世界を股にかけて活躍する、日本を代表する美術家の横尾忠則。彼の作品は世界規模で支持され、アートの世界には国境がないことを実感させる。

◆横尾忠則画像

中学生の頃にエリザベス・テイラーにファンレターを書き、返事をもらったというハイカラな少年時代を過ごした横尾忠則。海外のポピュラー音楽についても早熟だったのかと思いきや、決してそうではなかったそうだ。

「子供の頃はまず軍歌ですよ。それから歌謡曲。当時の流行り歌は、映画の中で俳優さんが歌う曲が多かったんです。外国の音楽を聴くようになったのはプレスリーが出てくるあたりだったけど、まだレコードは買っていなかったですね。自分も友達も、誰もプレイヤーなんて持っていなかった。せいぜいラジオで聴くぐらいでした。テレビはよっぽどの金持ちじゃないと持っていなかった。そういう時代ですよ。洋楽で最初に覚えているのは、ポール・アンカの「ダイアナ」かな」

ただ、グラフィック・デザインの道を志した横尾忠則は急速に海外の文化に親しんでいく。そんな中に、ザ・ビートルズがいた。

「僕は1960年に日本デザイン・センターという所に入るんですけど、それから2~3年した頃に、海外から送られてきた雑誌に、ザ・ビートルズが載っていたんです。見開き写真で、リヴァプールを背景にした薄暗い写真でね。当時はまだ彼らが世界制覇する前で、ザ・ビートルズというのが何なのかもわからなかった。まだラジオでもザ・ビートルズの曲も、名前も出てこなかった時代です。だから最初に意識したのは、彼らの音楽ではなくて、その名前と、4人のルックスでした。ルックスにインパクトがあったんで、そのページを破いて持ち帰ったのを覚えています」

ザ・ビートルズの何が、横尾忠則の目を捕らえたのだろうか。

「4人のビジュアルの絶妙なハーモニーですね。不良にも見えるけど秀才にも見える、貴族にも見えるけど労働者階級にも見えるみたいな、相対する存在感があった。カラー写真なんだけどリヴァプールの空が薄暗くてね。当時はリヴァプールなんて知らなかったけど、まるでモノクロ写真のようでした。雑誌の名前は忘れてしまったし、その写真もどの本でも見たことがない。でも、僕の頭の中に鮮明に残っているのは、そのザ・ビートルズなんです」

面白いのは、横尾忠則が彼らの音楽より、ビジュアル性に先に注目したことだ。

「僕はよく、ルックスから入るんですよ。アンディ・ウォーホルもまずルックスで注目したし、ゴダールや三島由紀夫だってルックスから入っていった」

横尾忠則のザ・ビートルズとの直接の接点は、こんなものだった。

「ザ・ビートルズが『マジカル・ミステリー・ツアー』を出す頃だと思うんだけど、カラー盤を出したいというんで、僕と一柳慧で企画したことがあるんですよ。それをアップル・レコーズに送ったら、ジョン・レノンとリンゴ・スターから手紙が来て、ぜひやりたいと言ってきました。ただ、それを実現させるには、日本に専用の工場を建てる必要があるということで、話が流れてしまいました。その何年か後、ジョンの家に行ったとき、『サージェント・ペパーズ~』のカラー盤が飾ってありました。もしかしたら日本のレコード会社に作ってもらったのかも知れませんね」

横尾忠則が本格的に海外のロックを聴くようになったのは1967年、ニューヨークに滞在していた時だった。

「それまでロックのコンサートには行ったことがなかったのに、いろんなバンドを観に行くようになりました。最初に見たロックのコンサートは、クリームでした。それからマザーズ・オブ・インヴェンションやジェスロ・タル、アイアン・バタフライ、ジェファーソン・エアプレイン…名前も覚えないうちに、いろんなバンドを見ましたね。それまで現代音楽とインド音楽は聴いていたんですが、ロックの魅力に取り憑かれました」

そして、横尾忠則がビートルズ・ワールドと直接の接点を持つようになるのは、バンドが解散した後、1971年のことだった。

「パリに2ヶ月ぐらいいたことがあって、その時にMOMAから連絡があったんです。個展をやりたいからニューヨークに来いって。それでニューヨークに行って、すぐジャスパー・ジョーンズに連絡したら、ハロウィン・パーティーに誘われました。紹介したい人がいるからと言われて、誰だろう?ウォーホルもラウシェンバーグも既に知ってるしなあ…と思いながら、ジャスパーのアトリエに行ったんです。当時、銀行を改造した場所が彼のアトリエでした。そうしたらオノ・ヨーコさんとジョン・レノンが入ってきたんです。彼らが来るなり、ジャスパーが僕のところに連れてくるから、緊張しましたね。次の日にヨーコさんから電話があって、遊びに来ないかって誘われました。まだ彼らがダコタ・ハウスに入る前、ダウンタウンに住んでいた頃、FBIに追っかけられている最中です」

そうして横尾忠則は、ジョンとヨーコと交友関係を育むことになる。

「2人と一緒に『デヴィッド・フロスト・ショー』というテレビ番組に出て、紙飛行機を飛ばすパフォーマンスをしましたね。この時、デヴィッド・フロストが僕のことを“日本のアンディ・ウォーホル”だと紹介しましたが、アメリカ人はよくこのような表現をするんですよ。当時ジョンには中国人の秘書がいてね。そのメイっていう娘(メイ・パン)が、いつもジョンとヨーコさんと一緒にいました。メイはよくホテルまで僕を迎えに来てくれました。

第4回では、横尾氏とさまざまなミュージシャン達との交流について訊いてみよう。

撮影:有賀幹夫
インタビュー・文:山崎智之

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◆月刊BARKS 横尾忠則スペシャルインタビューVol.1
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