【コラム】きゃない、年間チャート1位獲得の理由と楽曲にまつわる5つの魅力

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2022年12月9日、ビルボード<2022年 年間Heatseekers Songs>年間1位をシンガーソングライターきゃない「バニラ」が獲得した。

◆きゃない 画像 / 動画

<Heatseekers Songs>とは、ビルボードが発表している総合ソングチャート“JAPAN HOT 100”の構成データから、ラジオやダウンロード、ストリーミング、週間動画再生数を集計し、急上昇アーティストをピックアップしたランキング。平たく言えば“来年ブレイク間違いなし”の新人アーティスト年間ランキングだ。2021年の1位が、2022年に大活躍したAdo「うっせぇわ」だったことからも、きゃないが大いに注目を集め、期待される才能を持っていることは理解できるだろう。これだけではない。同曲は、<LINE MUSIC 2022 トレンドアワード>にも、10代を中心に年間を通して親しまれたロングヒット10曲のうちの1曲に選出されている。

ところが、きゃないは2022年7月5日に、突然アーティスト活動を休止。その理由や活動休止期間や再開の可否などは一切語られておらず、発表以降、SNSを含め公の場に一切姿を現していなかった。しかしながら驚くことに、今なおストリーミングおよびカラオケでの人気は衰えることなく、チャートイン32週目となった11月30日には、遂にストリーミングの累計再生数が1億回を突破している。



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【01|全世代への高い浸透度】

一体、きゃないはどんなシンガーソングライターなのだろうか。彼はバンド活動を経て、2019年にソロとして地元・大阪で路上ライブをスタート。翌年には上京し、東京でも路上ライブを始めるも、コロナ禍の影響もあり、曲作りに没頭する。そして2021年3月に「イヌ」を歌う路上ライブの動画がTikTokを中心に拡散。9月に「イヌ」を正式にリリース。そこから、路上ライブを行う度にファンがSNSに動画をアップし、SNS世代に一気に浸透していった。

しかし、SNSでの盛り上がりだけでは、なかなか世代間の壁、つまり、かつてCDで音楽を楽しんできた40代、50代には浸透していかない。ところが彼の音楽は、決して10代、20代に限定されず、幅広い世代に受け入れられているのだ。

そこでここでは、現在ストリーミングならびに公式YouTubeチャンネルで聴くことができるシングル5曲(「イヌ」「コインランドリー」「夕暮れ」「バニラ」「紫陽花」)から、彼の音楽性を探ってみよう。





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【02|シンプルながら一筋縄ではいかない歌詞】

「良い音楽は歌詞が無くても愛されると、僕は思っていて、メロディだけを聴いてもらっても感動してもらえるように意識して書いた曲なので、歌詞はあえてとてもシンプルなラブソングにしています」──きゃない

きゃない自身は、「バニラ」のセルフライナーノーツでこのように語っているが(同曲のYouTube公式ミュージックビデオのコメント欄で全文を読むことができる)、彼が書く“歌詞”に多くのリスナーが魅力を感じていることは間違いないだろう。

きゃないが書く歌詞の特徴は、上記の本人コメントにもあるように、とてもシンプルであるという点。シンプルということはつまり、多くの人が理解できる言葉で書かれているということだ。そのスタイルは、最近主流のリズムや音の響きを重視した言葉選びであったり、テクニカルに言葉を操ったような複雑な歌詞とは一線を画している。映像で例えるなら、CGを一切使っていない、フル実写の映像美といったところだろうか。

歌っている内容を理解できるからこそ、聴き手は歌詞の世界に入り込んでいける。しかも、自分の感情や思考に存在している言葉が使われているからこそ、歌が自身の中にも入ってくる。よく、40代、50代になると「若者の音楽は何を歌っているのかわからない」という声を聞くが、おそらくきゃないの歌は、世代に関わらず、多くの人の心にすっと入ってくるのではないだろうか。上の世代は、そうした歌に懐かしさを覚えるだろうし、刺激的な言葉が溢れる昨今の音楽を聴いている若い世代には新鮮に映るのだろう。そして、きゃないの歌に「1990年代や2000年代のJ-POPテイストを感じる」という声が多いのも、そのあたりが影響しているのだろう。

