【インタビュー】奥 智裕、1stミニアルバム『Homely』は「日本人が好きだと思うポップスの心にも寄り添えてる」

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■想像力の源は、散歩
■ひどい日は24キロとか歩くんですよ


──「ハッとして」は歌い出しから最後の方にかけて、どんどん熱くなっていくのがわかりますけど、どんな曲ですか。

奥:この曲は、街人が解散するって決めたときに作り始めた曲なので、もう3、4年ぐらい前から作っていて、めちゃめちゃ計算して作った曲なんです。例えばサビが“ハッとして”のア行から入って全て擬音語で入ったりとか、冒頭のコード進行だったりとか。日本人が好きなコード進行をちゃんと使いたいなと思ったりしていて。TikTokがちょうど3年ぐらい前から台頭してきていたので、そこのイメージも据えながら作った感じです。原曲のアイディアとしては実体験の、これも彼女にフラれたっていう、恋愛ベーシックなんですけど(笑)。でも楽曲の構成はすごく冷静に作ったっていう感じなので。歌のレコーディングも感情が籠ったというよりは、「もう少しここを冷静に伝わるように歌おう」みたいな感じでした。



──歌う内容がすごくリアルなだけに?

奥:そうですね、そこは音としてはちょっと距離を測ってますね。

──バンドだと自作自演ですから、曲を作る人によって個性が決まると思うんですけど、逆に言えばその人の色でしかなくなってしまう場合もあると思うんです。でもジャニーズをはじめいろんなアイドルとかポップスの人って、作詞・作曲・編曲の人がその都度違ったりするから、結構曲のバリエーションができるじゃないですか?そういう意味で、ソロになって今回ショーンさんと組んで制作したりする自由さも生まれたのかなと思うのですが、いかがですか。

奥:それはすごくあって、おっしゃったようにバンドっていうのは、自分たちの舵取りで動く船というか、自分が船長になって船の進路を決めるっていうイメージなんです。今回のソロでは、優秀な航海士(音楽家)を入れて、「僕はこの船でここに行きたい」っていうものに対して、航海士に相談したりとか、何か今気分が暗いからみんなの士気を上げようぜみたいな音楽家を頼んだりとか、そういったプロフェッショナルを入れる楽しさっていうのを学びました。だから、それこそ次はトラックメーカーと一緒にやりたいなと思ったり、そういったイメージも膨らみました。

──「束の間の昼休み」はトラックメーカー的なアレンジですが、これはご自分で?

奥:はい、全部自分が打ち込みで作りました。この曲を作るときに1番参考にしたのは、宇多田ヒカルさんの曲なんです。ああいう音の少なさで、簡単な言葉で伝えるっていうのを自分も表現したいなと思って、自分で必要最低限の音で作った感じです。これは僕が大学1~2年生のときにバイトに行く通勤の30分で歌詞もメロもコード進行も全部頭の中でできた曲です。ずっと弾き語りでやってた曲で、本当は最初ビッグバンド編成にしようって話があったんですけど、3曲目でみんなが疲れたときにスっと聴けるようにするためには、なるべく音が少ない方がいいなと思って。ということは、自分がこだわりたいところだけで完結しちゃう曲だなと思ったので、自分1人で作った感じです。

──いろんな人の目線で歌われていますね。

奥:登場人物が男子高校生とOLと部長課長クラスのサラリーマン、あと主婦っていう4人が出てくるんですけど、それぞれ昼休みの時間を切り取っています。ちょうど僕がバイトに行く時間もお昼休みぐらいの時間だったんですけど、ボーっとしてたときに何も考えず出来上がったので、あんまり自分の中で「こういう曲を書こう」みたいな意識がなかったんですけど、今思うと、「すごく人生って短いんだろうな」っていう思いが、どこかずっと自分の中にあったと思います。ここに出てくる登場人物は、女の子に思いを伝えられないもどかしさだったり、自分の置かれてる環境への不服な気持ちだったりとか、結婚したけど「これでいいんだろうか」っていう不安だったりとか、焦りと苛立ちとかを昼休みに使っちゃってるんですけど、実はもっと肩の力を抜いて見てみたら、短い昼休みの時間の中でも、自分の大切なものが見えるんじゃないかなっていうことを伝えたかったんだと思います。全く何も考えずに作ったんですけど(笑)。

