【音楽ギョーカイ片隅コラム】Vol.142「映画『スラムダンク』がもたらしたミニバス界における音楽革命」

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2023年7月22日土曜日、今朝もいつものように息子を体育館へ送っていく。彼は地元の有志と保護者によって運営されているミニバスケットボールチームに所属している。現役B.LEAGUERも輩出した本気度高めな地域団体だ。そんなチームの練習開始を告げるのはThe Birthdayの「LOVE ROCKETS」。コーチがセットしたスピーカーから流れ出る音に反応した子どもたちは、まるでエンジンをかけられたかのようにアグレッシヴに動き始める。


朝8時台からの送迎には骨が折れるが、週に何度かThe Birthdayを爆音で聴けるのは悪くない。むしろうれしくて毎度のことながらついニヤけてしまう。次曲はもちろん10-FEETの「第ゼロ感」。リズムに合わせて頭を揺らす子、“うぉ~うぉぅうぉぅうぉー!”と叫びながらインターバルを駆け抜ける子もいる。その2曲の時間はじっと子どもだけを観察し、聴き終えてから仕事へ向うというのが自分のルーティンとなって久しい。この日常をもたらしたのは映画『THE FIRST SLAM DUNK』にほかならない。


『SLAM DUNK』は1990年から1996年まで週刊少年ジャンプで連載、1993年からはアニメ化された、井上雄彦氏による日本を代表する漫画作品だ。昨日の敵は今日の友といった多感な毎日を過ごすキャラの立った登場人物たちが、バスケットボールを通じて成功、挫折、仲間とのチームワークなど多くを経験し、個人としてもチームとしても成長していくストーリーは世代を超えて愛され続けている。我が家の場合は東京パラリンピックの車いすバスケに興味を示した息子がミニバス界入りしたのをきっかけに、配信サービスで公開されていたアニメをリコメンド。懐かしさも相まって、親子で全話を一気見したのが『SLAM DUNK』の世代間共有の始まりだった。同氏による『リアル』の愛読と、スラムダンク奨学金で選ばれた子がどんな活躍をしているのかのフォローは楽しんでいたけれど、『SLAM DUNK』そのものに触れたのは漫画とアニメをリアルタイムで触れて以来、約30年ぶりだった。

そんなこんなで2022年12月に公開された映画『THE FIRST SLAM DUNK』は正月休みに親子揃って観に行った。公開前から原作者である井上雄彦氏が映画の監督・脚本をつとめることや、3Dアニメーションでのプロダクション、声優陣が過去のアニメから一新されたことも話題だったが、そうした前評判や予想をはるかに超える傑作だった。


今回の劇場版と過去のテレビアニメにおける大きな違いのひとつに音楽がある。過去のアニメでは「君が好きだと叫びたい」(BAAD)、「ぜったいに 誰も」(ZYYG)、「あなただけ見つめてる」(大黒摩季)、「世界が終るまでは…」WANDS)、「煌めく瞬間に捕われて」(MANISH)、「マイ フレンド」(ZARD)が歴代の主題歌だったことに加え、それらが大ヒットしたことから『SLAM DUNK』=ビーイングというイメージが色濃く付いた。だが今回の劇場版ではThe Birthdayがオープニング主題歌を、10-FEETがエンディング主題歌を担い、劇中音楽は武部聡志氏と10-FEETのTAKUMA氏が手掛けたことで、長年持たれていたポップなイメージを一撃で硬派なものへと凌駕。この功績は音楽がもたらす作品への影響という意味でハンパなく大きいのは言うまでもないが、音楽が『SLAM DUNK』のイメージを変える一役を担ったのと同様に、『SLAM DUNK』が一部の音楽環境に大きな変化をもたらしたこともまた特筆すべきことである。

冒頭に書いた、息子のミニバス練習での一幕が日常生活に組み込まれたのは、映画『THE FIRST SLAM DUNK』公開後から3ヵ月ほどが経過した2月頃のことだった。初めて体育館にThe Birthdayの曲が響き渡った時、何が起きているのか分からず一瞬パニックになるくらい驚いたが、「あ! スラムダンクだ!」とはしゃぎ出す子どもたちの反応にはもっと驚いた。The Birthdayの音に呼応する小学生の群れはとてもアンバランスに見えたが、アニメがもたらした音楽とスポーツが融合する大変な場面を前に「これは革命だ」と思った。

この映画での楽曲起用がなければ、元気いっぱいにバスケットボールをプレイする全国の無垢な小学生たちがThe Birthdayと10-FEETの音を日常的に浴びるようなことはきっと起こらなかっただろうし、彼らの歌を口ずさむようなこともおそらくなかったはずだ。このミニバス界隈での音楽環境の変化は映画『THE FIRST SLAM DUNK』だから成し得たことであり、大袈裟でも何でもなく、ひとつのアニメ作品が巻き起こした大革命である。


公開から9ヵ月間ものロングランとなったこと自体、作品のクオリティの高さとその人気の凄まじさを物語っているので特に言葉にする必要もないかもしれないが、「知らない人には初めての、知ってる人には、知ってるけど初めて見るスラムダンク。」という井上氏の言葉そのままがしっくりくる内容に心を大きく動かされたし、涙もこぼれた。また、この映画のタイトルを知った時、『THE SECOND』『THE THIRD』とシリーズ化される可能性について考えていたのだが、映画を鑑賞してみてその予想はあながち外れではないように思えるので、この先も作品が続いてゆき、作品の魅力とともに音楽やそのパワーが世界中の大人のみならず子どもたちにも届けられる未来に期待している。

そして、The Birthday。体育館通いの日々以外の、先日訪れたFUJI ROCK FESTIVALのプレイベントでも「LOVE ROCKETS」を耳にした。今夏のフジロックでの彼らのステージを息子と共にとても楽しみにしていたが、バンドが活動休止となりフェス出演もキャンセルになったことを心底残念に思っている。thee michelle gun elephantによって青春をより青いものにしてもらった自分にとって、チバユウスケという存在は特別過ぎる存在で唯一無二のボーカリストだ。自分が10代の頃から好んで聴いている歌声を朝イチの体育館で聴こうとは予想だにしていなかったが、チバ氏がステージに立たない日が来ることもまったく予期していなかった。チバユウスケ氏、The Birthdayがステージにカムバックする時は是が非でも息子を連れて駆けつけ、真の音楽体験を親子間でシェアしたい。


文◎早乙女‘dorami’ゆうこ

◆早乙女“ドラミ”ゆうこの【音楽ギョーカイ片隅コラム】
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