これまでも様々なヘッドホン紹介記事にて昨今の中国の驚異的な勢いをお伝えしてきたところだが、その勢力はカスタムIEMの世界でも同様で、中国を筆頭に韓国からシンガポールにおけるアジア勢の新興勢力には目を見張るものがある。

◆Heir Audio Heir 8.A画像

今回紹介するHeir Audio(エア・オーディオ)は、カナダの会社ながら2011年11月に四川省成都市を拠点に登場してきた新しいカスタムIEMブランドだ。先日紹介した香港のLEARはシンプルなラインナップで安価に良質なカスタムを提供するブランドだったが、Heir Audioは好対照で、徹底した高品質を誇りこだわり抜いた素材と高スペックで、妥協なき世界最高峰のカスタムIEMを作り出すハイエンド・ブランドとして名乗りを上げてきたものだ。

▲片側20ドライバー搭載という冗談で発表されたエイプリルフールネタを本当に実現させ、世界中にその技術力を知らしめたのがHeir Audio。これが実際に20ものドライバーを搭載したスペシャルモデル。どんな音がするんだろ…。
オフィシャルサイトを覗いて伝わってくるのは、いくつものカスタムIEMを所有するマニアにこそ高い満足度を提供するであろう揺るぎなき自信と、そのブランドイメージだ。全てのパーツにおいて厳選された最高級素材が惜しげなく投入され、シェルひとつをとってもドイツから輸入された低アレルギー性の医療グレードのアクリルを使用するこだわりようで、高い技術とふんだんなオーダーオプションを有している。事実、それらを裏付けるように、2011年4月1日にSleek Audioが発表した「片側20個のドライバーを搭載している究極のカスタムIEM」というエイプリルフール・ネタを、現実のものとして本当に作ってみせたのも、このHeir Audioであった。

▲ウッドプレート(オプション)が美しいHeir Audio Heir 8.A。サウンドもルックスに劣らず美麗。
▲サイド上部にブランドのロゴである王冠のマークが入っている。
▲音導孔は3つ。手持ちの中でFitEar MH334も3つの音導孔を有しているが、外耳道の大きさによっては、2つに簡略化するアレンジも施される。
▲ケーブルは埋め込みではないが、フェイスプレートにソケットが埋め込まれている。
▲手持ちの8ドライバーモデル。左がHeir 8.A、右がROOTH SE530×8。Heir 8.Aの方がROOTH SE530×8よりも全体にわたってクリアなサウンド。SE530×8も超高域まで出るのだが、全体的に粘っこいサウンドで、クリアさに欠ける。SE530×8にもローはふんだんな量があるのだけれど、深く沈み込んだまま抜けてこないきらいがあるので、出てくるサウンドの印象が全く変わってくる。
▲シェルの造形と大きさは右のUltimate Ears 18 Proとほぼ同等。サウンドは全く違い、Heir 8.Aの方がタイトながら熱くパワフルなイメージ。UE 18 Proは、甘く滑らかでソフトな鳴り方だ。
▲左がHeir 8.A、右がHeir 3.A。Heir Audioのフェイスプレートの美しさは特筆。
現在Heir Audioには、Heir 3.A、Heir 4.A、Heir 6.A、Heir 8.Aという4種類のモデルがあるが、モデル名の数字がドライバーの数を表わしている。4.Aをベーシックとし、構成をシンプルにした低域強化エントリーモデルが3.A、最上位8.Aがブランドを牽引するフラッグシップという位置付けだが、今回紹介するのは、このHeir 8.Aだ。

最初に結論を言ってしまえば、「ちょっと抗いがたき圧倒的なサウンドの良さ」を持っているモデルであった。簡単に言えば、めっちゃめちゃ音がいい。8つもドライバーを搭載しているクセに音と音の隙間がすっきりと澱みがなく、どこの帯域も清潔感に溢れている。歪みや澱みは皆無で、ハイファイという意味でもリスニングという意味でも、どの角度からチェックを入れても全く隙が見当たらない。

