マーシャ・クレラ、シンガー・ソングライターが描く東ベルリンの世界

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2012年5月4日に発表されたマーシャ・クレラのアルバム『アナロジーズ』は、10曲構成の4枚目のアルバム。ほぼ彼女のオリジナル曲で構成され、ドラムをイッツ・ア・ミュージカル(It's A Musical)のロバート・クレツマーが担当するだけで、他の楽器は基本的にマーシャ1人での録音。2009年リリースでアメリカに亡命したクルト・ワイルにささげたカバー曲集から、マーシャはセカンドアルバムで表現した彼女の私的な世界に回帰する。

◆マーシャ・クレラ画像

現実社会からの逃避願望を歌う「Take Me Out」「Hawaii」。「Crooked Dreams(屈折した夢)」では、<この街は屈折した夢の迷路 その迷路のあいだで 私たちなんとかうまくやってる>と、東ベルリンで彼女が感じた風景の色彩が描かれる。私はその色彩に、ロバート・ワイアットが『ドンデスタン』で描いた「ピンクに青が混じっているがちょっとグリーンで黄色」という色彩にちかしいものを感じる。

<ラブソングを書きたいが"I love you"以外の歌詞が出てこない>と歌う、せつないラブソング「Fishing Buddies」。「One Step」は引きこもり問題を語っているかのような曲で<灰色に灰色が混じるのは人の運命>と歌う。ヘーゲルの「哲学が灰色に灰色を重ねるとき生の表れは老いている」という言葉を想起させる。同曲の歌詞<塵は次第と落ち着き 真実が明らかになる>は、同じくドイツが生んだ哲学者アドルノの「君の目の中の塵こそが世界の拡大鏡なのだ」を想起させる。

極めて私的でプライベートでプラトニックな歌が、世界をありのままに描いていたりする。シンガー・ソングライターが描くべき世界ってこういう風景じゃないのだろうかと思う。

「Call My Name」では名前を失われたものの孤独。Contriva時代のバンド仲間ののインストルメンタル曲「Blue Bottle」に歌詞をつけ「全ての価値が終わったとしても驚かない」心象風景を歌う。

第二次世界大戦やベルリンの壁の崩壊後、価値観の白黒が極端に変遷した環境を生き抜いてきた東ベルリン、そこに暮らす彼女が等身大の目線から見た世界がここに見事に描かれている。これこそがシンガー・ソングライターがなせる偉業だ。


文:小塚昌隆
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