短波ラジオマニアの雄叫び

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Matt Johnsonは短波ラジオが大好きだ。

考えてみると、なるほどと思う。短波ラジオのマニアックさ、地球をひとっ飛びするフォーマット、アングラな地位。そして、このイギリスを飛び出したシンガーソングライターの、アーティストとしての独特のスタンス。

彼はThe Theとして、最も胸をしめつけるシニカルな楽曲、あえて言うなら'80年代と'90年代の重要なポップを書いた。不思議なことに短波ラジオと彼は、鏡の表裏のようにお互いの姿を映し合っているのだ。

短波ラジオは商業主義ではない。だから世界中の素晴らしい音楽が聴ける」とJohnsonは熱弁をふるう。

確かに中国やロシアのニュースのようなプロパガンダもあるよ。でも、普通のラジオでは聴けないスゴイ曲も聴ける。子供の頃、親に隠れて聴いたラジオのように、そこにはロマンがあるんだ

不可解なテクノロジーとも言えるものへの傾倒は、『Naked Self』を特徴づけている。人間関係、世界の消費者中心主義、そして個人の贖罪にも及ぶJohnsonの痛烈な非難だ。チャイナタウン(ニューヨーク)で見つけた廃品の真空管装置を使い、Johnsonはまぼろしの火を吹く炉のようにも、暖炉の燃える火の光の暖かさのように聴こえる楽曲を作った。

装置はうまく動いていなかったし…」と彼は振り返る。

真空管は切れていた。あのサウンドを再現することはできないだろうね。俺は反デジタル派ではない。ただ世界の強引なデジタル化に反対しているんだ。俺だってデジタルを使うよ。でもデジタル化のほとんどは市場の力によるものではなく、作品を時代遅れにしてしまうメジャーレーベルのせいだ。おかげでリスナーは、最新の音を取り入れてないと不安になってしまうのさ

『Naked Self』はJohnsonの作品の中でもユニークだ。時に、世界が爆発してゆがんだ火の玉になっていくように聴こえる。テーマとしては、'93年にリリースされたThe Theの『Dusk』、あるいは初期の『Mind Bomb』や『Infected』のような作品とさほど変わらない。

Johnsonは常に世界の悪と自分自身の悪を、プリズムを通して暗く語ってきた。「Helpline Operator」で狂人のようにささやいたり、「Armageddon Days Are Here Again」で宗教虐殺を糾弾したり、「Slow Motion Replay」でポップの精神異常を作り上げたり、「Kingdom Of Rain」で壊れた関係を詳しく語ったり。今までで最も容赦のない作品『Naked Self』は、パーソナルなカタルシスに刺激された心をかき乱す辛辣なレコードだ。

母が死んだ。親になった。イギリスを離れた。長年の恋人と別れた。そしてソニーを離れた。俺の生活のあらゆる面が変わった。唯一続いているのは曲作りだ。こういう大きな出来事は細胞レベルで人を変える。記憶を洪水のように思い出させる。例えば「Soul Catcher」のような曲では、過去を評価し直しているんだ。子供の頃、将来をどんなふうに想像していたか。果たして自分は自分がなりたかった人間になれたのか。ほとんどの人はなれていない

「Soul Catcher」でJohnsonは、“唯一価値があるのは幸福”と歌っている。『Dusk』の「True Happiness This Way Lies」で歌われた、悩める心の叫びとはかけ離れている。しかし、私生活が平穏そうに見える今でも、アメリカという企業の暗黒の力との戦いは相変わらずで、それは「Global Eyes」において彼の嘲笑の対象になっている。

民主主義にとって本当の脅威は企業だ」とJohnsonは言う。

現在、世界の最大経済のうち60以上は企業だ。Microsoft社はイギリスより大きい。こういう企業の強大さは非常識といっていいくらいだよ。それに資本の自由な流れも問題だ。他所へ移って、そこで簡単に労働力を得られるからといって、簡単に工場を閉鎖すべきではないんだ

Johnsonの反感はレコード会社にも及ぶ。

業界全体が法人化していて、息が出来ない」と彼は言う。

たくさんの偉大なアーティストが取り残されている。契約がなくなった人たちが何百人もいる。今やレコード会社はレコード会社であることをやめて、コンテンツのプロバイダーになろうとしているんだ。インターネットでは小さいレーベルをもっと発見できるけど、インターネットが向かっているのは、アーティストがお金の大部分を得て、自分たちのレコードを所有できるArtist Directのような会社だと思う。それでメジャーレーベルは終わりさ。音楽業界はクローンを求めているだけだ。それはオーディエンスに対する侮辱だよ

そして新しいオーディエンスが出てきた。彼らはレコード店でレコードを探し回ることに興味がない。知っているのはビデオゲームだけだ。彼らには気を紛らす方法がたくさんある。今は音楽が飽和状態で、ノスタルジアに浸っている。流行としての音楽の価値はこの20年ほどの間に著しく下がった。現代のBob Dylanや新しいThe Beatlesは出てこないさ

ニューアルバムに収録された「Swine Fever」は反則ものだ。

必要でもないのに/ただ手にいれなきゃ気が済まない/絶対、絶対買うんだ」と欧米の金満消費者を批判している。

世界規模の企業化がもたらす専門用語は大嫌いだ」とJohnsonは言う。

例えば“消費者の選択”は、実際には株主の利益を意味する。イギリスではショッピングモールのために地域を破壊することを“新しい買い物の形”などと言うし…

罵倒好きなJohnsonだが、実際はこの数年に比べ、今はずっと満足している。Sonyは彼のアルバム『Gun Sluts』をリリースすることを拒否したが、彼は自身のLazarusレーベルから2001年に発売するつもりだ。

彼はまた、数年前のHank Williamsへのトリビュート作『Hanky Panky』を補完する作品として、全曲Robert Johnsonの曲からなるアルバムにも着手している。『Naked Self』の「Phantom Walls」で“すべては変わらなければならない”と歌う熱心で活動的な男は、しかし音楽のやり方だけは変えないだろう。

音楽は楽しければいいと思っている人たちから、たくさん批判を受ける。でも俺は、音楽は意見を伝える表現方法だと思うんだ。音楽で強い意見を述べるのはえらく時代遅れになってきた。商業的には魅力がないからね。だから、たぶん暗黙の検閲といえるのかも知れない。曲がラジオでかからないとしたら、なぜわざわざ書くのか?って人は思うだろうからね

もちろん『Naked Self』におけるMatt Johnsonの関心は商業的価値にはない。アルバムの大部分は、心理的な消費者の殺戮によって残された傷口を冷静に調べ上げているかのようだ。しかし究極的には、すべては希望に満ちた精神に帰って行く、と言っていいだろう。

アルバム全体は楽観的だと僕は思ってる」とJohnsonは言い切る。

人がどう思うかは別としてね

by Ken_Micallef

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