他モデルとの比較(相対)評価ではなく、絶対音感ならぬ絶対評価とでも表現すべき「絶対的に音がいい」と断言できるサウンドで、いつどんな状態で聴いても常に「音がいい」と実感させてくれる桁違いの完成度を持っている。聴いて一発で「うわっ、音、凄っ…」と感嘆し、その感想が1週間後も1ヵ月後も、他の何と比較しても全くぶれないというのが、私にとっての絶対評価なる感覚なのだけど、この圧巻の説得力に遭遇したのは、AKG K3003以来2度目のことだった。聴き込む必要などなく、その場で間違いなく音が良いことが分かる、それがHeir 8.Aへの正直な評価だ。

Heir 8.Aの音をそのまま聴いた時、半数の人は「比類なき非常にワイドレンジな超絶フラット」と評価し、もう半分の人は「限りなく伸びゆく高域と頭蓋骨を揺らすほどの低域を放つドンシャリ」と感じるのではないだろうか。相反するような話だが、好みと経験値によって、その感想はどちらかに振り分けられる気がする。基本のトーンは固く、はっきりくっきりとしたサウンドなので、まずはヌケの良さや解像度の高さが際立つ。それでいてリファレンスモニターのような冷酷なクールさがなく、体温に似た温かさを常に湛えている点が特筆ポイントだ。誤解を招きそうで怖い表現だが、UE 18Proのウォーム感と音場の広さをJH13Proのクリアさにまぶし、周波数帯域を猛烈に拡大させて高い解像度を保ったまま、UM MERLINのようなノリの良さを足し添えたという感じか。盛り過ぎと思われるいいとこどりの姿だが、そういったトーンに目を奪われば「フラット」と感じるだろうし、澄みわたったクリアさとタイトさに最も感銘を受ければ「ドンシャリ」のイメージが先行するのだと思う。

帯域ごとに注目すれば、まず高域のヌケは異次元だ。単に低域、中域、高域、超高域という4wayネットワークによる成果かもしれないが、少なくとも手元にある4way設計のROOTH SE530×8とも全く違う音域で、ここまで高い帯域が伸びやかに消え入るところまでが透明度高く耳に届くのは、BA型はおろかイヤホンでは初体験だった。もはや良質なヘッドホンの表現領域であり、海の底までくっきりと見える南国のサンゴ礁をみているような爽やかさは、Heir 8.Aでしか体験できないものだった。

一方で、ローもかなり重く、脳を揺さぶるほどの量感を持つ。引き締まったタイトな重低域を叩き出す大型ドライバーのknowles製CI22955をタンデムで2発搭載しており、このスペックは単純に私のツボ。×2だから量が増えるということでは決してないのだけれど、Heir 8.Aの低域の量感はUM MERLINに劣らぬド迫力で、おそらく低域の品質にかけては、他の追従を許さないものだと思う。UE 18proも4way構成で低域の厚みに定評があるモデルだが、深さと温かさが魅力であって、固さやキレが魅力のHeir 8.Aとは真逆のサウンドになる。もちろん「これほど低域を強く主張するサウンドは嫌い」と言われれば、即終了だけど。

そして重要なのは中域のキレの良い濃厚さだ。引き締まっているのでだぶつき感もなくはっきりくっきりとしたクリアな音質だが、女性ボーカルを瑞々しく鳴らす繊細さも兼ね備えながら、艶めかしく絡みつく粘りも持ち合わせている。500HzあたりのCI22955から鳴り響くクロスオーバー部分の特性かもしれないが、肉感的に魅力的にならすこのチューニングはこれまでどこでも聞いたことのないものだ。

Heir 8.Aの音は、他の何にも似ていない。リスニング向きで超低域も超高域もスムーズになんなく再生してしまう感覚で、むしろいわゆる高級ヘッドホンのもつ世界観に近い。私の耳にはどの帯域もきっちりと聞こえてくれる。注意を払わずとも細かいディテールまできっちり届くので、高性能なリファレンスモニタにも十分になり得るが、冷徹なモニタリングに徹する音ではなく、血湧く肉踊るようにビートを聴かせグルーブを伝えるリスニング機寄りのチューニングが最大の特徴だ。高解像度を誇るUE Reference MonitorsやJH13と物腰が違うのは、そういった方向性の違いかもしれない。