──そのぼんやり浮かんできた感じを、打ち込みの浮遊感で表している感じですか。

奥:そうですね。とにかくぼーっとして聴いてほしいっていうのがあって。今回この電子ドラムのトラックを、汐留の日本テレビのところにあるスタバにわざわざ毎回行って作ってたんですよ(笑)。アレンジで悩んでいるときに歩いてて「これだ!」と思って入ったら、結構テレビ局の人が来るんですよね。カフェに入って「この人は何の仕事してるんだろう」ってあんまりわからないじゃないですか?でもそこにいたときに、この人たちはテレビ局の仕事なんだなって思いながら話を聞いてると、「もうちょっとこうした方がいいよ」とか話をしていて、すごくリアルに職業を感じたんです。僕はちゃんと仕事をしたことがないので、サラリーマンってこういう感じなんだとか、この後散歩するときにどういう感じで音があったら良いかなとか、その場で全部パソコンでツールを使って作りました。

──その前の曲「Rainy Dancer」がすごくノリの良い曲ということで、曲順の妙も感じますが、これはどんなときに出来たんですか。

奥:コード進行だけが自分の中にあったんですけど、藤井風さんの「きらり」みたいに軽快で爽やかな感じの曲が2曲目に流れるのがいいなと思って。自分はどういう風に爽やかな感じに落とし込むか考えたときに、SAKEROCKの「会社員」のMVでサラリーマンの人が街中で踊ってるのを観て、僕の中で「軽快さってこれだな」って思ったんです。サラリーマンが日常の窮屈さから解放されて踊り出すようなイメージで作りました。

──稲垣吾郎さんがラジオ番組『THE TRAD』(TOKYO FM)で「Rainy Dancer」をオンエアしてくれたそうですね。

奥:そうなんですよ、もともとSMAPファンだったので、嬉しかったです。それと、NHK FMの番組『ミュージックライン』の6、7月のオープニング曲になっていて、梅雨の時期を思って書いたのと同じ時期に紹介してもらってありがたいですね。

──「台風」は生楽器と歌の良さが出た感動的なバラードですね。

奥:これも、彼女と別れたときに作ったんですけど、もう1つ、おじいちゃんが制作途中に亡くなったことも関係しているんです。めちゃくちゃ晴れてる日に亡くなったっていう話を聞いて、おじいちゃんの魂が体から出て青空をワーッて行ってる感じがして、「じいちゃんよかったね」って思ったんですよね。台風って、暴風が来てせっかく実った果実が全部落ちてしまったりするけど、実は雨がダムに溜まって新しい農作物を作る水源になったりとか、過ぎて行ったらカラッと晴れるし、そういう新しい出会いを呼び寄せてくれるものだなって。それがおじいちゃんとの別れ、彼女との別れとリンクして出来上がった曲です。

──悲しいことがあっても、ちゃんとその出来事について考えて曲として昇華できるのってすごいし、想像力が豊かですよね。その源ってご自分ではなんだと思いますか。

奥:想像力の源は、散歩ですかね。散歩が好きな方って多いですけど、僕の散歩はちょっとレベルが違っていて、ひどい日は24キロとか歩くんですよ。

──ええっ!?24キロを徒歩で?

奥:徒歩です(笑)。銀座で10時に予定が終わって、17時か18時ぐらいまでずっと曲を聴きながら散歩して、渋谷まで歩いてそこからまた戻って築地に行ったりして、ごはんも食べずにずっと歩いてさすがに疲れたなと思ってiPhoneのヘルスケアを見たら、24キロって出ていて(笑)。これはヤバいと思ったんですけど、そういうときに音楽をずっと聴いて、「次はこうしよう」とか全部メモ帳に書き溜めたりしているので、散歩中の風景とかが自分の中で大きいかなあって思います。あとは、家族とか子どもを見ると、「ああ、いいなあ」って、そこに対する憧れとかもあるのかなって思います。結構人に触発されることも多いと思います。

▲『Homely』ジャケット

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