ただ、それだけで終わらないのが、彼の歌詞が一筋縄ではいかないところ。歌詞に書かれている言葉をストレートに受け取ってもひとつのストーリーとして成立させながら、本人がセルフライナーノーツで明かしているように、その言葉に忍ばせた裏設定に気付くと歌の世界観が一変する、といった歌のレトリックは、とても小説的だ。あまり意味に重きが置かず、複雑難解な言葉で形作られた音楽が溢れる現代において、きゃないはある意味で、とても日本語を大切にしながら歌詞を綴っていると言えるだろう。

ちなみに彼は、Mr.Children/Spitz/BUMP OF CHICKEN/GLAY/クリープハイプの音楽に大きな影響を受けたと公言している。納得のエピソードだ。

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【03|芳醇なメロディと王道J-POP的バンドサウンド】

これもまた、歌詞について述べた内容と重複するが、ヒップホップ的にリズムで聴かせる音楽が主流のシーンにあって、きゃないの音楽はとてもメロディアスだ。音楽が、“踊るためのもの”とほぼイコールの今、じっくりと耳を傾けたくなるメロディとサウンドで楽曲が構成されている点もまた、彼の歌が広く支持されるひとつの要因だろう。

実際に、TikTok等にアップされた彼の路上ライブ動画を見てみると、集まった観客は、ノリノリで聴いているというよりも、むしろ身体を動かさずに、じっくりと歌に聴き入っているという様子が見受けられる(もちろん、バンドスタイルのライブとなれば話は別だが)。

しかもそのサウンドは、多くの場合、ドラム&ベース、コード弾きのアコースティック/エレクトリック・ギター、アコースティック/エレクトリック・ピアノなどの鍵盤楽器と最小限かつ最大限のアンサンブルで構成している。特に鍵盤楽器の印象をフィーチャーし、エレキギター感をそこまで前面に押し出さないことでポップス/ロックの壁を作らない、いわば王道的なJ-POPのバンドサウンドを作り上げている。これもまた、“売れる音楽はダンスミュージック” “バンドならロック”という保守的な音楽シーンに対する、若い世代の揺り戻しなのかもしれない。

ちなみに、現在配信中の5曲をレコーディング&ミックスしたエンジニアは牧野“Q”英司氏、マスタリングエンジニアは前田康二(Bernie Grundman MASTERING)氏。この2人は、BUMP OF CHICKENなどのJ-POP作品を長年手掛けてきた超ベテランコンビだ。

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【04|かけがえのない力が宿る歌声】

歌詞、サウンドと少々音楽的に突っ込んで考察してみたが、小難しいことを抜きにしたうえでも、きゃないの歌を聴けば誰しもが真っ先に感じることがあるはず。“歌の上手さ”だ。

シンガーになくてはならない、聴き手の魂を揺さぶる声質と、歌詞の世界観を伝える表現力、そして音程感や発声といった技術力をバランスよく備えたボーカル。これが天性のものなのか、それとも努力の賜物なのかは分からないが、少なくとも彼が数多く行ってきた路上ライブで鍛えられた歌であることは間違いないだろう。

路上ライブは、歌声だけで通行人の足を止めさせるという、ある意味で自分をさらけ出しながら、偶然に目の前を通りかかった人とコミュニケーションすることで成立させる音楽だ。TikTokで使いやすいインパクトのある15秒フレーズを作って投稿するのと、路上で歌う曲を作るのとでは、善し悪しの話ではなく、音楽の意味合いが少々異なってくる。

もちろん、かつて音楽は、後者(路上)が主流だった。それがSNSの時代になり、顔を出さずとも、リアルな自分の人間性を表に出さずとも、ネットで自身の作品を世に送り出せる時代へ変わっていった。それ自体は素晴らしいことであるし、埋もれた才能が脚光を浴びるチャンスが生まれたことは、音楽の作り手にとっても聴き手にとっても、大いに歓迎すべきことだ。そんな時代にあってきゃないは、それとは真逆の、誤解を恐れずに言えばとても古典的な“路上で歌う”という手法を選んだ。