何とかサウンドをお伝えすべく、一般市販のモデルも探ってみた。やはり似ているサウンドは見つけられなかったが、実はJADE to goで鳴らしたSHUREのヘッドホンSRH940のサウンドに、同じ匂いを感じることができた。無責任な表現だけど「自由奔放にハジけてしまったMDR-EX1000」、あるいは「IE8、IE80から順当進化したIE800のサウンド」「各帯域を全方向に拡張させたATH-CK100PRO」といったイメージであろうか。

Heir 8.Aは8つものドライバーを搭載しているが、構成はシンプルで低域は大型ドライバーCI22955が2発、残りの中域、高域、超高域にはknowles製TWFKと思しきデュアルレシーバーが3機計6ドライバーがセットされている。TWFK自体が2wayであることを考えると、どのような組み合わせで使用されているのか、全く分からない。シェルの形状/造作は基本的にUltimate Earsがベースになっている作りで、フェイスプレートまでのシェルの厚さやカナル部の長さなどは、非常にスタンダードな作りと言える。

一方で、フェイスプレートにはふんだんなオプションが用意されており、天然のエキゾチックウッドを組み合わせたウッドプレートやカラーバリエーションを持つカーボンプレートなど、個性的なデザインが目を引く。レアウッドと竹を寄木細工のように組み合わせたはめ込み文様は、Heir Audioのブランドイメージを象徴するデザインとなっている。

多くのカスタムIEMはシェル内で空中配線されているため、結線されたケーブルがぐちゃぐちゃに踊っているブランドが多いものだけど、Heir Audioは、シェルの中でケーブルが綺麗にまとめられており、非常に手間をかけながら丁寧に制作されている様子がうかがえる。素材、制作、オプション、制作クオリティ、そしてそのサウンド…間違いなく世界トップクラスの品質を誇るブランドの登場だが、価格も世界トップクラスである点、ここも避けられぬ現実。仕方ないとはいえ、せいぜい今の円高の恩恵を最大限得ることにしようじゃないか。

▲ケーブルは旧Ultimate Earsケーブルと同仕様のもの。4芯の編み込みは、しなやかさと屈強性を高度に両立させた最高品質のもので、使用感も文句なし。
▲非常に屈強なケースとオーナーカード、クリーニングツール、周波数特性グラフが同梱する。
あくまで個人的な見解だけど、極めて理想形に近くもっとどこをどうして欲しいとか、何をどうすれば更にこうなるといった要望も妄想も生まれない。付け入る隙のない満足度の高いサウンドで、長く使い続けてもその感覚に変化はない。もしかしたら遂にスパイラルから脱出できる、ひとつの至宝機種の登場なのではないかと思う。

最後に、「オーナーシップトランスファーサービス」の説明を。これはHeir Audioのモデルに用意されたサービスで、要するに中古で入手した場合、たった70ドルでリモールドを行なってあげますよというサービスだ。カスタムIEMは自分の耳型に併せてシェルを作らなければ使用できないので、中古で購入してもリモールド費用が別途予算に加算されるため、売る方も買う方もメリットが薄く、なかなか中古売買が活性化しないという宿命を背負っている。売買にうまみがほとんどないのだ。そんな状況下、「オーナーシップトランスファーサービス」の発想は素晴らしい。これならHeir Audioの中古価格も極端な値崩れは起こさないだろう。「気に入らなければ売ればいいや」というお試し感覚で購入に踏み込む猛者を増やすことにもなりそうだし、中古で安く入手してたった70ドルの追加出費でHeir Audioのオーナーになるという、セコハン市場も形成するだろう。「自社製品のリモールドは激安」というこのサービスは、全カスタムIEMブランドに導入して欲しいくらいだ。

text by BARKS編集長 烏丸

●Heir Audio Heir 8.A
・8 Precision Tuned Balanced Armature Drivers
・Four Way Passive Cross Over Design
・Two Balanced Armature Drivers for Low frequency production
・Two Balanced Armature Drivers for Medium Frequency Production
・Two Balanced Armature Drivers for High Frequency Production
・Two Balanced Armature Drivers for Ultra High Frequency Production
・AVX OxiCap Capacitors
・Vishay Resistors
・Hypoallergenic , Hard Acrylic Shells
・Noise Isolation: -26dB
・Impedance: 35
Included Accessories:
・Crush Proof Carrying Case
・Cleaning tool
The following options
・2 year warranty
・2 year storage of acrylic ear mold impressions
・Personalized Crush Proof Carrying Case
・Member ship to the Overhaul and Up-grade program
・Wood Face or Carbon Fiber Face Plate (optional)
Price: $1,299
Promotional Price: $1,099

