捉えず、その時代を生きる人間の人生全体を見つめ、手当を施していく。そういう眼差しを持ち得ているのは、TAKUROさんご自身が歳を重ね、人の親にもなったという変化とも連動しているんでしょうね。

TAKURO:そうだと思うよ。人それぞれ生き甲斐を見つけるし、俺はミュージシャンという職業になったけれども、サッカーのポジションみたいなもので、攻撃する人もいればキーパーもいて、いろいろじゃない? GLAYを通じて自分の生き方、あり方が分かったんじゃないかな?と思う。GLAYではやはり商業音楽としての責務を全うしようと、ヒットチャートに何かしら戦いを挑むけれども、ソロの時は、まずはGLAYのメンバーであることに恥じないようなスキルアップが第一目的。そういう違いはあれど、自分の音楽の本質は「別れる二人の別れそのものは止められないけれども、別れて落ち込んでいる人を慰めることはできる」ということで。直接このアルバムを聴かないとしても、そういうふうに思う人がたくさん増えれば、それはそれで一つの力にもなるだろうし。それは政治にも近くて、喧嘩する両国を止めることはできなくても、どちらの国であっても被害者的な立場の人は出てくるわけだから、その人たちに対する何かしらの仕事はできるかもしれない。そういうふうに生き方が変わったんだろうね。

──自分のスタイル、道が見つかった、という感じですか?

TAKURO:消去法でもあるけどね。意見広告を出したところで、自分にとっての何かが変わったという実感はなかった。もしかしたら、あの広告を見た少年少女たちがいずれどこかで政治の場に立って実際の効力を発揮するかもしれないけれど、それは自分の預かり知らないところでの何かしらの影響、バタフライエフェクトみたいなものでしょ? 特にそこを意識して生きるわけにはいかないので。やっぱり、自分が一番力を発揮できるやり方をするのがいいよね。今話しながら思ったんだけど、芸術というのは衣食住とは違う、と言われるけど、どんな反論をする人たちも、例えば大好きな人からの1本の電話で心ウキウキする経験があるし、1本の電話で絶望に突き落とされることもあるだろうから、絵を見てホッとするとか音楽を聴いて和むというのは、実際にあるんだよね。

──コロナ禍で“不要不急”だと言われ続けてきましたが、そうではないと。

TAKURO:母親の子守唄を聴いて赤ちゃんがすやすや眠るところから始まり、いつまでも親の庇護の下居られない大人としては、きっとそれ以外のことであの時の安心感を得ようとし続けているんじゃないかな? 優しい笑顔を見てホッとする、自分の生き方が肯定できる、音楽を聴いて自分をもっと好きになれる。大人になるにつれて失っていく、その“何か”を埋めていくものがないと、人間は生きられないんだろうから、だからいろんなアートが今も生まれてるんだなあぁと。だから、精神医学的なことを厳密に言うならば、衣食住に実は非常に近いところにはいる気もするから。そんな中こういった有事が起きて、自分を励まそうとするならば、優しい音楽をつくるとか、それを夜寝る前に聴いてみるとか。随分救われたし、新しい生き方もまた見つかったしね。そんなことを考えながらつくっていて、TERUにこのアルバムの音を送って「ジャケットを描いてほしい」と言ったら、何も説明しなくても、見事に俺の頭の中にある画を一発で描き切ったんですよ。俺の中にある「Ice on the Trees 」のイメージの絵はまさしくこれ。大したもんだよね。誰が描いたかを知らなくても、「素晴らしいな」って思うもんね。

▲ジャケット

──どこか寂しさを秘めたような、TERUさんの繊細な面が凝縮されている絵だと感じます。絵画作家TERUさんとの最高のコラボレーションですね。ミュージックビデオをロサンゼルスで撮影したリード曲「Red Sky」についても伺います。この曲はドラマティックな起伏があり、穏やかな作風となっている今作においては若干異質ですよね。

TAKURO:そうそう。1曲目から聴いて寝ていただくような(笑)、全編癒しの大人しいアルバムの中で、この曲だけは音楽的にしっかりしているというか。他はもっと“自然”寄りだけど、この曲だけは“都市部”な音楽というかね。頭の片隅には、後々のヴェネツィア(※ファンクラブ発足30周年となる2026年に、サンマルコ広場でGLAYのライヴを行なうというファンとの約束)を想定して、イタリアとかスペインとか、今後GLAYが関わっていくあの辺りの音楽にちょっと寄せてはいるよね。なんとなくアンダルシアが見えるというか、スパニッシュな感じがするでしょ?



──はい。TAKUROさんのガットギターは情熱的です。心を揺さぶるメロディーラインですし、この曲で惹き付けられたリスナーがアルバムに辿り着くといいですよね。

TAKURO:そうだね。リード曲としては責任を果たしてるんじゃないかな。

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