その選択も注目に値するが、興味深いのは、時代を遡るかのような路上ライブというスタイルをとりながら、歌そのものがTikTokをはじめとするSNSによって広まっていったという事実だ。コロナ禍により「ライブは不要不急」と言われ、「もう配信で十分」という声が増えた時代にあって、きゃないの路上ライブ人気は、生の歌声、つまりライブにはかけがえのない力が宿っていることを証明したと言える。聴き手もまた、SNSでの音楽の機能性の良さや使い勝手の良さから彼の歌を支持したのではなく、音楽の根本である歌詞とメロディ、そして歌声に心を動かされだからこそ、きゃないの歌を今もなお聴き続けているのだ。

きゃないのこうした成功事例は、もしかしたら2023年の新たな音楽シーンの潮流を生む起点と成りうるかもしれない、と期待が膨らむと同時に、彼の歌声がまた2023年、ライブで、あるいは別の形で聴ける日がくることを切に願いたい……との望みが、2023年1月1日元旦、現実のものとして発表された。サプライズだ。

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【05|2023年、活動再開】

新年の幕開けと同時にスタートしたのが、新曲「花火」のデジタルリリースだ。事前告知は一切なし、無告知で突如配信された形となる。さらに2月には東阪にて<弾き語りツアー 2023「セカンドブルー」>を開催することも発表となった。活動休止期間を挟みつつ、2022年に大躍進を遂げたきゃないが、鮮烈な復帰を果たす。彼が2023年、我々にどんな景色をみせてくれるのか、今から楽しみでならない。最後に以下、楽曲「花火」に関するきゃない自身のコメントをお届けしたい。



「積み上げてきた人生のあらゆるシーンごとに、あなただけの感情が確かにあって。
僕らは歳を重ねて今を生き、その中で何かを拾い、何かを捨てる。
時には望んで古きを捨て、新しきに手を伸ばしたりもするようにどんな環境でも知らぬ間に取捨選択を求められているような気がしています。
その過程で手放した人や物。手放したからこそ手にした誰かや何か。
この歌は過去に捨ててしまった、捨てられた、捨てるしか無かった僕が失った全てに対する思い出を歌っています。
出会った全ての人、大切だった宝物、確かに存在していた自分の居場所。
酸いも甘いも、希望も絶望も、そのどれか一つでも欠けていたら、今の僕もあなたも居ないんだと感じながら聴いてください」──きゃない

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取材・文◎布施雄一郎

■6thデジタルシングル「花火」

2023年1月1日(日)配信リリース
c/w「バニラ(弾き語りver.)」
▼各配信ストア
https://linkco.re/rG5gfAcY

【セルフライナーノーツ】
「僕はハッキリ⾔って花⽕が嫌いです。というより花⽕に群がる⼈達が嫌いです。
何故なら花⽕が⽕をつけられて「咲いた」その瞬間だけに⼈は喜んでしまうからです。
その切なさが良い、という⼈間の⾔葉にも、花⽕の後に出る煙が絵にならないから、それをかき消すように次々と花⽕が上がる事にも、僕は悲しくなるのです。

恋、仕事、積み上げてきたあらゆる⼈⽣のシーンごとにあなただけの感情が確かにあって僕らは歳を重ねて今も"⼈"を⽣きている。
その中で何かを拾い、何かを捨てる事をどんな環境でも知らぬ間に求められています。
時には⾃分が望んで古きを捨て、新しきに⼿を伸ばしたりもするでしょう。

その過程で⼿放した⼈や物。でも⼿放したからこそ⼿にした誰かや何か。もっと⾔えば今のあなたなのかもしれない。
頭ではそれでこそ⼈⽣であるとわかっていても、そうして流れていった全てに対して素直に喜べるでしょうか。
この歌は過去に捨ててしまった、捨てられた、捨てるしか無かった僕が失った全てに対する思い出を歌っています。

出会った全ての⼈、⼤切だった宝物、確かに存在していた⾃分の居場所。
酸いも⽢いも、希望も絶望も、そのどれか⼀つでも⽋けていたら、今の僕もあなたも居ないんだと感じながら聴いてください」

■<きゃない 弾き語りツアー 2023「セカンドブルー」>

2月21日(火) 東京・Shibuya WWW X
open18:00 / start19:00
(問)https://www.handson.gr.jp/
2月26日(日) 大阪・Music Club JANUS
open17:30 / start18:00
(問)https://kyodo-osaka.co.jp/
▼チケット
全自由:4,000円(ドリンク代別途必要)


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