◆Heir Audioオフィシャルサイト
◆Heir Audio facebook

BARKS編集長 烏丸レビュー
◆CRESYN(2012-01-17)
◆Unique Melody Merlin(2012-01-08)
◆カナルワークスCW-L01P(2012-01-03)
◆ファイナルオーディオデザイン Adagio(2011-12-31)
◆LEAR LCM-2B(2011-12-26)
◆SOUL by Ludacris SL100、150、300(2011-12-23)
◆AKG K550(2011-12-20)
◆SENNHEISER IE80 & IE60(2011-12-16)
◆DUNU(2011-12-14)
◆カナルワークスCW-L10(2011-12-12)
◆オーディオテクニカ ATH-CK90PROMK2(2011-12-09)
◆Ultimate Ears UE 5 Pro(2011-12-06)
◆REALM IEM856(2011-12-02)
◆ファイナルオーディオデザインAdagio III(2011-11-26)
◆Ultimate Ears用交換ケーブルFiiO RC-UE1&オヤイデ電気HPC-UE(2011-11-25)
◆Reloop RHP-20(2011-11-22)
◆オーディオテクニカ ATH-CK100PRO(2011-11-14)
◆SOUL by Ludacris SL99(2011-11-04)
◆Fischer Audio Ceramique(2011-10-25)
◆SHURE SE535 Special Edition(2011-10-21)
◆JVCケンウッドHA-FX40(2011-10-16)
◆BauXar EarPhone M(2011-10-10)
◆SONOCORE COA-803(2011-10-02)
◆TripleFi 10 ROOTHリモールド(2011-09-25)
◆AKG K3003(2011-09-18)
◆Atomic Floyd SuperDarts+Remote(2011-09-11)
◆Bowers & Wilkins C5(2011-09-06)
◆Westone3(2011-09-02)
◆カナルワークスCW-L31(2011-08-26)
◆ORB JADE to go(2011-08-22)
◆YAMAHA EPH-100(2011-08-14)
◆NW-STUDIO(2011-08-09)
◆NW-STUDIO PRO(2011-08-02)
◆FitEar MH334(2011-07-29)
◆ROOTH SE530×8(2011-07-26)
◆Westone ES5(2011-07-21)
◆SHURE SRH940(2011-07-17)
◆Ultimate Ears 18 Pro(2011-07-15)
◆クリエイティブAurvana In-Ear3(2011-07-06)
◆カナルワークス CW-L01(2011-07-01)
◆GRADO GR10&GR8(2011-06-25)
◆SAEC(サエク)SHURE SE用ケーブル(2011-06-21)
◆フィアトンPS 20&PS 210(2011-06-17)
◆ZERO AUDIO ZH-BX500&ZH-BX300(2011-06-11)
◆フィリップスSHE8000&SHE9000(2011-06-03)
◆アトミック フロイド(2011-05-26)
◆モンスター・マイルス・デイビス・トリビュート(2011-05-20)
◆SHURE SE215(2011-05-13)
◆ファイナルオーディオデザインPiano Forte IX(2011-05-06)
◆ラディウス・ドブルベ/ドブルベ・ヌメロドゥ(2011-05-01)
◆ローランドRH-PM5(2011-04-23)
◆フィリップスSHE9900(2011-04-15)
◆JAYS q-JAYS(2011-04-08)
◆フォステクスHP-P1(2011-03-29)
◆Klipsch Image X10/X5(2011-03-23)
◆ファイナルオーディオデザインheaven(2011-03-11)
◆Ultimate Ears TripleFi 10(2011-03-04)
◆Westone4(2011-02-24)
◆Etymotic Research ER-4S(2011-02-17)
◆KOTORI 101(2011-02-04)
◆ゼンハイザーIE8(2011-01-31)
◆ソニーMDR-EX1000(2011-01-17)
◆SHURE SE535(2011-01-13)
◆ビクターHA-FXC51(2011-01-12)